幕間:滑稽-1

 時は遡る事数時間前──。


「よ〜こそいらっしゃいましたモンドベルク公!!さあさあ、狭い屋敷ですがどうぞお上り下さい!!」


 ワザとらしさを感じさせる声音で客人を出迎えたのはスーベルク・セラムニー。


 ここティリーザラ王国に属する子爵でありながら自身の爵位に不満を持ち、ティリーザラ王国の内部情報を異種族国家へと流している国賊である。


 そんなスーベルクに出迎えられているのは同じくティリーザラ王国の貴族にして「珠玉七貴族」と称される建国を支えた大貴族達の一人。〝金剛〟と呼ばれる偉人、ディーボルツ・モンドベルク、その人である。


「うむ、余り長居は出来ぬ故、手短に頼むぞ」


 ディーボルツの年齢は既に六十五と中々に年老いている。しかしそれでありながら現役で国防を担い、未だ衰えぬ鋭い眼光と肉体にはそんな年齢を一切感じさせない。


 スーベルクもそんなディーボルツとの直接対面に若干気圧され、自身の媚びを売る作戦が通用するのかという考えが頭を過る。


(……いや! ここで日和っていては折角訪れたチャンスを棒に振ってしまう。ここでなんとしても私の有用性をディーボルツに認めさせ、更なる躍進への足掛かりにせねば!!)


 スーベルクは内心で挫けそうな自分にムチを打ち気合いを入れ直す。失敗は許されない。もししくじればこの国どころか情報提供先の異種族国家からどのような仕打ちが待っているか。想像も付かない。


 身震いしそうな体を無理矢理落ち着かせ、スーベルクはディーボルツを面談室へと案内する。


 それからの持て成しは殊の外順調に進んだ。異種族国家から取り寄せた酒や代表的な肴などで程良くご機嫌を取り、ディーボルツの娘がそんな異種族の文化に興味があるという話にまで持って行き、自分ならば規制が厳しく滅多に手に出来ない異種族の様々な品を融通出来ると宣伝した。


 それを聴いていたディーボルツも満更ではない様子でスーベルクの話に耳を傾け、酒や肴などに関心を示していた。


(イケる!! イケるぞこれは!! あの堅物のディーボルツをここまで関心させられている!! やはり私には才能があるのだ!貴族として頂点に立つ才能が!!)


 スーベルクは有頂天だった。自身の思い描いた通りに事が運び、高揚感で胸が一杯になり、アドレナリンが脳内に溢れるのを感じた。


 そしてスーベルクはいよいよ本題をディーボルツに切り出す。


「実はですなモンドベルク公、一つ、誤解を訂正したいのです」


「ほう、誤解とな?」


「はい……。恐らくモンドベルク公も耳にはしている事と思いますが、私が、その、異種族国家にこの国の情報を流している……と」


 ワザとらしくどもって見せるスーベルク。本来なら胡散臭くて敵わない三文芝居ではあるが、スーベルクの様子にディーボルツは真剣に耳をそばだてる。そんなディーボルツの反応にスーベルクは更に気を良くして大仰に身振り手振りを交えながら事の発端を説明する。


 曰くスーベルクを妬んだジェイドによる欺瞞工作であると、


 曰く情報漏洩を謀っているのはまさにそのジェイドであると、


 曰くスーベルクはそんなジェイドに対し正義の鉄槌を下すべく、あえて汚名を被り行動しているのだと、


 ジェイドの死を良いことに調子の良い嘘を並べ立てるスーベルクは最早留まる事を知らないといった様子で次々まくし立てる。


 ディーボルツもまたそんなスーベルクの饒舌に真剣な表情で相槌を打ち、スーベルクの調子を更に盛り上げる。


(嗚呼!! 今私は今までに無いほどに調子が良い!! あのディーボルツでさえ私の言葉に夢中だ!! やはり神は私に味方している!! 私の才能が今まさに発揮されているんだ!!)


 しかし、そんなスーベルクに、予期せぬ事態が降り掛かる。

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