第一章:精霊の導きのままに-22
聞き間違いではない事を確認し、私とマルガレンはしゃがみ込んでシセラの目を見る。シセラはそんな私達の怪訝な表情に困惑し、首を傾げる。
「私達が人間……人族なのは分かるな?」
「は、はい……」
「じゃあなんでここがエルフ領の森になるんだ? 人族がエルフの森に居るのはオカシイだろ」
「いえその……。確かに最初、ミルトニアを誘った際に人族の子が来て疑問には思ったのです。エルフ領に人族が? と……」
「じゃあなんでそれを今の今まで口にしなかった」
「それどころではなかったからです! 行方の分からなくなっていた息子がどんな形であれ戻って来てくれた……。私はそれだけで頭が一杯だったのです……」
「ふむ……」
まあ、黙っていた事はこの際置いておくとして、一応はコイツに説明しておくか。
「言っておくがな。ここはエルフ領ではない。人族の国だ」
「人族の!? ……一体どういう……」
「お前ら精霊は何百年と生きるのだろう? なら外からの情報が入らなければ、知らない内になんらかの理由で元々エルフ領だったここら一帯が人族のモノとなっていたとしても不思議ではない。だが……」
問題なのはそこではない。戦争などで人族がエルフからこの地を接収したというだけならば納得が行くのだが。
私が知る限りそんな事実はどこにも載っていなかった。
歴史の改竄? 一体なんの目的で……。
……エルフは執念深い種族。前に父上からそう、聞いたことがある。
人間側にやましい何かがあって歴史を改竄したのなら、そのエルフが何か仕掛けて来ていてもおかしくは無い。
七年前、私がスーベルクを陥れる証拠を盗んだ作戦で父上からスーベルクがエルフと結託していた、なんて話も聞いた。
そのスーベルクの金庫から私はこのエルフの森にあるコロニーの主精霊の涙を回収した……。偶然か?
もし繋がっているのであれば、エルフ共はこの森のコロニーに対しなんらかの接触を図ろうとしていた可能性がある……。
だが私がスーベルクの金庫から主精霊の涙を持ち去った事でエルフ共にとって何か都合が悪くなったのだとしたら……。
……あの狼の魔物。この森で発生した物でないのなら誰かが意図的にこの森に放った? それがエルフか? だが一体何故……。
……駄目だ、憶測で穴埋めしても何にもならない。だが言えるのは、
エルフ共が水面下で動き出すかも知れない。
という事か……。またややこしい事を……。
「坊ちゃん? どうなさったのですか?」
「……いや、少し考え事をな」
「考え事もいいですが、今は屋敷に帰るのが先決です。僕達がこの森に入ってもう結構な時間が経っています。早く戻らないと今度は僕達を探すなんて状況にもなりかねません」
「……それもそうだな。一先ずは戻ろう。それで戻ったら取り敢えず風呂に入ってもう一眠りだ」
色々考えねばならない事が増えたが、今は屋敷に戻らねば。調べ物はそれからだ。
「そうですね。今日は色々ありましたから」
「まあ、もしかしたら、姉さんや父上母上に色々問い詰められて寝る暇が無いかもしれないがな」
私はそう言いながら未だぐっすり眠っているミルトニアを起こさないよう担ぐ。
まったく、気持ち良さそうに寝て……。あれだけ騒がしくしたのにそれでもまだ起きないのか……。まあ、早朝に誘われるわ森歩かされるわで疲れていたんだろう。お香のせいでもあるだろうが。
そうして私達は漸く帰路に着く。森の案内は元精霊であるシセラに任せ、森の中を進んで行く。
暫くすると、ただ歩くだけなのが暇だったのか、マルガレンが私にある疑問を投げかけて来た。
「そういえば坊ちゃん。あの魔物共からスキルを奪った時、余り喜びませんでしたけど……何かあったのですか?」
「そうか?」
「厳密に言えば、奪っても腑に落ちてなさ気だったというか……純粋に喜んでなかったというか……」
「それは、私があの魔物のボスに多少なりとも苦戦したからだ」
「苦戦、ですか? 僕にはそこまでとは……」
「いや。不甲斐ない話だが、私はあの時、所持しているスキルを十全には発揮出来なかった。特に魔法に至っては《炎魔法》を使う事すら出来なかった。その結果がこの腕だ」
私は傷に走る痛みに顔をしかめながら、あの時の戦いについて想いを馳せる。
あの時の私の過ちは、環境によって魔法が使えない可能性を失念していたという点に他ならない。
使ったのは逆転の一手として放った《空間魔法》のみ。一番使い慣れていた《炎魔法》や習得したばかりの《精霊魔法》は一切使ってはいない。
《精霊魔法》は練習無しに使うのが憚られたタメだが、《炎魔法》を使わなかったのは場所が森の中であったのが理由だ。
本来この世界においての魔法はあくまでも〝現象の再現〟。自身の魔力を材料に〝炎〟を再現する、それが魔法だ。
それ故使い方を熟知していれば例え《炎魔法》であっても植物へ引火はしない炎を作れるし、なんなら水の中で炎を灯せたりもする。それがこの世界における魔法だ。
では何故私はそれを知っていて《炎魔法》を使わなかったのか?
