第四章:草むしり・後編-4

 

 私がモンドベルク公に事の真偽を問うように視線を移すと、彼は少し呆れたように。また何処か諦めたように空笑いを漏らした。


「奴の名はカリナン・モンドベルク。我がモンドベルク家に婿入りを果たした隻腕の元英雄様だ」


「……詳しい事は長くなりそうなので聞きはしませんが」


「うむ」


「よく身元もハッキリしないような男を娘の旦那にしましたね」


「ワシとてそんなつもりは微塵も無かったのだっ! ただ奴等いつの間にやら仲睦まじくなっておって……。ワシが気が付いて問い詰める時にはもう腹に子供──リリアンを身篭っておったんだぞっ!? ワシにどうしろと言うのだっ!?」


 また語気を荒げ額に青筋を立てるモンドベルク公にリリアンが宥めて落ち着かせる。


 ふむ。私も余り刺激の強い話はしない方が良さそうだな。こんな所で彼に卒倒でもされたらたまった物ではない。


「はぁ……。だがまあ、ワシが見ていた限り、奴はちゃんと父親をしとったし、真剣にモンドベルク家の責務についても考えてはいた。世界を放浪していたという割には存外に芯のしっかりした奴だったよ……」


「……過去形、なのですね」


「十年前、病でアッサリのぉ……。しもの元英雄でも、病に蝕まれてはどうにもいかんかったようだ……」


 少し寂しそうに笑うモンドベルク公と、その時を思い出しているのか、大きな瞳に涙を溜めるリリアン。


 なんだかんだ言っていた割に、彼はその元英雄であるカリナンを気に入っていたのかもしれないな。


 私も、一度くらい会ってみたかったものだが……。


 ……ふむ。どうもタイミングがな……。何か関係があったりするのか?


 これが私の杞憂でないのだとしたら……。下手をすればその山賊の頭領も……。


 うぅむ……。


 いや、今はそこに思考を割くのは止めておこう。調べていけば自ずと解ってくるかもしれんしな。


 ……ところで──


「こんな空気の中では野暮だと承知してお訊きするのですが、結局そのジャブジャとかいう山賊がなんだと言うのですか?私には関係ない話のように思うのですが」


「……そうだな。湿っぽいのは止めておこう。そういうつもりでこんな話をした訳ではないからな」


「でしたら何故?」


「ワシにとっての「強欲の魔王」がどんな存在だったかを、君に認識して欲しかったのだ。不完全燃焼で解決してしまった今もくすぶるこの気持ちを、ワシは次なる「強欲の魔王」討伐でそそぎたいと思うとる」


 言葉を選ばないのであればつまり、老い先短い人生に残ったしこりを取り除き、なんの後悔もなく逝きたい。そういう事なのだろう。


 齢八十を迎えている彼にとっての所謂いわゆる終活、といった所か……。なんともまあ、贅沢で羨ましいピリオドだ。


 私の前世の最期と比べても、余程綺麗な終わりを選ぼうとしている。本当、羨ましい。


 ……。


 ……だが私は、そんな願いを叶えてやる気など微塵も無い。


「そうですか。なら私も手伝いましょう」


「……何?」


「手伝うと言ったのです。当然でしょう? 「強欲の魔王」は人族共通の脅威です。既に存在しているならば討伐した方が良いに決まっています」


 モンドベルク公は私が「強欲の魔王」だと勘繰っているが、幸いまだ確たる証拠や物証は無い様子。ならばまだその認識を捻じ曲げてしまえる。


「本気、で言うておるのか?」


「本気ですよ。それに貴方様はどうも私をお疑いのようですしね。それが杞憂なのだと証明する為にも、私が全力で御協力させていただきます」


「う、うむ……」


 ここを力尽くでも払拭しない限りモンドベルク公から常に監視されてしまう。そうなれば自由に身動きが取れなくなるのは勿論、いくら私が油断しなかったとしても何処かしらから私の正体を暴いてくるかもしれない。


 そうなればこの国は当然、他国にも私の居場所は無くなるし、私の身内にも危害が及ぶ。そうなっては絶対にならない。


 もし、そうなった場合。残念ながらモンドベルク公には……。


 ……。


 まあ、何にせよやり遂げねばな。


 はあ……。やる事がまた増えてしまった。もう一つか二つくらい身体が欲しいと切実に思う……。


 いや、そんなスキルがあれば……あるいは?


「……君の主張は理解した。証明出来るのならしてみなさい。それまでは悪いが、私は君を第一候補だと見ることにする」


「お好きにどうぞ」


「うむ。ではそろそろ茶の用意でもさせようか」


「はい。お気遣いありがとうございます。少し長話しでしたから丁度喉も渇いていたんですよ」


「それは良かった。ならば後は堅苦しい話は抜きにして、適当に本当の雑談でもしようかの」


 ……この人、私を「強欲の魔王」と疑っているんだよな? そんな奴と茶を飲みながら雑談をしようとは……。齢八十にして、本当に豪胆な人だ。


 と、そうだそうだ。話の主導権が向こうにあったせいで忘れそうになっていたが、私がこの忙しい時にこのお茶会に参加したのはある目的の為である。彼から話を聞く為ではない。


