第四章:草むしり・後編-3

 

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 今から約二十年前。


 エルフとの戦争が一時終着し、徐々に世間から戦争の記憶が薄れつつあった頃。王都セルブにて事件が勃発した。


 セルブの貧民街である下街げがいにて十数人からなる死体が発見されたのだ。


 死体はまるで山を築かんとするように折り重なり、そのどれもが激しい暴行を受けた痕跡が散見された。


 身元は全員が下街出身のならず者達。死因は撲殺による失血死やショック死など多岐にわたるが、故意に暴行を加えられた事は素人目でも明らかであり、治安の悪い下街での出来事とはいえとても無視出来ないものであった。


 こんな所業を行った輩がもし中街ちゅうがい上街じょうがい、果ては王城にまで進出しては混乱騒ぎ程度では済まされない。


 そう事の深刻さを察知した珠玉七貴族〝金剛〟ディーボルツ・モンドベルクは発見された山を築いた者を捜索するべく、傘下ギルド「聡鷹そうよう警邏けいら」による犯人捜査が開始された。


 これだけ目立ち、悪趣味な犯行を行ったのだ。犯人は相応の思惑の元あれだけの人数を殺し、何かを狙っているのかもしれない。下手をすれば大きな犯罪組織絡みの可能性だってある。


 そう判断したギルド職員達はこの凄惨な事件を解決するべく皆が皆気合いを入れて事に臨んだ。


 が、しかし。そんな事件の犯人は呆気ない程あっさり特定された。


 名を「ジャブジャ・コロンバイネ」。


 王都セルブから北東にそびえる標高数百メートルの山を根城とする山賊の頭領だった。


 何故あっさりと判明したのかと言えば、至極単純。その犯行を目撃した者が多数発見されたからである。


 当然といえば当然。十数人も殴り殺しておいて誰にも見られていないという事がまず無理な話。名うての暗殺者ならばそれも可能かもしれないが、死因が全員撲殺の時点で暗殺者の手口とは言えない。


 兎も角犯人があっさり特定された以上はわざわざ野放しにしておく意味も無い。


 王都平和の為、他傘下ギルド職員を複数動員し、早速その山賊の頭領ジャブジャの居る山へと彼等は向かった。


 ……だが事態はそう簡単には終息してはくれなかった。


 向かった〝金剛〟傘下のギルド連合は、数名のみを残し山から撤退。殆どのギルド職員が殺害、捕縛され生きて帰った者達も皆一様に重傷を負っていた。


 国を守りし要の〝金剛〟が傘下ギルドが満身創痍で帰還した。


 この事実に一番驚愕したのは当時現役バリバリだったディーボルツ・モンドベルク本人であり、彼は事の真相を知るべく帰還した者の中で一番マシな怪我の者の元へ赴き、直接あらましを聴いた。






