第六章:殺すという事-12

 

「う、うおぉぉう……」


「で、デカイねー……」


「こ、これ……大丈夫なの?」


「あ、あば、暴れたりしません?」


 四者四様、それぞれに反応を見せるディズレー、グラッド、ヘリアーテ、ロセッティの四人。


 彼等の目の前には先日完成したキャンピング馬車と、それを先頭で牽引出来るように繋ぎ止められた威風堂々たる|竣驪しゅんれいの姿があった。


 最初キャンピング馬車の存在にも驚いていた四人だったが、竣驪しゅんれいの姿を目の当たりにした瞬間、皆がその場で一斉に凍り付いた。


 まあ、色々と通じ合った今では竣驪しゅんれいは見目麗しい巨馬としか私の目には映らないが、初見で彼女と対面すれば誰しもがそんなリアクションになるだろう。


 竣驪しゅんれい自身もそんな反応に慣れているのか、四人の一見失礼とも取れる反応に「ブルルンッ」と鼻を鳴らして斜に構えている。


 竣驪しゅんれいを私が貰い受けてから三日程経ったある日、私に漸く砦攻略の勅命が下された。


 ムスカの眷族を置いている関係で容易に連絡し合えるようになったコランダーム公から「何故平民に陛下から勅命が下るのだっ!!」と事情を知らない貴族共から質問責めされている、と長い愚痴を聞かされたが、そんな事は知らん。


 そもそも砦攻略にわざわざ国王陛下からの勅命が必要なのか、とも思ったが、国王陛下からの勅命だからこそ質問責め程度で済んでいるという話だ。


 これがコランダーム公や、例えばアゲトランド侯からの命令だった場合、他貴族から「自領の兵の方が相応しい」と点数稼ぎ目的で横槍が入る可能性がある、と……。


 しかし国王陛下からの勅命だからと全く反発が無いわけではない。故の一月を費やした根回しが必要だった。


 面倒な話を簡潔に纏めれば概ねこんな感じだ。


 まったく、何処の世界でも政治は本当面倒この上無い……。


 ──と、そんな事よりだ。


 勅命が下されたその日に私はロリーナと四人に声を掛け、翌日にはここカーネリアの南に位置する運搬ギルドの敷地内の一角を借り、集まっているわけである。


 私は兎も角、ロリーナや四人は一応今日も学院で授業がある日ではあるが、事情を理解している師匠の計らいにより五人はこの砦攻略自体を〝特別課外授業〟として処理し、成果次第で点数が貰えるようになっている。


 それを聞いた四人はこの上無く張り切っていたが、今こうして竣驪しゅんれいを前にしてその張り切りが鎮火してしまった。


竣驪しゅんれいは私に服従を誓っている。私の許可なしに他人は襲わんし暴れもせん」


「そ、そうなの?」


「だがだからと言って機嫌を損ねないわけではないから接し方には気を遣え。概ね貴族令嬢を扱うくらいが丁度良いだろうな」


 私に従うとはいえ元々から気位が高く気難しい子だ。下手な接し方は止めておくに越した事はない。


「……あの、クラウンさん」


「ん? なんだロリーナ」


「気のせいでなければ、先程から竣驪しゅんれいに睨まれている気がするのですが……」


「む?」


 ふとロリーナを見る竣驪しゅんれいの顔を見てみれば、その眼には露骨に敵対心が宿っており、今にも突っ掛からん気迫すら感じる。


 物事には基本的に慎重に挑むロリーナが下手に竣驪しゅんれいにちょっかいを掛けて機嫌を損ねるなど有り得ないだろう。


 ならばその原因はなんだろうか?


「く、クラウンさん……」


 流石のロリーナも竣驪しゅんれいの鋭い眼光に曝され続けるのは堪えるのか、珍しく縋る様に私に寄り添うと、竣驪しゅんれいのロリーナに対する剣幕はより一層増し、露骨に不機嫌な素振りを見せる。


 ……これは。


 私がさり気なくロリーナの肩に手を回してみれば、竣驪しゅんれいは戸惑いを露わにしながら興奮したように馬とは思えない唸り声を上げた。


 ……ふむ。


「クラウンさん?」


「いや、まあ、あれだな……」


 竣驪しゅんれいは頭が良い。


 故に一応、ロリーナと四人に先程対面した時に竣驪しゅんれいにロリーナ達を紹介したのだが、恐らくそれを一応は理解したのだろう。


 いや、寧ろ理解し過ぎたのだ。


 ロリーナの紹介と、他四人の紹介の仕方に明らかに差があり、私がロリーナを特別扱いしているのだと。


 そして私とロリーナの会話や距離感を見て抱いたのだ……嫉妬心を。


 馬らしからぬ、なんとも理知的で感情的な反応。


 今にして思えば竣驪しゅんれいを引き取った際、飼育員であったベンは何度も「嫁がせる」や「生涯のパートナー」と口にしていた。


 もし竣驪しゅんれいがその言葉を〝文字通りの意味〟で理解してしまったのだとしたら?


