第五章:何人たりとも許しはしない-11
ギルドを出ると、外は既に茜色に染まっていた。
普段は常に人の往来が多い王都の通りだが、王都全体で外出禁止令が発令されている故に人っ子一人居ない。
辺りは不気味な静けさが支配していた。
「さて、帰るぞ」
私はマルガレンの肩に手を置いてテレポーテーションを発動。景色は一気に一変して私の部屋のリビングへと転移する。
「……出て行く時は割と苦労したのに戻る時はアッサリだな」
「苦労したのは僕だけでしょう……。坊ちゃんは隠密系スキルをフルで活用したから楽だったでしょうが……」
外出禁止令が発令している中、学院を抜け出すハメになったわけなのだが、師匠の命令でも私達を一時的に外出させる許可は下りなかった。
ギルドの方はアッサリ下りたのに外出の許可が下りなかったのは、恐らく貴族の意地の悪い横槍が入ったのだろう。
「貴様のせいで生徒が犠牲になったのに、また生徒を危険に晒すのかっ!?」とか、そんな感じの。
まあ概ね理解出来なくも無いが、あの新入生テストは考案、監督をしたのが師匠というだけで諸々の準備や進行は学院全体にあり、貴族も少なからず関わっている。
それなのにその全責任を師匠一人に負わせ、随分とムシのいい脳みそをしているな、と思わなくもないのである。
……まあそこら辺も現在進行形で潜入している潜入エルフの仕業なのではないかと考えると少し頭が痛くなって来るのだが……。
と、それよりも今は今日の成果を改めて確認しておこう。
死刑囚四十人分とあって中々の収穫だったが、七割ぐらいはもう所持済みのスキルであり、熟練度を上げるのみという結果になった。
まあ、死んで無駄になるよりはマシなので不満は少ない。
そしてそんなスキルの内訳がこれである。
技術系
《細剣術・熟》
《大剣術・熟》
《槍術・熟》
《大槌熟・熟》
《棍術・初》
《小盾術・初》
《大盾術・初》
《窃盗術・熟》
《暗殺術・熟》
《隠密術・熟》
《調合術・熟》
《
《
《受け流し》
《スリの心得》
《追い討ち》
《風景一体》
《配合率理解》
《
《二刀の心得》
補助系
《筋力補正・II》
《抵抗補正・II》
《肺活量強化》
《動体視力強化》
《物理学理解》
《薬物耐性・小》
《痛覚耐性・小》
《罠師の直感》
《人族特効》
以上のモノが私の一部としてコレクションに加わったわけだ。
ふふふっ。再確認してもこの背筋がゾクゾクするなんとも言えない感覚はただひたすらに心地いい……。
色々物騒なスキル……《薬物耐性・小》や《人族特効》なんかは流石は死刑囚だと思うし、死刑が確定されるような人間だからなのか、中にはそこそこの手練れも何人か混じっていた。
そんな手練れは私の提案にも中々頷いたりしなかったのだが、《解析鑑定》で見る事が出来た情報を使い、《虚偽の舌鋒》を発動しながら嘘を混ぜて脅すなどして承諾させた。
それにしても、私が死神として孤児から得たこの《虚偽の舌鋒》は本当に便利だ。まあ、万人が騙されてくれる程の力は熟練度の関係で余り無いが、これだけでも十分活躍してくれている。
それともう一つ。私が一昨日始末した一人のダークエルフから徴収した魂を
片腕を失くした際、一度意識が持って行かれたからな……。変換が途中で止まり、今にまで時間が掛かってしまった。それに片腕が失くなった影響か、若干変換時間も伸びている……。クソが。……だが、それも後数秒程で……。
『魂のスキル変換処理が完了しました』
『確認しました。補助系スキル《射撃強化》を獲得しました』
ほう。まさにエルフらしいスキルだな。あのダークエルフは近接戦を仕掛けて来たが、弓なども使えたのだろうか? ……まあ、どうでもいいな。
そういえばユウナの奴、もうそろそろ潜入エルフと接触した頃か?余り遅いとまた面倒な小芝居をして誘い出す手間が増えてしまうのだがなぁ……。ん?
