第八章:第二次人森戦争・前編-18

 


(あぁもうっ、最悪っ!!)


 ヘリアーテは目の前でほくそ笑んだテレリを鋭く睨み付けながら名残惜しむように彼女の首から手を離し、咄嗟に両耳を押さえる。


 対するテレリは自身の喉へと糸を張り、それを魔力を込めながら楽器の弦のように指で弾いて掻き鳴らした。


 直後、彼女達を襲ったのは破滅の爆音。


 何もかもを引き裂くような鋭利さを感じさせる超高音と、内臓を直接殴り付けて来るような物理的な衝撃すら感じられる超低音が折り重なり、耳にする者全てをその音色で無差別に破壊を振り撒いた。


 そんな意思すら篭った演奏がテレリの喉に張られた弦と彼女自身の口から発せられ、それを真正面から受けたヘリアーテはなんとか鼓膜を死守したものの音波までは完全には防げず、全身を搔きむしるような振動に苛まれる。


(なんなのよ、これっ!? 聞いてた話と違うじゃないのよっ!!)


 ヘリアーテとシセラの二人は勿論、テレリが《音響魔法》による攻撃が得意である事は事前に知らされていた。そして《音響魔法》に対する対策も充分に整え、この戦いに臨んでいるわけである。


 では何故、こうも見事に彼女の攻撃に苦戦してしまっているのか?


 そう。単純に〝想定より上〟を行かれてしまっているからだ。


(自分の身体に糸通して《音響魔法》って……? イカれてるってモンじゃないわよあの女っ!? 私ならともかくただのエルフがあんな事したら身体持たないじゃない普通っ!!)


 そう内心で叫ぶヘリアーテだが、彼女自身つい最近まで自分の今まで何の疑問も持つ事無くやってのけていた〝魔法を身にまとう〟という所業の異常性に気が付いていなかった。


 この日の為に積み重ねて来た訓練の最中、クラウンとの様々な打ち合わせを開く中で彼に教えられていたのだ。自分が如何いかに人間離れした方法で《雷電魔法》を扱っていたのかを。





『え。出来ないの? コレ』


 そう言ってクラウンの前で《雷電魔法》を纏って見せながら首を傾げるヘリアーテに、彼は少々呆れた様子で答える。


『ああ出来んな。しもの私でも君と同じ事をすればそれなりに身体にダメージを負う。君の様に痛痒すら感じずにいられはしないだろう』


『へ、へぇ……』


『……その様子だとやはり無自覚にやっていたのか』


『そ、そうね……。知らなかったわよ、今の今まで』


『普通魔術系の学校に通っていれば一番初めに習う基礎の基礎の筈なんだがな。下手をすれば自らを死に至らしめる可能性がある以上、義務として周知されていなければならないんだがな?』


『あ、あはは……』


 ヘリアーテの余りにもヘタクソな作り笑いに、クラウンは何かあると確信し、より訝しむ視線を強めながら問い質していく。


『君の経歴には確かに魔術系学校の卒業を証明する記述があったし、魔法魔術学院入学に際した面接で提出された履歴書にはその学校での活躍も幾つか記載されていた。優等生としてな』


『ちょっとっ!! 他人ひとの経歴勝手に漁ってんじゃな──』


『だが今にして思えば違和感もあるな? 優秀な成績を収めていた優等生が何故魔法魔術学院の第二次入学式で入学した? 正当に履修を終え、正当に卒業していたのであれば私と同じ時期に入学査定を受けていた筈だ』


『そ、それは……。っ! アレよっ! 落ちちゃったのよ最初の査定にっ!』


『……自己判断になるが、経歴が〝本物〟なら教員達も目を掛けていただろう。それに君の実力や機転ならばまず間違いなくあの入学査定に合格しているだけの実力があったと、私は確信している』


『むぐ……。何よ、それ……』


 照れ笑いを隠そうと顔を背けながら全身の電撃を一回り強く弾けさせるヘリアーテに、だがクラウンは構わずに責め続ける。


『つまり最初の入学査定で非の打ち所がない君が落ちるとは考え辛いわけだが……。それでも君は落ちたと、そう口にするのか?』


『むぅ……』


 そんな彼の言葉に口籠るヘリアーテ。そんな彼女にクラウンは困った様に眉をひそめる。


『別に根掘り葉掘り聞きたいわけじゃない。ただ君が相手にする軍団長テレリはアールヴで情報管理の責任者を務める女だ。故に私が収集した中で最も得られた情報が少なく、打てる手立ても限られてしまう』