 ジャブジャはギルド職員達に根城を包囲され、投降勧告を幾度か行った後、部下達を根城内に残し、一人彼等の前に立った。


 体格がデカく、筋骨隆々で肌は浅黒い。


 真っ黒な頭髪は短く切り揃えられ、それを引き立てる様に派手で無駄に高級感のある柄布を頭に巻く。


 獣の革で作られた荒々しい衣服で身を包み、同じ獣の骨から作られたであろう装飾と、それらと相反するように盗品であろう眩く輝く豪奢な貴金属達で己を飾り立てていた。


 かたわらには身の丈以上はある金棒。一眼で数百キロは優にある事をありありと分からせるその凶器は、幾人もの血を吸いほんのり赤黒く輝いている。


 まさに山賊、その頭といった風貌のジャブジャに対し、周囲のギルド職員達は冷ややかな視線を彼に送った。


 彼等〝金剛〟傘下のギルドにとってジャブジャの様なチンケな山賊など小物に過ぎず、例え件の犯行を行った者だとしても取るに足らない。


 それにコチラの数は奴等の根城を包囲出来るだけを揃えており、取るに足らない相手だからと一縷の油断も容赦もするつもりは無かった。


 王が住う王都での蛮行卑劣を働いた輩を誅する。


 ギルド職員達皆の胸中には、そんな〝国防〟という高い志が高々と掲げられていた。


 しかし次の瞬間。まるでその場に突風でも吹いたかのように状況は一変する。


 ふと瞬きをしたその一瞬、目の前で踏ん反り返っていたジャブジャの姿が掻き消えると、突如目の前に大きく金棒を振り被った奴が現れ、その鉄塊を振り抜いた。


 肉が潰れ、骨が砕ける嫌な音を立てながら金棒を打ち付けられたギルド職員はそのままあらぬ方向に吹き飛ばされ、遠方の木に凄まじい音を立てながら叩き付けられる。


 ズルズルとぶつかった木を滑り、地面に落ちたギルド職員はそこから微動だにせずその場に血溜まりを作る。


 それを目撃した他のギルド職員達はその一瞬の出来事に何が起きたか分からず放心してしまう。


 と、そこで金棒を担いだジャブジャが下卑た笑みを浮かべながら──


『おーおーよく飛んだなオイ。ちゃんとメシ食ってんのかァ? 軽過ぎるぞヒョロヒョロ共』


 その言葉が飛ぶのと同時に、冷ややかだった視線の全てが殺気へと変わり、その全てがジャブジャへと注がれた。


 だがそれを一身に受けるジャブジャは不敵に笑うと金棒を構える。


『おーおー怖ェ怖ェ……。だが俺様の方が何百倍も怖ェぞ?なんたって俺様はァ──』


 無数の魔法が飛び出し、無数の剣の切っ先が迫り、無数の拳が突き出される。


 そんな嵐の様な一斉攻撃にもジャブジャは一層愉し気に──


『泣く子も黙る「強欲の魔王」様だからなァッ!!』


 そうしてジャブジャの金棒は、数多の死体を築いていった……。






 そんな報告を受けたモンドベルクは、思わず目眩を起こして立ち眩み、それを両脇の従者に支えられなんとか持ち直す。


 部下達が大勢死に、犯人捕縛も失敗した。


 それに加えて「強欲の魔王」の出現である。気をやりそうになるのも無理はない。


 そして何より一番最悪なのは──


『「救恤の勇者」が居ない今、我々に手立てがあるのか?』


 そう。人族には今、勇者が居ない。


 二十年程前に起きたエルフとの戦争で当時「救恤の勇者」であったフラクタル・キャピタレウスはその勇者の証である《救恤》を失い、勇者では無くなってしまった。


 それ以降「救恤の勇者」は未だ産まれておらず、密かに産まれていたといった報告も無い。


 魔王と相克関係である勇者が居ない以上、それ以外の戦力で魔王を討ち滅ぼす他無い。


 だがそんな戦力となるであろう人物も、今は頼れない事情があった。


 勇者で無くなったとはいえ実力は当時と殆ど変わらないキャピタレウスは魔法の研究を理由に遠征に出ており暫くは戻らない。


 国一番の剣術の使い手であり、最近新たに新設された剣術団の指南役を務める男も、国中から強豪を集める為に旅に出ていた。


 そして勇者や魔王によく比肩される存在である〝英雄〟は、王国には悲しいかな、存在しない。


 今現在の最大戦力こそが、〝金剛〟傘下のギルド連合なのだ。そんな連合が敗れた今、最早国内の戦力だけではどうにもならない。


 頼れるのは──


『他国……帝国か教国。またはドワーフか獣人の国に頼るしかないのか?』


 しかしいくら協定を結んでいるとはいえそれをするのは得策では無い。


 借りを作ってしまうのは言わずもがな、国力の低さを露呈してしまう。何よりそんなもの「今が攻め時ですよ」と言っているようなもの。


 戦争の傷が癒え切って居らず、また並居る強者達が不在の今、そんな事は決して出来ない。国防を担う者として、それだけは絶対出来ない。


 モンドベルク公は、頭を抱えた。


『一体どうすれば……』


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「それで? どう切り抜けたんですか?」


「……何も」


「……はい?」


 何も? 国の最高戦力が事実上壊滅状態だった筈のあの状況で?


