第四章:草むしり・後編-5
「貴方が初めてですよ。こんな場所にこんな短期間で再度訪れたのは」
石材で構成された地下へ伸びる薄暗い階段を下りながら、痩せぎすの男にそんな事を言われながらその先にある部屋へ案内される。
ここは捕縛した犯罪者を収監し、尋問や拷問等による手段で様々な情報を引き出す収監ギルド「禿鷲の眼光」。
以前、元「暴食の魔王」である化け物化したグレーテルをロートルース大沼地帯に縛り付けておく為に用意した〝餌〟として幾人かの犯罪者を見繕った。
その際にただ食わせてしまうのはスキルが勿体無いと判断した私がこのギルドを訪れ、「罪状の再確認」という名目でスキルを根こそぎ刈り取った場所でもある。
そんな「禿鷲の眼光」で、今日はこれから目の前を先導する以前にも案内してくれたギルド職員に再び案内して貰い、ハーティーが拘束されている〝特別監房エリア〟に向かっている最中だ。
「私とて頻繁に来たいとは思っていませんよ。恐らく今回の事が済めば、暫くは訪れません」
「ははは。その方が良い。余り良い空気の場所ではありませんからね。……まあ、貴方が今後犯罪を犯して捕まらなければ、ですが」
そう軽口を叩きながら空笑いをするギルド職員に愛想笑いで返すが、正直内容は余り笑えない。
未だ犯罪らしい犯罪は〝死神〟行為で不法侵入したくらいで大した事はしていないし犯すつもりもないが、今後必要に迫られれば止む無く実行するだろう。
勿論極力避けはするが、将来私が好き勝手やっていくにあたって必ず壁に打ち当たる。その際には汚い手を使わねば解決出来ない事だって発生する可能性がある。
そうなれば私は
目的達成の為、必ず遂行し達成する。余程の状況じゃ無い限り、迷わないだろう。
故にこれが彼の渾身のブラックジョークだったとしても余り笑えない。
まあ、と言っても捕まるつもりは微塵も無い。全く想像しないわけでは無いが、杞憂も杞憂。全く意味の無い妄想だ。
で、何故私がこんな不毛な事を考えているのかと言えば──
「く、クラウンさま……。こ、ここ、不気味で私……」
「我慢なさって下さい。貴女はモンドベルク公の代理でこの場に居るのですから」
私の背中にしがみつき、顔を青くしながら震え、
モンドベルク公との〝お茶会〟で彼にこのギルドにハーティーとの面会をしないか、と誘ったのだが、体調の思わしくないモンドベルク公の代わりに自ら孫娘のリリアンが立候補した。
どんなつもりなのだとリリアンに訊いた所、今までは当主であるモンドベルク公やその娘であるカーボネ氏が家業の全てを執り仕切っており、成人を迎え数年と経ったにも関わらず自分はまだまだ勉強ばかりで何の役にも立てていないという。
そんな箱入り娘状態の自分を常々不甲斐無く思っていた彼女だったが、今こそ自分が役に立つ時だと手を上げたのだ。
意気揚々と立候補する彼女に最初こそ私とモンドベルク公はどう断ろうかと考えていたのだが、いくら歪曲にその旨を伝えても一切引く気はないらしく、仕方無く承諾した。
ただこの人、今までこういった〝仕事〟をして来なかったが故の緊張と、この薄暗く湿度の高い不気味な雰囲気が相まって今精神的に結構参っている。
その結果、歳が五つ以上離れた私の背中にしがみ付いてビクビクと震えている有様。あの意気込みは何処へいったのやら……。
この状態が続くのだとすれば少し──いやかなり面倒だ。多少現実逃避気味に頭を使っても許されるだろう。
しかしやはり多少強引にでもモンドベルク公を連れ出せば良かったか? このままでは本当に役に立たなくなるぞ?
