序章:浸透する支配-4

 


 結論から言えば、私の物になる予定のあの屋敷に「恥知らずの目」を送り込んで来たのは、下街を統べる四組織の内の一つ、「不可視の金糸雀カナリア」であった。


 どうやら以前私に絡んで来た輩が「クラウンが挨拶に伺う」という私からの伝言を上司にちゃんと伝えたらしく、今回は所謂いわゆるそれのお礼参りのようなものだ。


 それにしても、まさか自分の痴態を本当に報告するとはな。私からの伝言なぞ殆ど冗談のつもりだったのだが。


 普通はデコピンで一蹴されたなんて報告、面映おもはゆくて報せられないものであるし、組織の看板に泥を塗りかねん筈なんだが……。どうやらそういった最低限のプライドすらないらしい。


 それに私という存在を向こうがどう捉えているのかしらないが、たかだかチンピラ数人が無様に返り討ちにあったからと救国の英傑である私に無闇に手を出すものか? 


 やるにしてもある程度の期間を設けて私についての情報を集め、そして勝算──または有利な状況を整えてから何かしら仕掛けるものだ。


 今回はそれなりに期間はあったろうが、私の情報なぞ上面で流れる私の英雄譚が精々のはず。それ以上のものは私自身が封殺し、流れんように取り計らっていた。


 ならば奴等の手元にある情報など「敵に回すに百害あって一利なし」と判断出来るもののみだ。それを知っていて手を出したとなると……。


 ふむ。向こうがどういう意図を持っているのか判然とせんな。


 私が情報を掴め切れていない故なのか、はたまた私の思考回路では理解出来ない常識で思考しているのか……。


 また妙な嫌がらせをされても敵わん。確かめねばならんだろう。


 ──ただまあ、これは元はと言えば私がチンピラを挑発した事が発端にある。その仕返しが屋敷乗っ取りの嫌がらせとは思っていなかったが、まあ、そこは納得する他ない。身から出た錆だ。


 私の立場もそれなりのものになってきた。いずれは手を出すからと、軽々にちょっかいを掛けるものではないな。ロリーナとの約束もある。


 そこに関しては反省せねばならんな。


「……それでクラウン。忙殺されている私の仕事を止めておいてするのが、お前の最近の厄介事話なのか?」


 目の前で座る父上が、伏し目がちで私を睥睨へいげいしながらそう溢す。


 いやはや。冒険者ギルドと魔物討伐ギルドが復権してから父上の頬がけた事けた事……。


 忙しさの極みを体感しているようで何よりだ。


 ……まあ、半分は自業自得だろうがな。


「父上。私がこの場に貴方──家族全員とマルガレン、カーラットまで招集した理由がそんなつまらない話なわけないでしょう?」


 そう。この場には私と父上だけではない。母上と姉さんそれにミルトニアやマルガレン、カーラットまで集まっている。


 つまりこれは、所謂いわゆる「家族会議」というやつだ。


 本当はロリーナも参加させてやりたかったが──


『私はまだ家族としてお呼ばれするのは過分です。いつかの為にも、今は遠慮させて頂きます』


 ──と遠慮されてしまった。


 まあ、言いたい事は充分理解出来るからな。彼女の意見を尊重するとした。


「……話の掴みとしては最悪だな」


「私の立場をご理解頂くためですよ。今の私はそれなりに高くも極めて不安定で、コランダーム公やエメラルダス侯との契約が私を今にも繋ぎ止めている細い糸なわけです。ご承知で?」


「……ああ」


「ではこれもご理解頂けますよね? ……父上が早いこと〝裏稼業〟を私に引き継いでくれない限りこの宙ぶらりんなままだ、と」


「……」


 父上は未だ、私に〝裏稼業〟の業務を継承してくれていない。


「父上。別にこれは私個人のワガママというわけでもありません。父上の……身の安否を懸念もしています」


 カーネリアの領主業務に加えて冒険者ギルドと魔物討伐ギルドの管理……。そこに更に〝裏稼業〟の統括。父上は今、それだけの仕事をこなしている。


 そりゃあ、こんな病的な痩せ方もするわけだ。このままでは本当の意味で忙しさに殺されてしまうだろう。


 それは流石に看過出来ん。


「それで、家族総出で私を説得か? 随分と強引じゃないか」


「強引なのはどちらです?」


 悪態を吐く父上の言葉に、母上が冷たい声音でピシャリと言い返す。


「今のアナタは身を犠牲にして我が子を護る父親……。それに違いはありません」


「……」


「ですがそれを、一体誰が望んでいるの? 人一人の身に余る量の仕事を抱えて、そんな情けない顔をして平気なフリをして……。強引にワガママを貫いているのは、アナタではなくて?」