 ……。


 …………。


 取り敢えずロリーナに回していた手を退け、ロリーナを睨む竣驪しゅんれいの前に立つ。


竣驪しゅんれい


「ブルルンッ!!」


「すまないが竣驪しゅんれい。私は人間で君は馬だ。確かに私は君を愛おしく思っているが、それはあくまで敬愛や慈愛の類。お前が想ってくれているモノでは、残念ながら無い」


 側から見れば何言ってんだコイツ、と思われても不思議ではない光景だし、私自身こんな事を馬に語り掛けている事に違和感が拭えない。


 だが彼女は馬にしてはかなり頭が良いし、四人に「貴族令嬢を扱うくらい丁重に──」と言った手前、ハンパは出来ない。


 やるからには、ちゃんとだ。


「ブルルンッ!? ブルルンッ!!」


 戸惑いたじろぐ竣驪しゅんれいに私は手を伸ばして彼女の顔をそっと撫でる。


「すまないな、分かってくれ。それに私が生涯君を必要としている事に変わりはない。その想いに偽りはないんだ。許してくれ」


 想像でしかないが、浮気を咎められた言い訳をしている気分というのはこんな気分だろうか?


 しかし何にせよ、私はあくまでロリーナ一筋。彼女だけを愛すると決めている。アーリシアにでさえ私は距離を置いているのだ。馬にそういった感情は流石に向けられん。


 例え馬相手であろうと、そこは妥協しない。


「……ブルン」


 竣驪しゅんれいは私の気持ちが伝わったのか、目に見えて落ち込みを見せるものの、小さく鼻を鳴らして「もういい」とそっぽを向く。


 本当、気位の高い子だ。


「ありがとう。……ロリーナ、もう大丈夫だ」


「は、はい……」


「怖がらせてすまなかったな」


「いえ、大丈夫です。……まだ睨まれている気もしますが……」


「何?」


 私が竣驪しゅんれいに振り返ると、少し遅れて彼女は再びそっぽを向き、「何もしてませんけど?」とでも言いた気な視線を送ってくる。


 ……時間、掛かるな。


 ______

 ____

 __


 そんなクラウンと竣驪しゅんれいのやり取りを横で見ていた四人は、苦笑いを浮かべ各々に意見を口にしていた。


「う、馬と会話してんだけど……アイツ」


「というか馬も言葉理解してるよねーアレ……」


「お、お前等、あの馬が何言ってっか分かるか? 俺には分からん」


「分かるわけないでしょっ!? ただ機嫌悪そうだなってくらいしか分かんないわよっ!!」


「だよな……。散々見せ付けられてきたつもりだったが……」


「うん。ボスって、やっぱボク等と次元違うよねー。色々な意味で」


「ハハッ、そうね……。ロセッティ? 何呆けてんのよ?」


「あっ! う、ううん……。ただ、動物と話せるの、ちょっと羨ましいな、って」


「ふーん。まあ、話せてるかは微妙だけど、気持ちは分からないでもないわね」


「で、でしょ?」


「でも求婚されるのはゴメンだわ」


「そ、それも、そうだね……」


「あ、話着いたみたいだよ? まだ馬──竣驪しゅんれいが若干険悪だけど」


「そうみたいね。……私達は仲良くしておきましょ? あの眼に睨まれたくないし……」


「だね」


「だな」


「うん……」


 __

 ____

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 さて、ちょっとしたトラブルがあったわけだが改めて……。


「ロリーナ。それと四人共、準備は良いか? 忘れ物、無いか?」


「私は大丈夫です」


「私達も大丈夫よ。って言うか、アンタの《空間魔法》で忘れ物あっても取りに行けるじゃない?」


 確かにそうだな。だが──


「私がそんな怠慢許すと思っているのか? お前達がどれだけ望もうが必需品でないなら協力はせんぞ?」


「何よケチ臭いわね」


「ほう。何ならお前達が私に預けた娯楽グッズを私の一存で出し渋っても構わんのだがな?」


 例によって大きな荷物になる物は全て私が預かり《空間魔法》のポケットディメンションに収納している。


 キャンピング馬車に収納に共有するような物──食器類やキャンプ道具等──諸々は収納されているが、直ぐに使わなかったり露骨に嵩張かさばる物は相変わらず私が預かっているのだ。