『そ、そうね……』


『だから君の能力は出来得る限り把握しておきたい。君の能力が真にどんなものなのか理解し、それを踏まえた対策を万全に立てたいんだ。分かるだろう?』


『……』


『……』


『……最初に使ったのは、私が五歳の時よ』


 そこからヘリアーテは纏っていた《雷電魔法》を解除し、少し話辛そうにつらつらと考えながら話し始める。


『興味本位で先祖代々から受け継がれて来た古書が所蔵されてる蔵に入った事があったの。とは言っても当時の私には難し過ぎて当然殆ど読めたりなんかしなかったわ』


『先祖代々……。テニエルに関するものか?』


 テニエルの名前に一瞬だけ肩を揺らしたヘリアーテだが、すぐさま表情にカラ元気を浮かべて小さく笑って見せる。


『ううん。残念ながら違うわね。どちらかと言えばテニエルの子孫だって証明したいが為にかき集めたって感じのやつ。だから内容もぜーんぶ魔法とか魔術に関するものばっかりだったって、後から両親に聴かされた……。ホント、必死で情けないわよね』


『成る程。しかしまだヘイヤ家が騙っていると確定したわけでは──』


『いいのよ気なんか遣わなくて。んで、そんな古書の中にね。一冊だけ絵本みたいなのが混ざってたのよ』


『……絵本?』


 少しだけ訝しむクラウンに、ヘリアーテは慌てたように首を振る。


『ああ今みたいなあんなんじゃないわよ? 図解の多い解説書みたいな……? でもそれがやたら解りやすくてね。魔法習いたてだった五歳の私でも漠然とだけど理解出来ちゃったのよ』


『ほう。それで真似てやったと?』


『そうよ。まあ当時は《炎魔法》だったけど、それを身にまとう事が出来ちゃったの。あの時は嬉しかったなぁ……。両親が喜んでくれるって思って……』


 懐かし気に語るヘリアーテだが、その表情には微かに暗い影が覗き、クラウンはそれを察しながらも敢えて直球をぶつける。


『……その様子では違ったのか?』


『まあね。入るなって言われてた蔵に入っただけじゃなく勝手に本漁って、終いには娘が全身に炎纏ってあちこち小火ぼや起こしながら現れんのよ? 心配もされたけどメチャクチャに怒られたわ』


『それは……。ご両親の心慮をおもんばかるばかりだな』


 小さく微笑むクラウンに、ヘリアーテは釣られた形で似たように微笑んだ。


『あはは……。でも今にして思えばその頃からかな。当時までそこまででも無かったのに両親がやたらテニエルに拘りだしたり、決まってた魔術系学校の入学を取り止めて魔法の勉強を家庭教師に習ったり、周りの人間がやたら私を怯えた目で見て来たり……』


 微笑みが再び陰り出した彼女に対し、クラウンは空気と話の方向性を変える為別の話題を口にする。


『そうか。それで魔法をまとう危険性を教わらなかったんだな。既に実践して問題無かったから』


『その通りよ。ああ、あと多分私が他人より力持ちなのもその頃からだわ。理由、ぜんっぜん分かんないけど』


 彼女の怪力の初出が同じだと聞き、クラウンは呟くように「ふむ」と漏らしながら顎に指を添え数瞬だけ考えふけると、その後すぐに次の話題へシフトする。


『それでは何故魔法魔術学院に入学を? そのまま家庭教師に習おうとはしなかったのか?』


『家庭教師にだって限度があるわ。なまじ私のに才能があったせいで教えられる事に限界が来たのよ。ただ私の経歴ってそれまで真っ白だったから、それを誤魔化すために色々とでっち上げたりしてて、そのせいで最初の入学査定に間に合わなかったのよ』


『成る程。それで第二次に』


『最初は来年って予定だったんだけどね。丁度誤魔化し終えたタイミングで第二次査定が始まったから乗っかった形ね』


『ふむ……』


 一通りの事を聞き終えたクラウンは顎に指を添えたまま、少しだけ思案し始める。


『君に対する諸々の違和感の大元はその図解が載った古書である可能性が高いな。書の一部がスクロールの様な役割を果たし君に何かしらのスキルが宿った……と考えられなくもない』