「何もしとらんよ。ワシ等はな」


「……また随分と含みのある言い方をしますね」


「ほっほっ。……ワシ等だって正直な話、当時のあまりの幸運ぶりには何か裏があるんじゃないかと勘繰ったものだったし、実際色々と調査もした。まあ、そんなものは結局無かったんだがな」


 勿体ぶるな……。一体何だと言うんだ。


 そう無意識に思い浮かべていると、私の表情を見たモンドベルク公が小さく笑い、蓄えた髭を撫でる。


「多少はコミュニケーションを取った甲斐があったかの。君の表情もちぃとは分かってきたわい」


 私の表情を?


 ふむ。基本的に顔には感情を出さないようにしているつもりだが、これは私がほだされているのか、はたまた彼の観察眼が優れているのか……。


 前者だとすれば、気を引き締めなくてはな。


「それで何ですか? そう勿体ぶられると流石に焦れてしまいます」


「すまんすまん。……英雄がの。現れたんじゃ」


 ……英雄?


「貴方様は先程、この国には英雄が居ない、と仰っていたではないですか」


「ああそうじゃ。正確には〝元〟英雄、と名乗っておったがの。彼は」


 元英雄……。


「それは英雄という称号を剥奪されていた、という意味ですか?」


「本人は、そう言っておった」


「……さっきから何ですか? その曖昧な言い方は」


「許せ。ワシとて幾度となく問うたし調べもした。だが本人はのらりくらりと躱すばかりで話にならんし、他国の歴史を紐解いても何も出て来なんだ」


「そんな身元が怪しい人物に頼ったのですか? 国防を預かる貴方が」


 最近のエルフの件で勘違いしがちだが、このモンドベルク公はそれこそこの国を何十年と守っている古兵ふるつわものだ。先程聞いた山賊の頭領に関してだって国防を第一に考えて動けずにいたこの男が、そんな詳細不明の怪しい人物を頼みにしたとは考え難い。


 何かきっかけがあったのか?


「……信じ難い話なんだが」


「はい」


「その元英雄が、ジャブジャの首と捕縛されたギルド職員達を連れて王都までやって来たのだよ」


 ……は?


「……それ、本当に言っていますか?」


「間違いなく、本当だとも」


「いや、あの……。そんな都合の良い話がありますか?対処に悩んでいたら、元英雄がいつの間にか魔王を討ち取った上にギルド職員を救ったって……。凡庸な英雄譚サーガ著者や吟遊詩人だってもっとまともな話を創作します」


「それが事実なのだがら仕方なかろうっ! 奴に事情を聞けば「散歩してたらたまたま」とか飄々とかしおるし、現場を調査しに行けば奴等の根城は跡形もなくボロボロ……。ワシだって詳細が知りたかったわい」


 語気が強くなり血圧が上がったモンドベルク公をなだめるように隣に座るリリアンが小さく「お爺様落ち着いて」と声を掛ける。


 それを受けたモンドベルク公も一度深呼吸をしてからソファに座り直し、自嘲するように笑みをこぼす。


「結局。ワシ等は何も事情を把握せぬまま奴に事態を救われ、「強欲の魔王」ジャブジャの首だけが残った。安心もあったが、それよりも言葉に出来ぬモヤモヤが胸中を支配したのを昨日の様に思い出せる。きっと死ぬ直前まで消えてはくれんだろうがな」


「……それで。その元英雄はそれからどうしたんですか? 現れた時の様にまたいつの間にか居なくなって──」


「それは違いますわ」


 私がその後の英雄について聞こうとした時、今まで静観していたリリアンが私の言葉を遮る様に言葉を発する。


「違う、とは?」


「元英雄はそれから暫くの間王都に滞在して貰ったのです。たまたまとはいえ国の危機を救った人でしたから、お爺様が報酬を用意したい、と」


 ふむ。そうなるか。まあ確かに真実はどうあれ大功労者には変わりない。相応の報酬は然るべき、か。


「そこでその話を、お爺様の娘──つまりは私のお母様が聞き及び、一度挨拶がしたいとお爺様と共にその元英雄に会いに行かれたのです」


 ……ん?


「そこでお母様と元英雄は対面し、なんとお互いがお互い一目惚れをしたそうなのですよっ!」


「……つまり」


「はいっ! その元英雄カリナンは、私のお父様ですわっ!」


 ……胸焼けがしてくるな。

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