終章:忌じき欲望の末-10
「……っ」
金、赤、黒の三色の瞳──瞳孔が三角形になる形で重なり合い、およそ人間の目とはかけ離れた形状をしている。
「……な──」
その目に見詰められているユーリは無意識に全身を粟立たせ、冷や汗が額と背筋を伝った。
「……なんだ……。なんだ、アレはッ!?」
目の前で繰り広げられた信じ難い景色に、ユーリは思わずそう声を漏らす。
彼女が今目撃したのは、クラウンの〝進化〟。
明らかに異質で、異様で……。こうして遠距離から見ているだけにも関わらず自身に明確に向けられている敵意に、同じく進化し、高みに居る筈のユーリを震え上がらせた。
(クソ、クソ、クソッッ!! ふ、ざけんなッ!! ふざけんなッッ!!)
──クラウンの容姿は、ユーリの時ほどの顕著な変化はない。
三色の重瞳と僅かに黄金の光を宿す十数メートルまで伸びた頭髪……それだけだ。
だがその存在感は最早今までの只人ではない。
人間「クラウン・チェーシャル・キャッツ」という存在が一つ──いやそれ以上の次元を超越した存在へと〝進化〟を果たした……。
そう、彼は既に「人族」ではないのだ。
「……ぁんで──」
ユーリは割れんばかりに、強く強く奥歯を噛む。
「なんでテメェはそうやってェェッッ!! アッサリ飛び越えてくんだクソヤロウがァァァァッッッ!!」
血反吐でも混ざっていそうな絶叫を上げる。
「殺してやるゥ……。アタシがァッ!! 絶対にィッッ!!」
胸中に燃え上がる理不尽を乗せ、ユーリは全力で魔力を練り上げる。
破滅を
「まったく、うるさい奴だ。ノド大丈夫か? アレ……」
困り眉で笑うクラウン。
その表情は今までと一切変わりなく、異様な目と尋常ではない長髪を除けばいつも通りだ。
「クラウン、さん?」
「ぼ、坊ちゃん?」
「む?」
クラウンが呼ばれて振り返ると、彼の顔を見たロリーナとマルガレンは驚愕に息を呑む。
長髪のせいで見えなかった彼の重瞳が見え、その異様さに思わず
「く、クラウンさん……その、目……」
「目? ──あぁ、すまない。まだ少し私自身も把握し切れていないんだ。──ん?」
と、そのタイミングだ。
自動的に再起動した《天声の導き》によるアナウンスが、クラウンの脳内に懐かしく響き渡る。
『──身体及び魂の状態の改善を確認。エクストラスキル《天声の導き》を再起動致しました』
『クラウン様の身体及び魂の情報の更新を確認しました。これよりアナウンスを開始します』
『クラウン様の身体及び魂が進化を果たしました』
『クラウン様は種族「人族」から「仙人」へと進化した事を確認しました』
『条件の満了を確認。クラウン様の種族「仙人」に「魔人」が追加された事を確認しました』
『条件の満了を確認。クラウン様の種族「仙人」「魔人」に「亜人」が追加された事を確認しました』
『これにより更なる条件の満了を確認。報告します』
『確認しました。魔法系マスタースキル《植物魔法》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《仙人眼》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《魔人眼》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《亜人眼》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《仙人覇気》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《魔人覇気》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《亜人覇気》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《仙人覚醒》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《魔人覚醒》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《亜人覚醒》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《重瞳》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《不老》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《浮遊》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《飛翔》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《空中歩行》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《水上歩行》を獲得しました』
