第六章:殺すという事-14

 

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 青空に向かい、ゆらゆらと一筋の灰色の煙が昇っている。


 王都セルブから南東に外れた広い平野。その付近に昔使われていた廃村があり、盗賊達はそこを自分達の根倉に使って主に薬草等の素材を採取しに来た冒険者や研究者相手に略奪を繰り返していた。


 盗賊達は悪事をしているわりには勤勉で、五人一チームで決められたエリアをローテーションで巡回し、新たな獲物がいないか毎日見回っていた。


 そんなある日の事。


 いつものようにボスに言われチームがエリアを巡回しに出発すると、一時間経過した辺りで五人の内一人が空に煙が立ち昇っているのを発見。


 平野から立ち昇る煙の下には人が居る。これ幸いと盗賊達は今日の獲物求めて浮かれ気味に乱暴に馬を走らせ煙の方角へ向かった。






 少しして煙は消えてしまった。


 恐らくスキルか何かで自分達の存在に気が付いたのだろう。このままでは逃げられてしまうが、五人は余裕の笑みを浮かべる。


 五人の内の二人がスキル《遠視》と《遠聴》を使い既に獲物の居場所は定めている。最早逃す方が難しいだろう。


 こういう事態を想定し、盗賊達のボスはチームにこういったスキルを持つ者を複数人必ず入れるようにしている。


 この抜け目の無さが盗賊として生き残る術だとでもいうように、彼等は用意周到だった。


 スキルを使った二人は他の仲間達に獲物がどんなものだったか興奮気味に叫び、それを表すかのように乗る馬を乱雑に操作する。


「お前らっ!! 獲物はガキだけだぜっ!!」


「おうっ!! しかもベッピンな女が三人も居やがるっ!!」


「しかも見た事ねぇくれぇデッケェ馬車と馬付きだっ!! こりゃあ大収穫だぜっ!!」


「久々の女……コイツぁツいてるぜ!!」


 今回の獲物をボスに突き出せば全部でなくともご褒美としておこぼれを貰えるかもしれない。今までに溜まりに溜まった性欲をこれで漸く発散出来る、と五人共が目を血走らせ無理矢理馬に更にスピードを出させた。






「んあ?」


 馬を走らせる約十分。盗賊達が煙の下に辿り着くと予想していた物とは違うものが彼等の目に飛び込んで来た。


 それは深緑色の外套コートを身に纏い、素人目にも分かる程の見事な槍を携えた少年の姿。その少年が彼等を真っ直ぐ見据え、一切視線を外そうとしないのだ。


 煙が消えた事から盗賊達の存在に気付いていた筈だが、少年や巨大な馬車は逃げも隠れもせず、寧ろ立ち向かうように盗賊達の前に立っている……それは彼等盗賊達にとってとても不思議な光景だった。


「おぅおぅ兄ちゃんよぉ? 随分カッコつけるじゃねぇの? えぇ?」


 盗賊達の内の一人が馬から降りながらそう煽り文句を口にする。


 しかし少年はそんな煽りがまるで聞こえていないかのように無反応を決め込み、相も変わらず盗賊達に視線を外さない。


 その目はまるで彼等を値踏みでもしているかのようで、最初に馬を降りた盗賊はそんな彼の視線が気に入らず苛立ちを覚えると、腰にはいていた直剣を鞘から引き抜き、少年に突き付ける。


