終章:忌じき欲望の末-6

 


 例えるならばそう、小さく細いハリガネムシ。


 真っ黒で、いびつで、死に抗いのたうち回るように蠕動ぜんどうする、小さな小さなハリガネムシ。


 ただ、それからは生物ならば誰しもが放つ生気を、一縷も感じない。


 生物かのように動き回るクセに無機質で。


 それでいて何かを求めるように命に触れようと蠢いていて。


 けれどもそれに意味があるかどうかすら理解していない……。


 矛盾という概念をそのまま糸屑として抽出したかのような、不安定で不気味な、決して触れてはならない〝何か〟。


 まるで……そうまるで……。




 世界から拒絶でもされているような──





「ああぁぁ……」


「……」


「あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!?」


 黒いハリガネムシのような何かがユーリに触れ、それが何の抵抗も無くスルリ、と彼女の胸中に滑るように入り込んだ。


 その、数秒した後……。ユーリは途端に叫声を上げ始める。


 痛みや苦しみ、絶望から来る叫びではない。


 それは〝混乱〟。


 脳が〝それ〟を一切処理出来ず、受け入れる事も拒絶する事も出来ず。


 ただただ発生してしまった〝不具合〟に対し、どうすればいいのか分からないと叫ぶ事しか出来ない……。


 人族は勿論、長命種であるエルフ族が寿命一杯を様々な経験に費やしたとて生涯訪れる事は無い筈の、圧倒的なまでの歪み……。


 それを今、ユーリは体感しているのだ。


「くっ……」


 不愉快そうに眉をひそめたクラウンは突き出していた闇琅玕やみろうかんから魔力を引き上げるとすぐさま引っ込め、ポケットディメンションへと訝しげに収納する。


「……クラウンさん」


 そんな様子を半歩後ろで見守っていたロリーナが、クラウンの顔を窺いながら声を掛ける。その顔色は、先程まで哄笑を上げていた時とは打って変わって血の気が引いていた。


「ああ、すまない。気を遣わせたか?」


「いえそんな……」


「心配しなくていい。アレを無茶してまで使おうなど微塵も思ってはいない。……使い方を誤れば、逆に私が今のユーリの様に──いや、もっと酷い事になり得るかもしれんからな」


 そう言ってクラウンは先程まで闇琅玕やみろうかんを握っていた右手に視線を落とす。


 手には何やら黒い靄のような物が纏わり付いており、時折まるで景色が散り散りに離散するように一瞬だけ霞む。


「これ、は……」


「余り見てはいけないよ。キャッツ家の血を引く私だからこの程度で済んでいるが、そうでない者にとってコレは認識する事すら劇毒……。この靄だって黒く見えはするが、視覚がコレの色を正しく認識出来ない故の弊害だしな」


「……《闇魔法》、ではないのですか?」


「もっと……遥かにタチの悪いものだよ。〝世界から否定された〟とは、我が祖先もよく言ったものだ」


「否定……」


「スキルの収集という目的がなきゃ、私だって関わりたくはない代物だな。……まあ、そういったものに返って惹かれてしまう天邪鬼な自分も居るわけだが」


「はぁ。まったく貴方という人は……」


「ふふふ。……さて──」


 景色がブレる右手に空間属性の魔力を送って無理矢理元に戻し、既に大人しくなり口から唾液を垂らしながら虚な目で床に臥すユーリに視線を戻す。


「一秒にも満たない不具合への拒絶反応の筈だが、効果は凄まじかったようだな。一体何を体感したのやら……」


 他人事のようにそう口にすると、クラウンは生気の無いユーリへ《解析鑑定》を発動。彼女の残存魔力を確認する。


(残り魔力は一割弱……。偽装の可能性もあるだろうが、《嫉妬》の発動よりも私の最後の一手を打つ方が速い。そうなれば後は──)


