終章:忌じき欲望の末-8
──ロリーナが目覚めさせた〝欲神〟にまつわるユニークスキル《
その内包スキルも多種多様であり、叶えたい欲望によってそれらを使い分ける事が可能であった。
最初に使用したのは《霧魔法》を用いた舞踏術を駆使するリンドンとやり合った時。
《
この時はまだロリーナも《
ただ覚醒した際ロリーナはその
『この力があれば、クラウンさんに何があっても助けられる』
『万が一……そう、万が一彼に何かあった場合、命を賭してでも助ける為の最期の手段として……』
そう彼女は内心でその多様性に喜び、しかしクラウンにはその事を告げずにいた。
自分の思惑に決してクラウンが賛同しないという事もありはするが、それよりもその権能に対する〝代償〟を、彼が良しとしないと考えたからである。
──〝欲望を叶える〟と言っても、当然の事リスクは存在する。
各種スキルを使うにあたり、共通して要求されるものは二つ。
一つは発動後向こう一年、同スキルが使用不可になる事。仮に一年以内にもう一度発動したい場合、残り日数分だけ魔力が使用不可の状態に陥るになる事。
二つ目が、叶えた欲望と同質・同程度の欲望が自身から一時的に失われてしまい、本人はそれを自覚出来なくなる事。
つまり前回のように《
これだけを聞くならば限定的で充分対策可能ではあるだろうが、仮にこの事が敵方に露見してしまい《霧魔法》を多用されてしまった場合、それはロリーナにとって弱点どころか最早〝必殺〟の攻撃と化してしまう。
意図的にしろ偶然にしろ、これから暫くはロリーナにとって、《霧魔法》は決して対峙してはならない魔法となってしまっている……。それをクラウンが知ったならばどう反応するか? 想像に難くない。
故にロリーナは少なくともこの一時だけ──クラウンの命が危険に晒される可能性がある今だけでも、《
そして数刻前──彼女の予言は最悪の形で訪れ、ユーリが進化を果たしクラウンの命が危ぶまれた時、ロリーナは一切迷わなかった。
彼の盾になりながら《
どんな攻撃だろうと通じはしないと強く願い、今際の際の遺言を口にし、心の底から「間に合った」と安堵した。
自身の名を絶叫するクラウンの声を聞きながら、彼の命を身を呈して守れる事を誇りに、その瞬間が来るのを覚悟して目を閉じる……。
──が、その〝欲望〟は違う形で果たされる事となった。
《
ただ漠然と結果としてその欲望が叶えられるだけであり、その前後や内容は全て天運……。最悪の場合、周囲に甚大な被害を
それが、〝欲望を叶える〟という大それた権能を扱う上でのある意味での代償なのだ。
──しかし。ユニークスキル《
その権能は
それはまさに「最も都合の良い結果」を呼び込む力であり、ユニークスキルという世界で唯一しか存在出来ないスキルに相応しい力であった。
そしてロリーナは身を呈してクラウンの盾となり、その命を救いたい……守りたいと強く願った彼女の欲望を 《
それこそが、今二人の前で大盾を構えトールキンの幾千の枝葉の凶刃を防いでみせた少年──クラウンの側付きであるマルガレンの召喚。
この時マルガレンは〝偶然にも〟クラウンへの絶対的な敬愛と忠義によりユニークスキル《
この時のこの瞬間……彼を呼び寄せる事が何よりも都合の良いと、《
「……坊ちゃん」
「お、まえ……」
「すみません。遅くなりましたッ!!」
「ふ、ふふ……。流石は……流石は私の側付きだよ、マルガレンッ!!」
クラウンは理解が及ばないながらも、久しく見る最愛の従者の登場と、そんな彼が自身とロリーナをまとめて救ってくれた事に対し
が、そんな感動の再会を悠長に満喫している場合ではない。
「えへへ……ありがとうごさいま──ッてわっとッ!?」
マルガレンが構える大盾に、トールキンの枝葉が追撃に押し寄せる。
その勢いは凄まじく、見事トールキンの攻撃を防いでみせたマルガレンをクラウンとロリーナを伴って地面を滑らせた。
「ぼ、坊ちゃんっ!? カッコよく出て来ておいてなんなんですが何とかなりませんかコレッ!! この時の為に鍛えて来ましたけどさすがに……ッ!!」
マルガレンは《
早々にこの危機から脱しなければならないが……。
「私もそうしてやりのは山々なんだが……」
現在ユーリはトールキンを操り大盾を構えるマルガレンを集中的に攻撃している。
恐らくやろうと思えば盾の隙を縫って枝葉や根で攻撃する事は出来るだろう。先程クラウンとロリーナに別々に攻撃出来ていた事からも、それは確実だと言っていい。
だがそれを彼女はして来ない……。隙など幾らでもあるというのにだ。
(マルガレンの大盾を突破しようと躍起になっている? それとも誘い出す為のブラフか……。或いはアイツが未だ
可能性は幾らでもある。考え出したらキリがないだろう。