「なあ兄ちゃんよぉ……。命欲けりゃ身ぐるみ全部と馬車と馬……それと馬車ん中に居る女ぁ差し出しな。でなけりゃ俺が──」


「やはりな」


 盗賊の脅し文句を一切気に留める事もなく、少年は心底残念そうにしながらそんな事をポツリと呟いた。


「……あ゛ぁ?」


「別に期待していたわけではないんだ。所詮は盗賊……運が良ければ何か良いスキルでも……と念の為に見てみたのだがな。私も運が無い」


 少年は外さなかった視線を失望の色に染めると、深い深い溜め息を吐く。


「是非も無い……。その身体と魂、せめて私が有効活用してやろう」


「なぁにかしてんだガキがっ!! ブッ殺すっ!!」


 低い沸点で感情が沸騰し、直剣を構えた盗賊が馬鹿正直に真正面から斬り掛かってくる。


 しかしそんな緊迫した状況にも関わらず、少年は更に残念そうに盗賊を睥睨へいげいした。


「槍相手に直剣で真正面? 舐め過ぎだろ?」


 少年は槍を蹴り起こして構えると、上段に直剣を振り上げた盗賊の懐に滑るように潜り込み、ガラ空きの心臓目掛け何の迷いもなく槍の切先を突き出す。


 切先は吸い込まれるかのように盗賊の肋骨を砕き、柔らかい心臓が何の抵抗も出来ずに貫かれると、そのまま反対側の背中を突き破って飛び出す。


「がはっ……!? な……んで……」


「うむ。良い切れ味だ」


 そう満足に少年が呟くと、槍を突き刺した箇所から致死量の血液が溢れ出し、盗賊に被さる形になっていた少年に降り注ぐ。


「おっと」


 少年は無感情にそう口にすると急いで槍を引き抜いて盗賊の懐から抜け出し外套をめつすがめつ見回す。


「ふむ。少し血を被ってしまったな。夜翡翠よるひすいが血で──おおっ、叩けば血が落ちるぞっ! 流石はノーマンとメリーが仕立てた外套なだけはあるな」


 目の前で血の水溜りに力無く倒れ込む盗賊には目もくれず、少年は自身の外套に付いた血が流れ落ちる事に感嘆の息を漏らし、血が付いた槍を振り払う。


 そんな趨勢すうせいを眺めていた残り四人の盗賊はまさか仲間がこうもアッサリやられるとは考えておらず、先程視界に映っていた事態を上手く飲み込めずにただ目の前で〝殺された相手に見向きもされない〟仲間の姿に奥歯を噛み締める。


「お、おい……」


「クソ……野郎、殺りやがったっ!!」


「どうすんだっ!? このまま帰っ──」


「バカヤロウっ!! あんなガキ相手にビビって逃げたなんて報告出来るわけねぇだろうがっ!!」


「で、でもよ? あのガキの動き見えたかよ? 俺にはいつの間にかアイツの背中から槍が突き出したように見えたぞっ!?」


「クソ……クソっ!! 殺るぞっ!! 四人で掛かりゃ勝てるっ!! 「数は力だ」ってボスが言ってたじゃねぇかっ!!」


「そ、そうだな……。やるぞっ! お前らっ!」






 クラウンは槍を担ぎながら考える。


 このままただ全滅させるだけでいいのか? と。


(まあ、コイツ等をスキルに変えてしまえば幾らかお釣りは来るが……)


 顎に指を添え彼等盗賊を一通り眺めながら考える。もう少し利益が欲しい、と。


 そしてクラウンは彼等が乗って来た馬に目星を付ける。


(馬……か。毛並みは悪くないしパッと見不健康そうでもない……。馬を管理しておける場所があるという事か)


 馬を管理するにもそれなりの設備や道具がいるし餌だって必要。適当な管理では馬を複数頭など扱えない。


(つまりはしっかりした拠点があるという事だ。それもそれなりに広く、馬がストレスを感じない程度には快適な空間がある程の……)


 そこまでの規模となると盗賊達の総数もそれなりに居る筈。


(基本的に盗賊は縄張りを巡回し獲物を狩るのがセオリーだ。遠出する事も無くはないが、コイツ等は軽装。つまりコイツ等の根倉はこの平野一帯の何処かに存在する……)


 この平野は人族領とエルフ領の中間にあたる場所であり、人族が戦争の際に陣を展開する予定の重要な要の一つ。そんな場所に盗賊の根倉がある可能性があるのだ。


(ふむ。潰しておかないと後々に支障を来す恐れがあるな……。よし)


「一人は生かして根倉を吐かせるか。砦攻略の帰りにでも潰して土産にしよう」


 方針が決まったクラウンは改めて槍を構え直し、それぞれに武器を構える盗賊達を見据える。


(盗賊の根倉ならば金銀財宝──とはいかないまでもそれなりに色々溜め込んでいる可能性もある。なんなら物色するのも悪くないな)


