終章:忌じき欲望の末-7

 


 七つの大罪を冠する大罪スキルは、他のスキルとは比べ物にならない程にハッキリとした〝自意識〟を有している。


 それは所持者の魔力による供給に関係無く発露し、所持者の魂の中で変わらず保ち続けているのだ。


『ようこそ新たなる《嫉妬》よ。これからは君もクラウン私達だ』


『ふぅん、そう。こういう結果になったのね』


 四方上下を暗黒に囲まれた果てしなく広い空間。


 そこに向かい合うようにして鎮座する三つの異形は、互いが互いを至極愉快そうに睥睨へいげいする。


 一つは、巨大な右腕。指先にそれぞれの感覚器が付いた、赤黒い右腕の異形。


 二つ目は巨大な口。鋭い歯が幾本も並び、長い舌をうねらせる暗黄色の口の異形。


 そして三つ目は巨大な右目。極彩色の虹彩と瞳孔の中にさながら昆虫の複眼のように無数の眼球が並ぶ、滅紫の右目。


 そんな冒涜的と呼ぶに相応しい三つの異形は、まるで世間話でもするかのような軽い調子で会話を始める。


『それにしても新しいクラウンの魂、随分とギリギリじゃない? よく《嫉妬》やら他のスキルを受け入れられたわね』


『いや、魔力の供給を無理矢理止めて誤魔化しているだけだ。少しでも魂に負担が掛かる行為をすれば、たちまち崩壊する。それだけ危うい状況だ』


 常に状況を面白がっている《強欲》の声音に、珍しく焦りの色が滲む。


 ──彼等大罪スキルにとって、宿主である自分達の所持者の命は決して大きな問題ではない。


 何故なら彼等の所持者が例え死のうと、彼等はまた別の相性の良い者に新たに宿る……。つまり自分達が消滅するわけではないのだ。


 今までの宿主達ではその点で妥協し、最低限のサポートや助言程度でお茶を濁して何世代も宿主を変え彷徨っていた。


 だが、今回のクラウンの場合は話が違ってくる。


 彼等大罪スキルにとってクラウンとの遭遇は正に奇跡の邂逅かいこう。千載一遇と言って差し支えない〝とある目的〟遂行の絶好の機会と言えた。


 しかしそんなクラウンの魂が今、限界を超え今にも瓦解してしまいそうになっている。もう二度と無いかもしれない機会が手から溢れ落ちそうになっているのだ。


 故に、破裂した風船を無理矢理補強して萎まないようにしている今の状況は、しもの《強欲》でさえ緊張感を持つに足る窮地と言って差し支えない。


『ふぅん。それで黄金の雌果ラウレリンを使って進化させようってワケね。クラウンを……』


『人族用の設計図を用意出来ていれば一番良かったんだがね。アレは今、大変に都合の悪い場所にある。現状じゃあ手が出ない』


『だからエルフ族用で代用? いくら《森精族の主》を手に入れたとはいえ無茶じゃない?』


『無茶でもやらねばクラウン私達は終わる。それに大罪スキル私達が三人も揃ったのだぞ? まだまだ足りんとはいえ、やれない事は無い筈だ』


『そうだ。そしてだがだからこそ《嫉妬》の力が必要になる。情報を書き換える力を持つ《嫉妬》の権能ならば、エルフ族用の設計図を人族用──いや〝クラウン用俺達用〟に書き換えるのも難しくはない』


『そうね。……どうやら進化に必要なエネルギーはあるみたいだし。これなら〝アッチ〟が無くても問題無いでしょう』


『ああ。それよりも少々問題なのはその〝アッチ〟だ。本来トールキンの果実は〝二つで一つ〟。クラウン私達には黄金の雌果ラウレリンのみが必要だが、もう片方をエルフの女皇帝に食われかねん』