だが何にせよ、この場を少しでも動こうものならば必ずユーリは反応する。そしてそれに対し、今のクラウンでは何の対処も出来ない。
「チッ。どうするか……」
「……あの、クラウンさ──」
「駄目だ」
「──っ!」
何かを言おうとしたロリーナの言葉を、クラウンは途中で遮った。それも珍しく、語気を強めて。
「……ロリーナ。私が気付かないとでも思っていたのか?」
「い、いえ……それは……」
「君のお陰で命拾いした。その事に関しては感謝してもし足りない程だ。……だが、それでも私は些か気に入らない」
クラウンは真剣な眼差しでロリーナの瞳を覗き込む。彼の瞳には、小さな怒りと感謝、そして強い哀しみの色が滲んでいた。
「君に盾になられて生き残れた所で、私は微塵も嬉しくはない。ただただ後悔と己の無力さ……君を喪った哀しみばかりが私を支配するだけだ。君は私にそんな想いをして欲しいのか?」
「わ、私はっ!! 貴方に、生きて欲しく、て……」
「君の居ない人生に何の意味がある? 最早今後の私の人生は、君が隣に居る事が前提でしか成り立たないんだっ!! 君と共に幸せを噛み締める事が、今の私の生きる目的の大半なんだっ!!」
「クラウン、さん……」
「……それと、マルガレンがここに突然現れたのは、君の力だろう? 私は今スキルが使えんし、マルガレンがそれらしいスキルに目覚めていたならばもっと早くに駆け付けている」
「……」
「私に話していないという事は、私に話すと都合の悪い──私に止められるような代償を払う必要がある権能だからなんだろう? 違うか?」
「……はい」
「……そうか。なら取り敢えず、今そのスキルは使わないで欲しい。君に何が起きるのか──起きているのか未知数な状態では対策のしようがない。特に、何もしてやれない今の無力な私ではな」
「……すみ、ません……」
「謝らなくていい。君は何も悪くない。寧ろ感謝しているし、こうして君が無事なら、何だっていい。……ただ」
「はい」
「ただ、理解して欲しい。君が考えているよりもずっと、君の存在は私の真ん中に居る……。失くしてしまえば二度と戻らない、そんな大事な大事な存在なんだ」
「……」
「自己犠牲なんて愚かなマネは禁止だ。死ぬんなら……一緒に死のう」
「──ッ!! ……はい」
「……」
「……」
「あ、あのォーッ!? 僕が寝てた間にお二人随分と仲睦まじくなって大変喜ばしい限りではあるんですがァーッ!! 本当の本当に僕もう限界なんですけどォーッッ!!」
マルガレンの必死の叫びに、クラウンとロリーナはハッとする。
振り替えれば大盾を構える彼の額にはその年齢に似つかわしくない程にハッキリと青筋が浮かんでおり、最早限界すら超えているであろう事は明らかだ。
だがしかし、だからといってロリーナの《
ユーリの気が変わり他の手段で隙を突いて来ない内に何とか打開しなければならないが……。
「──っ!!」
と、そこでロリーナが何かに反応するように表情を変え、視線をトールキンの根元──霊樹門の方へと向ける。
「どうしたロリーナ?」
そんなロリーナの様子の変化にいち早く気が付いたクラウンが難しい顔のまま問い掛けると、彼女は冷や汗を流しながらも小さく笑顔を見せ、少しだけ安堵するように息を吐いた。
「……いえ。いくらピンチだからって、私達随分と視野も思考も狭くなってたなって」
「む? 何の話だ?」
「私達、ここに二人だけで来たわけではないじゃないですか?」
「──ッ! ……ふ、ふふ──」
察したクラウンも小さく自嘲するようにして笑い声を漏らし、額に手を当てて顔を伏せる。
「ふふふ、ふははっ! あぁぁ、本当……。君の言う通り、この緊急事態に冷静でなくなっていたらしい……。スキルを使えなくなったからと実に情け無い。
「えッ!? あの、何ですッ!? 僕としては今をどうにか出来れば、なんでもいいん、ですがねェッ!?」
マルガレンの手が震え、少しずつ負け始める。
表情は苦悶に歪み、もう一分すらも持たないだろう。
そう、一分すら──
「どうにか? ふはははッ!! 出来るに決まっているだろうッ!? 何せ彼等は──」
次の瞬間──
枝葉の塊を横切るように
そしてマルガレンの大盾が軽くなると同時に無数の枝葉が飛び散って燃えて舞い、そんな枝葉を掻き分けながら再び雷光が駆けると三人の前に人影と共に現れ、叫んだ。
「──しゅーーーーごぉーーーーッッッ!!」
直後、雷光
「何せ彼等は、私自慢の部下達だからなァッ!!」
トールキンの黄金の葉の光が、彼等を照らし出す。
「はんっ! 何よ、思ってたよりピンチじゃない? アンタのなっさけない姿、ちょっと眼福かしらね?」
「率先して助けたクセによく言うよねー。まー、ボスが無事ならボクは何だって良いんだけどさー」
