序章:割と賑やかな日常-6

 私は再び訓練場に足を運ぶ。するとその場に集まっていた人がざわざわとどよめき立ち、試合が再開すると察して視線を私と既に待っている次の対戦相手に向ける。というか、


 私はそんな私達を見る集まった人を見回す。


 なんだ、この人数は? こんなに人居たか?


 最初に居たのは近所の見物人や野次馬が数人だけの筈だ。それが今じゃ訓練場の周りをぐるりと囲む様に数十人の観客と化した人が試合の始まりを今か今かと待ちわびている。


 どう考えても増えている。だが一体何故?


 そこでふと、私は次の対戦相手を見る。すると対戦相手は慌てた様に手と首を横に振り、自分のせいではないとジェスチャーして見せる。


「違う違う! 俺じゃない! これは……アイツだ」


 そうして対戦相手は親指を立てて自分の背後に控えている男を指差す。そこには今まで戦った貴族達の中でも一層煌びやかで豪奢な訓練服を身に纏い、周囲に女性を数人侍らせるイケメンが居た。


 アレは……確か今日最後の対戦相手だな……。なんなんだあの状況は……。それに何故アイツはこんなに人を……。


「あー、いや、気を悪くしないで貰いたいんだが……」


「……なんだ?」


「どうにもアイツ……、ああ、俺はアイツとは旧知の仲なんだが、アイツの中じゃ君に勝つ事が決定事項になっているらしい」


 …………ほう。


「それで自分が華麗に勝利する様をこの街の皆さんに見てもらおうと集めた……らしい」


 …………ふむ。


「それに加えて君に勝利する事で君のお姉さんを必ず虜にしてみせる、と」


 …………ほーう。


「いや! ホント! 俺から謝る! すまない!! アイツは、その、悪い奴、ではないんだ。ただちょっと……自分の欲望に正直と言うか……」


「ああ、いや、いいんじゃないかな。欲望に正直なのは」


「そうか! ああ、良かった。すまない気を遣わせてしまって」


 いやホント、欲望に正直なのは良い事だ。私も欲望丸出しだからな。自分が良いのに他人は駄目だなんてワガママは言わない。


 だから私がこの大衆の中アイツをどれだけ辱める事が出来るかを考えているのは、それとは一切関係無い。


 アイツの中にある輝かんばかりのプライドをどれだけ汚く、惨めに、凄惨に汚してやれるかを考え始めているのとは一切関係無い。


「それではさっさと始めましょう。余り観客を待たせるのも悪いですし」


「あ、ああそうだな、始めよう」


 そうして私達は訓練場の中央線を挟んで向かい合い、木剣を構える。


「グレゴリウス・エイティ。推して参る」


「クラウン・チェーシャル・キャッツ。容赦無く行く」


 そして試合は開始される。今回の試合、試合開始の合図などは無く、明確なルールも定めていない。ただ木剣を使用し、木剣を落とすか、相手が意識を失うか、降参するまでやる。それだけを決めた結構ハードな試合。


 私は初手、気付かれない様にスキル《強力化パワー》《防壁化ガード》《消音化サイレント》を発動し、筋力と防御力、それから相手の戦闘的な感覚を鈍らせる為に足音を消す。更にスキル《威圧》を発動させ、相手の動きを鈍らせる。


 そうして漸く私はグレゴリウス目掛けて一気に距離を詰め、横薙ぎの一撃、に見せかけた柄頭での殴打を腹部に見舞う。


 グレゴリウスは私の《消音化サイレント》と《威圧》で完全にタイミングを計り間違えたのか彼は一切反応する事が出来ず、肺に入っていた空気が口から無理矢理排出される。

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