『アラ? もう片方の事、クラウンには教えていないの?』


『〝制限外〟の情報だったものでな。嫉妬が合流して初めて口に出来るようになったが、強欲と暴食私達だけではアレが限界だった』


『そう。だからクラウンにはアドリブで頑張ってもらわなければならない。最悪の場合は──』


『……向こうに先手を打たれる、ね。トールキンのシステムが本格稼働すれば、ユーリ前の私を進化させようと働く……。小細工を使うくらいはするでしょうね』


『ふふふ。流石はというだけはある。進化に至る為の試練といったところだな? ふふふふふふ』


『そうなるかしらね。クラウンには頑張って貰って、大罪スキル私達大罪スキル私達で尽力しましょう。もう《嫉妬》はクラウンなのだから』


『ああ。大罪スキル俺達にとってクラウン俺達は最早ただの方舟はこぶねではないのだからな』


『ふふふふふふ……。さあクラウンよ、存分に頑張ってくれたまえよ? ふふふふふふ……』










 ──存在を更なる次元へと至らせる進化……。


 それをたった一世代内で行える進化の至宝には、二つの要素が内在している。


 一つが、進化先の設計図。自身がどういった姿にり、どんな存在へと至るのかを形造る骨組み。


 二つ目が、エネルギー。本来何十、何百世代と経て到達する筈の進化を、一世代内で完結するだけの膨大なまでの力。


 この二つが揃って初めてその存在は進化の門を潜る事が出来、そしてそれらを内在しているものこそが進化の至宝──エルフ族にとっての黄金の雌果ラウレリンである。


 ──しかし、黄金の雌果ラウレリンに内在しているのは、二つの条件の内の一つ──




 進化先の設計図のみであった。




「ぐぅっ!?」

「くっ!?」


 白銀の果実を齧ったユーリから、突如ほとばしるような強烈な銀光が放たれる。


 余りの眩さに思わず目を閉じてしまったクラウンとロリーナだったが、そんな本能的に閉じたまぶたを強引にでも開け、目の前で起こった異常事態をつぶさに見遣った。


「な、にが……」


「くそ……聞いてないぞ……」


 クラウンがそれを──ユーリを見て苦笑いを浮かべて、そうボヤく。


 ユーリはかじった白銀の実を手に持ったまま、トールキンから伸びる枝に持ち上げられ宙を浮く。


 すると先程と同様、天井の黄金の葉の中から枝が伸び、クラウンが掠め取った黄金の雌果ラウレリンと全く同じ輝きと存在感を放つ果実を実らせる枝がユーリの元へと伸びてくる。


「なっ!? もう一つっ!?」


「なら、そっちは……」


 二人は同時にクラウンの持つ黄金の雌果ラウレリンに視線を落とす。


 が、彼の手に収まる黄金色は変わらずの光明を放ち続けており、今し方ユーリの元に降りて来た物とは寸分違わない。


「偽物……というわけではないのか」


「その、ようです。私の《解析鑑定》でも本物と出ます」


「だが……どうやら囮を掴まされたらしい。まったく、まさか木に一杯食わされるとはな……」


 クラウンは黄金の雌果ラウレリンを握り、ユーリを睨む。


 そしてその口に、もう一つの黄金の雌果ラウレリンが運ばれた。








(…………あたた、かい……?)


 ユーリはクラウンによる一時的な強制洗脳の後も、意識自体は失っていなかった。


 だが彼に《完全継承》によって全てのスキルを奪われた直後から、彼女を支え続けて来た一つの〝柱〟のようなものがごっそりと抜け落ちてしまったような感覚に襲われ、立つ事が出来ないでいた。


