第四章:草むしり・後編-6

 

「何故……、何故リリアン様が……こんな、場所に……」


 リリアンが声を掛けた途端ハーティーは露骨に動揺を見せ、口にしていたエルフ語を思わず人族語に戻す。


「本日、クラウン様が貴女に会うという事でしたので同行を立候補しました。……私にとって、これがモンドベルク家としての……初仕事になります」


 物悲しい声音で事実を告げるリリアンの言葉に、最初こそ悔いるような表情を見せるも直様すぐさま歯を食いしばって鬼のような形相になる。


「クラウン貴様ッ!! よくも゙ぉ……こんなぁッ!!」


 今にも私に飛び掛かって来そうな勢いのハーティーは拘束具を破ってしまいそうな程の力で全身を使って怒りを表す。


 が、当然その程度では拘束具を破るなど出来ず、ただギチギチと革と金具が擦れる音が響くのみである。


「さっきも自身で言った通り彼女がここに居るのは自分の意思だ。最初はモンドベルク公を誘ったが、体調が思わしくないようでな。その代わりだ」


「はい。私はお爺様の名代の元、今日ここに居るのです。貴女に……。エルフである貴女に……全部話して貰う為に……」


 ……移動の馬車内で聞いた話しの続きに、ハーティーがエルフであった事を知らされた旨もあった。


 ハーティーがエルフであり、既に捕縛された事を初めて聞いた時、リリアンは激しく狼狽したらしい。


 何度も何度も何かの間違いなんじゃないかとモンドベルク公を問い詰め、同僚であったキグナスの元にまで赴いて事実確認をし、彼等の表情や言葉を聞いてそれが現実だと理解した時はその場で座り込んでしまった、と。


 それから暫くはハーティーを〝裏切り者〟として彼女は頭を整理する事に努めたが、やはりどうしても納得する事が出来ず、今日までずっと消化出来ない気持ちを抱えていた。


 そんな時に訪れたのが今日という日である。彼女は当人であるハーティーと直接話をする事で、自分の中で決着を着けたいのだろう。


 公私混同している感じは否めないが、まあ、私には関係無い。


 ただこの一件で多少なりとも恩が売れるならば棚からぼた餅というもの。黙って見守りこそすれ邪魔はしない。


「ねぇハーティー? 貴女は、今の状況をどう思っているの?」


「今の……状況?」


「ええ……。今この国は貴女達エルフの裏工作によって人知れず喉元に刃を突き付けられていますわ。これは、とても憂慮すべき事態です」


「……」


「貴女は確かにエルフですが、十何年とそんな国の為に身を削って来たではないですかっ!? ……それに、貴女は何も感じないのですか?」


 リリアンは悲痛な面持ちで涙ぐみ、ハーティーに対して良心に訴え掛ける。


 しかし、そんな言葉を受けたハーティーは冷ややかに鼻を鳴らす。


「前提が間違っていますよリリアン様。国を守る為に身を削ったんじゃない。国を崩す為に身を削っていたんです。何も感じないのか? 感じますよそりゃあ。やっと人族が苦しみ、エルフが笑える日が来るって期待感をねッ!!」


「ハーティーっ! それが本音なのですかっ!?」


「本音も本音、大本音ですよ。まったく笑っちゃいますね。アタシに何を期待していたんですか?」


 そうあざけるハーティーだが、耳をそばだてて聴いてみると、若干だが声が震えているように聞こえる。どうやら言葉とは裏腹に心情としては笑えていないらしい。


「ではっ……。私との日々も、嘘だったのですか?」


「……リリアン様との日々、ですか」


「一緒にお茶を飲んだあの時間も、一緒に楽しんだ買い物も、一緒に交わした他愛無い素敵な談笑も……嘘、だったのですか?」


 確認するのが怖いのか、リリアンの言葉は重ねるにつれ語気を弱めていき、最終的に消え入るような勢いになってしまう。


 そんな弱々しくなっていった彼女の言葉に、ハーティーは──


「……嘘、と言ったらどうするんですか?」


「……え?」


「貴女は言って欲しいんですよね? アタシに「嘘じゃありませんよ」って……。慰めて欲しいだけなんじゃないですか? 自分のアタシに対するモヤモヤした気持ちを」


「そんなっ! 私は──」


「なら本音を言ってあげますよっ」


「──っ!?」


「アタシはですねリリアン様っ。貴女がずっと鬱陶しかったんですよっ!」


「っ……」


 うん?これは……。


「お茶と甘い物が苦手なアタシを無理矢理お茶に誘ったりっ! 仕事の準備で忙しい中無茶して時間割いて買い物に付き合ったりっ! 社交会の愚痴を延々と聞かされたりっ!!」


