第七章:事後処理-12

「では、まずは自己紹介から始めましょう」


 ドロシーがそう手を合わせながら言うと、そちらから先にお願いします、とでも言いたげな視線でこちらを一瞥する。


 大丈夫、そのくらいは心得ている。私達は客人なのだからな。


「それでは私から。私はクラウン・チェーシャル・キャッツ。貿易都市カーネリアを治める領主ジェイド・チェーシャル・キャッツの嫡男です」


 私が自己紹介を終え、視線を姉さんに送る。それを受けた姉さんは小さく頷きながらまだ緊張した面持ちで自己紹介を始めた。


「わ、私はガーベラ・チェーシャル・キャッツ。同じくジェイド・チェーシャル・キャッツの長女で、今は剣術学校初等部に通っています」


 言い終えると少し安心したのか、小さく吐息を漏らして緊張で硬直していた体から少しだけ力が抜けるのがわかった。


 母上云々以前に、もしかして姉さんこういった場自体が苦手だったりするのか? だとしたら本当に殊勝だな。誰に言われた訳でもなく自ら苦手に飛び込むなんて。


 取り敢えず、姉さんへの労いは後に回すとして、次はマルガレンの番だ。


 マルガレンを見ると、かなり緊張しているのか困惑顔でドロシーと私を交互に見ながら戸惑っている。別に取って食おうって訳ではないし、公の場という訳ではないのだからそう緊張しなくても……。


 するとドロシーは椅子から降り、マルガレンと同じ目線の高さまで屈み、マルガレンの目をしっかりと見据える。


「マルガレン、大丈夫ですよ。例え何か間違えてしまったとしても、それを気にする人はここには居ません。だから短くても、長くても良いので自分の事を話してご覧なさい」


 おお、流石教会のシスターは伊達じゃない。目に見えてマルガレンのガチガチに固まっていた身体から無駄な力が抜けていくのが分かる。


 そして意を決したのかマルガレンは息を呑み、姿勢を正すと私達の方をしっかり見据えて自己紹介を始めた。


「ま、まる……、マルガレン・せ──…………マルガレン、です。よろしくお願いします!!」


 その自己紹介を聞き、私はどこか複雑な気分になった。


 マルガレンは今、貴族ではない。


 厳密に言えばセラムニー家の爵位自体は〝現時点では〟まだ有効なのだ。スーベルク亡き今、その家督は自動的に唯一の子供であるマルガレンが継承している。


 しかし私達がスーベルクの不正の証拠を王国直属の執行部に突き付けた事により、マルガレンの爵位は剥奪が確定。スーベルク自身は既に死亡が確認されているため、その罪自体は問えないが、事実上セラムニー家は没落、その名は歴史から消える事になる。


 王国に向かう馬車内で父上が協力者と再度連絡を取り、取り敢えずは私が盗んだ証拠品が無駄にはならずに済んだのは幸いだったのだが、今回はマルガレンをそれに巻き込む形になってしまった。


 今のマルガレンはファミリーネームを名乗れない。それがどれだけ心細いか……。


 それを証拠に自己紹介を終えたマルガレンは意気消沈とばかりに俯いて落ち込んでしまっている。


 ふむ、ここは私が、


「マルガレン、顔を上げろ」


 私が上手いこと収めようとした時、隣から少し威圧が混じった声が聞こえた。


 マルガレンはそんな声に肩をビクつかせ、おずおずと俯いていた顔を上げ、声の主の方に視線を動かす。


 ……まさか、姉さん?


「マルガレン。確かに今のお前はただのマルガレンだ。貴族どころか平民ですら怪しい孤児だ」


 マズイ。


 私はそう考える中で直感的にこのまま姉さんに任せてみようという好奇心にも似たアイデアが降って湧いた。


 何故なら今の姉さんの目は真剣で、真っ直ぐマルガレンの目を見詰めている。姉さんがこんな目をするのは家族の一大事の時(主に私)にだけ。


 今の姉さんにならこの場を任せても大丈夫。そんな予感が私の口を閉じさせた。


「だがなマルガレン。名前の有無など、小さい事なのだ。名前が有ろうが無かろうが、お前は今、ここに居る。私達の前に、お前の意思でだ」


「僕の、意思?」


「そうだ! それはお前が自分の生き方を諦めていないという証明だ。お前はお前が考えている以上に逞しく、そして強い」


「つよい? 僕が?」


「ああそうだ! だからマルガレンよ。名など無い事に落ち込むな。お前は我が愛しい弟の側付きになるのだろう?ならそんな些細な事でウジウジするな! 弟が……いや、私達が名が無い事など忘れてしまうくらいに可愛がってやる!!」


「ほ、本当、です、か?」


「勿論だ!! お前はウチの、新しい家族になるのだからな!!」

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