 それは肉体的な事も勿論、スキルによる耐性を失った事によって今までの負担がのしかかったっているのだが、何よりもまず〝気力〟が全く湧かないのだ。


 悲鳴を上げる身体に鞭を打ち立ち上がる。


 敗北感を怒りや屈辱をバネにして打ち砕く。


 憎き敵を復讐心で返り討ちにし、逆転する……。


 その発想はある。そう出来れば何より良いと、変わらずに思ってはいる。


 だが、それを実行に移す為の気力が、どうしたって捻出する事が出来ないでいた。


 悲鳴を上げる身体に鞭を打ち立ち上がる──だけどどうせまた叩き潰されるだけ。


 敗北感を怒りや屈辱をバネにして打ち砕く──けどもうあんな責苦を味わいたくない。


 憎き敵を復讐心で返り討ちにし、逆転する──そんな都合の良い展開、今の無能な自分に出来るわけがない……。


 心に残る反骨心はそのことごとくを弱者の弱音で塗り潰され、諦念という安寧と楽観に安堵を覚え、腐る。


 ユーリはもう、敗北を受け入れるつもりでいた。


 ──だが、そんな彼女をトールキンは見捨てない。


 トールキンが最初にユーリに食べさせた、白銀に輝く月光の果実の名は「白銀の雄果テルペリオン」。


 二つあって初めてその効果を発揮する進化の至宝の片割れであり、内在するのは「進化に必要なエネルギー」。


 クラウンはこの白銀の雄果テルペリオンの代用として二万を超えるエルフの魂を使うつもりでいたのだが、本来ならば黄金の雌果ラウレリンとこの白銀の雄果テルペリオンを両方食す事でエルフの皇帝は進化を果たし、更なる種としての高みである森聖種ハイエルフへと至る。


 そしてその白銀の雄果テルペリオンを、ユーリは口にしたのだ。


(甘くて……澄んでて……深い……。優しい……優しい……)


 結果、彼女の中にはそれこそ二万に及ぶ魂と同程度のエネルギーが流れ込み、心身共に満たす。


 一度かじられた白銀の雄果テルペリオンは粒子となって舞い、少しずつかじった当人であるユーリへと馴染んでいき、怪我も、疲労も、苦痛も……。傷付いた何もかもを膨大なトールキンの霊力と生命力が埋め、癒し始めた。


(ああ……そっか……。トールキンも言ってるんだ……。死ぬな……死ぬんじゃないって──)


 ユーリの折れ、消えていた灯火に……再び火が灯る。


「人族のクソカス共をみなごろしにするまで死ぬんじゃないって……。そう言うんだな……トールキン?」


 そう口にしたユーリの前に、まるで応えるように黄金の果実──黄金の雌果ラウレリンが差し出される。


「さあ、クラウン──」


 ユーリは黄金の雌果ラウレリンを手に取り、下から無様にも見上げるしか出来ないでいるクラウンを睨み凶悪に笑って見せ、そして──


「今度はアタシの番だッ!!」


 大きく口を開き、思い切り黄金の雌果ラウレリンかぶり付いた。









 今度二人を襲ったのは、黄金色の太陽の様な輝き。


 トールキンの黄金の葉よりも遥かに眩く、全ての景色を塗り潰して余りある程の怒涛の光の波が、ユーリどころかクラウンとロリーナをすら飲み込み、霊樹拝礼の間を満たす。


 更には元々の白銀の光がそこに混ざり始め、黄金と白銀の洪水が渦潮のように渦巻きながら辺りを支配し始め、様々なものが集約していく。


 魔力、霊力、自然が生む様々な生命の息吹と、アールヴ中のエルフ族の祈り、信仰、そしてグイヴィエーネン大森林全ての森羅万象……。


 エルフに関わるあらゆるものがユーリの進化を祝い、祝詞のりとを紡ぐように謳を唄う。


 それは新たな〝種〟の誕生に対する世界の祝福……。森聖種ハイエルフ降誕の祝賀である。


「ぬぅ……っ!! ろ、ロリーナッ!! 転移の魔法陣をッ!!」


「は、はいッ!!」


 最早その暴力的なまでの光の奔流は二人を苦しめる領域にまで到達し、ロリーナはともかく今の弱体化の極致に陥っているクラウンにはかなり厳しい環境へと変貌。


 故にクラウンはロリーナにテレポーテーションの魔法陣が刻まれた羊皮紙を使うよう叫び、彼女も即座に腰のポーチから魔法陣の羊皮紙を取り出し、広げて魔力を送り込んでその場から転移して逃れる。


「──っくは……」


 無事転移は成功。


 移動先はトールキンの直下──丁度霊樹門の前であり、その周囲には城下町全体を制圧する為に後から駆け付けた前線部隊の一部が駐留していた。


「──ッ!? きゃ、キャッツさんッ!?」


「きゅ、急にどうして──っていうかかなりしんどそうですけどっ!?」


 自分達の前に現れた仮の隊長の突如の出現と、その仮隊長が補助役であるロリーナに肩を担がれている状態に数名の隊員が狼狽ろうばいする。


 が、そんな彼等の気遣いと動揺に構ってやれる余裕もなければ場合でもない。


「お前達ッ!!」


「「は、はいッ!!」」


「全隊員に城下町からの退避命令を通達ッ!! エルフの民衆と共にテレポーテーションの羊皮紙を使用し退避しろッ!! 理由は一々聞くな直ちにだ急げッ!!」


「「はッ!!」」


「それとそこの隊員ッ! その剣を貸せッ!!」


「え、あ、はいッ!!」


 クラウンの鬼気迫る命令を余程の緊急事態と認識した隊員達は、若干の困惑を残しながらもすぐさま駆け出し、一人の隊員は剣をクラウンへ渡すと他の隊員同様に告げられた命令を伝達していった。


