第四章:泥だらけの前進-21

「……何なんだ、コレは」


「……」


 二人が遠巻きに私を眺めているが、一体何事だろうか?


 私はただ昼食を作る為の準備をしているだけだというのに……。


「《空間魔法》ってこんなに便利なのか……。剣やら椅子やらを取り出すのはまだ理解出来るが……」


「テーブルに焚き火用のスタンドに調理器具一式。各種食材に飲み物に食器類一式……。野外での調理でここまで用意出来るものなのですね……」


「俺も《空間魔法》……覚えようかな……。まあ素質があるのなら、だけど……」


 ああ成る程。私がこれだけの準備をデフォルトでやっている事に驚いているのか。まあ普通はそうなるか……。私や周りが慣れてしまって違和感を感じなかったが、この2人には初めて見せるんだったな。


 と、それより。


「ロリーナ、すまないが手伝ってくれ。私は食卓を整えるから、君は料理を頼む」


「はい、分かりました」


「え、俺は?」


「ジッとしていろ。ウロチョロされると邪魔だ」


 コイツはあくまでも貴族だからな。こういった雑用を熟せるなどと期待してはいない。寧ろ気を遣って下手をされるのは勘弁願いたい。


「そうか? うーん、ならお言葉に甘えさせてもらうが……」


 ティールはそう言うと既に用意していた椅子に座り一人先に息を吐く。


 まったく……私から言ったとはいえ物を人に任せるのに慣れている所を見ると、やはりコイツも貴族なのかと再認識する。素の言葉使いは割と粗いのにな。


 それから私とロリーナで昼食を仕上げていく。野営をするわけではないのでそこまで本格的な料理はしない。簡単に味付けしたステーキとサラダと野菜スープ、それからパン。


 私達が用意したそれら料理に、ティールは満足したようで、躊躇い気味に最初の一口を食べた後は眼の色変えて食べ進めていた。


 どうやら私達が作る料理は、男爵クラスが普段食べる物よりかはクオリティが高いらしい。コイツの舌を信じるならば、私も多少は腕を上げられたという認識で良いんだろうか。


 それから昼食を終え、洗い物をちゃっちゃと済ませた後は再び歩き出す。ここから後どれくらいあるかは分からんが……。方向は合っている筈だ。






 それから約二時間後、中央にある旗を取るのにそこまで苦労はしなかった。


 あれ以上の無駄な戦闘を避ける気配感知や《動体感知》等の感知系を活用し周囲に居る他の新入生達との遭遇を避けながら移動し、多少は迂回気味に進んだものの順調に事は運んでいた。ここまでは──


「貴方がわざわざ手渡しする意味、あるのですか?」


「何を言う! お前程では無いとはいえ、ここまで辿り着ける者は優秀な魔導士候補者じゃ。顔を見て損は無かろう?」


「まあいいんですけど……。見るだけでなくちゃんと覚えて下さいよ。それこそ見るだけでは意味無いんですから」


 沼の中央で私達を待っていたのは、簡易的な野営を築いて暇を持て余していた私の師匠、フラクタル・キャピタレウス本人。


 そんな彼が私に旗を手渡し、多少の雑談をしている。が、それよりも──


 私はとある物へ視線を向ける。


 それは高さ約百五十センチはあるであろう木の箱。それが無造作に、不自然に師匠の椅子の対面に置かれている。


「……なんです? そのあからさまに怪しい箱は……」


「む!? い、いや。こ、れはだなぁ……。そう! ワシの杖が入っとる箱じゃ!!」


 ……絶対嘘だぞこれ。


「ほう、杖ですか」


「左様! ワシともなれば魔法に応じて杖を使い分けるなんて芸当も熟せるのじゃ! 故にあの中にはワシ特注の素晴らしい杖が数本と──」


「それは凄い。是非見せて下さいよ。その自慢の杖コレクション」


「な、ならん!! ならんぞクラウン!! いくら弟子とはいえ一流の魔導師がそうホイホイと大事な杖を見せる事は出来ぬ!! 手札は知られぬに越した事はないからのぉ!!」