「ハー、ティー……」


 これはこれは、また……。


「うんっっざりしていたんですよっ!! アタシの気持ちも知らないで自分勝手にペラペラペラペラグダグダグダグダっ!!」


「う、うぅっ……」


 随分とまあ、古典的な……。


「そもそもアタシと貴女の間にどれだけ意識とか価値観の違いがあるか考えた事あるんですかっ!? 人族屈指のお嬢様と下っ端工作員エルフ……。どうしてこんなアタシ達が友達になれると思っているんですかっ!?」


「もう……止めて……」


 はぁ……。茶番だ茶番……。


「こんな所までわざわざ来て……。第一声何を言い出すかと思えばこの国を思って何も感じないのかって? 本当はそんな事どうでもいいくせにっ! 結局貴女は自分の気持ちを──」


「もういいっ!!」


 そうリリアンが叫んでハーティーの言葉を遮ると、リリアンはそのまま踵を返して鉄製扉に無言のまま向かい、二回独特なリズムでノックする。


 このノックの仕方は私達とギルド職員との間で予め決めていた途中退出の合図であり、仮に成り済ました罪人がこの扉を抜けようとした時の為の合言葉の意味がある。まあ、念の為の簡単な確認作業だ。


 つまりリリアンがそれをするという事はだ──


「……よろしいのですか?」


「私だけ……お願いします」


「承知しました」


 開いた扉からギルド職員が顔を覗かせリリアンに確認を取ると、そのままリリアンは扉の向こう側へ消えていき、ギルド職員が「残り十五分です」とだけ言い残して扉が再び閉められる。


「……はあ」


「いやはやいやはや……。素晴らしい三文芝居だったよ、お見それした。お布施はお前の牢の中で良いかな? 嗚呼しかし、悲しい事に持ち合わせは出せないな……。来世で産まれ返してから渡そうか?」


「相も変わらず減らず口をペラペラと……」


「しかしアレだな。ここに来るまでは彼女に多少期待していたんだが、買い被り過ぎたか? あの程度で心を乱されてしまうとは……」


 モンドベルク家で箱入り娘として大事にされ過ぎているんじゃないか? これは将来的に少し国防が心配だな……。


「……アンタがあの子の何を知ってるのよ」


「んん?」


「あの子は確かに繊細よ。使用人に気を遣って好きな茶葉も言えないし、買い物中のナンパには狼狽うろたえるばかりだし、社交会の愚痴なんか大半が自虐……」


「ほう」


「だけどね。あの子は絶対折れたりしないのっ。好きじゃない茶葉を好きになって、ナンパに対する処世術を完璧にマスターして、社交会じゃあ年々評価が上がってる……。そんな絶対に折れない──砕けない凄い精神力の持ち主なのよっ!」