「クラウンさん……」


「……応戦する」


「──っ!? 無茶ですっ! 私達だけでは進化を果たしたユーリを止められませんっ! それに……今のクラウンさんは……」


「だがこの場で押し留めねばアレだけで折角の戦況が逆転しかねん……。それに──」


 クラウンはロリーナに貸してもらっていた肩を返し、多少よろけながらも体勢を立て直しながら背筋を伸ばし、未だ物量を感じる程の濃密な光輝を放つトールキン最上階を見上げる。


「こういう……スキルを使えなくなるようないざという時の為に、スキルに因らない身体作りと技術を磨いてきているんだ。多少ならば……なんとかしてみせよう」


「それは……。ですが貴方の進化は……」


「なぁに、なんとかする。それに私達には──ッ!? 来るぞッ!!」


 僅かな地面からの微震を感じた二人は、その場から全力で飛び退く。


 すると直後、二人が居た地面が隆起して割れ、そこから噴出する湧水が如く太く堅牢そうな〝木の根〟が突き上がる。


「これは……っ!?」


「トールキンの根かっ!! つまり……」


 改めて二人はトールキンを睥睨へいげいする。


「……っ!!」


「はぁ……。まったく、笑えないな……」


 ──霊樹トールキンはアールヴ──いや、世界的歴史の中にいても、その威容・威光は不動で不屈の存在として当然のように存在していた。


 世界中の魔力を濾過し、黄金色に葉は広大なグイヴィエーネン大森林のあまねくを照らす。アールヴの首都として何万人ものエルフ族を擁する事が出来る……。それがトールキンの当たり前だ。


 だがクラウンとロリーナ……彼等の目の前にある霊樹トールキンは、最早そんな当たり前を瓦解させるに充分な変貌を遂げていた。


 不動な筈の枝は、さながら動物かのように絶え間なくうねり動き、その枝先は下手な剣や槍よりも尚も鋭く、黄金色の葉はその一枚一枚が薄い刃と化し、黄金の煌めきとはまた違う妖しい輝きを放ち。


 何千何万という年月を支え続けてきた筈のアールヴの大地は、その強靭で頑強な根によって砂糖菓子のように簡単に砕かれ、それ単体で周囲の樹木よりも一回りも二回りも太い幾本も林立する……。


 一つの都市としてすら機能する数百メートル級の大樹が今、クラウンとロリーナ──いては人族に向け敵意を剥き出しにしていた。


「随分と無様な様だなぁ? えぇー? クラウン……」


 声が響く。


 蠢きさざめく樹皮と葉の音に乗り遥か上空──先程までクラウン達が居た霊樹拝礼の間……黄金と白銀に輝くその光源から、妙に澄んだ硝子のような声音が二人に届く。


「──っ! ……ユーリ」


「そっちからはアタシが見えないだろうが、アタシはお前らがよぉーく見えるぞ? まるでトールキンって存在そのものが、アタシの五感になったような気分だ……」


「ほぉう? それは実に羨ましい限りだ。飽きたら交代してくれないか?」


「そいつは難しいなぁ……。何せ──」


 蠢く枝がその矛先をクラウンに定め、林立する根がロリーナへと向く。


「飽きる前に、アンタら殺しちゃうからさァァッ!!」


 ユーリの怒声にも似た叫声に、数えるのも億劫な程の枝と根が一斉に二人に襲い掛かる。


「くっ!!」


「──ッ!!」


 無数の枝が、さなが槍衾やりぶすまの如くクラウンを襲い、掠っただけでもただでは済まない巨木の如き根がロリーナに迫る。


 クラウンはそんな枝による刺突と葉による千刃を借りた剣で応戦。


 しかし余りの高密度の攻撃に全ては捌き切れないと判断した彼は、急所や致命傷に成り得るものをギリギリで見極めてそれだけを捌き、他の雑多なものは最小限の回避でのみ対応。多少の被弾も受け入れた。