『確認しました。補助系スキル《怪力》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《怪力無双》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《万里眼》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《影分身》を獲得しました』
「……嗚呼」
『確認しました。補助系マスタースキル《鳥獣平伏》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《森羅万象》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《限界突破》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《演算領域拡張》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《演算神域》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《物理干渉半減》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《魔力干渉半減》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《精神干渉半減》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《種族超越》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《二種族混生》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《三種族混生》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《森精混生》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《亜種混生》を獲得しました』
「嗚呼ァっ……」
『確認しました。補助系エクストラスキル《
『確認しました。補助系エクストラスキル《
『確認しました。補助系マスタースキル《
『確認しました。補助系マスタースキル《
『確認しました。補助系エクストラスキル《多食》を獲得しました』
『確認しました。補助系エクストラスキル《過食》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《大食》を獲得しました』
『確認しました。補助系マスタースキル《
『確認しました。補助系エクストラスキル《
『確認しました。補助系マスタースキル《
『確認しました。補助系スキル《植物魔法適性》を獲得しました』
「嗚呼ァァッッ!! これこそが新しい私ッ!! 新たなる高みッッ!! 感じる全てのものが私の糧にッ! 力にッ! 全ての景色が私を祝福しているのを感じるッッ!! ふふ、ふはは……ふはははははははははははははははははッッッ!!!」
高笑いが
空気を震わせ、風は凪ぎ、それだけで小さな衝撃波が起こりロリーナとマルガレン、ヘリアーテ達に浴びせられる。
「ちょ、坊ちゃんっ!?」
「──ははは……ん? ああ、すまない。色々と加減が、な」
クラウンは苦笑うと先程自身を襲い、受け止めたトールキンの根に視線を落とし、眉を
「……いい加減、鬱陶しいな」
そう言うと彼は
「ふっ」
という軽い掛け声と共に瞬間的に根を力一杯に引っ張り、無理矢理に引き千切った。
「……は?」
思わず声を上げたのはヘリアーテ。
彼女は進化した事によってクラウンが得た二つのスキル、《怪力》と《怪力無双》を元々所持していた。
だがそんな彼女でも、あのトールキンが繰り出して来る根を掴んでも引き千切るなんて芸当は出来なかったのだ。
一般的な樹木であればヘリアーテでも可能であったろうが、相手は世界に名だたる霊樹トールキン。
外皮は鋼鉄より遥かに硬く、その根もまた、まるで複雑に編み込まれた鋼鉄製ワイヤーの如き圧倒的な強靭さを誇っていた。
それは掴める程の太さであろうと変わりなく、幾らヘリアーテが尋常ではない怪力を有していたとしてもトールキンの根を千切るマネまでは出来なかったのだ。
しかし、クラウンはそれを平然と──事も無げに引き千切ってみせた。
《怪力》と《怪力無双》の権能による
つまりスキル無しでの元々の身体能力と、筋力等を向上させるスキルの数が多いクラウンの方がヘリアーテよりも《怪力》《怪力無双》による恩恵が遥かに大きいのだ。
「や、やってくれるわねまったく……。私のお株奪われちゃったじゃないの」
呆れ混じりにヘリアーテは笑いを漏らし、ちょっとした敗北感と疲労感にその場に座り込もうとする。すると──
「何を休もうとしている?」
「──っ!?」
クラウンが居る位置と、ヘリアーテ達が居る位置には数十メートルもの開きがあった。
だが進化し本領を発揮出来るようになったクラウンにとって、そんな距離など一般人にとっての一歩に等しい。
彼はそんな〝一歩〟を詰め、座り込もうとしたヘリアーテの手を取り中断させたのだ。
「な、何をって……。もうアンタ一人で充分じゃないのっ!?」