 まるで旅行帰りに土産物屋に立ち寄る計画を立てるように楽し気に笑うと、槍に魔力を送り込みその刃に凄まじい水の激流を纏わせた。


「初陣がこんな盗賊で悪いな「淵鯉ふちてがみ」。だが華々しく使ってやるから存分に切り刻め」


 ノーマンに預けていた武器の内の一つ。


 帝都にある武器屋「震える真剣」にて購入したブレン合金製の装飾が少し凝られていた槍に、精霊のコロニーがあった森で討伐した鯉の魔物──シュトロームシュッペカルプェンの骨と鱗、それと魔石と魔力鉱ミスリルを使用した水属性の槍。


 その見た目は購入当時の凝られた装飾を活かしつつ、シュトロームシュッペカルプェンの鱗の色である白、黒、朱色のグラデーションで華やかさを控えめに演出されている。


 刃は三叉に変更され、その中央に水属性の魔石が嵌め込まれている。刃はブレン合金の鋭さにシュトロームシュッペカルプェンの骨が頑強さと更なる鋭利さを与え、鱗が魔石を補助する効果を発揮し、刃に激流を纏わせる事を可能としている。


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 アイテム名:淵鯉ふちてがみ

 種別:ユニークアイテム

 分類:槍

 スキル:《浸透》《激流》《水難》《魔力増幅》《魔力操作補助》《食魔の加護》

 希少価値:★★★★★★★

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 この世に二つととない、唯一無二の槍である。


「さあ、命を押し流そう」






 最初にクラウンに斬り掛かって来たのは二人。


 左右から挟み込むように展開した二人は、見事な阿吽の呼吸で彼の正面と背後を取ると、更には対応し辛くする為にそれぞれに縦振りと横振りの斬撃を振るう。


「俺達の攻撃をっ!!」


「避けれんなら避けてみやがれっ!!」


 そんな連携にクラウンが少しだけ笑うと、素早く淵鯉を地面に突き刺し、それを支えにして上空に身体を持ち上げ盗賊からの斬撃を両方躱す。


「なっ!?」


「はぁっ!?」


 そしてそのまま淵鯉ふちてがみに魔力を送り込み激流を発生させると、その激流に攻撃を躱され反応が遅れた盗賊二人を巻き込ませ、二人を上空に打ち上げる。


「ブバァッッ!?」


「ガバボッッ!?」


 それを確認したクラウンは突き立てた淵鯉ふちてがみの柄に足を下ろすと打ち上げた盗賊二人の衣服を掴み柄から飛び上がり、地面に向かって思い切り叩き付けた。


「グガッッ!?」


「ゴアッッ!?」


 地面に不自然な形で叩き付けられた二人の盗賊の皮膚は衝撃で裂け、骨が砕かれる。


 更に淵鯉ふちてがみの激流により肺に水が入り込んだせいでまともに呼吸も出来ず、全身を駆け巡る激痛に加え、呼吸が出来ない苦痛が意識を磨耗させた。


 着地したクラウンは激痛と苦痛でまともに立ち上がれない二人にトドメを振るおうと淵鯉ふちてがみを引き抜く。


 その直後、クラウンに向かって二つの遠距離攻撃が飛来した。


 それは残り二人による弓矢と魔法による攻撃。矢は真っ直ぐクラウンの頭目掛け狙われ、バスケットボール大の鋭利な岩が彼の身体目掛け飛んで来た。


 しかし、クラウンはそんな命を刈り取るのに十分な攻撃に対し表情一つ変えず、少しだけ屈んで夜翡翠よるひすいをたなびかせ矢を防ぎ、鋭利な岩は《魔力障壁》により防ぐまでもなく崩壊する。


