第五章:何人たりとも許しはしない-12
早朝。
日が昇り切っていないにも関わらず、そろそろ夏も落ち着いて来る季節の中、今日は外は蒸し暑い空気が支配し、ジッとしているだけでもじんわりと汗が滲むような天気である。
そんな居心地が決して良くない屋外。校舎内に設けられた野外訓練場にて、私は一人魔法を練り上げる。
《空間魔法》で作り出した隔離空間に《闇魔法》の闇を作り出す。
しかし闇は安定するどころかその形を大きく歪ませていき、終いには霧散して空間に溶けてしまう。
……また駄目か。
ギルドにてスキルを回収してから五日。私は今回の「暴食の魔王」討伐の要になる《闇魔法》習得に向けて寝る間を惜しんで訓練している。
以前ロリーナとティールの前で披露した時は後一歩で習得出来る所まで習熟していた《闇魔法》だが、左腕を失くして以降その練度は著しく後退し、連日連夜の訓練も虚しく一切上達する気配を見せなくなってしまった。
ただ不自由になるだけでなくこんな影響が現れ始めるなんてな……。今の私の身体の具合を確かめなくては。天声。
『はい。ご用件を伺います』
私の健康だった頃に比べて、今の私はどれだけの魔力が安定している?
『現在ピーク時に比べ、クラウン様のベストパフォーマンスは約70%を切っています』
70……。腕一本でそこまで落ちるか……。
なら今の状態で100%を発揮するにはどれだけ時間が掛かる?
『環境により大きく左右されますが、クラウン様のこれまでの日常に於ける習慣を参照する場合、健康時と同等のパフォーマンスを発揮するには約二年の時間が必要です』
二年だと? 話にならないじゃないかッ!
「チッ……時間が無いというのに……」
既に沼地に死刑囚を解き放ち魔王の生贄とする作戦は始まっている。
四十人の死刑囚を使い切る前になんとかせねばならないのに肝心の私自身がこの様では意味が無い。
何か……何か打開策が無ければ……。
「大丈夫ですか?」
その声にふと、誰かが近くに来たのにすら気付かない程に自分が考えに耽ってしまっていた事に気付く。
背後を振り返れば、そこにはバスケットをぶら下げたロリーナがいつも通りの静かな雰囲気で佇んでいた。
「ああ、ロリーナか。気が付かなかったよ」
「クラウンさんが? 珍しいですね」
私は基本、感知系スキルで支障が出ないモノと天声による警戒網を常時発動しており、不審な人物が近付いて来る事に多少の警戒をしていた。
だがスキルを使っている以上、微量ながらも魔力を使っている。これはどんなスキルであろうと変わらない。
今回私はなんとか《闇魔法》を習得しようと、それらすらオフにして訓練していた。それがロリーナが近くに来ても気が付けなかった理由だ。
まあ、そうまでしても習得には程遠いのだが……。
「私にだってそういう日もあるさ」
思わず失った左腕の肩口を右手で掴む。
ああ……本当、口惜しいな……。
そんな私の顔を見たロリーナは──
「……取り敢えず朝食にしましょう。食べ終わったら少し休憩して、それからまたやりましょう」
「朝食は賛成するが、休憩はいい。無駄になってしまうかもしれないが、今は一秒が惜しいからな。休憩している暇はないよ」
やれるだけやらねば必ず後悔する。
そうならない為に多少の無理をする。
欲しい物の為。そして私から奪った奴に報いを受けさせる為。私は休んでなど──
「……焦っていますね」
……。
「……ああ。焦っている。だから私は──」
「焦ったら、良い結果が生まれますか?」
「……何もしないよりは、まだ……」
「何もするななんて言っていません。ただ休憩して、少し落ち着きましょう、と言っているんです」
「私は落ち着いてッ……! ──いや……」
これは……ちょっと頭を整理しないと駄目らしいな……。上手く言葉がまとまらないし、ああもう、本当、情けない。
「すまない……。分かったよ、朝食の後休憩を入れよう」
「はい。そうして下さい」
ロリーナはほんの少しだけ微笑んでくれる。最近彼女が身近に居るお陰か、基本無表情な彼女のちょっとした表情の変化が分かるようになって来た。
まあ本当に少しだけだが……。
「……ありがとう。ところで──」
私はロリーナがぶら下げているバスケットを見る。大きさは中々でそこから美味しそうな匂いが漂って来る。
「朝食って、それか?」
「はい。今日は早くに目が覚めたので私が作って来ました」
「そうなのか……ありがとう。……それはいいんだが、わざわざバスケットに入れて来たって事は、外で食べるのか?」
早朝とはいえ今日は妙に蒸し暑い日。こんな不快な中、外で朝食を摂るのは余り気が進まないが……。
「最初はそう思っていたのですが、流石にここまで暑いとは思っても見ませんでした。やはり屋内で食べましょう」
ふむ……。
「いや。折角持って来てくれたんだ。少し時間が掛かってしまうかもしれないが、涼しい場所を探してそこで食べよう」