「そうかもしれんが、君達が一緒ならばより確実で迅速だろう? それに──」
クラウンは視線を別の方向に向け、それに追従する形でヘリアーテや他の部下達も視線を動かす。
そこには何やら様子のおかしい二人──グラッドとロセッティが居た。
「な、んかーぁ?」
「く、クラクラ、しますぅ〜……」
「ちょ、アンタらっ!?」
「恐らく私の進化に〝
「え?」
「二人は《魂誓約》で私と魂で繋がっている。私が弱体化していた時には影響が無かったようだが、進化すれば流石に何かしら波及するようだ」
「いやいやいやっ!? 大丈夫なのアレッ!?」
「……どうやら一時的に私の魂から中々の量の魔力が流れ込んでいるらしい。他にも進化した事によるものが色々ありはするが、主にはそれだな。寧ろ多少発散させてやらねば調子を崩すだろう」
「えぇ……。何よ、それ……」
「この分ではシセラやムスカにも影響が出ているだろうな。まあ、向こうはまだ戦闘中のようだし心配無いが」
「い、いやだからって何で私達まで……。私達に何時間ぶっ通しで働かせ──」
「ふむ。ならコレはどうだ?」
クラウンは魔力を込めた手を払うと、魔力は地面へと降り注ぐ。
すると降り注がれた地面が小さく割れ、そこから小さな新緑色の〝芽〟が吹き出す。
そして芽は瞬く間に成長していき、二メートル程にまで伸びると同時に枝葉が広がり、そこに鮮やかな薄桃色を讃えた一口サイズの果実を実らせる。
「何よ、それ……」
「《植物魔法》の魔術「
「はぁっ? 何よそれ。第一アンタ《植物魔法》の魔術なんていつ知ったのよっ!?」
「《
「……いよいよ人間じゃないわね、アンタ」
「ほら。そんな事よりさっさとしなさい。……ユーリもそろそろ準備が出来るようだからな」
「え?」
その場の全員が頭上──トールキンの頂上を見上げる。
そこではただでさえ輝いていた黄金と白銀の光がより一層の強さを湛え、神聖さや神々しさを通り越し最早破滅的なまでの異様を放っていた。
「あ、アレ……」
「な、なんだよ……あの光ィっ!?」
痛い程の光量にクラウン以外のその場の全員が
「どうりで追撃が無かったわけですね。力を溜めているようです」
「凄まじい力です……。あんなものを放たれたら僕達はひとたまりもありませんよ」
様子の変化にロリーナとマルガレンも駆け付けて見上げ、《植物魔法》の果実を手に取る。
「まあ、そのお陰でこうしてのんびり作戦会議が出来るわけだ。進化したとはいえ骨は折れそうだからな」
「いやでもアレどうすんのッ!?」
「あれくらいは私が直接迎えよう。
「えっ!? マジでアレに?」
「ふふふ。余裕だ」
「うっわ傲慢……」
「信じなさい。私は魔王で、君達の上司だぞ?」
クラウンは満面の笑みを見せ、それを見た部下達も苦々しく笑う。
呆れ半分ではあるものの、進化したてのクラウンにはそれを信じさせるだけの説得力と存在感……そして万能感があった。
それを皆が疑い無く感じ、安心すら覚える。
もう何一つとして問題は無い、と……。
「クラウンさん」
「む?」
「髪、長いままでは邪魔ではないですか?」
「ん。確かに煩わしいが……」
「これはこれで素敵ですが、私は以前のままの方が好きですよ?」
「ならば、いらんな」
クラウンはそう言い、《
それから大雑把にだけ長さと密度を調整し、スッキリしたように頭を軽く振ってからロリーナに振り向く。
「ふぅ。どうだ? 多少は君好みになったか?」
「ふふ、カッコいいです。ですが後でもう少し整えて貰いましょう?」
「ふふふ。そうしよう。君の目にはいつだって最高の私を写して貰いたいからな」
「ふふ。はいはい」
こんな時にまで何をイチャこらと……。という周りの視線など気にするでもなく、クラウンはそのままの……〝いつもの〟深く不穏な笑を湛え両手をわざとらしく広げる。
「さあ諸君っ! あの金と銀だけの彩りしかない寂しい樹を、私達で色鮮やかに飾り立ててやろうじゃないかっ!! 本陣の我等が同胞達にも見えるよう、華々しくっ!! 艶やかにッ!!」
仰々しい身振り手振りで大袈裟に、クラウンが宣誓。
そしてそれに部下達は迷い無く答える。
「「「「了解ッッ!!」」」」
「ふふふふ。さぁ、ユーリ……。盛大にパーティーの再開だッ!!」
「く……ぐぅ……ッッ!!」
ユーリは絞り上げるような声を漏らしながら、力を捻出する。
接続された霊樹トールキンから流れ込んでくる魔力、霊力を少しずつ。
トールキンが支配するグイヴィエーネン大森林の一木一草
《霊樹の加護》の恩恵を受けている全てのエルフ族から少しずつ……。
自身が扱える全てのものから徐々に、徐々にだが吸い上げて纏め上げていた。
(足りない……)
本当ならば根こそぎ吸い上げても良いとすら考えていたユーリだったが、進化したばかりで力の使い方を熟知出来ておらず、また地力も技術も足りていない。
故に今出来得る最高精度・最高出力で力を纏めているのだ。
(足りない……まだ、足りない──)
それにユーリは納得していない。
クラウン達が悠長にしている間に相当の力を捻出していた。それこそ辺り一帯を焦土と化すには充分なエネルギーと言えよう。
だがそれでも、彼女は全く充分だと思っていなかったのだ。
(アレに……クラウンを殺すには……まだ……まだ……ッ!!)
