第一章:精霊の導きのままに-5

 今は夜。昼食を終えた後、クイネやジャックとの遠出の予定を詰め、大まかな計画を立てた。


 しかしその場で予定を立てたのが失敗だった。


 ミルトニアが一緒に食事をした事もあり、その話を聞いた彼女が自分も付いて行きたいと言い始めたのだ。


 あの子はあの可愛らしい見た目とは裏腹にかなり好奇心旺盛で、両親や私が目を離した隙によく街中や裏手にある森に頻繁に足を運び、服を泥だらけにして帰ってくる事も珍しくない。


 街の子供達とも直ぐに打ち解け、今はそんな子供達の司令塔となっている。


 私達は基本、そんなミルトニアを叱ったりはせず、危ない場所にさえ行かなければ無理に止めたりはしていない。


 あの子もあの子で割と色々理解はしている様で、そういった線引きはいつの間にか心得ていて危ない場所には行こうとはしない。


 そんな機転の利く妹を誇らしくは思うのだが、どうやら密かに鬱憤は溜まっていたらしく、今回の遠出の話を耳にしてそれが爆発してしまった様だった。


 私としては連れて行けるものなら連れて行きたいと考えているのだが、現実的には厳しい。


 私が言えた話ではないが、若い内から色々な経験をさせ、色々な景色を見せ、色々な味や匂いを体験させてやりたいとは思う。


 だがあの子は先程の通りかなり好奇心旺盛。私がスキルを発動しているにも関わらず何故かそれらを掻い潜り何処かに行ってしまうのだからぶっちゃけタチが悪い。


 それにアーリシアにも言った事ではあるが、単純に何が起こるか分からない土地に出向くのは危険であるのが大きい。


 勿論出向く予定のパージンの治安が悪いわけではない。寧ろ王都の下街なんかとは比べようもない位には安全である。

 

 だがここで注意しなければならないのは「私が考える〝治安〟の度合い」である。


 私が前世で当たり前の様に体感していた日本の治安。


 前世でも日本の治安の良さは世界屈指レベル。電車で忘れた荷物が盗まれずに終点に届いたり、ファミレスなどで荷物を席に置いたまま席を離れても盗まれない事に海外の人間が驚愕する位には治安が良い日本。


…………まあ、私の前世での日常で測れば治安が良かった時の方が珍しかったが、今は一般的な市井の話だ。


 そんな治安を平均としてしまい、今世である異世界に当てはめてしまうのはかなり危険な所業だ。


 このカーネリアは私の感覚でもそれなりには治安は良いが、それでも前世の感覚をそのまま実行すれば痛い目には合う。これは前世からの反動だろう。


 故に私は前世の感覚で物事を考えるのは止め、自分の中の警戒レベルを引き上げ判断をする様にしている。


 その観点からすれば、最愛の妹を見知らぬ土地に連れて行くのは些か不安がある。


 私が守れば済む話ではあるのだが、私のスキルをどうしてか掻い潜れるミルトニアを万全に守れるか、正直自信がない。


 だからと言ってあの子にアーリシアの様な自衛する術を身に付けさせるのは……。


 という事で、何か解決策がない限りミルトニアは連れてはいけない。


 その旨を簡潔に分かり易くミルトニアに説明した。理解力のあるこの子なら分かってくれるだろうと、説得自体は軽めにしたのだが…………。


『イヤです! わたしも行きたいです! 絶対です!』


 と、何故だか異様に駄々をこね始めてしまった。


 私と姉さんはその後懸命にミルトニアを説得した。私は心を鬼にしてミルトニアが付いてくる危険性やもしもの時に守ってやれない事、そしてミルトニアが自衛出来ない事を嘘偽り無く正直に話した。


 ミルトニアは頭が良い。先程も言ったように線引きがキッチリと出来る子だ。故に私が誠意を持って正直に説明する事で納得するものだと思った。


 結果ミルトニアは不承不承と言った感じで頷きはした。しかし、あれは内心なんとか出来ないかと考えている顔だ。つまりは諦めてくれていない。


 あれは近々何かする。なんとなくそう確信した。


「坊ちゃん? どうされました?」


 ふと、私に紅茶を運んで来たマルガレンにそう声を掛けられ我に帰る。


 少し考え事をしてしまっていた様だ。やはり思っていた以上に疲れが溜まっているらしい。


「いや、少し考え事をな……」


「ミルお嬢様、ですか……」


 私の考え事を簡単に言い当て、それが間違いでないのを確信しているマルガレンに私は内心で感心する。そしてそのまま流れる様に紅茶を淹れ始める。


「流石だな。…………ミルは頭が良い子だが、いかんせん好奇心がな……。まったく、誰に似たんだか…………」


「またワザとらしい言い方を……。まあ、無関心よりは良いと思いますよ」


「それはそうなんだが……。いや、今あれこれ考えていても始まらん。今日は早めに休むよ」


 そう言いながらマルガレンが淹れてくれた紅茶を受け取り、そのまま口にする。うん、私の好きな味だ。茶葉の風味が強く、甘味を抑えたこの味……。本当に落ち着く。


「では、本日は〝収集〟に行かれないので?」


「……ああ、少し頭を冷やしたくてな」

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