第二章:嬉々として連戦-16
「よし。これで大丈夫だろう。行くぞ」
クラウンは開いていた複数のポケットディメンションを全て閉じ、ロリーナ達を引き連れて湖の畔に近付く。
そしてそこから見える湖だった場所を目の当たりにし、ティールとユウナが愕然とし、大精霊は小刻みに震える。
「うわぁ……。本当に全部ねぇよ……」
「想像していたよりアレですね……。壮絶な光景です……」
『…………』
そこにあるのは巨大な窪地。泥が底を覆い、水生植物が重力の影響をモロに受け軒並み地面にへたり込み、苔生した大きな岩は辺りに散らばり、朽ちた巨木が湖底を横断するように泥に沈んでいる。
あの美しかった湖は、無残な姿でそこに存在していた。
クラウン達はそんな空になった湖の畔を沿うように移動し、目的対象であるシュトロームシュッペカルプェンの元へ向かう。
広い湖畔を歩く事数分。湖底だった広めの空間に、それは横たわっていた。
体長は優に十メートル以上あり、朱色と黒の斑に彩られた鱗をその全身に纏う姿はある種
しかしそんな雰囲気を台無しにするかのように口元から伸びる左右一対の髭が這うように蠢き、見開かれた眼は怪しい眼光を放って虚空を見つめる。
意識してか無意識か。その巨体を捻り泥の上を全身を使って跳ねる悪足掻きの姿は滑稽にすら写った。
「……なあ、本当にあんな状態の奴を警戒しなきゃダメなのか?」
「なら一人でトドメを刺しに行くか?賭けてもいいが、お前一人で近付こうものなら《水魔法》か電撃を食らって奴の餌になるだけだろうな」
「わ、悪かった……」
「まったく……。──っ!?」
その時、クラウンの背中を《危機感知》による嫌な感覚が走り抜ける。
クラウンは咄嗟にその場に《地魔法》のロックウォールを展開すると、一秒にも満たない一瞬の後、ロックウォールに凄まじい衝撃が迸る。
そしてそれに遅れて何かが弾けるような巨大なバンッ!! という音が鳴り響き、クラウン達の鼓膜を激しく震わせた。
「な、なんだっ!?」
「クラウンさんっ!?」
「チッ……。アイツ……。この距離で正確に電撃を撃ち込んで来るかっ……! くっ!!」
その後も何度となく電撃は打ち付けられ、ロックウォールはその衝撃により徐々に崩れていく。
シュトロームシュッペカルプェンはその髭に備わる鋭い感覚器官と、それを強化するスキルの恩恵によりかなり離れた場所まで音や臭いを感じ取る事が出来る。
普段水中でしかその能力を発揮して来なかったシュトロームシュッペカルプェンにとってこんな使い方をするのは初めての事であったが、彼の中に渦巻いた感情とも呼べる感覚が、クラウン達への攻撃を望んだ。
きっとコイツ等のせいだ。コイツ等のせいで湖の水が無くなったのだ。ならば仕返しをせねば、報いを受けさせねば。自分から棲み家を奪ったコイツ等に罰を与えねば。
そんな想念を漠然とした感情として発露させたシュトロームシュッペカルプェンは、初めて獲物を捕らえる為ではなく、私怨による電撃を放った。
電撃はその後も止む事なく放たれ続け、クラウンのロックウォールは最早風前の灯。このままではいつしかクラウン達にその電撃が浴びせ掛けられるのも時間の問題であった。
「どうすんだよクラウンっ!!」
「……ユウナっ!! 私が合図したら新しい壁を作れっ!! それまでなるべく大きく頑丈な物になるような詠唱をするんだっ!!」
「えっ!? わ、分かりましたっ!!」
「壁が出来たらロリーナは詠唱を始めてくれ。その後また合図をするから全員でテレポーテーションで転移するっ!! その瞬間にロリーナが奴に魔術を叩き込むんだっ!!」
「はいっ!」
それからクラウンはロックウォールに魔力を送り込み、可能な限りその強度を上げる。そうして稼いだ時間を使い、ユウナは自身の使える防御に特化した魔術ロックシーリングの詠唱を開始する。
