第六章:貴族潰し-26

「……はっ?」


 キグナスは呆然としながら後退りする。今目の前で起きた出来事に対して脳の処理が追いついていないのだろう。ハンマーを握っていた両手を眺め狼狽している。


 先程まで頭に上っていた血も今は完全に静まった様で全力で状況の整理を急いでいる様だ。


 彼が目にしたのは振り下ろした筈の自慢のハンマーがというあり得ない現実。勿論そのハンマーで圧殺しようとした私もハンマーの被害を受けてはいない。


 一体何があったのか? 何が起きたのか?


 私自身理解が追い付いていない中、天声が脳内でいつもの平坦な口調でアナウンスする。


『確認しました。補助系スキル《剛体》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《地魔法適性》を獲得しました』


『対象の内包スキルを全て獲得しました。これにより対象をスキルへ還元しました』


『確認しました。補助系スキル《魔力障壁》を獲得しました』


 スキル……獲得?


 混乱する頭の中に響いたそのアナウンスに対し、私は少しだけ冷静さを取り戻し、《思考加速》を使って自身の先程解放されたというエクストラスキル《貪婪どんらん》の権能を《解析鑑定》で調べる。


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 スキル名:《貪婪》


 系統:補助系


 種別:エクストラスキル


 概要:生を強く渇望した者に解放されるスキル。自身の体力、精神、身体的損害がある一定基準を下回った際に発動可能。スキルを内包した対象からスキルを強制的に獲得する。その際に対象から全てのスキルを獲得した場合、対象自身をスキルへ還元することが出来る。

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 …………一気に頭が冷めた。こいつはまたご都合展開極まれりだが、今の私の現状を考えるとそんな贅沢を言ってしまえばバチが当たるというもの。それに、だからと言ってこの危機的状況が打開出来たかと言えばそんな事はない。現に……、


「お、お前!! 何をやった!? 一体何しやがった!?」


 自身の自慢の得物を突如として失い、失意の中で私に叫ぶキグナス。その目は血走り、額には青筋が立っている。


 今すぐにでもこの場から立ち退かなければ未だに彼が握っている短剣で簡単にトドメを刺されてしまう。だが当然私の身体は動かない。激痛と痺れ、骨折に限界を越えた体力。それらに苛まれ、もうピクリとも動けない。


「ふざけんなよテメェ!! あのハンマーはなあ! 俺が二十年貯めた金を全額はたいて造ってもらった特注なんだぞっ!? それをぉ……貴様ぁ……っ!!」


 二十年……。そいつは悪い事をしたなぁ。だがそんな事、今はどうでもいい。今私に出来るのは、父上からのスキルによる助けを虚しく待つだけ……。まあ、それも若干望み薄だ。私がここまでボロボロになっても何もないとなると、父上の言っていたスキルというのは私の見当違いだったのだろう。


 だが、諦めたくないな……。勿体無いな……。折角ここまで来たのにな……。


 そうこうしている内に、キグナスが短剣を携えて私の元まで歩いて来る。


 ああクソ! 動け! 痛いとか怠いとか言ってる場合か!! 折角ハンマーでの必殺がなくなったんだ!! なんとか、なんとかここから逃げ延びるんだ!!


 私は全身を襲う痛みに構う事なく懸命に力を入れて起き上がろうとする。だがやはり僅かに指先が動かせるだけで身体はピクリともしない。今度は指先だけで起き上がろうとするも、流石に無理だったようで一切動かない。


 ダメか……。次は……、次はどうする!? 何かこの状況を打破する方法は……。待てよ……。


 そこで私はある事を思い付く。


 目の前から迫るキグナス。奴を《貪婪どんらん》でスキルに変えてしまえばいいのでは?


 だが《貪婪どんらん》は対象から全てのスキルを獲得した場合にのみ対象を強制的にスキルにする。対して奴の所持スキルは中々多く、全てを一度に獲得出来るかわからない。だが、今はこれしかない……。


 《思考加速》を解除し、通常の体感速度に戻した私は徐々に近づいて来るキグナスを見やる。そして遂には私を見下ろす位置まで到達し、短剣を振り上げる。


「ちっこいと思って手加減してりゃ調子に乗りやがって……。もう容赦しねぇ、覚悟しろ!!」


 そう言って振り下ろされる短剣。それに対して私は全身全霊を賭して《貪婪どんらん》を発動──しようとした矢先に、真っ直ぐ私に向かっていた短剣はその軌道を突如として変え、あらぬ方向へと向かう。


 何事かと思いキグナスに視線を移すと、キグナスの身体は短剣同様にあらぬ方向に吹き飛ばされている。


 一体何が?


 そう思った瞬間、私の《気配感知》に何か引っかかり、その方向から声が聞こえた。


「ちょっとアンタ何やってんだ!! 作戦と全く違うでしょうが!!」

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