「ではお前はクラウンに〝裏稼業〟を任せても良いと言うのかっ!? あんなものを我が子に押し付け──」


「アナタが続けるより百万倍マシですッ!!」


「──ッ!?」


 激昂して声を荒げて立ち上がる母上を、姉さんが優しく諭すように身体を抑える。


 だが、母上の感情は収まらない。


「確かに、クラウンに〝裏稼業〟なんてものを託すのは気が引けます。私だってやらせたくはない」


「な、なら……」


「ですが私は、アナタにもやって欲しくはないのですッ! 分かりますか? アナタが心身を傷付け、日に日にその優しい心を擦り減らしながら作る笑顔をただ見る事しか出来ない、この私の気持ちがッ!!」


「カーネリア……」


「アナタは昔、示してくれましたよね?」


 母上は姉さんに促され、漸く座る。


「領主として、キャッツ家当主として家族を護る、と……。だからアナタは〝軽蔑〟という意味で付けられた「ネーション」というこの街の名を、私と同じ「カーネリア」に改名までした……。私や家族とこの街……その両方を慈しみ、護るという覚悟を示してくれた」


「……ああ」


「それは、本当に嬉しかった。今でもあの日のアナタの顔を鮮明に思い出せる。でも──」


「……」


「でもそれでアナタが今まで以上に負担を抱えるつもりなら、そんな覚悟、クソ喰らえです」


「──ッ!? か、カーネリア……そんな下品な物言いは……」


「私は家族が大事です。アナタを含めた家族が大事なんですッ!! そもそもですねぇッ──」


 そこからは滔々とうとうと、母上の説教が続いた。


 中身を解読すると母上から父上に対する惚気話ではあるが、要は母上がどれだけ父上に無理をして死んで欲しくないかと言う愛情増し増しの演説だ。


 それはさながら私がロリーナに語る愛のように、深く、広く、どこまでも語り尽くせない感情の塊。


 最初は緊張と疲労で強張っていた父上の顔も、その愛の言葉責めにたじろぎ、自覚しているのか分からんが緩み始めている。


 素晴らしき父上と母上の愛……。


 まあ、子供である私達としては複雑以外に感情は湧かんわけだが……。


「──と、言うわけです。お分かりになりましたか? アナタ」


「あ、ああ……。お前の心配も愛情も、充分に理解出来た」


「……なら、やるべき事は分かっていますよね?」


「……一つ、お前の意見を聞いても良いか?」


「なんです?」


「お前は……。クラウンが〝裏稼業〟を担う事をどう思う? 家族会議なのだから、聞かせてくれ」


「……クラウン」


 おっと。今度は私か。


「なんです母上」


「貴方は、我が家の〝裏稼業〟を負担に思っているかしら?」


「いえ全く」


「なっ!?」


 父上は何を今更そんな風に驚く事があるのだろうな。まったく。私をまだ理解していない様子だ。


「じゃあ、仮に家族全員で貴方に反対して〝裏稼業〟を継げなかったとしたら?」


「家族に黙ってこっそり似たような事をやりますね。それが私の性分ですし」


「犯罪だとしても?」


「ふふふ。それなら犯罪〝ではなかった〟事にするよう手を回しますよ。私には個人所有の鉱脈がありますし、人脈もあります。勿論、力も能力も」


「あらそう。大変ねぇ」


「なんなら父上の元から傘下ギルドを奪って使役してしまいましょう。一から集めるより楽で良い」


「お、お前っ!?」


「これで分かったでしょうアナタ。クラウンは〝こういう〟子なんです。そう育てた覚えはないけれど、そういう子なんです」


 ……若干人聞きが悪い気もせんでもないが、まあ、間違いではないな。


「む、むぅ……」


「私としては、そんな野良でやられてしまうよりもウチをちゃんと継承し、ちゃんと仕事として任せた方が何倍もマシだと思います。ある程度は口も出せるでしょうしね」


「……ガーベラは、どう思う?」


