第四章:泥だらけの前進-20

 空に花火が上がる。


 丁度沼地の中央だろうか。そこから空に向かって一本の煙の線が立ち上ると、ある高さでそれは爆発し、色が弾ける。


 破裂音と共に色は花弁のように広がり、その彩色を変えながらゆっくり儚く消えて行く。


 花火を打ち上げたのは師匠。どんな系統の魔法かは後で問い質すとして、アレが新入生テスト開始の合図に間違いない。いよいよこの沼地での模擬戦が開始されたわけである。


「よし行くぞ」


「はい」


「ま、待ってくれよ!」


 なんだ、これから楽しい楽しいモンスターハントの時間だというのに……。


 歩き出していた私とロリーナは足を止め、振り返って蒼い顔のティールを睥睨する。


「……なんだ?」


「なんだじゃねぇよ!! 俺はまだ納得してないぞ!? 魔物退治なんて!!」


「退治ではなく討伐のつもりなんだがな」


 そこは大事だ。どうせやるなら素材が欲しいからな。退治なんて生温い事をするつもりはない。


「揚げ足を取るんじゃねぇ! な、なあ、ロリーナだって納得──」


「いえ、妥当だと思います」


「なあ? ロリーナもこう言ってぇ──え?」


「私としては、クラウンさんだけが退屈な思いをしてしまうのは居心地が良くないと思っています。それに魔物との戦闘は貴重な体験です。クラウンさんという強い味方が居るのであれば、挑戦してみたいと思っています」


 お、これは流石に効くだろう。


 実力が上であるとはいえ同年代の華奢な女の子より意気地が無いなど貴族で無くとも男ならば許容し難い筈だ。


 まあそれすら説き伏せる程の妙案があるのであれば話は別だがな。


「うぅぅん……。わ、わぁったよ!! 付き合うよ!! だが絶対守れよ!? 絶対だぞ!?」


 男に守ってくれと言われても心は何も燃えてこないが……まあいい。


「心配するな。ちゃんと守ってやる」






 新入生テストから約五時間が経過した。


 泥濘ぬかるんだ地面は私達の足に容赦無く纏わり付き、油断すればまるで無数の手で引き摺り込まれているような錯覚に陥りそうになる。それほどの速さで沈んで行く。


 不快感を覚えるほどの湿気は相も変わらずであり、視界内は薄っすらと霧すら掛かり始め、太陽の光を遮る。


「もらったぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 そんな雄叫びを上げながら私の背後から容赦無く剣を振り被る新入生の男。


 別にこの新入生テストで剣を使う事は反則ではない。基本的に剣だけではなく、斧や弓なんかも特に規制は無く、数も幾つでも持ち込める。


 まあだからと言って魔法魔術学院の新入生テストで魔法を主体に戦わないでどうするんだという話だが、私は別に否定しない。私も持ち込んでいるしな。


 それに彼だって最初から剣で戦っていたわけではないのだ。ただ私に魔法が〝何故か〟通用しないと判断した結果、剣ならばなんとかなると考えた。それだけである。


 彼の判断は正しいし、この劣悪な環境で魔法を駆使して状況を整え、泥濘んだ地面や霧を補って私の背後に回ってのけたのは流石入学査定をクリアした人物なだけはある。


 だが、それでも私には届かない。


 私は素早く背後に《地魔法》のロックウォールを展開し振り被った剣を弾く。


 剣が弾かれた男はその反動で大きく仰け反り体勢を崩す。


 その気配を《動体感知》で察した私はロックウォールの形を弄り円柱状にして男の腹部を叩き付ける。


 勿論本気ではない。ただ短い間気絶するくらいの威力ではあるから男はそのまま数メートルだけ吹き飛び、柔らかい泥の地面に身体を滑らせて行く。


 うん、これで三人。全員が気絶している。


 動きもスキルも最小限に抑え魔力消費も節約出来た。これならば時間経過で回復するだろう。まずまずの成果と言える。


「……圧勝だな。俺達の手も借りずに……」


「そうですね」


「なあクラウンよぉ、俺達に経験を積ませたいならコイツらの相手を俺達にさせるのは駄目なのか? お前がやったら意味が……」


 ほぼ戦えないオマエがそれを言うのか……。まあいい。


「駄目だ。数時間前にも言ったろう? 君等にはスワンプヘビーバシノマス討伐で手助けして貰うつもりなんだ。それまでに魔力を消費していたら倒せる物も倒せない」


 魔物を甘く見てはいけない。初見の魔物を討伐するにあたって手札は多いに越した事は無い。故に私は二人には魔力をなるべく使って欲しくないのだ。いざという時に魔力切れなど起こされたら堪ったものじゃない。