 クラウンはいつもの〝癖〟で今まで頑なに隠されていたユーリの所持スキルを適当に流し見る。


 内容としては戦闘系のスキルは並。隠密・暗殺に関するスキルは最高水準のものが揃っており、後はエルフの皇族やトールキンに由来するようなものと、メインである《嫉妬》……。


 今までに倒して来た敵──特に英雄エルダールなどと比べてしまうと流石に見劣りする品揃えではある。


 が、皇族由来とトールキンに由来するもの、そして《嫉妬》が揃ってさえいれば他のスキルが簡素であっても気にする所ではない。


(まあ、人生の九割を復讐に費やしたんだ。その為の必要最低限のものしか──)


 ふと、クラウンの意識が技術系スキルに向く。


 剣術や短剣術等の一般的な武器術の中。その中に一つ、見慣れないものが一緒に羅列されている。


(これは……《銃術》──)


 直後だった。


 けたたましい破裂音とほぼ同時に、クラウンの額に強烈な衝撃が叩き付けられた。


 小さく頑強な何かが、音速に等しい速度で彼を襲ったのだ。


 その威力は絶大で、《危機感知》による反応に最速で対応したにも関わらず額からは鮮血が舞い、骨にまで到達している。


 後一歩、防御特化のスキル構成にするのが遅ければ骨すら貫通し、脳まで傷付いてしまったかもしれない。


 勿論クラウンならば多少脳に傷が付こうが《超速再生》によって問題無く完治はする。


 だが事が脳であるが故に再生するまでに他の雑多な傷よりも遥かに時間が掛かるだろう。そうなればどうなるか?


「く……そが……。これ、で、も……ダメか、よ……」


「……」


 衝撃を少しでも逃す為に咄嗟に頭を後ろへ引いていたクラウンは、そのままゆっくりとユーリを見遣る。


 その手には掌に収まる程に小さな金属の塊。


 複雑さと均衡。精密さと機能性を限り無く追及した合理性の傑作にして、〝金属片を飛ばす〟事を徹底的に簡略化し老若男女問わずあまねく人種を兵器に変え得る殺傷能力の到達点……。


 硝煙香らせる、その正体は言わずもがな──


「〝銃〟……拳銃かっ!! それもデリンジャーとはなっ!!」


 喜悦と驚嘆に彩られたクラウンの額から一筋の血が垂れ、顔を伝う。


 額に飛来した金属片──弾丸が砕いた額の骨は瞬く間に元の通りに修復されていき、空いた穴に関しては僅かな傷跡を残すのみで既に塞がり掛けていた。


「ふ、ふふふ。そうか成る程」


 使命を果たせぬまま、無残にも落下するひしゃげた弾丸を掴み取るとそれをめつすがめつ眺め、更に笑みを深くする。


「これがお前の奥の手か? 《解析鑑定》に掛けてもついさっきの一撃に関するもの以外の一切の情報が削除されていて読み取れん。その銃もな」


「く……」


「《嫉妬》の内包スキルの一つでも使って情報を消し去り、他者から一切感知されんようにしたな? そうすればこうして実際に使用し情報が更新されるまでこの銃は〝存在していない〟事になるわけだ。ふふふふ」


「……」


「この局面……最後の最後。自身が追い詰められ絶体絶命の更に瀬戸際ッ! この私が油断する一縷の隙を待ち、耐え、堪えッ! 機を見るに敏とひた隠していた最終手段を急所に差し込むッ!! 素晴らしい……本当に素晴らしいぞユーリ……。本当に、惚れ惚れする程に神懸かり的な精神力だ」


「く……」


「ただ残念だったな。私がもう少し──つい一カ月程前の私相手であれば、殺せずとも《嫉妬》を使う隙ぐらいは作れたやもしれん。そうなればしもの私も危うかったな。まあ、タラレバでしかないが」


