第六章:殺すという事-13

 

「うーーん? なぁんで答え合わねぇんだ?」


「アンタまたケアレスミスしてる……。そっちの計算違うじゃないのよっ!」


「あぁ? ……ああ本当だ」


「おんなじミスし過ぎよアンタ。こんな計算、家が家なら五歳でもミスらないわよ」


「う、うるせぇなっ!! 俺ァお前が言う〝家〟ってとこで育ってねぇんだよっ!! 計算なんて……」


 ──馬車旅を始めて五日目。


 私達は昼食をり終わった後の午後を満喫していた。


 ……というか勉強会が開かれていた。


 私には無いが、ロリーナを含めた五人には各々教師から道中にやるようにと渡されていた課題があるらしく、皆がそれに打ち込んでいる形である。


 これからエルフを二十人ばかり皆殺しに行く予定にしては呑気で欠伸が出そうな光景だが、二週間という長旅でそんな緊張感を持ち続けられるわけもなく、結果こうした目的とは非常に温度差のある状況に落ち着いた。


 因みに魔術学院でも計算──算術は勉強する。


 魔術に計算が必要なのか、という疑問を持つ者は少なからず居るが、これも出来るのと出来ないのとでは魔術の出来に差が生じる。


 《空間魔法》は座標の計算が必須なので当然必要だし、他の魔術──例えば《炎魔法》の魔術ならば、その威力や延焼範囲などをあらかじめ算出し、イメージ通りの効果を再現出来る。


 欠かせない要素の一つと言えよう。


「……? ね、ねぇ。「荘厳」と「厳格」……詠唱に使うならどっちのほうが良いの?」


「うーん。発動する魔術によるかな。《地魔法》みたいな重量や物量、質量重視の魔術なら「荘厳」だけど、《炎魔法》みたいに大きさとか勢いを重視するなら「厳格」……かな。意味合い的に」


「そ、そんなに違うのね……。未だによく分かんないわ……」


「ふふ、そうだね。でも言葉一つ一つの意味を知ってるのと知らないのとじゃ詠唱する時のイメージとの差がハッキリするから、やっぱり必須だよ」


「そうよねぇ……」


 詠唱の際に用いる単語選びも、魔術に於いては重要な要素の一つだ。


 ロセッティが説明していたように単語一つ一つの意味を理解し、意識して詠唱で使う事で唱えた魔術と自身のイメージした魔術に差が無くなり、思い通りの物を発動し易くなる。


 加えてより強い意味を持つ単語を用いれば当然威力や効果も増し、場合によっては自然現象では起こり得ない現象すら付与する事も可能だろう。


 ただやはり起こり得ない現象の再現はそれだけ難しく、己の魔力操作能力や想像力が試される高難易度な技術だ。物に出来るかどうかで、周りの評価も変わるだろう。


「うん。あ、グラッド君。この薬草って毒あるやつだったよね?」


「んー? あー、いやいや残念。これポーションの効果を補助する役割がある「ヒカゲノクサ」。毒があるのは茎の部分に細かな産毛が生えてる「ヒカゲワライクサ」ね」


「え? ……わ、本当だ、よく見たらちょっとだけ短いのが……。気付かなかった」


「ムリもないよーっ! 薬草を生業にしている人でも注意を払うような部類だからね。あ。後、葉の形が微妙に違うだけのやつに「ヒカゲモノミクサ」ってのもあるんだけど、こっちは効能も無ければ毒もないただの雑草だから注意かな」


「……本当だ、ちょっと形違う。詳しいねグラッド君っ!」


「あ、あはは。まー、ね」


 薬草学に関しては必修ではないが知っておいて損は無い部類と言える。


 学院で魔術を修めた者の中で貴族などの家督を継ぐ者以外はこの国で研究者や貴族お抱えの魔術師、中には成績を認められ王城にて仕事に就く物もいる。


 そういった仕事に就いた魔術師は遠征などで遠出する事も珍しく無く、その道中で怪我や病気を患った際にそういった薬草の知識は非常に役に立つ。


 予め用意しているならばそれに越した事はないし、《回復魔法》や《浄化魔法》を扱えればまた変わってくるが、私の様に無制限に荷物を持ち歩けるわけでもない者にとって荷物は極力減らしたい。


 ならばそういった薬類は最低限だけ備え、可能であれば道中の薬草で済ませられるだけ済ます、という考え方が主流だったりするのだ。


 勿論道中に該当する薬草が自生している必要があるわけだが、目的地を目指す道すがらのルートを予め調べ上げ、自生する薬草に応じて手持ちの調整をすればいい。


 故に薬草学を修めているかいないかは将来の仕事を左右する。


 現に家督を継承する貴族で薬草学を修める者は少ないが、それ以外の者は大半が修める科目と言えよう。


「ねぇロリーナさん。ボク薬草には詳しいんだけど、他のポーションの材料には疎くてさー。この「豊栄石」ってやつの用法用量ってどんなのがあんの?」


「……「豊栄石」は粉末にした物をごく少量用いる事で薬草の効果──特に体力回復効果を高めてくれる効果があります」


「へぇー。石が、ねー……」


「ただあくまで石は石。人体では消化吸収が出来ない物なので、効果が良いからと過剰摂取すると胃もたれや腹痛……最悪の場合は腸内でそれが詰まってしまう事があります。この症状は石類の素材の大半が該当しますね」


