第五章:魔法の輝き-5

 厳しい……かぁ、というか。


「あの、実は今身体の調子が悪いのですが……」


 そう、そもそも私は今本調子ではない。スキル《結晶習得》の発動に多大な魔力を持っていかれ、その反動で身体が未だ上手く動いてくれないのだ。そんな状態で果たして魔法の訓練なんて……。


「ん? おお、心配しなさんな。厳しいとは言ったがそれはあくまで難易度の話。体力に左右される類のもんじゃないよ。まあ、多少魔力は使うが、大した量じゃないしの」


「そう、なのですか?」


 ならば好都合。そうと決まれば早速魔法の訓練を…


「あっ、ちょーっと待って!! 今動映晶機持って来るから!!」


 そう言ってメルラは慌ただしく店の奥へと姿を消した。相も変わらず忙しない人だ。というかまた撮影するのか?まあ、わざわざ私の前でなんて要求をして来たのだから薄々勘付いてはいたが。


「まったく、騒騒しい小娘だね」


 リリーも文句を口にするが、その表情は困り眉ではあるものの、口元には笑みが見える。やはり何だかんだ仲が良いのだろう。


 暫くしてメルラが道映晶機を両手で掲げながら現れ漸く訓練が開始された。


 訓練の内容は至ってシンプル。手の平にある魔欠泉から魔力を抽出し、それを炎の形にイメージする。たったこれだけである。


「あ、あの……。疑うわけじゃないんですけど……」


「ほうほう、まあ、最初は皆大体そんな反応するわいな。こんなんで手から火が出るか! っての。じゃがのう、魔法というのは自然現象ではないからのぉ。それが魔法というものじゃ」


 成る程。つまり手の平から炎を出す、というのは本当に手の平から本物の炎を出しているのではなく、自身の魔力を炎という形に作り変えるというのが正しいのか……。だがそれでは……。


「でもそれでは炎は出せても形だけで熱やそれこそ殺傷能力なんかは再現出来ないのでは?」


 このままイメージ通り、手の平に本物そっくりな炎を作り出せたとしても所詮は見せかけ。そこには本物の様な熱やその攻撃性までは再現出来ない。ならどうするのか?


「そうじゃな。だから今度は魔力で炎の熱を再現するのじゃ。そしてその次にその攻撃性や方向性、性質や大きさなんかを再現する。そうしてより本物の炎に完成度を高め、遂には自然現象では起こり得ない本物を越える炎を作り出す。それこそが魔法の真髄じゃ。」


 つまり自身の魔力で炎としての要素一つ一つを作り出し、それらを一つの炎として完成させる。なんならそこに自身の好きな形に作り変えたりなんかして自然現象ではあり得ない炎を作り出す事が出来るか……。まるで──


「まるで〝作品〟の様ですね。魔力という万能の材料を使う、一種の創作活動。正直かなり心が惹かれます」


 暇を持て余した老後の時分、よく色々な創作活動に手を出した。絵画や彫刻、焼き物にプラモデルまでそれはもう幅広く、手当たり次第に。魔法はそんな創作に似た物を感じる。浪漫があって大変素晴らしい!


「おお、おお! その歳でそこまで考えが及ぶか! そう、この国だけではなく世界中に魔法を究めんと奔走する者が後を絶たんのは、そういった魔法の多様性と自由さが人を惹きつけて止まないからなのじゃ!!」


「成る程!私にはよく分かりますよ、魔法に魅入られた人の気持ち。これは、究め甲斐がありますね!!」


 なんだかワクワクして来るじゃないかっ!これから様々な魔法を学び、会得する。その時が楽しみで仕方ないっ!!仕方ないのだが……。


「まあ、でも、現実は厳しいですよねぇ……」


 先程から言われた様に手の平で炎の形をイメージしながら魔力を練っているのだが、これがなかなかどうして上手くいかない。炎と言われて初めて認識出来る、その程度の物が手の平の上で陽炎の様に頼りなく揺らめく。それが精一杯だ。


「いやいや、一回でここまでちゃんと形に出来ておるのはかなり順調な方じゃぞ?そもそも炎の再現は先程も言った様に難易度が高い。水や地なんかは形がはっきりとしている分再現が容易なんじゃが、それに比べて炎はかなり不定形で安定性が無い。故に難易度が高いんじゃ」


 じゃあ空間魔法や風魔法なんかべらぼうに難しいじゃないか。あんなのそもそも形なんて無いだろう。一体何をどうしたら形の無いものを形作るなんて芸当が出来るんだか。


「あの、ではなんで水や地じゃなくて難易度の高い炎を?」


「それはある一定の難易度を一度こなせれば、それ以下のものもコツを掴み易くなるからじゃな。まあ、《空間魔法》と《風魔法》はそもそも無謀過ぎるから流石に初心者には教えんがな」


 一度難しい問題をクリアさせて、それから下の難易度に挑む。その方が効率的にはいいらしい。まあ、空間魔法や風魔法は論外らしいが……。


「ほれほれ、集中力が切れておるぞ!! もっと形をハッキリと! それが出来たら次は熱、次は大きさじゃからのぉっ!!」


「え、あのっ、その前にどこまで出来れば《炎魔法》として認識して良いんですか!?」


「そんなもんわたしだって分からん!! 大抵の魔法使いは反復練習の末気付いたらスキルとして身についておる。つべこべ言わず集中せい!!」


「は、はい……」


 うん、何事もゴールが見えないのは辛いものだ。これは確かに厳しい訓練になるな…。気合いを入れ直さなければ…。




 それから五時間後──


 私の手の平では、煌々と燃え盛る小さな炎が揺らめいた。

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