『スキル? この力とか怪力って結局スキルなワケ?』


『十中八九そうだろうな。とは言っても収集家として色々調べ回る私が思い当たらないような希少なものだろう。君はその古書に触れた際に何か心当たりは無いのか?』


『うーん。どうかしらね? 十年くらい前だから正直あんまり覚えてないけど、そんな派手な事した記憶も勝手にそうなった記憶もないわよ』


『そうか。ならば……』


『ならば?』


『単純に。君がそのスキルを才能として先天的に持っていたか、だな』


『才能……』


 才能と言われ口元を僅かに緩ませるヘリアーテにクラウンは単純だなと思いつつ、実は最初からそうするつもりでいた提案を彼女へ投げた。


『まあ兎も角だ。君が不快で無ければ私に君のスキルを覗かせなさい』


『え……。な、なんかスゴイ恥ずかしいんだけどっ!?』


 まるで服を脱げとでも言われたかのようなリアクションに若干呆れながらも、クラウンは変わらず諭すように続ける。


『だから不快で無ければと断ったろう? 無理強いはしない。だがやはり詳しくスキルとその権能を理解出来れば戦法やシセラとの連携も組み易くなる』


『う、うーん……』


『相手は狡猾で格上だ。それに情報も比較的少ないとなるとやれる事をやりたい。何より君が死なない為にも……。頼むよヘリアーテ』


『……はぁ。分かったわよ。でも余計なモン覗くんじゃないわよっ!? もしちょっとでも私しか知らない事知ってたらロリーナにチクるからねっ!!?』


『ふふふ。肝に銘じる。では、失礼するぞ』


 ロリーナに失望されたくはないクラウンは内心で可能な限り善処すると決意しながらも、ヘリアーテに対し《解析鑑定》を発動した。


 その結果──






(あんなスキルを私以外で持ってるわけない……。なら自滅覚悟の特攻って事? ならそう長くは続かないハズっ!!)


 自身の喉へと糸を通し、それに《音響魔法》を乗せて魔術を発動しているという事は、自身の〝体内〟に魔術が通過していると同義であり、ヘリアーテがこうして苦しんでいる以上、その性質に〝傷付ける〟という再現が施されているのは間違いない。


 つまり体内にそんな性質の魔術が流れているという事であり、術者であるテレリ本人も同様のダメージか、それ以上の苦痛を感じている筈なのである。


 しかしそんなテレリはといえば……。


「──っ!? はぁっ!?」


 ヘリアーテが苦悶しながら彼女に視線を移してみれば、そこには絶唱を続けながらも糸を身体に通した際の流血以外の外見的なダメージは見受けられず、なんなら気分良さげに歌って見せてすらいるテレリの姿があったのだ。


「な、んで……っ!?」


 苦しみながらも唄い、明確に傷付きながらそれでも必死で続けているならばまだ理解出来る。


 しかしテレリのその余裕そうな表情にはその兆候は一切見られず、何らかの方法でリスクを克服してのけたのだとヘリアーテは考え至る。


(これ……つまりは何かを理由に克服したって事っ!? ふざけんじゃないわよっ、ただでさえ頭割れそうだってのにぃ……)


 ヘリアーテも一応、何の対策もしていないわけではない。事前のクラウンとの打ち合わせの中でテレリが《音響魔法》を使う事は知っており、それに対する対抗策は用意してある。


 ヘリアーテは《雷電魔法》を使った電磁波による相殺、シセラは《炎化》と《魔炎》によって全身を闇属性が付与された炎と変化させ音を塗り潰す事で《音響魔法》を打ち消す手立てを用意していた。


 しかしシセラは兎も角、ヘリアーテの手段は非常に繊細な魔力操作能力が要求され扱いは非常に困難。故にどうしても音を完全には相殺し切れず、ダメージを抑えるに止まってしまっている。


 最初に彼女が「絶叫する旋律シャインズメロディ」を食らった際にダメージの回復が早かったのも、そして今影響下にある「慟哭に流るる調べウェリシカイト・シャイエンクラン」で未だ意識が保てているのも、その手立てにより緩和しているからに他ならない。


 だがそれもヘリアーテの集中力が持続していればの話。


 《集中化コンセントレーション》と《無心化イノセント》の併用や常時発動している《集中力強化》をもってしてもいつまでも耐えられるわけではない。


 完全に相殺し切れていない以上、そう遠くない内にヘリアーテの方が先に限界が来るだろう。


(っ!! まさか魔力が尽きるか私が死ぬまで続けるつもりっ!? んなことっ、されたら……っ!!)