 それを土壇場でやられる位ならば魔力量が多く魔力消費量も少なくて済む私が片付けた方が効率が良い。時間も掛からないしな。


「うーん……。分かった、従う」


「そうか。ならすまないが三人の誰かがメダルを持っているだろうから探してくれ」


「へいへい、了解」


 スワンプヘビーバシノマスを討伐するのであれば本来メダル二枚以上の獲得は必要無いワケだが万が一がある。


 予想だにしない事態に陥りスワンプヘビーバシノマスの討伐に失敗した時、メダルが一枚も無いから失格などお笑い種だ。


 だから保険としてメダル二枚以上と旗は確保する。スワンプヘビーバシノマス討伐はそれからだ。


「おっ? コイツ等メダル二枚持っていやがったぞ! これでさっきの奴等の分と合わせて三枚……。十分じゃ無いか?」


「ああ、十分だな。しかし二枚所持していたにも関わらず私達を襲ったのか……。馬鹿なことを考えたものだ」


「何故でしょう? 合格目安はあくまで〝二枚以上〟。つまりは二枚確保していれば良いわけです。それなのにどうして……」


「それは準備期間の一週間の間に流れた〝噂〟のせいだろうな……。まったく相変わらず意地の悪い……」


「噂? 噂ってぇ……どの噂だ?」


 事前に設けられた一週間の準備期間には様々な噂話があちらこちらに飛び交っていた。


 恐らく今回私達をわざわざ襲ったこのチームはそんな噂の一つを鵜呑みにした連中だったのだろう。この場合は……、


「恐らく「メダル最多所持チームには豪華景品が送られる」。若しくは「メダル最多所持チームのランクが上がる」だろうな」


「あぁー、アレか……。なあ、実際どうなんだ? その噂は本当なのか?」


 本気で言っているのか? コイツ。


「本当なわけ無いだろう。テストのルールの全容は入学式終盤に聞かされたし、さっきのテスト開始前だってあの教師はそんな事は口にしていない。そんなルールは存在しないんだよ」


「はあ? じゃあなんだってそんな根拠のない噂が……」


「……恐らく師匠だ。あの人が意図的に流したデマだろう」


 本当、趣味が悪いというか意地が悪いというか……両方か。


「……どういう意図で?」


「戦闘を促す為だ。二枚以上確保してしまっては戦闘する意味が無くなるからな。早々に目的を遂げた奴等に戦闘をさせたいんだろう」


 それに戦闘を回避する方法ばかり学ばれては戦争要員を増やしたい学院側としては不本意だろう。戦闘回避も大事っちゃ大事ではあるが、何より戦闘における経験はなるべく積ませてやりたいのだろう。


「成る程……。ですがそれにしては回りくどく感じます。予めその旨をルールに加えておけばわざわざ噂など流さなくとも……」


 まあ、そりゃ噂で騙された奴らからしたら堪ったもんじゃないからな。だがそれにも理由がある。だが──


「それについては分からん。師匠の考えている事はイマイチ分からなくなる」


「そう……ですか」


 これは教えられない。ティールなら兎も角、ロリーナは私の言葉端から気付いてしまうかもしれないからだ。


 それもこれも、この新入生テストが戦争要員を増やすという裏の目的を掲げている事に起因する。


 理由は二つ。


 一つは景品などを設定してしまった場合、学院側がそれを用意しなければならないから。


 戦争をするには金が掛かる。それも莫大な。人が何千何万と動く戦争にはそれだけで膨大な人件費が掛かってしまう。時と場合によっては国そのものが不安定になる程にだ。


 そんな戦争がそう遠くない将来訪れるというならば国としては無駄な金は使いたくない。使うなら軍備が最優先だ。


 それなのに生徒に景品? 与えるわけがない。そんな無駄金、払わなくて済むなら越した事はない。


 だから噂なんて曖昧な物に頼ったのだ。いざその噂を聞いたからと生徒から言われても「ルール上には無い」で終わりだからな。簡単だ。


 そしてもう一つが、本番の戦争において流れるであろう風説の流布を信じさせない為。


 戦争という状況は極めて混沌としている。圧倒的実力差でも無ければ双方は必ず疲弊し、傷付き、肉体、精神共に磨耗する。


 そんな中、何処からともなく、誰からかもたらされるのが、何の根拠もない〝風説〟である。


 ある時は「井戸水に毒が流された」。ある時は「情報を流すスパイが居る」。ある時は「貴族が逃げた」。種類は様々、挙げていけば枚挙に暇がない。


 これは前世での日本の災害時等にも見られる一種の現象。どんな時代、場所でも起こる害悪以外の何物でも無い現象だ。


 即戦力が欲しいとはいえ、新入生は大人の烙印を押されただけの子供の集団だ。幼い精神が参っている時にそんな噂が流れれば……考えるまでもなく混沌は深まる。


 混乱し、正気を失い、発狂し。仲間の、同士の足を引っ張り死人を増やす。それを見たギリギリの奴まで巻き込んで更に……。連鎖的に広がって行くだろう。


 まあ教員達もそこは後々にちゃんとした対策もするのだろうが、今はそれの練習だろう。「無闇矢鱈に噂を信じるな」という教訓も兼ねた嫌がらせ。


 まあ、私にはこの二人に影響さえなければ関係の無い話になるのだがな。


「なあ、これからどうする? もう魔物探し、始めるのか?」


 ふむ、最初に比べティールの顔色も大分良い。まあ、始まって五時間以上が経つ。その間ずっとビクビクされっぱなしは流石に鬱陶しいから助かるが。


「いや、先に沼中央で旗を手に入れる。魔物討伐にどれだけ掛かるか分からないからな。前提条件に必要な物は予め手に入れておきたい」


「お? そうか……。なら暫くはただ中央を目指すだけか……!」


「ああそうだ。……と、その前にそろそろ昼飯にしよう。なるべく地面が乾燥した場所を探してそこで休憩しよう。それから再び行動開始だ」

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