「むっ。私はクラウンを全面的に信頼しています。クラウンが「任せて下さい」と言うのなら、何も問題ではないでしょう」


 姉さんの場合は信頼を通り越して最早全肯定ブラコンの域だとは思うが、まあ、信頼は信頼だろう。


 ふふふ。なんと素晴らしい姉さんだろうか。


「そ、そうか……。み、ミルトニアは……」


「……? お兄様に出来ない事なんてありませんッ!!」


 この子絶対によく分かってないな。


 まあまだ幼いから致し方ないが、将来この子も姉さん同様の全肯定ブラコンになるかもしれんな。


 ……別に構わんか。うん。


「むぐぅ〜〜……。か、カーラット、マルガレンは……」


「ご存知でしょう旦那様。私は坊ちゃんが〝裏稼業〟を継承する事に肯定的だと。マルガレンに至っては……」


「勿論、僕はどこまでも坊ちゃんに着いていくだけです。それが例え荊や溶岩の海であろうと、坊ちゃんが歩まれるならば……」


 従者に聞くのは流石に無謀だろう……。


 特にマルガレンなど絶対に父上の味方はせんぞ。全肯定ぶりは姉さんと同等だ。


 ──さて。


「父上。ご理解頂けましたか?」


「……」


「……父上だって本当は理解しているんでしょう? 何が一番丸く収まるのか……」


「……」


「……私は父上が過労死するくらいなら、〝裏稼業〟を含めた全ての業務を無理矢理に奪ってでも隠居してもらいます。忙殺されるくらいなら飼殺しますよ?」


「ぐ……」


「それともそちらの方が宜しいと? それならそうと言って下さいよぉ。なぁに大丈夫です。ミルトニアが成人したらばちゃんと引き継ぎを──」


「あ゛あ゛ァァッッ!! 分かった分かったッ!!」


 父上が自らの両膝を叩き、天井を見上げた。


 その顔には諦めと、少しの納得が滲んでいる。


「八方塞がりで逃げ場なし……。私がワガママを通せば明確に結果が悪くなり、誰も幸福にならない……。これでは私一人が悪者だ」


「悪者など大袈裟な……。父上が私の身を案じて下さるのは嬉しい事ですし理解出来ます。……ただその想いは、時に予想だにしない道に導いていたりするんです」


 一見綺麗に舗装され、歩き易く見栄えの良い道に見えたとしても。


 歩いていく度に悪化し、粗悪になり、悪路へと変化していく事だってあるのだ。


 勿論、だからと言って荒れた道の先に素晴らしい景色が待っている保証など何処にもないし、その逆もまたしかり。


 結局何が必要なのかと言えば、例えどんな道であろうとその先を何を使ってでも見通し、ゆっくりと腰を据えて準備と覚悟を整える事……。


 私はそれを十全に果たし、備えてきた。


 故に例え見た目が荒々しい道であっても、ある程度は理想的な景色が見れると分かるし、悪路を悠々と歩ける装備で難なく歩く事が出来るのだ。


 ……ただし──


「私ならば、父上から見て険しい道でも貴方以上に上手く、そして笑いながら歩く事が出来ます。幸せな景色が待っている場所へ辿り着く事が出来ます」


 その手段ややり方は、決して生温いものにはならないだろうがな。


「改めてお願いします父上」


「……」


「私に、〝裏稼業〟をお任せ下さい。全て万事、私が請け負います」


「……」


「……」


「……分かった」


 父上が私に向き直り、真剣な眼差しで見詰めて来る。


 まるで私の奥底を覗き込もうとするように、強く、真っ直ぐな目だ。


「クラウン。お前に〝裏稼業〟と、傘下五ギルドを任せる。継承しよう」


「ありがとうございます」


 漸く、だ……。


 はぁ。色々な意味で疲れたな。


 しかしやっと、滞っていた諸々を推し進める事が出来る。


 これで下街への進出も合法的に行う事が可能となるだろうし、私自身の仕事も幾つか任せて──


「だが、お前に今継承してやれるのは四つある内の三つまでだ。全てではない……」