「お、俺はっ!?」
「お前はこの場に残れ。奴が私達に集中したタイミングで奴の頭上にでも岩を落としてやれ」
「俺そんな魔術使えねぇよっ!?」
「岩を頭上に作って自由落下させるだけでいい。当たらなくても構わん。奴の気が散ればその分隙が出来る。それで十分だ」
ロックウォールが電撃を喰らい続けて数分。いよいよロックウォールが限界を迎えようとしたタイミングで──
「ユウナ今だっ!!」
「
クラウンのロックウォールが砕けた瞬間、その向こう側に巨大な岩が聳え立つ。その大きさはロックウォールの何倍にもなり、厚さは下手な城壁よりもある。クラウン達が容易に身を隠せる程だ。
そして出現した数瞬の後、ロックシーリングを電撃が直撃し、辺りに轟音を撒き散らす。
その隙にユウナは消費した魔力を回復するべく魔力回復ポーションを呷り、今にも仰向けに倒れそうになっていた身体がなんとか持ち直す。
巨大な新たな壁に守られながらロリーナは詠唱を開始。渾身の《風魔法》の魔術を練り上げていく。
「……逆巻く風、一つ所に集まりて形を成す。柔軟に、従順に、鋭く切り裂く
「よし、行くぞっ」
クラウンの掛け声と共にティール以外の三人が一斉に転移。シュトロームシュッペカルプェンから十メートル程の距離に出現し、ロリーナの魔術が炸裂する。
「裂けっ! エアスラッシュっ!!」
圧縮され、目視すら出来る程の風の塊が刃と化しシュトロームシュッペカルプェンに襲い掛かる。まるで大斧でも振り下ろしたかの様な金属音が辺りに響くが、その強靭な鱗には僅かばかりに傷が付くのみでダメージは低い。
しかしそれでもその衝撃は確かなものだったようで、少なくはあるが何枚かその鱗が剥がれて散乱する。
それを受けシュトロームシュッペカルプェンは怒りを表す様に激しく何度も跳ねると、《水魔法》を発動。
《水魔法》により現れた大量の水がシュトロームシュッペカルプェンの全身を余す事なく覆い、ガラスの無い一つの水槽のような形を取る。
そして水槽はシュトロームシュッペカルプェンの魔力操作により自身ごと宙に浮き、まるで空を泳ぐ様な姿勢を取った。
「まったく……。器用な事をする」
「な、なんですかアレっ!?」
「《水魔法》で疑似的に水中を作ったんだ。まあ範囲は自身の周りだけみたいだが、奴の魔力操作次第じゃ最早水中と変わらんと考えた方が良い」
クラウンはそう説明しながらポケットディメンションから細剣を取り出し、シュトロームシュッペカルプェンに構える。
「まずは作戦通り奴の鱗を剥ぐぞ。でないとまともに攻撃が通らん」
「はい。私達は鱗剥ぎに専念します」
「私は奴のヘイトを稼いで電撃を撃たせないように立ち回る。仮に兆候が見えたらユウナの作ったあの壁に避難するぞ」
「「はいっ!」」
クラウンはそのままシュトロームシュッペカルプェンの目前にまで転移すると、ポケットディメンションから一枚の小さな魔法陣が描かれた羊皮紙を取り出して握り締めて魔力を送り込む。
すると手の中で丸められた羊皮紙が淡い光を放ち始め、その手を腕ごと覆い尽くすようにして身の丈より大きな岩の柱が形成される。
「
強力な《地魔法》の腕をそのままの勢いでシュトロームシュッペカルプェンに向けて振り下ろし、全身を覆う《水魔法》による水を弾き飛ばしながらその横面に巨腕が炸裂する。
顔面周りを守る幾枚かの鱗が割れて砕け散乱し、シュトロームシュッペカルプェンは勢いに負けて地面に叩き付けられる。
クラウンはそんなシュトロームシュッペカルプェンに出来た隙を見逃さず「
するとシュトロームシュッペカルプェンもやられっぱなしではなく、その口周りにある二本一対の髭を器用に動かし《
髭に拘束されたクラウンはそのまま力任せで脱出を試みるが、《