 その中には彼等が持ち寄った道中の暇潰しの為のチェスなどの娯楽グッズも含まれている。


「ひ、卑怯よそれはっ!?」


「そう思うんなら発言を改めるんだな。私の力に頼るんじゃない。……特に今回の砦攻略はお前達主導なんだからな」


 今回のエルフ領にある砦の攻略はロリーナと四人によるエルフの殲滅が目的だ。私はあくまでもそのサポートをするだけ。


 一応、アンブロイド伯の部下に一人強者を時間差で送って来て貰い、私はソイツを相手はする予定だが、他エルフに、私は一切手を出さない。


 私ばかりに頼られては困る。


「わ、分かってるわよ……」


「初めての長旅だ、浮かれるなとは言わない。だが〝その時〟が来たらキッチリ覚悟を決めてもらうぞ。……エルフを殺す、覚悟を」


「……ええ」


 まったく、先が思いやられるな……。


 砦内は渡されている資料によれば兵士が二十人以上は詰めているという話だ。


 それを五人で捌くのだとすれば最低でも一人につき四人はエルフを仕留めて貰わねばならない。


 〝最低でも〟四人だ。当然それ以上仕留めてもらう必要があるのだ。


 それなのに私頼りな傾向が透けて見える……。いざとなれば私が助けてくれるとたかをくくっているのだろう。なんとも情けない……。


 まあ、今回はそんな意識を変える事も目的の一つではあるのだが……。それも追々か。焦りは禁物だな。


 兎に角──


「ほら、早く馬車に乗り込みなさい。早速向かうぞ」


「わ、分かったわよ」


 私の言葉を受け露骨にテンションの下がるヘリアーテと、それを背後で聞いていた三人。


 ロリーナは未だに竣驪しゅんれいからの視線に怯えている。


 ……はあ。


 緊張感が無いのは困るが、だからといってここまで湿っぽいのもな……。


 致し方無いか。


「今夜は決起集会──とは少し違うが、美味いものを喰わせてやる」


「えっ!?」


「お前達には頑張ってもらうからな。これも最低限のサポートの一環だ」


「う、うんっ!!」


 私も甘いな……。前世の無慈悲だった頃が懐かしい……。


「分かったならいい加減乗り込め。竣驪しゅんれいとキャンピング馬車の存在に周囲がざわつき出した。早く出発したい」


 そこで漸くヘリアーテ達は馬車に乗り込み、私も御者台に座り竣驪しゅんれいに繋がれた手綱を握る。


「頼むぞ竣驪しゅんれい


「ヒィィィィィィィィィィンッ!」


 高らかに竣驪しゅんれいいななくとそのままキャンピング馬車を引き歩き出す。


 一応昨日、竣驪しゅんれいでキャンピング馬車を引けるかテストしたが、今日も問題無く引けている。彼女も苦痛そうではないな。


 竣驪しゅんれいはそのまま私からの手綱の感触通りに歩を進め、運搬ギルドを出てカーネリアの街を出る。


 ここから約二週間、馬車の旅が続く。


 色々と問題はあるだろうが、そこは私がなんとかしよう。


 特に男女での寝泊まりだからな。信用していないわけではないが、万が一があると今後の人間関係が非常に面倒になる。


 ……無いとは思うがあの二人がロリーナに手を出せば私はきっと冷静でいられんだろうな。


 まあ、杞憂だろう。


 あの二人も、私に殺されたくはないだろうからな。


 ……後で一応釘を刺しておくか。


 ______

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 __


「……内装、スゲェな」


「これ本当に馬車の中? 学生寮より明らかに快適なんだけど?」


 馬車に乗り込み、動き出して少ししてからディズレーとグラッドがフカフカのソファーに座り畏まりながらそう呟く。


「そうね。しかもそっちにはお風呂とトイレも完備してんでしょ? 馬車なのに揺れとか殆ど無いし、至れり尽くせりじゃないっ!」


 当然の話だが馬車の長旅にはどうしても衣食住に不便な問題が付き纏ってくる。


 クラウンの能力により衣食住の内、衣食は問題無かったが、どうしても住だけはクラウンの能力だけでは厳しいものがあった。


 特に風呂とトイレの問題は深刻。今まではクラウンの《精霊魔法》で簡易的に作りはしたものの、流石の彼でも満足いくものは用意出来なかった。


 だが今回からは違う。


 馬車内に備え付けられた風呂とトイレはクラウンがコランダーム公に頼み紹介してもらった専門店で拘り抜いて選んだ物。


 貴族の屋敷にあるものよりも下手をすれば良質な物が取り付けられていた。


「こ、この馬車一台でどれだけお金を……」