「……それはまた、素晴らしい事で」


 ふふふっ。随分と役に立ってくれたじゃないかリリアン。態度がさっきまでより柔和している。


 彼女の声を聞いて多少気持ちに余裕が生まれたんだろう。だがその余裕からの落差が、三段階目をより地獄に変える。


 私という天敵の突如の出現による緊張と恐怖からくるストレス。


 既知の友との再会と言葉による思い出の想起とそれ故の不安。


 今、ハーティーの精神はそれはそれは不安定だろう。そんな落差には耐えられない。


「これから私にされる事を考えて出て行かせたなら感謝しよう。私自身、どう言い訳して彼女を退出させるか考えていたんだ」


 と言ってはみたが、大体そうだろうな。聡い彼女なら、「本気の私」と聞いて不安がらないわけがない。


 あんな露骨に嫌われに行く言葉をつらつらと……。本当、茶番だ。


「へぇ。アンタ、あの子に見せないつもりではいたんだ」


「それはまあ、そうだろう。これからする事を考えれば精神的にも常識的にも、そして〝倫理的〟にも具合が悪い」


 それに彼女──いてはモンドベルク家からの信用を今以上に落としかねないからな。ただでさえ「強欲の魔王」だと疑われているのに、これ以上は許容範囲を外れる。


「倫理って……。アンタ、アタシに何する気だ」


 青褪める顔に、私は満面の笑みを持って答える。


「お前に、一生モノのトラウマを植え付けよう。断末魔で喉が枯れ果てる様な……全身を掻きむしりたくなる様な、そんなトラウマを……」


 私は牢に近付き、牢の中に手を伸ばす。


 そして、名を呼ぶ。


「来いムスカ」


 名を呼ぶと、私の胸中から暗黄色の光球が飛び出し、それがゆっくりと伸ばした手の平に着地する。そして光球は徐々にその形を変えていくと、大型犬サイズの巨大な蝿──ムスカが顕現する。


 顕現と同時に生まれた不快な羽音と、ムスカから漂う凶悪な漏れ出た魔力に当てられて、ハーティーは更に顔を青くさせる。


「な、何っ!? なんなのよっ!!」


「思い知るんだな。私を怒らせたらどうなるか。ムスカ、《眷属召喚》」


「畏まりました」


 ムスカは私の命令を受けると、その場で《眷属召喚》を発動。ムスカの影が揺らぎ始め、その揺らぎから一匹の小さな蝿が出現する。


「その眷属を彼女の首元へ」


「はい」


 ムスカが私には理解出来ない何かをすると、召喚された眷属蝿はゆっくりハーティーの方へ飛んで行き、そのまま彼女の首元に着地する。


「なにを、するつもりなのよっ!!」


「ムスカ……《寄生》」


「はい」


 私の命令にムスカはまたも理解出来ない何かで眷属蝿に指示を出す。すると眷属蝿はその形を白く小さい手足も無いような芋虫状の完全変態する前の状態──つまりうじに回帰し、彼女の首に噛み付く。


「いやぁッ!! な、なにか噛み付いて……なんなのよッッ!!!?」


 ハーティーの叫びも虚しく、蛆となった眷属蝿はそのまま食い破った彼女の皮下に体を埋めて行き、モゾモゾと身体をよじりながら体内に侵入していく。


「今、お前の身体に私の使い魔ファミリアの眷属である蛆を寄生させた」


「えぇっ……、う、蛆? 寄ぃ生?」


「その蛆は既存の生物ではなくあくまで眷属の蛆だ。故にいくら食い進もうと満腹になどならないし、私かムスカが命令しない限り食うのを止めない」


「ああぁ……ああぁぁ……」


「痛みはないだろう? そういう性質だ。だが体内を食われていく感覚だけは鋭敏になっている。分かるだろう? お前の体内を小さな蛆がゆっくりゆっくりお前の身体を咀嚼して深く深く潜っていく感覚が……」


「ああぁぁぁぁ……いやぁ、いやぁぁぁぁぁっ!!」


「お前がこの国に居る全ての潜入エルフの居場所と詳細を口にすれば《眷属召喚》は止めてやる。だが逆に拒否し続ければ──」


 私はムスカにもう一体の眷属蝿を召喚させる。


「五秒毎に蛆を一体追加する。残り面会時間まで後十五分……。つまりは時間一杯になる頃にはお前の体内を百八十体の蛆が這い回る事になるなぁ」


「いやっ! いやよそんなのっ!!」


 ……まあ、実際は残り十三分程だが、わざわざそれを告げてやる義理はない。


「いやなら早く喋るんだな。でなければ──」


 追加の眷属蝿がハーティーの首元に再び着地し、蛆へと姿を変えそのまま彼女の体内へ侵入していく。


「お前は身体中を食い破られる感覚を味わいながらいつ来るか分からない死を叫ぶ事になる」


「あた……アタ、シ……はぁっ!!」


「さあ、三体目だ。さてさて、何体目まで我慢出来るかな? ふふふふふふっ」

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