「……いっその事ここで諦めますか? 今なら一本道ですから、階段を上がれば直ぐ上に戻──」
「そ、それはなりませんっ! これは、私が自ら立候補して獲得した初仕事なのですっ! ……それに、私もハーティーに、一度会いたいのです……」
このギルドに来る途中の馬車内で聞いた話だが、リリアンはどうやらハーティーと面識があると言う。
それも顔見知り程度などではなく、何度かお茶に誘い、何度か飲み交わした仲。
幾度か護衛という名目で一緒に買い物や食事をしたり、と二人で遊び歩いていた時もあったらしい。
ハーティーの交友関係の中で、もしかしたら一番心を許していた。そんな存在がリリアンなのである。
「なら我慢して下さい。貴女には期待しているのですから」
まあ三割くらいだが。
「わ、分かっ、分かっていますっ……。モンドベルク家の名に於いて、私は負けませんっ!!」
別に勝負しているわけではないのだがな……。
因みに今の彼女の服装は先程モンドベルク公の屋敷で御目見した時の様なドレスではなく、上下白のピッチリとしたスリムフィットスーツの様な格好をし、動き易くなっている。
上下白のスーツというと結構どぎつく見えがちだが、スーツ自体に細かな黒と銀の差し色が入り決して下品になっておらず、またモンドベルク家特有の光に反射する程に透明度が高い銀髪がシニョンに束ねられ清楚さを演出している。
気品さと気高さ、そして動き易さが重視されたまさに国の大公を担うに相応しい家系の服装と云えよう。
「さあ、そろそろ着きますよ」
ギルド職員のそんな発言に、私とリリアンが意識を正面に向けると、長かった階段の末端とその先にある扉が目に入る。
すると私に縋るリリアンが一瞬だけ身震いしたのを感じ《視野角拡大》で振り向かずに確認してみれば、彼女の表情から青さが消え、何処か真剣味のある──何かを決意したように色が入り目線は真っ直ぐ扉の先を見据えている。
おお……。流石はモンドベルク家の人間。いざという時にはこうして気持ちを定められる器量を持っていたか。血筋というのは馬鹿に出来ないな。これならばこれからの面会に支障が出る事は無いだろう。彼女を少し、侮っていたようだ。
少しして頑強そうな鉄製の扉の前に来ると、ギルド職員が鍵を取り出し複数ある鍵穴に差し込み解錠していく。
「私共もモンドベルク公やその他貴族方々の命により彼女の握るエルフに関する情報を吐かせようと様々な尋問、拷問を繰り返しました。ですがそれでも口は割らず……。それどころか会話全てをエルフ語で返してくる余裕すらあります。アレはかなり訓練されていますよ」
「成る程。生半可は通じない、と……。まあエルフ語に関してはご心配なさらず。一応勉強はして来たので」
「左様ですか……。では期待して待っていましょうか」
全ての鍵が開けられ、ギルド職員が全体重を使って鉄の扉を少しずつ開けて行く。
扉が重たい物を引き摺るような重低音が響きながら開け放たれた先にあったのは、
そんな空間に左右と正面に一つずつ檻が設置されており、その檻に使われている素材もまた、私がこのギルド内で見たどの檻よりも頑丈な物で構成されている。
ここがギルド「禿鷲の眼光」の中でも特に注意が必要であり且つ重要な情報を持っていると判断された犯罪者が収監される特別監房エリア。
そのエリア内の三つある監房の内二つは今の所空いているが、残り一つ──右側に位置する監房に、ハーティーが収監されている。
「面会時間は二十分。手足は拘束され、口と耳のみ拘束が解除されている状態であり、スキルは拘束具によって封印されています。事前の検査で持ち込みは無いと確認していますが、罪人に対する物品の受け渡しは厳禁とさせて頂き、万が一それらが確認された場合にはこちらで直ちに拘束させて頂きます。宜しいですね?」
「はい。承知しています」
「では、中へ……」
そう促され私とリリアンが特別監房エリアに入る。
「それではまた、二十分後に……」
ギルド職員は私達の背後でそれだけ伝えると、重い扉を閉め始め、完全に閉まった後に再び鍵を掛けていく。
特別監房の犯罪者の脱走と、面会者が不審な行動を取った際に逃がさない為の施錠だと理解しているが、やはり全く出口が無くなるというのは居心地が悪い。さっさと済ませてしまおう。
私は右の監房に向かい、中を確認する。そこには板に
私の後ろを付いて来たリリアンはそんな凄惨とも取れるハーティーの姿に息を飲んで絶句し、小刻みに震えているのを感じた。
まあ、リリアンは落ち着くまで放っておいて取り敢えずは私からだ。
「やあ、ハーティー。久しぶりだな。しかし随分と洒落た格好しているじゃないか。一体何処で買ったんだ? 教えてくれてよ」