ふと耳に、厳密には部屋の扉の方からカリカリと連続で扉を引っ掻く音が聞こえる。それも下の方だ。
ふむ。一旦帰って来たか。
私は扉に近寄りドアノブを回して開ける。すると少しの隙間からスルリと中に一匹の猫……シセラが入って来て私の前に座る。
「ただいま戻りました」
「ああ、ご苦労さん。戻って来たという事は、接触があったんだな?」
「はい。しっかりこの目と耳で確認しましたので間違い御座いません。ユウナさんはしっかりと接触して来たエルフに偽報を伝えていました」
「よし。潜入エルフの方はユウナからの情報に何かアクションは無かったか? 疑ったり訝しんだり」
「はい。確かに少々怪しんではいた様子でしたが、ユウナさんはそこを上手く言い訳出来ていたと思います。去り際のエルフも、納得した様子でしたので、恐らくは大丈夫かと」
ふむ。どうやらユウナは上手く伝えられたようだな。それに臨機応変に対応も出来たようだし。これで作戦決行する際の奴等の邪魔は無くなったと考えていい。
だが念には念を入れて……。
「わかった。それとシセラ。念の為にもう少しの間ユウナを見張っていてくれ」
「それは問題無いのですが……。必要なのですか?」
「潜入エルフが何かの拍子に勘付くかもしれんし、ユウナだって気が変わってしまうかもしれん。杞憂で終われば問題無いんだがな。一応の保険だ」
「……かしこまりました」
む? ちょっと不満気だな。まあ、漸く一仕事終えたと思っていたらもう少し継続しろなんて言われたんだ。多少不満も出るか……。仕方がない。
「魔王討伐当日までで良い。それが終わったらお前のワガママを一つ聞いてやる。だから辛抱しろ」
「……本当ですか?」
「私は身内に下らん嘘は吐かん」
「分かりました。それではまた行ってまいります」
シセラはそう言うと踵を返して扉の隙間を擦り抜け、再びユウナの監視に向かった。
「なんだか最近そういった約束をよく結びますね。ミルお嬢様だったりアーリシア様だったり……」
「たまには身内を甘やかすのも悪くないだろう。特に努力している奴にはな。なんならお前も何かワガママ言ってみればいい。内容次第じゃ叶えてやるぞ?」
マルガレンは私の提案に一瞬悩まし気に目を伏せるが、直ぐに正面を向いて私の目を真っ直ぐに見る。
「状況が状況ですから、今は大丈夫です。また余裕がある時にでも提案させて頂きます」
「そうか? それなら構わないが」
「はい。それよりも先程は蒸し暑い場所に居りましたから汗をかいたでしょう? お風呂の準備、して来ます」
「ああ。頼む」
______
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──今から数時間前。
ユウナは一人、校舎屋上へ登る階段にある踊り場に赴いていた。
この場所は普段、常にスキルアイテムによる障壁が作動しており立ち入る事が出来ないが、今日この時間、この場所のみその障壁は解除されている。
(あぁぁ……もうやだ、帰りたい帰りたい帰りたい……)
眼鏡の汚れを拭きながらただ頭の中で呪詛のようにひたすらそれを繰り返すユウナ。
彼女がこの場に居るのは、別に彼女がこの場に来たかったわけでは当然無い。
彼女は本の匂いが好きで良く図書室に来ては日がな一日本を読み
今朝方も休校になっていて暇を持て余したユウナは一人図書室へと足を運び、たまたま目に留まった一冊の本を手に取った。
それは新品同様の紙製の本で、手に取った瞬間、彼女の中の期待感は最高潮に達し、勇み足で共用机に向かい、早速本を読み始めた。
すると表紙を
封筒には何も書いておらず、その正体を探るには中身を確認するしかない。
普段のユウナならば、絶対に開けない。
中々にハードな人生を送って来たユウナは身の周りに起きる厄介事を極力避けて生きて来た。故にこんなあからさまに〝何かある〟気配を漂わせる封筒など見て見ぬ振りをする。
するのだが……。
『君に潜入エルフが接触して来る』
その言葉が頭を過ぎり、これを逃したら何やら致命的な事態に陥る未来が見えた気がしたユウナに、その中身を見ないという選択肢は無かった。
恐る恐る震える手で中身を開け、書かれている短いエルフ文字を読み、ユウナは頭を抱える。
(ああ……。私の人生、こんなんばっかだぁ……)
その後うんうん呻きながら立ち上がり、俯きながら楽園の様な図書室を後にした。
そして今、彼女は踊り場に居る。
件の潜入エルフを待ち侘びる。
(さっさと終わらせて楽になるんだっ。読みたい本を夜更かしして読むんだっ。熱々のコーヒーを何時間も掛けて飲みながら読書に没頭するんだっ!)
ひたすらに眼鏡を拭き、最早微小な塵すら無くなった眼鏡を掛けたその時、まるで物影から影がヌルリと這い出す様に伸び、真っ黒なローブ姿の人物がユウナの前に現れる。
そして男とも女とも判別出来ない声音で、ユウナに語り掛ける。
「話を聞かせて貰おうか」
ユウナは込み上げる吐き気を無理矢理飲み込み、必死の作り笑顔を潜入エルフに向ける。
(どうか何もありませんようにっ!!)
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