「うへー、怖っ」


「ただ中には「養解石」という石もあって、これは珍しく消化吸収が可能です」


「そうなの? 石なのに?」


「「養解石」は厳密には石というより植物に近いんです。〝セキソウ苔〟という自身の子孫を折り重ねるように成長させていく苔が何十何百年という歳月を掛けて重なり続けた結果、性質が石の様に硬質になったもの、と言われています」


「ふーん、知らなかったなー……。で、その効果は?」


「単純に栄養価が豊富なのと効果の即効性が期待され、更に痺れなども解消されます。ただ……」


「ただ?」


「かなり珍しい素材なので入手が非常に困難なんです。ポーションの素材に使うには勿体無いかと……」


 ポーションの材料に使えるのは何も薬草だけではない。


 ロリーナが説明している通り石なんかも素材として使えるし、樹皮や樹液、魚の鱗や骨、動物の臓器や分泌物なんかは多用される部類。中には特殊な環境下で降った雨水が溜まり続くて出来た小さな湖の水や、沈まぬ太陽の光を浴び続けた花の花弁、竜の寝所となっていた石なんかも時には材料として研究されている。


 まあ前半は兎も角として、後半の材料は大半がポーションの材料に使うには勿体無いような物ばかりでまともに研究は進んでいないという話。先程ロリーナが言っていた〝養解石〟もこの部類だろうな。


「ふーん。そりゃまたエライ素材があったもんだね。……ところでさ」


「はい?」


 グラッドが私の方をその糸目で窺うように見遣ると、他の者も釣られるように私に視線を向けた。


「ボスってさ、ポーション作ってる……んだよね?」


「そう、ですね」


「……あの材料って……」


「魔物の血……ですね」


 皆が勉強会を開いている中、当の私は何をしているのかといえば、ポーションの研究である。


 それもただのポーションではなく、以前私が作った魔物の血を使った通称〝魔物化ポーション〟。その改造品だ。


「魔物の血って……あの樽一杯っ!?」


 地面に広めの机を置き、その上には様々な研究道具。そして横には大人一人が入りそうな大きさの樽になみなみ入った魔物の血が置かれている。


 青空の下こんな物を広げているんだ。側から見れば、そりゃあ異様だろうな。


「以前話したクラウンさんが討伐した魔物から採取した血液ですね。何に使うんだろうと思っていたのですが、まさかポーション作りとは……」


 以前作った魔物化ポーションは、露天で売っていた血を素材に使い、完成させた。


 それをロリーナの育ての親であり薬草のプロでもあるリリーに見せ、その効能の一つである〝動物を魔物化させる〟というのを説明したところ、危な過ぎる、と言われ封印。


 故にこの魔物化ポーションの研究自体はその時に打ち止めとしていた。


 ──のだが、左腕を復活させる際に魔力が異常な速度で大量に失われ、危機を感じた私は苦肉の策でそれを飲んだのだ。


 すると魔物の因子を云々と《天声の導き》に告げられながら魔力が持続回復するという効果が現れ、私はなんとかその場をやり過ごした。


 この効果に目を付けた私はリリーには悪いがこの魔物化ポーションの改造を密かに再開し、「暴食の魔王」との戦いにも一助となってくれた。


 魔物の因子を取り込むと色々と人体に支障を来たすという副作用があるらしいのだが、私の《強欲》がその因子を自身の経験値に加算し、副作用は無いものになっている。


 まあ、私しか使えないので新たなポーションとして発表などは出来ないが……。


 ──と、そんな経緯のある魔物化ポーションを今私は急ピッチで拵えているわけである。


「はあ〜……。わざわざ旅に出てまで研究しなくても良くない?」


「そうだぜ。……まあ、課題やってる俺等が言えた義理じゃねぇが」


「私達は必須だからやってんでしょっ! でもクラウンは別に机広げてまでやる必要ないじゃない」


 まあ、確かにこんな旅に出てまでやるような事ではないな普通は。移動休憩の短い間にやるような事では……。私とて必要でないなら今すぐにでも切り上げて読書に興じる。


 だがそれでも地道に進めなければならない事情があるのだ。


「お前達が思っている以上に、このポーション作りは重要な案件だ。こうして小さな時間を使ってでもやらねばならない、な」


 これをきわめなければ、〝あの計画〟で大きな支障を招く事になりかねない。それも国──いや世界規模でだ。


 故に割ける時間がある限りはこの魔物化ポーションの研究に心血を注ぐ。戦争の、その日までに……。


「ふーん。まあ別に良いけどね。血生臭いって問題を除けば……」


「今風無いからいいけど、風出たら課題どころじゃなくなるねぇ」


「安心しろ。その時は私が《風魔法》の魔術で──」


『警告。警戒網範囲内に複数からなる敵意を検知』


 ……何?


