第六章:貴族潰し-25

 私は初手にまずキグナスとの距離を詰める為前進する。軋む体にムチを打ち、全力での疾走だ。


 理由は明白、奴のハンマーによる攻撃だ。奴のあの身の丈程あるハンマー、先程から何度かやられている通り遠距離からの破滅的なスキル攻撃がかなり厄介だ。アレを一撃でも喰らえば確殺間違いない上に範囲自体が広い為避けるだけでも体力をかなり消耗する。


 奴のスキル構成を見るに接近戦も想定内だろうが、あの地割れ攻撃をやられるより幾分かマシだ。


 キグナスが再びハンマーを高く掲げる。これは先程から繰り出している技、恐らくは《地砕衝ランドクラッシュ》か《地烈衝ランドバニッシュ》のどちらかだろう。だがさせない。


 勢いを殺すことなく、そのままキグナスの懐に飛び込み、ナイフで首元目掛けて振りかぶる。


 キグナスはコチラに驚愕の視線を向けて来るも、その表情を一瞬で真剣な物に切り替え、両手で振り上げていたハンマーから左手だけを離して腰にぶら下げた短剣を引き抜き、私のナイフに応戦する。


 そう簡単にはいかない、想定内だ。


 ナイフごと体を無理矢理後方に弾き飛ばされた私は、空中で体を捻り受け身を取る。そしてそのまま間髪入れず《炎魔法》を使い、手の平に火球を作り出してキグナスに撃ち出す。


「んなろぉっ!!」


 顔を歪ませたキグナスは片手で支えきれなくなったハンマーをそのまま地面に下ろしながら、短剣を握る左手を突き出す。


「ロックウォール!!」


 そう叫ぶキグナス。すると前方の地面から岩で出来た壁が隆起し、私が放った火球を弾き、消し飛ばした。


 チッ、魔法か……。だが、


 私は目の前に出来た岩の壁に駆け寄り、体力回復ポーションを一本飲み干し、岩壁をよじ登る。


「はぁ!?」


 私の行動に素っ頓狂な声を上げるキグナスだが、その隙に私はそんなキグナスに勢いよく飛び掛かりながらナイフを全力で振りかぶる。


 キグナスは襲い来る私に舌打ちを打ちつつ抜き身の短剣を即座に頭上に構え、ナイフを真正面から受け止める。だがそれが罠。


 私はキグナスの構えた腕を掴み、遠心力を利用してキグナスの顔面目掛けて蹴りを入れる。


 キグナスの顔が歪み、後方へ一瞬体をよろめかす。だがやはり私の体重自体が軽いせいか、倒れるまではいかずに私を睨み付けてくる。


 ダメか! それなら今度は……。


「イッテェなオイ……」


 そうキグナスが呟いた瞬間、キグナスは右手で私の腕を掴み、私を無理矢理に引き剥がす。


 しまった! 右手に持ってたハンマーは──くっ、そりゃあ地面に置いてるかっ!! クソ、失念した!!


 引き剥がされた私をキグナスはまるで私がハンマーにでもなったかの様な勢いで地面へと叩き付ける。


 全身の骨が嫌な音を何度も立て、肺の空気は無理矢理に押し出されて一瞬で苦しくなる。


 ギリギリでなんとか苦し紛れの受け身を取り、体がバラバラにはならずに済んだが恐らく骨の何本かはヒビなり折れるなりしているだろう。大の大人が五歳児を全力で地面に叩きつけてこの程度なら私はかなり運が良い。


 だが、それも痛みと軽い酸欠で曇る視界に入ったキグナスの構えるハンマーを目にするまでの短い暇でしかなかった。


 この場から逃げるにも全身の痛みと整わない呼吸のせいで動かない。体力回復ポーションもあるが、飲んでいては絶対に間に合わないだろう。


 全身に走る言い知れない恐怖から来る絶対零度の寒気が私の脳内で見せたのは、これから私に降りかかるであろう結末。


 硬く巨大なハンマーが、私の体に振り下ろされ、一瞬で絶命。押し潰された肉と臓物が辺りに飛び散り、血はヒビ割れた地面に広がっていく。そんな結末。


 ダメだ!! そんな、そんな終わりなんて認めない!! 私は……、私にはまだやりたい事が星の数ほどあるんだ!! まだ五年だぞ!? 五年しか満喫していない!! そんなもんで……その程度で満足出来るか!!


 私はまだまだ欲しいんだ。この世界のあらゆる物が! 命が! 愛が!! 全然足りないんだ!! まだ私は……。始まってさえいないんだっ!! こんな所で死ねるかァァァッッ!!


『確認しました。ユニークスキル《強欲》の封印されていたエクストラスキル《貪婪どんらん》の解放条件を達成しました。エクストラスキル《天声の導き》の緊急シークエンスに則り、エクストラスキル《貪婪どんらん》を強制発動します』

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