 ロリーナに向かう根を、彼女は《光魔法》を駆使して対応。


 一撃が即死級の根の重撃を一つ一つ丁寧に《光魔法》によるバリアで受け流し、地面からの突出攻撃は柔軟な身体を華麗に躱し、その勢いを利用して次の根の回避に活かす。


「へぇ……。案外すんなり躱すじゃん。でもまぁ……」


 ユーリの、嫌な予感をさせる声音が二人に届く。


「増えたらぁ……キツイんじゃない?」


 失笑を漏らした直後。今でも二人を苦しめている枝と根の猛襲が更には苛烈さを増す。


「なッ!?」


「ふふ……。気の早いおかわりだな……」


 数にして約二倍に増量した猛攻に、二人は今まで以上に身体と魔力を酷使する。


 だが最初の方は何とか対応し切れていたものの、ここまで戦い通しだった二人にとってこの圧倒的な凶刃と重撃の嵐は耐え難く、徐々にだが被撃する数が増えてくる。


 特にクラウンは目に見えて身体の動きが悪くなっていき、体力も急速に減衰。


 枝葉による斬撃も夜翡翠よるひすい朔翡翠さくひすいの防御力に頼るしかなく、そんな防具も〝霊樹トールキン〟そのものという武器により傷付き、壊れ始める。


「おやぁぁ? なんだなんだクラウンよぉ? さっきまでアタシを痛ぶってたあの強さはどこ行ったよ、えぇぇ?」


「チッ……!」


「まあ、別にいっか……。アタシお前みたいに趣味悪くねぇし。殺せんなら全力で殺してやるよぉッ!!」


 瞬間、ただでさえ膨大で処理し切れていない枝葉の数が、三倍にまで膨れ上がる。


「ぐっ!?」


 視界内でも収まらない、数万数十万に及ぶ枝葉の剣山……。それは今のただ肉体と技術を鍛えただけでしかないクラウンでは、到底防ぎ切れるものではない。


 即死は、必至であった。


「こ、れは……」


「穴だらけになって醜悪に死に晒せクラウンッッ!!」


「──ッッ!? クラウンさんッッッ!!」


 その時だ。


 根の重撃の勢いを使い大きな促進力としてロリーナが駆け出し、クラウンに枝葉が降り注ぐ直前に彼に急接近。


 クラウンの盾になるように、枝葉の矢面に立った。


「なッ──止ッ──」


「愛してます。生きて下さい」


「ロリーナァァッッッ!!」


 そしてその凶器が、真っ直ぐ容赦無く、クラウンへと降り注いだ。


















 激しい砂埃が、辺りを包む。


 砂埃には数え切れない量の枝葉が地面に向かって真っ直ぐに伸びており、その影響で地面には無数の亀裂が放射状に広がっていた。


「…………」


 そんな砂埃が徐々に晴れていく様を、ユーリは静かに見守っている。


 あのクラウンの様子ならば、トールキンの枝葉を防ぎ切ったり逃れたりするのは不可能だろう。


 仮に盾になったロリーナが全力で《光魔法》によるバリアを張ったとしても、あの物量のトールキンの枝葉ならば容易に砕く事が出来る。


 そうなれば盾になったロリーナ共々、クラウンを始末出来た可能は高い。最悪威力が幾らか弱まりクラウンまでは殺し切れずとも、瀕死にまでは持ち込み、ユーリにとって状況は安泰だ。


 安泰の、筈なのだ。


 だが今や森聖種ハイエルフにまで至ったユーリの胸中は、何故か穏やかではない。


 寧ろ何か……。得体の知れない不安ばかりが募るばかりだった。


 故に、ユーリは砂埃が晴れるのを静観した。


 静観、していたのだが──


「……あ゛ぁ?」


 密集した枝葉の、その只中……。


 そこに、全く見覚えの無いが枝葉を防いでいた。







「……坊ちゃん」


「お、まえ……」


「すみません。遅くなりましたッ!!」


「ふ、ふふ……。流石は──」




「流石は私の側付きだよ、マルガレンッ!!」

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