序章:割と賑やかな日常-5
……いや、待て。待て待て私。
そもそも私は一体何を悩んでいるんだ?
なんで彼女と、アーリシアと仲良くなる前提で物を考えているんだ?
彼女の持つ《救恤》はれっきとしたスキル。それも私の《強欲》と同等のスキルだと考えれば、それは二つと無いユニークスキルな筈ではないか。
私の人生の目標である「スキルコンプリート」を成し遂げるにあたり、彼女の《救恤》は必要不可欠。必ず手中に収める必要がある。
つまるところ、彼女も私の立派な「獲物」である筈なのだ。
なのに、何故、私は彼女からスキルを奪うどころか、彼女の気持ちにどう応えてやるかなどと気にしているんだ?
私は一体いつからそこまで生温い思考回路になってしまったんだ?
ふと、私は顔を見上げる。目の前には私の機微を伺うマルガレンとまだ少し落ち込み気味のアーリシア。遠くにはエイス、クイネ、ジャックが姉さんと談笑をしている。
この上ない日常。この上ない賑わい。この上ない──
…………ああ、そうか。
私は毒されていたのか。
この空気に、空間に、私はいつの間にか甘んじ、毒気の無さに寧ろ毒され、考えが柔和になってしまった。
その証拠にこの七年で一体いくつスキルが増えた?七年もあって何故あれだけしか増えていない?
犯罪者だけを狙う? 甘い。流れの冒険者だって居ない訳ではなかった筈だ。才能を持った孤児が居ない訳ではなかった筈だ。熟練の技を身に付けた病人が居ない訳ではなかった筈だ。
何故もっと、それらに目を付けなかった?
本当、自分の生温さに吐き気がする。
……環境に恵まれているのは良い。それを利用すれば出来る事も増えるだろう。
だがそれに甘んじてはいけないのだ。
余裕があるからと高を括り、猶予があるからと油断をする。
それでは駄目なのだ。もっともっと、頭を冷やさなければならないのだ、のぼせていてはいけないのだ。
今、私は目が覚めた。なんとも情け無い話だが、今更である。
よし、方針を固めよう。具体案を決めよう。
私の周りの環境を最大限に利用し、最大の利益を、最大の効率を高めよう。
取り敢えず犯罪者狩りは止めだ。最早リスクが高いだけで効率が悪い。
それと他の具体的な考えは後にするとしよう。今はそれらに集中する為にも手始めにこれから相手をする二人の対戦相手。その二人に軽く犠牲になって貰う。まあ、八つ当たりみたいなものだが、どうでもいい。
「坊ちゃん? どうかなさいましたか?」
マルガレンが私の顔を覗き込みながら心配そうに伺ってくる。どうやら少し、考え込んでしまっていた様だ。
「ああ、大丈夫。どうやら体を動かした後に休んだせいか少し気が抜けて来てしまったみたいだな……」
「そうですか。無理はなさらないで下さいね」
私はマルガレンの肩を軽く叩きながら飲みかけのアイスティーを飲み干し、器をマルガレンに渡す。
そして未だに私に叱られたのを気にして俯いているアーリシア。
コイツ……まだ気にしてんのか。メンタル豆腐並みだなオイ。初対面した時に見せた盗賊に対する威勢はどうした。
……まったく、仕方がない。
アーリシアに一歩近寄る。それに彼女は反応し、何かあるのを察して身構えようとしたが、私はそんな彼女に絶妙に痛い力加減でデコピンを額にくれてやる。
「ひゃあっ!? え、え?」
一瞬変な声を上げてしゃがみ込むと、額を申し訳程度に両手で抑え、涙目を浮かべ何をするんだと言わんばかりにこちらを見上げてくる。
そういうあざといのは私には効かん。
「いつまでウジウジしてるんだ。そこまで落ち込むような事でも無いだろう?」
「あ、いえ、私、余り他人に怒られた事がなくて……」
この甘やかされめ。この変に悩む原因は教皇の娘だからと周りの大人が気を遣い過ぎた弊害だろう。彼女自身どうしていいかわからないのだ。まったく、厄介な。
「なら慣れるんだ。私とまだ一緒に居たいならな。まあ、私はどちらでも構わないが」
「──っ!! いえ!! 慣れます!! 頑張ります!!」
「そうか、なら頑張れ」
傍若無人に見えるだろうがこれは必要な対応だ。私が漠然と頭の中で立てている方針にはアーリシアの私に対する気持ちがどれくらいであるかを確かめる必要がある。
この分だと……ふむ、多分上手く行くだろう。まあ、これ以上のアクシデントがなければだが……。
「坊ちゃん、そろそろ戻られた方が……」
そう言うマルガレンに目をやると、ウエストポーチから懐中時計を取り出して時間を確認している。
この懐中時計も私がマルガレンに与えたものだが、少し与え過ぎたか? これも私が甘かった名残だな……。
しかし、今は目の前の問題だ。
「ああ、そうだな。もう十分休んだ。後は二人を片付けるだけだ」
「流石クラウン様! 余裕ですね!!」
「……ああ、そうだな」
生優しい試合は終わりだ。相手のことを考慮しない。容赦の無い試合をしようじゃないか。
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