それはこの〝魔法〟というものの〝欠点〟が頭を過ぎったからである。
この魔法、頭で一つ一つ考えながら使う分には問題無いのだが、いざ魔法の使い方に慣れ、殆ど意識せず魔法を行使出来る様になった場合〝性質を再現し過ぎてしまう〟のだ。
例えば《炎魔法》。
この《炎魔法》を使うのに慣れ、殆ど無意識下で行使出来る様になった場合、私達人間が普段イメージする〝炎〟というものをどうしても再現してしまう。
つまり仮に使い慣れている《炎魔法》を森の中で使った場合、無意識の内に私達がどうしてもしてしまう〝炎は植物に引火する〟というイメージが再現されてしまう可能性があるのだ。
勿論それも特訓や練習で熟練度を上げればなんとかなるのだが、私の
加えて森の中という特殊な環境での戦闘を想定していなかった。故に知識としてはその欠点を理解していたにも関わらず私は《炎魔法》の熟練度上げに勤しんで居なかった。
それらがあのボスとの戦いの最中に頭に過ぎり、近接戦をせざるを得なかったワケだ。
……本当、何という体たらく。呆れて物も言えない。
勝ったからいい様なものの、こんなんでよくもリリーに〝天才〟なんて大言壮語を言われたものだ。甚だ滑稽だ。
「もっと魔法学校の授業、幼稚だと馬鹿にしないで真面目に受けるんだったな……」
七年前に既に《炎魔法》を習得していた私にとって魔法学校の授業は幼稚でとても真面目に受ける気になれなかった。今でもそれは余り変わらないが、今度からは真面目に取り組むとしよう。意識を変えなければな。
「そうですよ坊ちゃん。幼稚とは言いますが、坊ちゃんが通われている魔法学校は王都にある「魔法魔術学院」の分校なんですよ? 国で受けられる魔法学の最先端なんですからまたサボらないで下さいね?」
「ああ。痛感したよ。今度からは真面目に受ける」
「そうして下さい。僕も坊ちゃんに追い付けるよう、邁進していますから」
そう言って笑うマルガレン。マルガレンは私が通う魔法学校とは違う学校に通っているが、父上がマルガレンの成績が良いから近々マルガレンも魔法学校に編入させてもいいかもしれないと言っていた。本当、マルガレンは人に好かれる性格をしている。
「あ、坊ちゃん坊ちゃん! そろそろ森から抜けられるみたいですよ!」
そう言って指を指すマルガレンの指先に視線を向けると、森の木々が疎らになり、その木々で覆われて、遮っていた陽光が強くなっているのを見た。射し込む光はなんだか眩しく、薄暗い森を抜けるのだと実感させてくれる。
さあ、色々やる事が山積みだ。忙しくて忙しくて、そして楽しみだ。
これからの事を想像し、私は一層胸を高鳴らせた。
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