「お前ら油断すんなってッ! 敵はデケェ木だぞ木ィっ!? 余裕ぶってたら俺らだってアブネぇぞっ!?」
「そ、そうだよぉ……。わ、わたしたちなんて一瞬だよ一瞬っ!! ちゃ、ちゃんとやらなきゃっ!!」
「だ、だだ、大丈夫かクラウン? お前のと、友達が、助けに来てやった、ぞ……」
「無理してカッコつけなくても……。でも、これでちょっとは私の〝ボス〟に、恩返せたかな?」
そんな事を口々に漏らしながら、全員が顔だけを動かしクラウンの方を見遣る。
それを見てクラウンとロリーナはフラつきながらも立ち上がり、思わず身体から力が抜け座り込んだマルガレンの肩に手を置いて自慢するように語り出した。
「紹介しようマルガレンっ!! ヘリアーテっ! グラッドっ! ディズレーっ! ロセッティっ! そしてお前も知っているティールにユウナっ!! お前が眠っている間に出会った、実に頼もしい私の部下達だッ!!」
「……チッ」
操っていたトールキンの幾千の枝葉が蹴散らされた光景に、ユーリは思わず舌打ちをする。
だがそれは決して、クラウンの味方が駆け付け折角のチャンスを逃した事だけではない。
「……アタシは、なんでアイツ等の隙を突かなかったんだ?」
──マルガレンが突然出現し、枝葉の攻撃を防がれた事には驚愕した。
その後も枝葉の重撃を堪え続け、耐え続け……。決して凶刃をクラウンへは届かせなかった事実には内心で感心さえ芽生えた。
しかし……それは果たしてユーリらしかっただろうか?
「アタシ……一体どうしたんだ?」
従来の彼女であれば、あんな隙だらけの大盾など何の
余韻や拘りや信条など一切介入させず、ただただ復讐と憎悪と殺意の赴くままにクラウン達を惨殺していた。
していた、筈なのだ。
にも関わらず、ユーリはまるで正面から堂々と挑むかのように大盾を潰そうと躍起になっていた……。余りにも今までの彼女らしくない。
「
自身の胸に手を当て、不快そうに眉を
「──アタシが
──進化とは、新たな次元に自身の肉体と魂を昇華させるもの。
それは厳密に言えば本来の意味での進化とは違い、種としての高次元化を意味している。
ユーリが
彼女の復讐心を支え、焚き付けていたエクストラスキル《讐神の加護》も。
あらゆる
そしてこれまでのユーリを支配し、その力を利用してのし上がる為の最大の武器として使い続けて来たユニークスキル《嫉妬》も無い……。
無力で、無気で、ある意味で無垢な、ただのダークエルフの少女でしかなかった。
つまり、今の彼女は……。
「……知った事か」
ユーリは再び前を向き、眼下でクラウンの前に立ち塞がる五人の人族と一人のハーフエルフを、強く強く
「アタシの気持ちも、感情も変わらない……。アタシの〝憎しみ〟だけは変わらないッ!! あのクソ人族をォ……絶対に殺すッ!!」
その目は血走りながらも、美しい輝きを宿す。
まるで、その
「んでーボス? ボク達駆け付けはしたけどさー?」
「む?」
「ぶっちゃけ……。アレに勝てる気しないんだけど?」
六人は揃って目の前のトールキンを見上げた。
今まで世界の濾過システムとエルフ族の都市として機能していただけトールキンは、今では枝葉や根を動物のように激しくうねらせ、最上層からは直視出来ぬ光量の黄金と白銀の光が放たれている。
最早それは一介の人族とハーフエルフ風情六人が立ち向かっていい相手ではない。
「な、なにかあんだよな? 考え……」
「な、なくちゃ困りますよっ!? このままじゃわたし達……」
「……」
問われたクラウンはそれに答えるでもなく唐突に周囲を見回し、少ししてとある物を見付けるとそれに歩み寄ってから拾い上げる。
「……特に問題無し、か?」
それはトールキンからの攻撃で思わず放り投げ、使う余裕など微塵も無くなってしまっていた黄金に輝く進化の至宝──
「おおっ。それが噂の進化に必要な果実? スッゲェなぁ……」
ティールは
「……やらんぞ。コレは私が今食す」
「い、いや流石に貰おうとかしないけど──って、食す? 今?」
全員の目線がクラウンへ集中する。
この場に居る直近の部下には当然、進化に関する情報は共有している。
細々した情報量の差異はあるにせよ、皆が皆しっかりと理解している事があった。
『
「…………本気?」
「ああ」
「マジで?」
「そりゃあな」
「あ、アレを?」
「うむ」
「わ、わたし達だけで?」
「だな」
「お、お前を守りながら?」
「そうだ」
「た、戦えって、こと?」
「……」
クラウンは満面の笑みを見せ、
「では諸君──」
「バッ──ちょ待──」
「健闘を祈る」
「待てやバカやろーーーーーーッッ!!」
シャリッ──
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