幕間:元勇者は希望を見出す

「はあ〜……難儀じゃのう……」


 ここは王都セルブ上街と中街の狭間にある周りとは一線を隔す大きさを誇る建造物、


「魔法魔術学院」その最上階の一室。


 そこには一人の人物が物が散乱する机に突っ伏して深い溜め息を吐く老人……フラクタル・キャピタレウスと、それを呆れながら見守る若者が居た。


「キャピタレウス様。何をそんなにお悩みなのですか?」


 その若者の言葉に、キャピタレウスは一瞬眉をひそめるも、直ぐに諦めを覚え渋々といった感じに若者に振り返る。


「何ってオヌシ、色々じゃよ。陛下からは「強欲の魔王」を探せと命じられたにも関わらず進捗は無く。多少使えそうな人材は居るものの、わしが弟子にするに足る者は相変わらず現れない。度重なる「救恤の勇者」への勇者修行打診も空振り。これが悩まずしてなんとする!?」


 絶望感を漂わせるキャピタレウスだが、その仕草はどこか嘘っぽく、芝居掛かっている。


 故に世話役である若者は、どうにも真剣に彼に接せないでいるのだが、彼の言った内容は残念ながら全て事実なのである。


「そうは言いますがキャピタレウス様。それらはもう何年も前から悩んでいた事案ではないですか。陛下からも「余り根を詰めるな」と頂いたのでしょう? でしたら……」


「馬鹿者が!! 数年前ならいざ知らず、今はそれどころではないのだ!!」


 鬼気迫る勢いで若者に詰め寄るキャピタレウスに若者が顔をしかめると、キャピタレウスはまた深く溜め息を吐いて椅子へヘタリ込む。


「……どういう事なんですか?」


「……エルフ共が動くかもしれんのだ」


 その言葉を聞き、若者は仰天する。ここ数十年、なんとか水面下で睨み合いだけをするのみに留めていた人族とエルフの関係。それが遂に動き出すとキャピタレウスは言っているのだ。


「そ、それは確かな情報なのですか!?」


「〝琥珀〟傘下ギルドからの情報じゃ。具体的な日時や内容などは分からぬが、エルフ国内で動きがあったらしい」


「戦争……の準備でしょうか?」


「だから分からぬと言っている。仮に戦争に至ったとすれば、ワシやこの国の魔術師、魔導師等は総出じゃろう。勿論オヌシもな」


 顔を青褪める若者。それも当然、戦争など経験した事が無いからである。


 今現在、このティリーザラ王国に在籍している〝戦える〟魔術師、魔導師、そして剣士の殆どは戦争を経験した事がない。キャピタレウスの様に戦争を経験した強者は極一部であり、それらだけでは戦争など到底出来ない。


 数十年享受してきた平和は、ティリーザラ王国の戦力を著しく不安なモノへ変えてしまっていた。


「フン。そう悲観するでない。問題なのはエルフとの戦争などという単純なモノではないのだ」


 キャピタレウスの言葉にまたも顔をしかめる若者は、その疑問を素直に口にする。


「エルフとの戦争が問題ではないとは、一体どういう意味なのですか?」


「ワシら人族が……いや、この世界の種族が戦争をなるべく避ける一番の理由。戦争になると必ず現れる呪い。「暴食の魔王」の出現じゃ」


「暴食の……魔王?」


「何じゃ、知らんのか? ……そうか、知らん、か」


「どういう、事なんですか?」


「発端は分からん。じゃが百数十年前の魔族と天族のとある戦争から突如として現れるようになり、それから最近に至るまで大量の死体が一度に現れるよりいな状況には必ず出現するバケモノじゃ」


 その発言に若者は戦慄するも、一つの疑問が浮かぶ。それは自分の様な一般教養を受講している者にとっては多少の差はあれど知識として知っているこの国の戦争の歴史の出来事の一部。


「え……ですがこの国だって数十年前にワタシが知る限りでは戦争をしているではないですか。それこそキャピタレウス様や剣術団指南役殿もその戦争に参戦されたと教科書にも載っております」


「ああ、参加していた。そして見たとも、あの醜悪で悍ましく、冒涜的な、同じ生物である事に悪寒が走る様な、その姿を。まあ、あんなモンを教科書なんぞには載せれんか……」


「そんなバケモノが……。ですがバケモノが出るのに、何故戦争を?」


「オヌシのぉ……、国にとって戦争のするしないはバケモノの有無に左右はされんのじゃぞ? 相手がどういう思惑にしろ、仕掛けられればやり返すし、先手を打てばやり返される。それが戦争じゃ。まあ、少なくなったのは事実じゃがな」