 絶望的な未来を想像し、加えて止めどない音の暴力に晒され続けて不調をきたし始めたヘリアーテは吐き気すら込み上げ、今にも膝を折りそうになる。


 が、そんな時──


「《炎転──」


 視界の向こう。愉快に唄い続けるテレリの影が赤黒く揺れ、牙を剥くように猛りを上げる。


「──廻爪》っ!!」


 直後、テレリに降り掛かったのは黒炎の猛追。


 赤黒く燃え盛る炎をまとった六爪が絶唱を奏でるテレリを襲い、彼女を燃え塗り潰す炎に飲み込もうとしていた。


 これにはしものテレリも一度「慟哭に流るる調べウェリシカイト・シャイエンクラン」を止め黒炎へ振り向き、舌打ちをしながら束ねた聖糸リンダールを盾にして攻撃を防ぐ。


 ギリギリと音を立てながら黒炎まとう爪と硬質化した糸の盾がぶつかり鍔迫り合い、そして爪からの黒炎が糸を塗り潰さんと広がった。


 が、それを一瞥いちべつしたテレリは煩わしそうに眉をひそめると更に幾本かの聖糸リンダールを束ね始め、それを鞭のようにしならせて襲う黒炎を横から弾き飛ばした。


 黒炎はそのまま飛ばされると、肩で息をし膝を突くヘリアーテの隣へと降り立ち、戦闘体勢を維持したまま元の姿である赤黒い大型肉食獣へと肉体を変化させた。


「お、おそ、い……わよ……シセラ……」


「お許しを。あの絶叫を防ぎながら加勢するには、調整に時間を要する《炎化》と《魔炎》の併用が必須でした。間に合って良かったです」


 ヘリアーテを助けたのは今まで趨勢を見ながら助太刀の準備に奔走していたシセラ。


 自身の肉体を一時的に炎と化す《炎化》と、炎そのものに闇属性を付与する《魔炎》は相性が良く併用が可能ではあるものの、闇属性という「塗り潰す」特性を持つ属性を扱う関係上、自身すらその影響を受ける危険性を孕んでいる。


 その為併用をするならば必ず入念な調整が必要であり、そしてそれが唯一ヘリアーテを救う手段であったがために時間を要してしまったのだ。


「はぁ……はぁ……。まあ、いいわ……。反撃、しないとね……」


 フラフラになりながら立ち上がろうとするヘリアーテ。しかしそれを横に立つシセラは尻尾にピシリと身体を叩かれ邪魔されてしまう。


「ちょっ!? 何よっ!?」


「貴女はもう少し休んでいて下さい。満身創痍ではないとはいえその様子では足手纏いです」


「は、はぁっ!? 私は別に──」


 強がりながら再び立ち上がろうしたヘリアーテだが、その瞬間身体の内側から込み上げて来る鈍痛に苛まれ思わずまた膝を着いてしまう。


「くっ……」


「だから言っているでしょう。貴女は私がテレリの相手をしている間にクラウン様から頂いたポーションで回復し、そして〝アレ〟の準備に入って下さい」


 シセラに〝アレ〟と言われ目を見開いてヘリアーテは彼女の顔を驚愕の目で見遣る。


「アンタ〝アレ〟って……。〝アレ〟はまだ未完成なのよっ!? ちゃんと成功するかも判らないのになんで……」


「……先程の私の闇属性の攻撃。やはり奴の聖糸リンダールには効きませんでした」


「なっ!?」


「クラウン様の予想通り、霊樹や聖獣由来の素材には微量ながら光属性が含まれているのでしょう。先程の攻撃で闇属性による侵食を試みましたが、弾かれていましたね」


「な、ならアンタの攻撃があんまり効かないって事じゃないっ!! やっぱり一人で相手なんて無茶よっ!!」


「だからこそっ!! 私が時間を稼ぎながら奴を少しでも消耗させますっ!! その時間を使って貴女は限界を越えなさいっ!! 貴女しかあの糸に対処出来ないのですっ!」


「っ!! ん゛ん〜〜っ!! 分かったわよッ!!」


 ヘリアーテは込み上げる鈍痛に耐えながら立ち上がり、懐からポーションの束を取り出してあおる。


 それを横目で見たシセラは僅かに微笑むとテレリを見据えながらおもむろに歩み出し、自身の爪に黒炎を纏わせる。


「『アラ? 今度は大きな猫チャンが相手なのね。ワタクシ動物は嫌いではないのだけど?』」


「『フンッ。ついさっきまで私の残した黒炎の対処に躍起になっていた方が随分と余裕そうで』」


「『アラ、エルフ語まで達者。面白い猫チャンだこと。捕まえたら陛下お慶びになるかしら』」


「『ほざけ三下。貴様なんぞあの方の土産物に過ぎん。その調子の良い口を自慢の糸で縫い合わせてついでに梱包して差し上げましょう』」


「『……ワタクシ、動物にここまで殺意が湧いたのは初めてよ』」


「『同感。私も貴女以上に癪に触る生き物を見るのは初めてだ』」


「『……』」


「『……』」


「『……剥製にしてあげる』」

「『……贈品にしましょう』」


 瞬間、黒炎と聖糸が明暗に光り、ぶつかった。

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