「あー、それさっきボスにコッソリ聞いたんだけどさー──」




『小さな屋敷ぐらいなら建つぞ。まあ、それでも大分安くして貰っているがな。いやはや、人脈というのはやはりあって困らんな』




「──ってさ」


 グラッドから聞かされたクラウンの言葉に一同は息を呑む。


「小さな屋敷……って。大体金貨五百枚くらいだよね?」


「なんでアイツそんなお金持ってんのよっ!? 辺境伯の嫡男だからって自由に使える額じゃないわよっ!?」


「だよねだよねー。ロリーナ、何か知らない?」


 この五人の中で一番クラウンに親しいのは勿論ロリーナだ。彼女なら何か知っているのではないか、と四人の視線が一気に集まる。


 そんな視線に対しロリーナは読んでいた本を閉じると静かに答えた。


「クラウンさんは以前帝国領内で四体の魔物を仕留め、その素材を幾らか売って中々の大金を手にしています」


「な、成る程……」


「加えてティリーザラに帰国してからは国内に潜伏していたエルフの一掃に助力し、その働きの報酬とエルフに加担していた貴族達から押収した品の一部を換金して少しばかりと、更には捕縛したエルフ達の尋問も買って出たのでその際の給金もあの人に支払われています」


「う、うん……」


「それとクラウンさんは暇を見付けてはパージンの鉱山に頻出するようになったトーチキングリザードの討伐に単身向かい、その討伐報酬と素材も売っています」


「え、えー……」


「最後に蝶のエンブレムの生徒、という事で学院から教材購入費や課外学習に困らないだけの給付金が入っています。今回の長旅で使う予定の食材や薪代も、それで支払っていますね」


「う、うわー……」


 ロリーナからの説明を聞き、四人はドン引きする。


 厳密な額までは分からないが、下手な貴族より明らかに稼いでいるのは明白で、馬車くらいならば容易に支払えると察してしまったからだ。


「え、というか聞いといて何だけど、ロリーナ詳し過ぎない? なんで彼の財布事情をそんな……」


「管理していますから」


「……はい?」


「クラウンさんのお財布は彼に言われて私が管理しています。かなり浪費家なので誰かが管理しないと一瞬で溶かしてしまうので……」


 以前クラウンは今まで管理していたマルガレンに代わり、ロリーナに財布の管理を任せた。


 最初は断ろうとしていたロリーナだったが、彼の浪費エピソードを聞いて仕方ないと承諾。その後実際に度々高額品──特にスクロールに浪費をしそうな場面を見てしっかり管理しようと決意した。


 ここ最近クラウンが巷でスクロールを買っていないのはロリーナを説得出来ていないのが関係していたりする。


「こ、この馬車を簡単に支払える額のお金を? 貴女一人でっ!? 何処にっ!? どうやってっ!?」


「あ、いえ、私が直接持っているわけではなく……。あくまで残高の管理とお財布にしているポケットディメンションの使用権限が私にあるというだけで……」


「え? じゃあクラウンさん、ロリーナが居ねぇ間に好きに金使えんじゃねぇか」


「馬鹿ねぇ。残高の管理もしてるって言ってたでしょ? 下手に使ったらこの子にバレるじゃない」


「はい。と言ってもクラウンさんは約束は守る方なので勝手に使ったりはまだ一度もありませんが……」


「夫婦かよ」


「夫婦だね」


「夫婦よね」


「夫婦だよね」


「──っ!? ……そん……まだ……」


「え? 今なんて?」


「なんでも、ありません……」


「ふーん。まあいいや。それより暇だからトランプしましょトランプ」


「え? でも娯楽グッズはクラウンさんに預けたんじゃ……。早速出して貰うの?」


「トランプぐらい手持ちのカバンに入れてるわよ。ほら、やるわよ」


 そう言ってヘリアーテは小さなカバンからトランプを取り出すと適当にカードを切ってから全員に配り始める。


 そして自分の前にも配られたカードを見てロリーナは目を白黒させながらヘリアーテに視線を移した。


「私も、いいんですか?」


「え? 何言ってんのよ。当たり前じゃない」


「トランプは皆んなでやるもんだろ。なあ?」


「人数居た方が楽しいでしょ? こういうのは」


「そうですよ。さ、遠慮せずに」


「……はい」


 ロリーナは僅かに微笑むと、配られたカードを手に取った。


 こうして束の間の安寧が馬車内に広がり、そんな会話を、竣驪を操りながらクラウンは楽し気に聞いていたのだった。


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