「く、そっ、たれが……」


「……油断していたし、お前を過小評価し過ぎた。そこは要反省だな。まったくいつになっても私はまだまだ未熟だな」


「ぐぅ……あ゛ぁっ!!」


 なけなしの──本当に最後の最後に絞り出した気力でユーリが再びデリンジャーを構えクラウンを狙う。


 不意打ちは失敗に終わった。いくら撃ち込もうと先程以上のダメージなど一切期待出来ないだろう。


 だがそれに意味は無い事はユーリ自身も百も承知である。この状況から挽回など、彼女自身も考えていない。


 これは、そう。


 渾身の不意打ちを易々と耐えて退けたクラウンへの──嫉妬だ。


 だがその嫉妬に、一つの光が閃いて駆ける。


「っ!!」


「──ッ!?」


 次の瞬間には、デリンジャーを固く握るユーリの腕が半ばから切断され、血のドレスをはためかせながら宙を舞う。


 そのかたわらには、一切の感情を感じさせない無機質で機械的──作り物だと言われても納得してしまいそうな程に冷め切った表情のロリーナが己が光を纏わせた細剣を振り抜いていた。


「がぁ……あ゛ぁあぁッ!?」


 奇麗に切断された断面から止めどなく血が流れ出る腕を、激痛による悲鳴を上げるユーリは弱々しくも抱えるようにして庇う。


 だがそんなユーリにロリーナは全く関心を向けず、二の太刀を振るう為に細剣を引き戻した。


 ……が──


「ロリーナ」


「──っ!」


「……分かるね?」


「……はい」


 ロリーナは一度目を伏せると静かに呟き、細剣を鞘へと仕舞う。


「ありがとう」


 礼を言ってロリーナに笑顔を向け、クラウンは苦しむユーリに死なぬようにと《回復魔法》を掛け腕の断面を塞ぐ。勿論、わざわざ腕を繋いではやらない。


「私がロリーナを最初に止めなかった理由が分かるか? ……お前がロリーナを心配させたからだ」


「ぐっ……ぅゔぅぅ……」


「私自身は大した事は無くとも、客観的に見てさっきの一撃は少々刺激が強かったろうからな。ロリーナからすれば、心臓に悪い事この上なかったろうさ。静謐せいひつな彼女とて、冷静さを欠く事もあるだろう。その腕と……それからこのデリンジャーはその駄賃だ」


 そう言ってクラウンは離れた位置に落ちていたユーリの腕の下にポケットディメンションを開き、それを回収する。


「く、そ……」


「さて……。満員御礼拍手喝采級の余興だったが、少々長くなり過ぎた。そろそろ終幕だ」


 クラウンはユーリの頭に触れ、魔力を集中させる。


「し……嫉……妬……」


「遅い。「不服従の服従要求マインド・ドミネーション」」


「──ッ!!」


 瞬間。ユーリの目からは光が失われ、代わりとばかりに霧が立ち込めるようにして薄紫の靄が彼女の視界を支配した。


「《精神魔法》の魔術であるコレは、術者に強い対抗意識を向けている者の精神の隙を突く魔術。だがその分、対象者の精神力が強靭であればアッサリ弾かれてしまうのが懸念点だ。故に、ここまでユーリを痛め付けたワケだが……。しもの私も心が痛んだよ」


「……そうですか……」


「心配させてすまなかったよロリーナ。色々と上手くいっていたからな。少し気が抜け掛けていたみたいだ」


「……本当に、そうですか?」


「……」


「クラウンさんだって、スキル構成の切り替えに精神を擦り減らしているはずです。ギリギリなのは、貴方だって同じではないのですか?」


「……そうだったとしても、もう終わりだ。私はユーリの全てのスキルを奪い、そして同時に──」


「う……う……」


「おっと、抵抗を見せてるな。暇は無いか。……ユーリ・トールキン・アールヴ。私に全てのスキルを渡せ。その為に《完全継承》に承諾するんだ。いいな?」


「……あ……は、は……い……」


「よし。では、頂くぞ。お前の全てをっ!!」


 そうして発動する《完全継承》。


 クラウンの魔力がユーリと繋がり、彼女から力の奔流が怒濤の勢いで流れ込んでくる。


 スキルや記憶、経験等の情報が魔力に乗せて渦巻きながらクラウンの魂に徐々に定着し始め、脳内に《天声の導き》からのアナウンスが響き渡った。


 そして──


『確認しました。魔法系スキル《陰影魔法》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《銃術・初》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《霊力感知》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《地脈感知》を獲得しました』