 ……ああ成る程。〝アレ〟か。


「存じていますよ。闇琅玕やみろうかんは現在必須というわけではないので、父上が必要だと思う時までは」


 闇琅玕やみろうかんという大鎌は、ユーリとの対決で一時的に貸与して貰っていただけでまだ私の物ではない。


 以前にも父上と話したように闇琅玕やみろうかんに関しては父上ですらまだ理解が追い付いていないような代物であり、《解析鑑定》ですら文字化けして判読不能の最早呪物だ。


 故に闇琅玕やみろうかんに関しては父上が一旦徹底的に調べ上げ、ある程度理解が出来た時に渡されるという約束をしている。


 まあ、本当に必須ではないしな。


「そうか。ならば業務の継承の諸々は後程書類で片付けるとして、残り二つだ」


 父上は立ち上がり、顎で私にも立てと促してくる。


 それに私は素直に従い立ち上がり、他の皆が私達から距離を取ると父上が右手を私へ差し出して来た。


「残りの二つはスキルだ。珠玉七貴族に受け継がれる魔法スキルと補助スキル……。お前が使いなさい」


「はい」


 差し出された父上の右手を、しっかりと握り返す。


 そして父上が発動したスキル《継承》により、父上の魔力と私の魔力が繋がり、力が流れ込んで──




















 ──む。


 眼前には、門。


 巨大な、見上げる程の、門。


 装飾は一切無く。


 材質も何もわからない……門。


 開くための取っ掛かりは無く。


 だがその門を封じる為の錠だけはしっかりしていて。


 鍵穴の無い錠前が上から下までびっしりと無数に掛けられている。


 余程……そう余程に開けられたくはないのだろう。開けられては、いけないのだろう。


 しかし……何故だろう。


 何故私の手の中に……。







 この門を開く鍵が、あるのだろう……。









 新たなる髢?逡ェ、が、うちいできや


 然りとて莉翫∪縺ァ縺ョ隱ー繧医j繧


 其の蜈崎ィア縲∝ソ??縺、縺阪▼縺阪@縺上?


 何れ豁、縺ョ豺ア豺オすら、謇倶クュ縺ォ蜿弱a


 蠑??までに縺ェ繧峨?


 相応しき者、其の鬲ゅh繧企ォ倥a縺


 待てるぞ。閾ウ繧玖ソ??ヲ窶ヲ











『確認しました。魔法系繝ッ繝シ繝ォ繝スキル《深淵魔法》を獲得しました』


『確認しました。補助系エクストラスキル《翡翠の加護》を獲得しました』


 ──ッッ!?


 い、まのは……なんだ……。


 ゆ、め……違う? 今の、は……なんなんだ?


「……クラウンよ」


「──っ!! ち、父上……」


「ビル・チェーシャル・キャッツが「強欲の魔王」として覚醒する、その遥か昔。ティリーザラ王国がまだ建国すらされず、我々キャッツ家がまだその名を名乗るよりも遥か前──」


「父上……」


「我々はなクラウン──」












 只の人間ではないのだよ。









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『私達も、また厄介な人間に宿ったな暴食と嫉妬私達よ』


『これも天運……。乗り込んだ船が因果に絡まっていたなどと、今の不完全な俺達には知り得ない事だ』


『でも良いんじゃない? どうせクラウンは全てを手に入れようとする……。そう考えれば手間が省けたじゃない』


『ふふふふ……。それもそうだな』


『俺達はただ、宿主と一心同体……欲望の限りを尽くす魔王の矜持よ』


『うふふ。楽しみねぇ楽しみねぇ……。きっと全てが揃い、何もかもをがクラウン私達の力になったのならば──』


『きっと……そうきっと──』







 神をも超える……。






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