「──っ!? そ、その声は……」
ハーティーの発した声音に、以前の彼女に対する怒りが少しだけ蘇る。
「ああそうだ。クラウンだ。君の顎を砕いて痛め付けても未だに気が済んでいない、クラウン・チェーシャル・キャッツだ」
「い、今更何をしに……」
「んん? 意外だな。自分の立場を理解出来ていないのか? 君の今現在の存在理由など、たった一つしか無いだろう?」
「……」
私がそう煽ると、ハーティーは口を
「さて。今回お前には〝三段階〟の質問をする。最初が私、二段階目はスペシャルゲスト、そして三段階目は〝容赦を止めた〟私だ。段階が上がるにつれ精神的に辛くなるだろうから最初の段階で洗いざらいブチ撒ける事をオススメする。分かったか?」
「勝手な事を……。誰がお前に──」
「お前に選択権も無ければ黙秘権もない。さあ、教えて貰おうか?」
そう迫る私にハーティーは黙り込む。すると──
「……『そうだね。話してやってもいい』」
「ん?」
「『ただしアタシが話す言葉が分かればね。ま、分からないでしょうけど』」
再び口を開いたかと思えば何か別言語──エルフ語を突如口にし始める。
その語気は内容を理解しないまでもコチラを嘲笑うようなニュアンスが含まれていると分かり、実際本人もまたエルフ語を知らないであろう私達に向かってそういった態度を取る。
ふむ。これは……。
「『まあ仕方ないわよ。人族でエルフ語を話せるのなんて極一部にしか──』」
「『成る程。なら私がその極一部だな』」
「『──っっっ!?』」
私がエルフ語を話し始めた途端、先程まで余裕を見せていたハーティーの表情は目隠しで顔の半分が隠れているにも関わらず一気に曇るのが分かる程明確に変化する。
「『驚くな。まだ付け焼き刃で上手くは話せない。所々のイントネーションにはまだ自信がない』」
数日前の馬車旅で暇な時にユウナからある程度の日常会話の基礎と応用は教わった。まあ彼女のエルフ語は頻繁に使わないから本場のエルフに比べれば片言らしいが、会話が成立するならば充分だ。
「クラウン様、エルフ語を──」
「シッ……。後もう少しだけ、そのままで」
「『……そのスペシャルゲストって誰なの?』」
おっと。少し聞こえてしまったか。
今リリアンの存在を悟られると二段階目の衝撃が半減するからな。適度にストレスと疲労を与えつつ、精神的に追い込んでいかなくては。
「『今は教えない。ただお前にとって嬉しくない人間ではある』」
「『……つまりそいつに会いたくなければ今全部話せって? ちょっと交渉材料としては弱いんじゃない?』」
「『強気だな。私に痛い目に遭わされたのを忘れたのか?』」
「『ここはアタシを縛り付ける場所だけれど、私を守ってくれる場所でもあるのよ? アナタに手出しは──』」
「『本当にそうか?』」
私の言葉に、ハーティーは言葉を止める。
「『私がここのギルド職員と何も契約していないと言えるか?』」
「『……どういう意味?』」
「『私は今日、強い権力の人間と会ってきた。ここに来るのも誘った。少しの権力ならいくらでも使える』」
ふむ。やはり覚えたての言語は難しいな。上手い事伝わっているか分からん。
エルフの国に侵攻する時までには万全にしたいものだな。いっその事言語習得を助けるようなスキルを探してみるか。そうすれば勉強する時間が浮いて他に当てられるしな。
──と、思考が逸れたな。気を取り直さなくては。
「『……つまりここで起きるアタシに対する如何なる行為も揉み消されるって?』」
「『そう思っていて構わない』」
まあ実際の所そこまでの話は通していない。ただここに居るリリアンが証人になってくれさえすれば多少の手荒なマネもある程度は許容されるだろう。
モンドベルク公──
「『…………』」
「『もう一度問う。今ここで話せば後は楽だ。だが耐えてしまったら苦痛がお前を襲うだろう。今の内に全部──』」
「『ふんっ。ナメないでくれる? アタシは確かに野心で失敗こそしたけれど、これでも女皇帝陛下に絶対の忠誠を尽くしているわ。その程度の脅しでアタシを落そうなんて片腹痛いわねっ!』」
「……ふむ」
少し捲し立てられると聞き取り辛くなるが、あの態度と口調を加味して考えても、概ね最初の脅迫は失敗した、と解釈していいだろうな。
致し方無いな。まったく。
「『そうか。なら今回のゲストに、お話をして貰おう』」
そう言って私はこれまでのやり取りを
「……ハーティー」
「──っっ!? り、リリアン……様……っ?」
リリアンの声が届いた瞬間、ハーティーの顔色が、少しだけ後悔に濡れたように見えた。
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