「妨害にもならんよ」


 二つの攻撃を難なく防ぎ切ったクラウンはそのまま淵鯉ふちてがみを未だに苦しみのたうつ二人の盗賊に向かって横薙ぎ、その首を一太刀でねた。


「残り二人──いや、正確には一人か」


 クラウンは不意からの遠距離攻撃に失敗した二人に目を移すと一気にそちらに向かって駆け出す。


 その様子に慌てた二人はがむしゃらに矢と魔法を彼に向かって撃ち続ける。


 が、矢は悉く夜翡翠よるひすいに防がれ、魔法はそもそも彼に近付く瞬間に崩れてしまう。


「チクショウッ!! こうなりゃ……」


 そんな様子に遠距離攻撃が無駄だと盗賊達は悟ると、それぞれ短剣と手斧を腰から抜き取り、迫り来るクラウンを迎え討とうと構える。


「それは悪手だな」


 攻撃範囲内にまで接近したクラウンは淵鯉ふちてがみを横に薙ぐと、その刃から激流の斬撃を飛ばす。


 斬撃は盗賊二人に命中するが、それぞれがなんとか獲物で防御し致命傷を避ける。


 だが威力までは殺し切れず、二人は体勢を崩すと、二人の内の片方──魔法を撃ってきていた盗賊の心臓に向かって淵鯉ふちてがみの切先が突き刺さる。


「グハァッッ!?」


「ロウッ!!」


 仲間の胸に淵鯉が刺さったのを目撃した盗賊が思わずその仲間の名を叫ぶと、突き刺したクラウンがキッと叫んだ盗賊の方に目を向ける。


「仲間を心配する余裕があるのか?」


「──ッッ!?」


 クラウンは淵鯉ふちてがみを盗賊から引き抜くと、その勢いのまま身体を捻り、最後の盗賊の両脚目掛け薙ぎ、容赦無く盗賊の両脚を切断した。


「……は?」


「さて。準備完了だな」


 クラウンは満足そうに息を吐くと、淵鯉ふちてがみを地面に突き刺した。



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 状況が飲み込めず間の抜けた声を発する事しか出来なかった盗賊は、自身の身体のバランスが崩れていく感覚に戸惑うと、そのまま重力に従い両脚から身体がズレ落ちる。


「──ッッ!? ガ、ガァァァァァァァッッ!! あ、あ、脚……ッ!? おぉ、俺の脚がァァァァァッッ!!」


 そこで漸く脳に現実が浸透したのか、同時に全身──両脚以外だが、身体に悶えなければ我慢出来ない程の痛みが襲い、絶叫を上げる。


 それと同時に切断された両脚からおびただしい量の血が噴き出し始め、このままでは数分と持たずコイツは当然失血死するだろう。


 まったく世話の焼ける。しかし死なれては困るしな。致し方無い。


 盗賊の首に手を回しながらスキル《救わざる手》を発動し無理矢理延命させながら念の為にと《水魔法》で水球を作り出し、切断した両脚の切断面にその水球を当てがう。


「グゥ……ガァァアアァァァァッッ!!」


「暴れるな。傷口には《水魔法》による水圧で一時的に止血してあるし、私のスキルで触れている間は死なん。……まあ、痛みは止まないがな」


「な……なんで、俺だけ……」


「聞きたい事があるんだ。貴様等の根倉の場所を……な。出来れば素直に話してくれると助かる」


「だ……れが、お前なんか──」


「ほう」


 私は脚の切断面に思い切り爪を立てた指を突き立て、抉るように動かす。


「ガァァアアァァァァッッ!? 痛い痛い痛い痛いッッ!!」


「自分の立場を理解しろ。選択肢など二つだけ。いいか?」


「……なん、だ」


「さあ選べ。我を通し、私に苦しまされながら死ぬか。それとも素直に話して楽に死ぬか……」


「た、助けては……ッ!?」


「私と、私の身内を狙った時点で諦めろ。奇跡でも起きん限り、お前の寿命は数分と無い。……まあ、延びるだけ苦しむ事にはなるがな」


「クソッ……クソッ……!!」


「さあ、選択の時だ。選べ」


「……クソ……」


 盗賊はそれだけ呟くと、涙を流しながらポツリポツリと根倉の場所を話し始めた。

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