シュトロームシュッペカルプェンはそんなクラウンに髭から電撃を見舞おうとするが、それを《危機感知》で察したクラウンはそのままテレポーテーションでシュトロームシュッペカルプェンから少し離れた位置に転移し、難を逃れる。
クラウンを逃したシュトロームシュッペカルプェンは肩透かしを喰らうも直ぐに《水魔法》で新たに水槽を作り態勢を立て直そうとする。
しかしそのタイミングでロリーナとユウナが唱えていた魔術が放たれ、シュトロームシュッペカルプェンに襲い掛かる。
「吹き荒れろっ!! エアロスパイラルっ!!」
「撒き散らせっ!! ストーンブレイクショットっ!!」
着弾する寸前、シュトロームシュッペカルプェンの水槽に阻まれ威力は落ちたものの、ロリーナの螺旋を描く旋風とユウナの無数の高速に放たれる石の弾丸が鱗を幾枚か弾き、散乱させる。
業を煮やしたシュトロームシュッペカルプェンは今度はロリーナとユウナに狙いを定め、それぞれに髭の矛先を向けて電撃の準備に入る。
だがそれをクラウンが許す筈もなく、細剣から手斧に持ち替えると、《気配遮断》などの遮断系スキルや《
それに動揺したシュトロームシュッペカルプェンは一瞬だけ後退し、《水魔法》の制御が疎かになる。
クラウンはそんな隙を突く為眼前に飛び上がり、再び手斧から細剣に持ち替えると《弱点看破》によって急所を洗い出し、そこに《
するとシュトロームシュッペカルプェンはその一撃を受け全身に電流が流れたかのように身体を跳ねさせ、《水魔法》の制御を完全に手放してしまう。
そしてシュトロームシュッペカルプェンに突き立てたままの細剣に、クラウンは魔力を送り込む。
「ちょっとしたお返しだ。遠慮せず受け取れ」
細剣に、二種類の魔力が送られる。片方は《炎魔法》、もう片方は《風魔法》。
送られた二種類の魔法は細剣内で混ざり合い、クラウンの《魔力精密操作》、《魔力緻密操作》による制御の元、その二種類の魔法はその場で一つの魔法となって新たな力……《雷電魔法》と化し、細剣に迸る。
瞬間クラウンに逆流するように電流が全身を襲うが、《痛覚耐性》と《超速再生》のゴリ押しにより半ば無効化、そのまま制御に全力を尽くす。
細剣からシュトロームシュッペカルプェンに光速で走り抜けた雷電は青白い光を放ちながら神経を焼き切る様に駆け巡ると、そのまま重力に逆らう事なく湖底の泥中にその巨体を落とす。
クラウンは細剣を抜き、一旦距離を置く為少し離れた位置に転移。ポケットディメンションから魔力回復ポーションを取り出すと一気に呷り飲み干す。
そこに同じく魔力を回復させていたロリーナとユウナが駆け付ける。
「た、倒しましたかっ?」
「いや。奴はスキルが防御よりだ。アレくらいじゃまだ起き上がる」
「クラウンさん。先程のは……」
「ちょっとした実験だ。突き立てた細剣を媒介に《炎魔法》と《風魔法》を融合させて即席の《雷電魔法》を作ってみた。まあ、多少無理した代償は食らったが……。問題無い」
よく見てみれば、クラウンの右手が若干痙攣していた。それは《雷電魔法適性》を持たないが故の代償。本来なら立つ事すら困難なダメージを受けている筈だが、先程のゴリ押しにより今はもう回復してしまっている。本人は本人でそれに構う事なく再び細剣を構えた。
「…………」
「ほら。畳み掛けるぞ。詠唱を始めてくれ」
しっかり体力と魔力を回復し終えた三人は、シュトロームシュッペカルプェンが再び《水魔法》による水槽を作り始めるのを待たず戦闘を再開。
クラウンはテレポーテーションによる転移で改めてシュトロームシュッペカルプェンの眼前に転移すると、まだ《水魔法》の薄い箇所を狙って細剣による《
──ガキンッッッッ!!
金属同士がぶつかった様な音を辺りに響かせながら、シュトロームシュッペカルプェンの身体がクラウンの渾身の技を弾き返した。
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