「よろしいのですか?」
このよろしいのですか? はさっきはあんなに焦っていたのに時間を使って大丈夫なのか? 的なニュアンスだろう。
まあ、確かにさっきは気がかなり急いていたが……。
「ああ。君の言う通り、闇雲にやっていても進捗は良くならないからな。一旦頭を切り替えるのも一つの手だろう。だから大丈夫だ」
「わかりました。では適当な場所を探しましょう」
そうして私達は屋外を簡単に散策し、比較的過ごし易い木陰を見つけ、そこでゆっくり朝食を摂った。
ロリーナが用意してくれたのは簡単なサンドイッチであったが、中身が全て違い、野菜や卵、ベーコンやチーズなど多種多様。食べていて一切飽きが来ず、雑談しながらの朝食はあっという間に過ぎてしまった。
その頃には私の中にあった焦燥感はなりを潜め、少しずつ現状に対して頭で整理出来るようになっていた。
「しかし、だからと言って代替策なんてあるか?」
師匠から聞かされた「暴食の魔王」のあの厄介過ぎるスキルを攻略するには私が《闇魔法》を使うのが一番確実。それ以外だとかなり効率が悪い上に現実的じゃない。
かなりの人数を揃えられるなら変わるかもしれないが、身内だけで片付けたい私としてはそれも却下だ。
ならばどうするか……。
私は失くなった左腕の肩口を見る。
コイツさえ、なんとかなればな……。
「……痛みますか?」
ロリーナは私の顔を覗き込みながら心配そうにそう訊ねて来る。
「ああいや、痛みは無いよ。ただやはりコイツがまだ有ればここまで悩んで無かったんだろうなと思ってな」
「……後悔していますか?」
……それは多分、アーリシアを助けたのを後悔しているかという意味……。若しくはもっと考えて動いていたら腕を失くさずにアーリシアも助けられたのではという意味か……。まあどちらにしろ。
「していない。あの時、あの場ではああするのが最善だったし、ああしなければ最悪の事態になっていた。私の左腕は、いわば最低条件だったわけだ」
悔しい話だが、あの時はどうしようも無かった。私の慢心と実力不足が招いた、その代償だ。
「無理、しないで下さいね」
ロリーナが上目遣いでそう言ってくれる。
その
目を真っ直ぐに見詰め、その視線を外そうとしない。
私としてはそれ以上見詰められると邪な気持ちが湧いて来て抑え込むのに苦労するんだがな……。なんでこんなに君は──
「ああぁぁっっっ!! ようやく見付けましたよぉぉっっっ!!」
……ああもう。お前じゃなけりゃ全力でぶっ飛ばすんだがなぁっ!!
木陰でのんびりしている私達の下に、見慣れた白に桃色の装飾が施された神官服を身にまとう少女……アーリシアが満面の笑みで駆け寄って来る。
その小脇には何やら細長い木の箱が大事そうに抱えられており、非常に胡散臭い。
「まったくもうっ! 探したんですからねっ! こんな木陰で一体何をやっているんですかっ!」
そうかそうか見て分からないかこの小娘がっ!
「やかましいっ! 色々言いたい事はあるが空気を読め空気をっ!!」
「何を言うんですっ!私ほど空気の読める女は居ませんともっ!だからこうして持って来たのですっ!秘策をっ!!」
そう嬉しそうに言いながら、アーリシアは抱えていた木の箱を天高く掲げ、渾身のドヤ顔でもって私に見せびらかす。
……まあアレだ。ここは落ち着いて、ポジティブに考えよう。
アーリシアが私の腕の事でうじうじ悩んでいなくて幸いだ。励ます手間が省けて楽が出来る。
それに秘策を用意して来たらしいしな。実家に戻り、約一週間の時間を掛けてして用意した秘策……。きっと何かの役に立つだろう。
……きっと。
「はあ……。兎に角だ。その秘策とやらを見せてみろ。そう掲げられたままでは驚いてやれないぞ?」
「むむっ、それもそうですね……。ですがこの暑い中開けるわけにはいきませんっ。この中身はひじょ〜〜〜にっ! デリケートな物なので」
なら小脇に抱えて走るんじゃないっ! もっと丁重に扱えっ!
「まったく……。わかったわかった。取り敢えず私の部屋に戻ろう。話はそれからだ。ロリーナも来るか?」
「はい。ご一緒します」
「よし。因みになんだが、中身はなんだ? 教えてはくれるんだよな?」
「フッフッフッ……知りたいですかっ!?」
「ああ……なら別に後でいい」
「なっ!? そ、そこはもっと興味持って下さいよぉっ。持って来るの大変だったんですからっ!」
ん? 持って来るのが大変だった?
……嫌な予感がする。
「わかった。わかったから教えなさい。中身はなんなんだ?」
「フッフッフッ……聞いて驚いて下さいっ! なんとなんとこの中にはぁ……。「生命の樹の古木」が入っていますっ!!」
……はあ?
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