第一章:精霊の導きのままに-18

「では、私にお任せ下さい」


 シセラはそう言うと私の前まで進み、そこで臨戦態勢を取る。


 そして猫特有の低い唸り声を上げ始めると、シセラの身体が一回りも二回りもその体積を大きくさせて行き、遂には体長は1,5メートル程にまで到達した。


 表情は先程までの可愛らしい顔とは打って変わり、大型肉食獣の険しい物へと変化している。


「中々迫力があるじゃないか。マルガレン」


「は、はい!」


「ミルと一緒に隠れていろ」


「いやです!」


 私は思わず振り返る。


 そこにはなんだか不満そうな顔で私を見詰めるミルトニアが仁王立ちで立っていた。


 ……はあ……。これからって時に……。


「……ミル。危ないからマルガレンと一緒に隠れていなさい」


「いやです! 昨日お兄様の試合を私は見れませんでした! お兄様が戦っているのを見たいです!!」


 見たいってお前……。しょうがない強行策だ。ミルに諸々見られるのは教育上よろしくない。


「マルガレン。ミルを寝かしといてくれ」


「え!? あ、はい……」


 そう言うとマルガレンは私が与えたウエストポーチから小さな紫色の液体の入った小瓶を取り出し、ミルトニアの方へ駆け寄る。


「ミルお嬢様。これは坊ちゃんが作ったとても良い香りがするお香です。嗅がれてみますか?」


「お兄様が?」


「はい。まだ試作段階ですが、完成したらミルお嬢様にプレゼントして下さるそうです。なのでミルお嬢様の意見も伺いたいと。どうです?」


「うん! 欲しい! 嗅がせて!」


 ミルトニアはそうしてマルガレンの持つ小瓶の蓋を開けその香りを嗅ぐ。すると少し笑顔を見せた瞬間にその場から崩れ落ち、それをマルガレンが優しく受け止める。


「坊ちゃんこれ効き目強過ぎません!?」


「ミルがさっきウトウトしていたのもあるだろうが……まあ、要改良だな」


 七年前に魔力を使い過ぎて眠れなくなった時、なんとかしようと買っておいた安眠作用のあるお香があったのだが、結局使わずに手元に残ってしまっていた。それを何か使い道は無いかと色々改良し、試作したのがあの催眠作用のお香だ。


 このお香を使えばあの狼の魔物を全匹眠らせられそうだが……あの効き目じゃ今この場で使えば狼どころか私達まで巻き添えを食うな。


 《風魔法》が使えれば話は別だったのだが……、たらればを言っても仕方がない。気を取り直して狼に集中しなけれ──


「ぎゃんっ!!」


 突如、何やら苦しげな呻き声が聞こえ何事かと思いその方向へ振り返る。


 そこには木の幹に全身を強く打ち付けられたのか、根元に苦しそうに息をする一匹の狼の姿があった。


 私はもしやと思い先程までシセラが居た場所を見るが、そこには既に姿はない。


 一体何をしているのかと感知系のスキルを使い探ってみると、そこには木の物陰から目で追うのがやっとなスピードで狼達を爪で斬り付けるシセラの姿があった。


 恐らく森の薄暗さを利用し《影纏シャドウスキン》と《消音化サイレント》で気配を断ち、隙を見せた個体に背後から一撃を加えているのだろう。オマケにその一撃一撃に《魔性》の闇属性が乗っかっていて与えた傷がどんどん悪化して行っている。


 はっきり言って完封だ。


 奴等には《聴覚強化》や《嗅覚強化》が備わっており下手な奇襲は効かないが、そもそもシセラもその二つのスキルは持っており、そこで優位性が相殺されている。


 数の優位性も奇襲を警戒してひと塊りになってしまっていて殆ど意味を成していない。


 更に弱り切った個体は体当たりをかまして邪魔にならないよう適当な場所に退かしている。


 このまま放っておけばシセラは数分でこの狼達を倒す事が出来るだろう。本当、心強い味方が出来たものだ。


 そんな光景を暫く眺めながら、シセラが退かした個体一匹一匹に《麻痺刺突パラライトラスト》で起き上がらないよう麻痺を施していく。


 最初に私が口にしたボスを優先するという案が余り意味を成してない気がするが……まあ、そこは臨機応変に対応だ。


 魔獣として目覚めたばかりのシセラが何故ここまで戦えるのかは分からないが、一先ずは安心していいだろう。ただこういう順調な時は往々にして──


 そう考えていた時、防戦一方だった状況は一変した。


 残りボス一匹といった状況でシセラがトドメとばかりに渾身の爪撃を繰り出す。するとボスはそれを見計らったかのようにタイミングを合わせ襲い来る一撃をいなし、そのままの勢いで牙によるカウンターを仕掛けた。


 防戦一方だった為に油断していたシセラはそのカウンターを食らってしまいボスにその喉元を食い付かれる。


 シセラは若干混乱するも、直ぐさま体を捻って牙による拘束を振り解こうとする。しかしボスの《咬合力強化》により強化された顎の力はそれを許さず、ボスは首を噛み千切らんばからに更に力を込める。


 簡単には逃してくれないと察したシセラはその場で《炎魔法》を発動し、火球をボスへと浴びせ掛ける。


 すると流石のボスも炎を嫌ったのか、食らう直前にシセラの首から牙を解き、バック宙をしながら後方へ距離を取った。


 シセラも同様に一旦距離を取る為私が居る位置まで飛び退いて来る。


 その首からは真っ赤な血が滴り落ちており見ているだけでもかなり痛々しい。


「油断したな。だが初戦にしては大分こなれているじゃないか」


「私はクラウン様から影響を受けています。私がここまで動けるのは、ひとえにクラウン様が培って来られた経験や技術によるものです」


 成る程。私がちゃんとしたサシの戦いよりも奇襲なんかの圧倒的優位性を得た状態からの戦いの方が経験豊富なのが理由か。


 そこにシセラが私から影響を受けたスキルやシセラ自身の能力が相まった結果が先程の完封具合だったわけだ。


「よく分かった。それじゃあ後は私に任せてお前は休め」


「いえ! 私はまだ──」


「主人である私にも少しは譲れ。それにアレくらい倒せなきゃお前の主人としての面目が保てない」


 私はボスへと向き直り、ブロードソードを構える。


 相手は獣。今まで相手にして来た人間とは別のベクトルの戦いになるだろう。


 それにあのカウンター。偶然なんて甘いものじゃない。


 自身が残り一匹になった時点でカウンターの狙いを定め易くなり、仲間がやられるのを見てシセラの行動パターンを直感的に理解したのだろう。故にああも見事にシセラを捕らえるに至ったわけだ。


 つまりはコイツ、案外頭が回るらしい。


 それならば──


「中途半端に頭が良かったことを後悔させてやろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る