第七章:事後処理-10
教会か……。そういえばスッカリ忘れていたが少し前に一応助けたあの神官服の女の子、ここに居たりしないだろうか?
仮に居るのであれば警戒しなければならないが……、うん、あの時の様な悪寒はまだない。まあ、あの悪寒だけを頼りにするのは危険だが……。
兎にも角にもまずは入らなければ始まらない。入って居たなら……誤魔化せるか?
そう考えながらも私と姉さんは教会の両開きの扉を開けて中に入る。そこは正に荘厳と呼ぶに相応しい雰囲気が漂う空気に包まれており、入った瞬間、何か清らかなものが胸の内にスッと溶け込む様な形容し難い感覚が去来する。
普段割と騒がしい姉さんも同じ空気を感じた様で辺りを見回しながら息を飲んでいる。
そんな姉さんはさて置き、私は取り敢えず事情を知っていそうな人が居ないかを探す。
中は長椅子が正面を向いた状態で何列も並び、真ん中を通り抜けられる所謂一般的な教会の内装で、数人の老若男女が皆正面の神秘的な像に祈りを捧げる様に手を合わせている。
…………見た感じは見当たらないが……ん?
そんな中一人、神秘的な像の前に備え付けられた教壇の横にシスター服を身に纏った女性が立っていた。
シスターは私のそんな視線に気付くと、ニコッと優しく微笑み、ゆっくりこちらに歩み寄ってくる。
私もそんなシスターと話をする為に歩き出し、姉さんも私の後ろを付いて来る。
中央通路の丁度真ん中辺りでシスターとかち合うと、シスターはゆっくりと私達に頭を下げ、そして上げる。
「こんにちは。私はこの教会でシスターをしているドロシーと申します。見たところ祈りを捧げに来たようには見えませんが、本日はどの様なご用件ですか?」
五歳と十二歳の子供である私達二人にもシスターは実に物腰柔らかく、丁寧な対応をしてくれる。
たったそれだけの事だが、私はそれだけでこのドロシーというシスターが割と信用出来る人物なのだと心に留めておく。
「はい、実は私、クラウン・チェーシャル・キャッツの屋敷で近日雇用する予定のこちらに居るマルガレン・セラムニーに面会したいと思いまして参りました」
「アラ、その年齢で実に丁寧にお話されるのですね。とても感心しました。それはそうと、そうですね……」
ドロシーはそう言うと腰のポケットから小さな冊子を取り出してパラパラと捲る。そしてある箇所で止めてその内容を確認すると、再び冊子をポケットへと仕舞う。
「はい、確かに。ですが面会となると、マルガレン本人の意思を尊重する形になるのですが、宜しいですか?」
ふむ、確かに、これでマルガレンに断られたらここまで無駄足になってしまうかも知れないが、まあ、多分大丈夫だろう。言伝を頼みさえすれば。
「はい、大丈夫です。ですがその前に言伝を一つ宜しいですか?」
「言伝、ですか?」
「はい。「悪者はやっつけたぞ」と一言だけ、お願いします」
「……? はい、承りました」
ドロシーはそう言うと踵を返して教会の奥へと向かう。するとさっきからダンマリを決め込んでいた姉さんが私の肩を指でちょんちょんと突き、後ろを振り向く。
「なんです姉さん」
「いや、その……。実は姉としてちょっとは姉らしい振る舞いをしようと身構えていたのだが、まあ、物の見事にあのシスターの雰囲気に呑まれてしまってな。お前は感じなかったか?」
……何を言っているんだ姉さんは。私が見た印象としてなんら不思議な点は無かったが……。ふむ、これは姉さんの剣の才能がもたらすモノなのかも知れないな。なら私には才能がないと言う事なのだが……。わからん。
「いえ、何も感じませんでしたが、何か敵意的な物でも感じたんですか?」
「いやいや、そんな物騒なモノじゃないさ! ただなんというか、まるで母上を前にしているような、漠然と「この人には敵わないな」と思わせる何かというか……。ダメだ、私もよく分からん」
「わからん、て姉さん……。まあ、姉さんが言うんですから何かはあるんでしょうね」
「おおクラウン! 私の言葉を信じてくれるのか!!」
「……? 何言ってるんですか。大好きな姉さんの言葉を信じないわけないじゃないですか」
「お、おおぉ……。く、クラウン、そんな真っ直ぐ言われると流石の私も照れるぞ……」
そう言って顔を真っ赤にする姉さん。うむ、ちょっとワザとらしく本音を交えてみたが、なかなか可愛い反応をしてくれる。これだから私は姉さんが姉さんで良かったと心の底から思うのだ。
と、そんな事をしている内に教会の奥からドロシーが再びこちらに向かって来ているのを気配で察知する。
振り向くともうすぐそこまでドロシーが来ており、ニコニコと微笑みを湛えながら再び私達に会釈する。
「確認して来ました。最初は難色を示していましたが、言われた言伝を伝えると、何やら興奮したように態度を急変させて、今すぐに会いたい! と」
お、どうやらちゃんと伝わった様だな。最初に会った時にも思ったが、あの年齢でかなり理知的だ。まあ、私が言うのも何だが、私の様にズルをしていない辺り、才能なのだろう。いやはや、良い出会いをしたものだ。
さて、では、
「わかりました。では早速会いましょう」
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