「いや、流石に省き過ぎでは……」


「論点はそこではないわ! ……そもそもワシも参加した前の戦争では「戦争を起こせば呪いが降り掛かる」などと眉唾モノの情報しか無かったのじゃ。今と違ってそんなモンを信じて戦争を止める馬鹿は居らん」


 キャピタレウスは再び机に向き直り、机に散乱している書類を適当に掻き集め、それを捲っていく。


「オヌシ、次の候補生査定を受ける町は何処じゃ? 書類が見当たらん」


「え、やる気になられたのですか?」


「アホか。やる気云々で片付く話では既にないんじゃ。今は来たるエルフとの戦争を限界まで引き伸ばし、その間になんとしてもこの国を支えるに足る者を見つけ、育てる。「救恤の勇者」の説得も諦めん」


「「強欲の魔王」の件は?」


「魔王のぉ……。正直な話、魔王でもいいから協力してくれんかのぉ……」


「ははっ……。それが〝元勇者〟の言葉ですか。聞いた話じゃ前の「強欲の魔王」は薄汚れた山賊のボスだったそうじゃないですか。強欲なんていうくらいですし、今の魔王もそんなんじゃないんですか? また」


「フン、知らん知らん。今は猫の手も借りたいくらい切羽詰まっとるんじゃよ。オヌシら現役学院生が不甲斐ないせいでな。ホラ何をボーっとしとる? 次の候補生査定の町、何処なんじゃ?」


「はいはい……。それで……次の候補生査定地は──」


 そう言いながら手に持っていた書類を捲り確認する若者。幾つかの候補地の中から次に査定に行く街とその街に住む主だった才能ある少年少女達の簡単なプロフィールが載った書類を見つけ、流し読みしていく。


「〝貿易都市カーネリア〟ですね」



「カーネリアぁ? ……あぁ、あのスクロール狂いと薬学ババアの居る? ……そこ省かぬか?」


「何を言ってるんですか。猫の手も借りたいんでしょ? 省きませんよ。それに書類によると、この街の領主の娘と息子、かなりの才気の持ち主だそうで」


「才気のぉ。そう言ってわざわざ見に行って大して見込みの無いボンクラ貴族ばかりだった事が何回かあったからのぉ……」


「いえいえ。今回は多分大丈夫ですよ。書類によるとこの領主の娘、名をガーベラというらしいのですが、大した剣術の使い手で同年代に並ぶ者無しという事です。剣術団の剣術指南役殿も熱心に指導しているみたいですね」


「ほう、あの堅物が……。じゃが剣術じゃあのぉ……」


「もう一人息子の方はというと……。剣術はそんな姉から指導されているらしく、剣術団の部隊長一人を弱冠十二歳で倒してしまったそうです」


「また剣術……。魔法の見込みは──」


「あ! ま、待って下さい!! この子齢五つで《炎魔法》を習得したそうです!! それも一日で!!」


「なっ!?」


 キャピタレウスは素っ頓狂な声を上げると勢いよく椅子から立ち上がって若者へ駆け寄り、彼の持つ書類をぶんどって自らの目で確認して行く。


 その目は若干血走り、傍目からも興奮しているのが見て取れた。


「あの……可能、なのですか? 《炎魔法》を一日で習得なんて……。僕でも数ヶ月は掛かりましたが……」


「不可能……ではない。だが万人に可能かと問われれば不可能じゃ。比類無き才能か、もしくはスキルの恩恵か……」


「今更ですが、この書類、信憑性あります? にわかには信じ難いのですが……」


「大アホが。この書類を作っとるのは〝翡翠〟傘下のギルドじゃぞ? 奴等が国内の情報を誤るなど有り得るか。そんな事より!!」


 そう言うとキャピタレウスは踵を返して部屋の奥へと駆けて行く。


 少しして戻って来たキャピタレウスの手には大きなカバンと少しだけ埃を被っている古めかしい一本の杖がそれぞれ両手に握られていた。


「急にどうなさったのですか!?」


「決まっとろうが!! カーネリアに向かう為に準備しとるんじゃないか!!」


「いや、え!? 査定日はまだ先ですよ!! 今から準備なんて気が早──」


「大アホ!! オヌシ生徒会長だろ!! そんなもんワシの命令だとでも言って前倒しせい!! ワシは一刻も早く其奴に会わねばならんのじゃ!!」


 そう叫んで改めて部屋の奥へと駆けて行くキャピタレウスに、若者は苦笑いをしながらも内心では安堵が込み上げていた。


 敬愛する大魔導師が見せたいつもの陰鬱とした表情とは比べ物にならないくらいの若々しさすら感じる笑顔を見られた。


 そんな小さな幸福感を感じながら、若者はさてどうやって他の教師陣に説明するかと、頭を抱えるのだった。

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