第七章:事後処理-11

 私と姉さんは教会の奥にある部屋へと通される。その部屋は簡素な造りをしており、最低限の調度品で飾られている。


 中央には木の長テーブルと数脚の椅子が置かれており、恐らくはここで教会で預かっている子供とそれを迎える人間とが面会する部屋なのだろう。


「ではここに座って少々お待ち下さい。今マルガレンを呼んで来ます」


 そう言って案内してくれたドロシーは隣の部屋へとマルガレンを呼びに行く。


 私と姉さんはそれを見送ってから椅子へ座り、溜息を吐く。


 何故だろうか、妙な緊張感がある。いや、私自身は緊張していないのだが、隣に座る姉さんからその緊張感がダダ漏れして来るのだ。


「姉さん、何故そんなに緊張しているんですか?」


「え!? あぁ、いや、よくよく考えればそのマルガレンという子の特徴を私は知らない。それに、私はこういった場に馴染みがない……。何か私がやらかさないか、と……」


 ……随分と殊勝な事だな、姉さんらしくない。ただまあ、これは恐らく。


「姉さん」


「はい!」


「いや、はいって……。姉さんは気にし過ぎですよ。私は弟ですよ? 姉さんが私に気を遣ってどうするんですか?」


「いやしかし! …………屋敷を出る前に母上に言われたのだ。新しい子を威圧するな、クラウンの邪魔はしないように、と。ハハッ、姉として実に情けない……」


 母上にそんな事を言われていたのか……。ふむ、母上が私にどんな印象を抱いているのか知らないが、これは少し母上に私に対する印象を改めて貰う必要があるかも知れないな。それはそうと、


「私にとって姉さんは強さの指針です」


「し、指針? そんな大袈裟な……」


「何が大袈裟ですか? 初等部とはいえ上級生すら圧倒する剣術の天才。豪快で凛々しく、それでいて優しくて他人の機微に敏感な笑顔が最高に素敵な私の自慢の姉です。そんな姉さんが恥ずかしいなんて思うハズないじゃないですか」


 それを聞き、先程と同じ様に顔を真っ赤に染め上げる姉さん。まったく、普段から剣術は褒められ慣れてるクセに、それ以外を褒めるとこれだ。可愛らしいったらありゃしない。


「く、クラウンよ!! 何やら半分以上が強さとは関係無いものに聞こえるのだが!?」


「え?ああそうですね……」


 いかんいかん、つい姉さんを褒めちぎって真っ赤にしたくなる。これは美人な姉さんが悪いな、うん。


「姉さんの強さは単純に私の憧れです。姉さんが繰り出す剣技はどれもしなやかで美しく、また変幻自在で一人稽古を見ているだけで楽しくなります」


「……そんな事はないさ。私の剣技などまだまだ。まだ道のりは遠いさ」


 そう言って姉さんはどこか遠い目で何かを思い起こすような仕草をする。誰か特定の人物を思い出しているのか、それとも漠然とした理想の形を見ているのかはわからない。


「そこですよ。私が憧れているのは」


「ん? どこだと言うんだ?」


「まだ道のりは遠い、と言う事は、まだ先の道が見えているという事、まだ成長する余地があると自覚している事。私はそんな姉さんの〝成長する事が前提にある〟っていうのが凄いと思うんですよ」


「そんな……それこそ大袈裟だ」


「だから大袈裟じゃないですって。……才能に溺れずにそうなれるのは本当に凄いんです」


 私は前世で、数多くの才能ある人を見て来た。学問の、芸術の、文化の、スポーツの、あらゆる天才達を見付け、あらゆる手で導いた。理由は簡単、私が彼らの生み出す物が大好きでそれを生み出すのを助けたかったからに他ならない。


 ただやっぱり現実というのは残酷で理不尽で、そしてその才能は往々にして甘い毒の様に彼等自身を飲み込み、蝕んでいく。そればかりは私ですらどうする事も出来ず、彼等が生み出すハズだった心が躍る様な数々が、無価値に消えていった。


 そんな彼等と比べても、姉さんのその心根、信念は真っ直ぐで綺麗で、きっと姉さんに才能が無かったしても、それは変わらなかったんだろうと思える凄味がある。


 きっと姉さんには才能の有無など瑣末なことなのだろう。だから私は姉さんに憧れるのだ。


「姉さん。例えいつか姉さんの心が折れそうになっても、きっと姉さんなら乗り越えられます。そしてもし、それが難しい様なら遠慮無く私を頼って下さい。私は全身全霊をもって姉さんを助けますから」


「クラウン……。ああ……、ああ!! その時はよろしく頼むぞ!! 私の愛しい弟よ!!」


 そう言って姉さんは感極まったのか、大きな金色の目を潤ませながら私に抱き着く。その力は強く、少しだけ苦しくて痛いが、それはきっと姉さんからの贈り物なのだろうと思い、同じ様に私も姉さんの背中に手を回す。


「あ、あのぉ……」


「え!?」


 脳裏に嫌な光景が浮かび上がり、咄嗟に振り返ってみると、そこには居場所に困った様に困り眉を浮かべ申し訳なさそうにするドロシーと、その後ろに隠れる様にしてこちらをポカンと眺めるマルガレンが立っていた。


 しまった、つい気持ちが乗ってしまってよく分からん空気を作ってしまった……。どうするこの微妙な空気……。


「あの、お取り込み中でしたら、場所、もしくは日を改めて頂いても……」


「ああ、すみません!! 申し訳ない!! 大丈夫です!! はい!!」


「そう、ですか? マルガレンも、大丈夫?」


 ドロシーのその問い掛けにポカンとしていたマルガレンはハッとしたように目が覚め、私とドロシーを何往復か見渡してから、一度大きく頷いてくれた。


 ああ……、もう。私が始めた事とはいえ、なんなんだこれは……。まさか母上はこれを懸念して……、いや、まさか……。


 そんな事を考えている内にドロシーとマルガレンは私達の対面に座り、漸くこれから面会が始まる。


 さて、マルガレンがこんな私達を見て使用人雇用を断ったりしなければ良いが……。

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