進化し、自分すら超越した存在と化したクラウンを抹殺するには今集めている力では到底足りないとユーリは直感的に感じ取っていた。
もっと力を……もっと魔力を……。
そう執念で掻き集めようにも、まるで脳に常時電流が弾けながら流れ、焼き切れてしまいそうな負担が襲う。
集中力は自覚出来る程に欠落していき、手元が今にも狂いそうだった。
「く……そ……限界、か……」
ここで溜めた力を暴発させれば本末転倒。クラウンを殺すどころか自滅すらしかねない。それを理解し判断する程度にはまだユーリは冷静であった。
(殺し切れなくても、これなら流石に無事じゃないハズ……。その後にトドメをさせればァッ!!)
ユーリは力の収束を止め、安定化と照準を定める。
「仲間、ともどもォォォ……」
そしてそれを、一気に解放した。
「消えて失せろォォォォォォッッッ!!!!」
トールキンの枝葉によって収束されていたエネルギーが、爆発的な光と破壊力を伴って解き放たれ、黄金と白銀の光輝が一本の大木が如く真っ直ぐに伸びる。
空気を焼き、風は燃え、衝撃波は辺りの木々を容赦無く薙ぎ払う。
近付くだけで八裂かれ、触れれば焼失は必至。
破壊の権化が視覚化されて秒速で迫るような圧倒的なまでの絶望の力の塊……。それが迷い無く、一切のブレなくクラウン達に襲い掛かった。
「これでェェ……奴等をォォォ……」
「甘いなァ」
「──ッッッ!?」
嫌な声に、ユーリの額から冷や汗が流れる。
「大技を使う際、注意すべきポイントは三つ」
「……っ」
「一つ。大技は往々にして隙が大きい。対策は必至だろう」
「くぅ……」
「二つ。大技は基本的に消耗が激しい。余力を残す事は念頭に置かねば最悪の場合返り討ちだな」
「く……ぐゥ……」
「最後に三つ。大技というのは言ってしまえば高密度のエネルギーの塊だ。そこを利用され吸収でもされれば目も当てられんな」
「ぐゥ……あ゛あ゛あ゛あ゛ァァァァァァァァァァッッッ!!」
「そう嘆くな。私はただ──」
黄金と白銀の熱線の終着点……。そこでは進化した事で魔力効率が飛躍的に跳ね上がり、渾身の熱線ですら《収縮結晶化》で結晶化させる事が出来るようになったクラウンが笑っていた。
「ただ私はお前からの〝誕生日プレゼント〟を受け取っているだけだからなァ? ありがとうユーリィ?」
「こ゛の゛クソヤロウがァァァァァァァァァァッッッ!!」
「ふははッ!! バースデーソングまでくれるとは気前が良いなァァッ!?」
熱線を吸収し終え、完成した未知の結晶体をポケットディメンションに仕舞うと代わりとばかりに《
「……盛大にいこう」
小さく呟き、笑い、駆け出す。
本当の最終戦が今、幕を開けた。
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