『確認しました。補助系マスタースキル《皇帝覇気》を獲得しました』


『確認しました。補助系マスタースキル《森精族の主》を獲得しました』


『確認しました。補助系エクストラスキル《蟲神の加護》を獲得しました』


『確認しました。補助系エクストラスキル《讐神の加護》を獲得しました』


『確認しました。補助系エクストラスキル《隠神の加護》を獲得しました』


『確認しました。補助系エクストラスキル《霊樹の加護》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《陰影魔法適性》を獲得しました』


『確認しました。補助系ユニークスキル《嫉妬》を獲得しました』


『条件を満たしました』


『確認しました。補助系エクストラスキル《錯乱のオーラ》を獲得しました』


『確認しました。補助系マスタースキル《原罪》を獲得しました』


『確認しました。補助系エクストラスキル《悪神の加護》を獲得しました』


『確認しました。補助系マスタースキル《欲神の加護》を獲得しました』


『エクストラスキル《大欲》の権能が発動しました』


『これにより種族的特性を抽出、スキル化します』


『スキル化に成功しました』


『確認しました。補助系スキル《光合成》を獲得しました』


『重複したスキルを熟練度に加算しました』








「……」


 クラウンはユーリの頭から手を離し、天を仰ぐ。


 殺伐としたこの場の雰囲気とは裏腹に天井の黄金の葉は厳かに……静かに揺れ、風がそれ等を撫でる様に優しく吹く。


「……クラウンさん?」


「……」


「クラウンさんっ!」


「……すまない。胸中に満ちる喜びに高らかに笑いたいのは山々、なん、だが……」


『警告。クラウン様の魂に許容量を遥かに越えるスキルが定着しました』


『これにより全スキルの発動を緊急停止。魂からの魔力供給を生命維持に必要分を除いて全て遮断。以降この問題が解決するまでこれ等の処置は解除されません』


天声の導きも発動を停止します。おやすみなさいませ。クラウン様──』


「──ッ!! ガハッ!! ガッ!?」


「クラウンさんッ!?」


 クラウンは膝を付きながら吐血し、それにすかさずロリーナが寄り添う。


「あ゛、あ゛ぁぁ……くそ。予定通りとはいえ、想像以上に、キツイな……」


 今クラウンを襲っているのは、今まで蓄積されていた肉体的な負担。


 耐性系スキルで抑え切れず、少しずつ積み重なっていたあらゆるダメージが彼を襲っているのだ。


「無理しないで、どうか楽に……。今、癒します」


 ロリーナは不安そうにしながらも必死に集中し、彼に《回復魔法》の様々な魔術を施して現状の治せるだけのダメージを治す。


 だがクラウンを襲う根本的なものまでは治せない……。どこから来ているのか分からない全身の疼痛と果てしない気怠さ。そして何より精神的な疲労までは、その身に残ったままである。


