第六章:貴族潰し-27
その声は口調とは裏腹に可愛いらしい女性、いや、少女の様な愛らしさを感じさせる声音だ。だが、その声の主であろう人物の姿は見当たらない。私の目が現場において曇っている可能性も否めないが、それでも見える範囲を見回して一切見当たらないのは不自然だ。
恐らくは姿を消すなんらかのスキルを使っているのだろう。《解析鑑定》を使って調べたいが、その姿を視認出来なければ使えない。
しかしその声の主は一体全体なんのつもりなのだろうか? 言葉の内容から察するに、キグナスの仲間の様だが……。作戦と違う? 一体何が……。
「あ゛ぁっ!? こっちはハンマー消されてんだぞっ!? 今更そんな作戦──」
「知らないわよそんなの!! アンタが勝手に油断したのが原因でしょうが!!」
「う、ウルセェっ!! 第一聞いてた話と違ぇじゃねぇかよ!? 一体どんなスキル使やぁ俺のハンマーが消えるハメになるんだよっ!?」
「それこそホントに知らないわよまったく!! いい? 作戦通りにしないって事は〝お館様〟に逆らうって意味なのよ!? わかる!? わたしアンタと連帯責任で罰せられるのなんてゴメンなのよ!? わかる!?」
「…………あ゛ああぁぁっ、クソ、畜生が!!」
キグナスは頭を掻き毟ると私を怨みの篭った目で強く睨み付けた後、重い足取りで私の元を後にする。
その背中を私は暫く眺め、姿が見えなくなってから漸く気を緩めた。瞬間、集中力で誤魔化していた全身から来る激痛と痺れ、倦怠感に一気に苛まれる。
あ゛あ゛ぁぁぁ…………、いってぇぇぇ…………。でも助かったぁぁぁ…………、生きてるぅぅぅ…………。
生を実感する。今感じるこの痛みは生きている証。そんな瞬間を体感出来る日が来るなど夢にも思わなかった。なんなら少し涙すら出てきそうなくらい、なんだか無性に感慨深い。
しかし、今回は危なかった。かなり、非常に、ヤバかった。生き残れたのはただの運、運が良かったに過ぎない。あんな強敵と急に戦闘になるなんて誰が予想出来る? まあ、私がスーベルクの雇った警備兵をナメていたのは事実だが、だからってあんな……。
そもそも今日は準備不足どころか色々と不備がありながらの作戦強行。反省しなければ、これでは前世で残して来た幹部達に笑われる。「会長何やってんですか、らしくない」って、ムカつく顔で爆笑だ。まったく本当にらしくない。この世界に来て、少し浮かれていたのだろうな……。情け無い。
苦笑が溢れ、そのちょっとした動きにすら全身に痛みが走って辛い中、私の目端に一台の馬車が近付いてくるのが見える。馬車であるはずなのに音が一切しない事から父上が漸く迎えに来たのだろう。遅いにも程がある、などと考えるのは贅沢だろうか?……まあ、自問自答しても始まらないが……。
馬車は私の間近で停車し、中から血相を変えた父上が土や泥を一切気にする事なく私の側で座り込み、その手を私の額へ優しく置く。
「馬鹿者が! 無茶しおって、この親不孝者……」
よく見ればその目には涙が溜まり、今にも頰にこぼれ落ちそうになっている。だが父上は親の威厳を損なうと考えているのか、表情を固くして涙が流れぬ様に必死になっている。
そんな父上の顔を見て、私は少しだけおかしく笑う。胸の内に込み上げるむず痒い感覚に若干戸惑いながら、精一杯笑って誤魔化す。
「すみません父上。情けない所を、お見せしてしまいました。ですが、スーベルクの不正の証拠は……」
「よい、よいのだ! クラウン、お前は良くやった、よく生き延びてくれた。私はそれだけで十分だ……」
父上は私を優しく抱き上げる。その動作全てに気を失いそうな程の痛みを伴う。しかし、私の意識は相も変わらず暗転せず、覚醒したままだ。
これは……なんかマズイんじゃないか? 明らかに異常だろ、気絶も出来ないなんて……。でもまあ、多分私はこのまま治療される筈だ、その際にこの不眠、と言っていいのかわからないが、兎も角この状態も解決するかも知れない。取り敢えずは、このまま為すがままになっておこう。
実の所、考えねばならない事は山程ある。キグナスの持っていたスキルを内包したハンマーの正体、奴等の言った作戦についてや、〝お館様〟が一体誰なのか……。まあ、それも、今は後回しだ。痛みと疲労で低下した頭で考える事じゃない。
「所でクラウン。そこに落ちている豪華な燭台はお前が持って来たのか?」
何? 燭台?…………ああ、そう言えばどさくさに紛れてここまで持って来てしまっていたな……。まあ、別に要らないっちゃ要らないが……。
「はい、すみません。拾っておいて貰えませんか?」
「拾うとな? 元々スーベルクの持ち物であろう? 欲しいのか?」
「ま、まあ……。ちょっとだけ、愛着がありまして……」
「ふむ、まあ、この程度であれば誤魔化しも効くか……。カーラット、燭台を拾って土汚れなど掃除しといてもらえぬか?」
言われたカーラットは恭しく頭を下げると、燭台を拾い上げ馬車の中に戻る。
「では、帰るとしようか。と、その前に教会の神官にお前を診せなくてはな。このまま帰れば母さんとガーベラに何を言われるかわかったもんじゃないからな」
父上はそう苦笑して私を伴って馬車へと戻る。
こうして私の、長い長い一日が漸く幕を閉じたのだった。
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