序章:割と賑やかな日常-7
グレゴリウスはその場にしゃがみ込み、肺から無くなった空気を噎せながらも必死に吸い込もうとする。
……うん、まあ、隙だらけだな。
私はそんなグレゴリウスの首元目掛け、《
少しだけ鈍い音を立て、グレゴリウスはそのまま意識を失って倒れ込む。ふむ、終わり。
勿論殺したりはしていない。いくら容赦無くやるとはいえ命を奪ってしまってはただ面倒事が増えるだけで旨味がない。そこら辺は慎重に選択せねばな……。
ふと顔を見上げると、周囲に集まっていた観客はそのアッサリした試合結果に唖然としてしまい声一つ上げない。
それもそうだろう。何せさっきまで一回前の試合でアレだけ対戦相手に苦戦をして辛勝したにも関わらず、それよりも強さ的に上の相手に瞬殺だ。
まあ、観客の殆どがあのイケメンが集めた人々だから大半は単純に決着の早さに驚いているんだろう。
では何故一回前の相手に苦戦して、それより強い相手に楽勝したのか。
それは私が今までの試合全てでスキルを使用していなかった。ただそれだけのことだったりする。
なんでそんな事をしていたのか?
理由の一つは私がスキルを使用しないでどこまで戦えるか、それを確かめたかったというのが大きい。
私の強さの大半はスキルに依存している。
剣術にしろ技にしろ奥の手にしろ、私の戦い方はスキル有りきの強さ。仮にそれらスキルが通用しない、またはスキルを封印する様な相手と戦う場合、私自身の素の強さで乗り越えなくてはならない。
そんな素の状態になって戦えないなどハッキリ言って論外だ。
故に私は純粋な私の身体能力のみでどれだけの強さの相手に太刀打ち出来るかを確かめたかったのだ。
正直自信はあった。
七年前、まだ齢五つの頃にスキルを使っていたとはいえあの短髪の大男、キグナスをやり過ごしたのだ。
あの強さの相手に生き残れた私なら姉さんより遥かに弱いであろう見習い貴族剣士に苦戦などしない。そう思っていた。
だが結果はご覧の通り。休憩を挟まなかったとはいえ、たった三人相手にしただけで辛勝という情け無い結果。
ぶっちゃけ話にならない。こんな状態ではいざという時に成すべきを成せずに後悔するハメになる。それは駄目だ。
取り敢えず現状の自分の限界が見えた今、今更スキルを封印して戦う必要は無くなった。万が一にも負けてしまい、対戦相手が姉さんを娶るなど本末転倒、それだけはあってはならない。
そんな訳で容赦無くやるを有言実行したわけだが、ふむ、やはりスキルの影響は大きい。
スキルをフル活用しただけでこれだ、よくよくスキルの重要さを痛感する。
さて、では次の対戦相手だ。
「誰かコイツを治療してやってくれ。まあ、外傷は無いとは思うが、念の為に」
私のその言葉にウチのメイドと今昏倒させた対戦相手の従者らしき奴が駆け寄り、念の為に用意していた客室を簡単に改造した簡易医務室へグレゴリウスを運んで行く。
それを横目で見届けた後、次の対戦相手であるイケメンに視線を移す。するとイケメンはこの距離でも分かるくらいの汗を額にかいており、顔は笑っておらず少し強張っている。
成る程、今の試合を見て自分も危ないと判断出来る位には現実が見えている奴らしい。これでも余裕を見せていたら苛立ちで
それからイケメンは侍らせていた女性に心配されながらも椅子から立ち上がり、傍に置いていた鞘に収納された剣を手に取って訓練場へと歩を進ませる。
ってちょっと待て。なんでアイツ真剣持って来てるんだ?木剣はどうした木剣は。
「初めまして! 僕の名前はファーストワン・ピージョン・サン!! 君の未来の兄になる男だ!!」
先程までの汗や表情は何処へ行ったのか、軽快に自己紹介をしながら身振り手振りで変に格好付けた仕草をするファーストワン。
気持ち悪いなコイツ。
「クラウン・チェーシャル・キャッツ。未来永劫オマエの弟にはならない男だ。それよりもオイ、なんでそんなもん持って来てるんだ?」
私は無駄に格好付けている間も手放さなかった真剣を指差してファーストワンに問い掛ける。すると彼はワザとらしく肩をすくめて「しょうがないな」と言わんばかりの表情を浮かべる。
なんだコイツは。私に対してなんでこんなにヘイトを稼ごうとするんだ?ワザとか?
「それはだね未来の弟よ、君とは是非とも木剣など粗末な物ではなく真剣での試合がしたいと思ってね。ああ、勿論無理強いはしない。真剣など使った事がないであろう君に、人を切ってしまうかも知れない真剣で戦うのはハードルが高い事だろう……。それならば木剣を振るうのを僕は許容しようじゃないか! どうかな?」
ほほう。コイツ、悪知恵が働く。
つまりコイツは私がまだ真剣を使った事がないと高を括り、私に
そして仮に真剣を使うとなったとしても、慣れていないと〝勝手に〟勘違いしているファーストワンは自分が優位に立てる真剣勝負に持ち込め、勝率を上げれる。なんならその後負けた私を心配する演技をし、「剣ならば僕が教えよう」と私を懐柔出来る。と考えている。
奴にとって一番都合が悪いのは〝自分から提案した真剣勝負で敗北する〟事。だが奴はそれを勘定には入れていない。真剣勝負には余程自信があるのだろう。本当に小狡い。
だがそれならば、
「良いだろう。真剣勝負だ」
「……良いのかい? 怪我をするかも知れないし、させてしまうかも知れないのだよ?」
「何を当たり前の事を……。真剣勝負に怪我は付き物じゃないか」
「後悔しても、もう遅いよ?」
「クドイ。さっさと始めるぞ」
私は持っていた木剣を邪魔にならない様に端に投げ飛ばし、真剣を取りに行こうと振り返る。するとそこには既に一般的なブロードソードを手に持ったマルガレンが立っていた。
「坊ちゃん、これを」
「まったく、お前は本当に優秀な側付きだ」
そうしてブロードソードを受け取り、鞘から刀身を引き抜く。今まで一度も使われて来なかった為にキズ一つすら付いていない新品の刀身。陽光を反射し、無駄に光り輝いている。
さぁて、じゃあ始めよう。アイツが経験した事がないであろう〝試合〟ではない〝殺し合い〟、その本当の恐怖を植え付ける〝作業〟を。
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