 天声の言葉に意識を集中させると、私が張っていた警戒網内の端に五つの敵意を持つ反応がこちらに向かって来るのが分かった。


 移動速度から見て馬に乗り真っ直ぐ向かっているだろう。このままでは後数分でこの場に到着する。


「何よ、急に黙って……」


「お前達、課題を片付けろ」


「はあっ!? そんな急に課題出来るわけ──」


「そういう意味ではないっ。……何者かがこちらに向かって来ている」


「……え?」


「恐らくは盗賊のたぐいだろう。焚き火の煙を見付けたかなんかで場所を特定し、私達を襲うつもりのようだ」


「え、えーーっ!?」


「だから早く課題をしまいなさい。……迎え討つぞ」


 私は研究道具をポケットディメンションに突っ込み、邪魔になりそうな物も片付ける。


「え、でも旅の行商人とか馬車とかの可能性は無いんですか?」


 そうロセッティが課題をしまいながら不安そうに聞いてくるが、それは有り得ない。


「反応は五つあるが動きに一貫性が無く無軌道でバラバラだ。普通の行商人でそんな動きをする意味は無いし、馬車では不可能な挙動だ。第一敵意があると言ったろう? 例え行商人だったとしても敵意を持って向かって来る相手を迎え討たない理由はない」


「わ、分かりましたっ!」


 竣驪しゅんれいの実力なら例えキャンピング馬車を引いていようと撒けるだろうが、薄汚い雑魚に追われるという状況は気に食わん。真正面から叩き潰す。


 はあ。まったく、余計な時間を割きたくないんだがな……。致し方無い。


「……あのさぁボス」


「ん? なんだグラッド。後少しで奴等が来るぞ」


 片付けながらグラッドに振り返れば、その顔には何やら良からぬ事を企んでいる、と顔に露骨に書いてあった。


 なんなんだこんな時に……。


「いやねー。俺達はクラウンさんの実力を知ってるよ? 確かなものだってね。……でも」


「なんだ、勿体ぶって」


「いやねー。ボク達に「エルフを殺せ」って言うけど、実際クラウンさんはどうなのかな、って」


「……つまり?」


「ボク達に証明してよ。クラウンさん自身も、ちゃーんと「他者を殺せる」って覚悟がある所を、さ」


「……成る程」


 要は「命令しておいて自分は出来ません」なんて有り得ないから実際に盗賊を殺せるかどうか見せて欲しい、と。そういう事か……。


「ちょ、ちょっとグラッド君っ! 今はそれどころじゃ……」


「あ、私も観たい。私散々言われたけど、実は腰抜けとか洒落になんないし」


「俺も知りてぇな。クラウンさんの覚悟ってのを」


「み、みんな……。ちょっと待──」


「構わんぞ」


「え?」


 ロセッティがグラッド達をいさめようとしたのを私が止め、敢えて笑って宣言する。


「お前達は馬車の中に居なさい。私が五人全員、キッチリ仕留めて見せよう」


「へ、へぇー……。そりゃ、見ものだね」


「ああ。ちゃぁんとその目に焼き付けなさい。私がどんな人間で、君達がどんな人間の部下になったのか、再認識するんだ。良いな?」


「ふ、ふんっ!! 見せて貰おうじゃないのよっ!!」


「楽しみ……はちょっと違うかもだけど、見させてもらうよー」


「ちゃんとやってくれよ? アンタが万が一負けたら俺等にとばっちり来るんだからな」


「誰に物を言っている。……ほら、早く片付けて馬車に入りなさい」


 それから私達は急いで広げていたテーブルや焚き火などを片付け、四人を馬車へと押し込む。すると──


「クラウンさん」


「ん? なんだロリーナ」


 ロリーナが少しだけ心配そうな目で私を見ながらそっと手を握ってくる。


「大丈夫だとは思いますが、どうかお気を付けて……」


「ああ、ありがとう。だが安心して良い。君が居る限り、私は誰にだって負ける事は無い」


 そう答え、ロリーナも馬車の中へと促した。


 ロリーナを守る。


 これ以上に私にやる気を与えてくれるものは無い。


 盗賊など、羽虫を潰すように始末してくれる……。


 後十数メートルに迫り来る盗賊達に対し、私はノーマンから受け取った新たな槍を《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》から取り出し、余裕を持って迎えた。

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