 この魂の不具合を解消するには魂と肉体……その両方が今現在クラウンが抱えている膨大なスキル群を抱えられるようにならなければ根本的解決には至らない。


 そしてその方法は、この場に一つしかない。


「はぁ……。ありがとう、ロリーナ」


「いえ。……それよりクラウンさん」


「──っ! アレは……」


 ──霊樹トールキンとエルフ族は、切っても切れない関係にある。


 その相互関係は世界の理の一部であり、双方のどちらかでも喪失してしまえば世界規模の大混乱を招く事になるだろう。


 故にそのどちらかが喪失の危機に陥った際、世界の危機を自浄する為の〝システム〟が自動的に機能する。


 トールキンの場合は〝芽〟を。


 そしてエルフ族の長の場合には〝果実〟を……。


「少し肩、貸してくれないか?」


「はい。喜んで」


 クラウンの身体をロリーナが支えながら立ち上がらせ、二人で黄金の葉を見上げる。


 そこには葉の天井の隙間から、まるで救いの手でも差し伸べるかの様に一本の枝が垂れ、少しずつ少しずつユーリの方へと伸び。


 その枝の先端には、太陽の様な輝きをそのまま凝縮したかのような……どんな黄金の葉よりも遥かに神々しく、この世の全ての宝石よりも美しい一つの果実が実っていた。


「……アレが」


「はい。貴方の中の《強欲あなた》が教えてくれたという、進化の設計図──黄金の雌果ラウレリン……」


 ──エルフ族のエルフ族によるエルフ族の為の進化の宝珠──黄金の雌果ラウレリン


 霊樹トールキンと契約を交わしたエルフ族の長が生命の危機に瀕した際、霊樹トールキンの中に刻まれている「進化の形」を宿した神秘の果実。


 それを一度食せば、黄金の雌果ラウレリンの内部に内包された進化に必要な〝種としての完成形〟の情報を肉体と魂に刻む事が可能となっており、エルフを一つ上の種族──「森聖種ハイエルフ」へと至らせる。


「ふ、ふふふ。これが、進化の設計図ッ!!」


 ユーリの元まで降りて来た黄金の雌果ラウレリンに触れ、感嘆の息を漏らしながら枝からそれを捥ぎ取るクラウン。


 これこそが、魂の限界を迎えたクラウンを更なる高みに押し上げ、全てを万全に整えるのに欠かせぬ最重要事項──進化を促す果実である。


 本来黄金の雌果ラウレリンはエルフ族にしか作用せず、何なら他種族が触れた瞬間から枯れて腐り、機能を失うだろう。


 しかし皇帝であったユーリからスキルを奪い、その魂にマスタースキル《森精族の主》を宿したクラウンは資格があると誤認され、黄金の雌果ラウレリンを手に取る事を可能としている。


 それはつまり、全ての要素が噛み合い、揃ったという事だ。


「……ではロリーナ」


「はい。クラウンさんが進化する間、ユーリと他の者達からは私が貴方を守ります」


「ああ。いつまで掛かるか分からんが、頼む。なるべく早く、終わらせよう」


「はい。心待ちにしています」


 ──クラウンの進化は、正規の手順を踏むものではない。


 エルフ族にはこの黄金の雌果ラウレリンがあるように、人族には人族の進化の為の設計図が刻まれた〝何か〟が存在している。


 だがそんな喫緊の用意など出来ているわけもなく、今行おうとしている手段はわば〝ルールの隙間〟を突くようなイレギュラーだ。


 進化についてを教えた《強欲》でさえ、黄金の雌果ラウレリンを人族が使った場合にどうなるか……完全には把握してはいなかった。


 だがそれでも理論上は不可能ではない、と。


 他にクラウンが万全を整える手段はない、と。


 これ以外に頼るものなどない、と。


 クラウンはそれを理解した上で今、黄金の雌果ラウレリンを口にしようとしている。


 愛しい愛しいロリーナに、自身を託して……。


「さあ、今こそ、新たなる私の誕生を──」


 そう言って黄金の雌果ラウレリンに歯を立てようとした、その直前だった。


 ふと、視線をユーリの元へやったクラウンの視界に、不可解なものが映り込み、思わず動きを止める。



 それは……〝白銀の果実〟。


 床を破り、小さな若木のようなものが伸び、その枝の先から頭を垂れるかのように実る、鏡のように傷一つ無い銀月の実……。


 それは肉体も精神も極限状態に陥っていたユーリの口元へと──


「──ッッッ!? ロリーナッ!! 奴を止め──」







 シャリッ──

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