「雑談ついでに、私から一つ提案があるのですが……。聞いて頂けますか?」


「なんだ? 改まって」


「実は私、この後「禿鷲の眼光」に立ち寄るつもりなんです」


「「禿鷲の眼光」? 一体また何故……」


「ハーティーに聞く為ですよ。この街や学院に潜伏しているエルフ共の情報を……」


「……」


 モンドベルク公はそこで黙ると悩まし気な表情を表し、ソファの背もたれにもたれ掛かると盛大に溜め息を吐く。


「君、少し首を突っ込み過ぎじゃないかね?」


「と、言いますと?」


「君は確かにジェイドの息子──〝翡翠〟の跡取りだ。だがそれ以前にまだ君は学生だろう? 成人しているとはいえまだまだヒヨッコ……。そんな事までやる必要は──」


「戦争で勲功を挙げる」


 私がそう口にすると、モンドベルク公は目を見開いてそのまま私を睨み付ける。


「……それは我々とエルフとの間に起こるであろう戦争で、という意味で言っているんだな?」


「勿論です。その為にも一刻も早く、潜入しているエルフを一人残らず刈り取る必要があるんですよ」


 戦争をするにあたって、国内──王都内に潜伏しているエルフが潜伏したままでは落ち着いて国を守る事が出来ないのは勿論、背中をいつ刺しに来るかも分からない。


 それに戦時中の情報だって当然筒抜けだろう。戦争が始まる前までに必ず片付けなければならない。


「……功勲を挙げて、どうしたいのだ?」


「これは父上とも話し合った事なので、後々父上からも同じ話しがされるとは思いますが──」


「うむ」


「キャッツ家が背負わされている業をそそぎ、世間に秘匿貴族ではない、堂々と胸を張れる一〝貴族〟として復権を果たす。それが私の目的です」


「……ふむ」


 モンドベルク公はそこまで聞いてから口元に手を当て、何やら深く思案しながら聞き取れない程の声音でブツブツと呟いている。


 スキルを駆使すれば聞き取る事も出来るが──


「復権……。いやしかし……。だがあるいは……。寧ろその方が……。そうなれば……。と、すると──」


 と、思案内容が支離滅裂で流石に内容を理解するのは無理がある。漠然と何やら好感触なのは分かるのだが……。まあ、致し方ない。


「……成る程、理解した。確かにキャッツ家の復権は我等珠玉七貴族の権威を更に強める事が出来る上、今以上に連携を取る事も出来るだろう。これまでのキャッツ家の功績を考えれば、復権を許される良きタイミングかもしれん」


「ご理解頂き、ありがとうございます」


「ただそれは君が戦争で活躍し、功績を立てた前提の話だ。君にそれだけの事が出来るのか?」


「確かに私一人では役不足かもしれません。ですので私の姉──ガーベラと共に、この戦争を勝利へ導こうかと」


「君の姉、か……。齢二十二で我が国が誇る剣術団団長にまで急速に登り詰めた紛う事なき才媛……。確かに彼女ならば誇れる戦果を挙げられよう」


 ふむ。姉さんを褒められるのは悪い気はしないな。あの人は私の最大の目標でありライバル……。そして何より最愛の姉だ。私がこうして強くなれたのも、姉さんが居てくれてこそだ。


「しかし、ジェイドの子供は一体どうなっておる? 長女は類稀なる剣術の天才。長男はキャピタレウスに比肩し得る魔法の才を秘めた逸材……。まさか妹も何か無かったりせねだろうな?」


 モンドベルク公が何やら勘繰って来ているが、姉さんや私に比べればミルトニアはただの好奇心旺盛な可愛い妹だ。特筆すべき才覚は──


 ……まあ、私の感知系スキルを何故か擦り抜ける事が出来たりするが……。それぐらいだ。


「考え過ぎですよ。……話を戻しますが、つまりは私と姉さんの二人でエルフとの戦争に勝利し、キャッツ家を復権させたいのです」


「その為にも邪魔になるであろう国内に潜伏しているエルフ共を一網打尽にする……と」


「厳密にはそれだけでは無いのですが……。概ねそんな感じです」


「うむ……」


 さて……。私の目的は伝えた。納得出来得るだけの話もしたつもりだ。後はモンドベルク公を誘い、ハーティーの元へ向かうだけだ。


「宜しければ貴方様もどうですか?」


「何?」


「私が捕まえた後、ハーティーには一度も会っていないでしょう?」


「何故、それを?」


「ああ、やはりそうでしたか」


「鎌をかけたのか?」


「いくら貴方様が出来るお方でも、こう色々と情報が混み合っていたら引っ掛かってくれるかな、と」


「……君、私がティリーザラ王国の大公だと忘れてはいないかね」


「忘れていないから鎌をかけたんですよ。それに貴方様はこんな事で機嫌を損ねたりしないでしょう?」


 こうして会話を重ねる中で、聡明なモンドベルク公はある程度私の事を理解して来ているだろう。それだけの器量の持ち主だと、私は見ている。


「はあ……。カーラットの言った通りじゃな、まったく……」


「カーラットがなんです?」


「いや、なんでもない。……しかしワシがギルドに向かうのは……少々厳しいかもしれん」


「……体調、ですか?」


「こうして話している分には問題ない。今日はまだ体調も良いしな。だがここ最近は馬車の移動すら厳しい時もあるのだ。外に出る仕事も、殆どは娘に任せているしの」


「成る程……。では出来ればハーティーとの面会を許して頂ける許可を──」


「私がっ!!」


 私が許可だけでも貰おうと切り出した時、話に付いて来れていたのかも分からないリリアンが手をわざわざ上げ、私とモンドベルク公の注目を集めた。


「どうしたリリアン」


「あ、あの……。私がお爺様の代わりに、ハーティーに会いに行っても宜しいでしょうか?」


 ……リリアンが?

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