 ……ふむ、余程あの中身を見られたくはないらしいな。まあ、仕方がない。いい歳した老人がここまで強情張っているんだ。無理強いはしないさ。


 例え中に人の気配がするのだとしても、師匠が嫌がっているなら仕方がない。


「わかりました。では、またの機会にでも……」


「ふむ……。ところで……」


 師匠はホッと胸を撫で下すと、私の背後へと視線を向ける。そこには私達がこの場に到着して以来一切微動だにしないロリーナとティールがまるで石像にでもなったかの様に佇んでいる。


「後ろの二人はこちらに来ぬのか? あの男はそこまででも無いが、隣の少女は中々に──」


「お忘れかもしれませんが、貴方はこの国で唯一、最高位魔導師の称号を国王より賜られた国最強の魔導師なのですよ? この国だけにあらず、全魔導師の憧れの存在です。そんな貴方に話し掛けるのが、畏れ多く感じているのですよ、あの二人は」


 ティールは分かり易く緊張気味に震えながら憧憬の眼差しで私と師匠を眺めているし、ロリーナも分かり辛いが若干その顔を強張らせている。


「……そう言うならオヌシもワシにそれだけの敬いの意思を示して欲しいものじゃがのぉ……」


「何を言い出したのかと思えば……。私はこれでも貴方を尊敬していますよ。まあ、まだ魔法を教えて貰っていないのでイマイチ実感が湧かないのがアレですが……」


「むぅ。その辺は新入生テストを終えた後にみっちり仕込んでやるわい。戦争が控えている現状、オヌシの力は必要不可欠じゃからな」


 戦争が控えている、ねぇ……。


「予測で構わないので教えて下さい。エルフとの戦争、後どれくらい保ちそうなのですか?」


 時間はあるに越した事はない。その間になるべくエルフの情報を得て状況を有利に持って行く。問題は向こうがどれだけ私達人族の情報を得ているのかという事と情報収集手段。先手を打たれてしまっては勝てる物も勝てない。


「……長くて一年、じゃな。短ければ半年そこら……。我が国の諜報機関の推測じゃが、それを信じるのならば時間は無い」


「一年……」


 マズイな……。向こうがそこまで準備を終えているのだとすればこちらの情報が既にエルフ共に流れている可能性が高い。このままでは後手に回る。それは避けなければ。


「……スパイがこちらに居る可能性は考えているのですか?」


「それは勿論。目星を付けた者は居る。じゃがのぉ。少ぉし、キナ臭いんじゃよなぁ……」


 キナ臭い? それはまたどうして……。


「そのぉ……なんじゃ。露骨過ぎるんじゃよなぁ……と。タイミングからして怪しいは怪しいが……どうも解せなくてのぉ」


 そう深く溜め息を吐く師匠に、何をそんなに言い淀んでいるのかと小さな苛立ちを感じるが、そこは流す。取り敢えず今は。


「まあ、この話は後程落ち着いてからにするとしよう。今はテスト真っ最中じゃからな。オヌシが失格なんぞ、ワシは許さんぞ?」


「分かっていますよ。ただ私の目的は少し違っているので、イレギュラーが起こらないとは限りませんがね」


「何? オヌシ、何をする気じゃ?」


「いえ、ちょっとスワンプヘビーバシノマスでも狩っておこうかと思いまして。あ、師匠、そいつの居場所知っていたりします?」


「……まったく、オヌシも呆れた奴じゃのぉ……」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「勝手にせい……。そうじゃな……確かここから少し西に行った所に一際目立つ巨木が生えとるんじゃが、最近はそこいらを根城にしておるらしい。そこまで頻繁に居場所は変えんから多分遭えるじゃろう」


 西にある巨木周辺……。少し大雑把だが、まあ近くまで行けば私の感知系スキルが反応を捉えてくれるだろう。なんだかんだ師匠がここに居てくれたお陰で無駄に動かずに済んだな。


「ありがとうございます。それでは、早速向かってみます」


「気を付けるんじゃぞ? 漸く出来た優秀な弟子をあんなつまらん魔物に持って行かれた、などと聞きたくないからのぉ」


「はい、心得ています」

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