第八章:第二次人森戦争・前編-19

 


 赤黒く燃える炎をまとうシセラの牙がテレリの首を喰い千切ろうと迫り、それを彼女は自身が繰る聖糸リンダールを硬質に変化させ束ねて盾とし、すんでの所で防ぎ切る。


 糸の盾に食い付く体勢になったシセラは、そこから首の筋肉を使い身体を大きく揺らすと跳ねるように跳び上がる。


 そしてそのまま尻尾の体毛を炎化させながら身体を宙空で捻り、まるで鞭を振るう様にして《鞭炎打ファイアウィップ》を顔面目掛けて振るう。


 しかしそれに対してテレリは上下左右の格子状に交差させた糸を展開し《鞭炎打ファイアウィップ》を防御。


 更に燃え盛る尻尾が糸に触れた瞬間、格子状だった糸達は尻尾を中心に収縮を始めていき、尻尾に絡み付こうと折り重なっていった。


 そんな様子を内心で舌打ちをしながら見遣ったシセラは体毛だけでなく尻尾そのものを《炎化》によって炎と化し、掴み所の無くなった尻尾は折り重なろうとしていた糸を容易く擦り抜ける。


 なんとか糸に捕まる事から逃れたシセラであったが、地面に着地する寸前、彼女が広い視野でテレリの表情を数瞬だけ観察すると、その顔に何やら不気味な笑みを浮かべていたのを見付ける。


 そこでシセラは《直感》や《超直感》を働かせ一つの可能性を閃き、地面に着地する直前にその全身を《炎化》させた。


 すると直後。まるで巨大なあぎとのように地面から炎の熱に反応した無数の糸が立ち上がり、炎と化したシセラを擦り抜けていったのだ。


 これはシセラからの攻撃を受けている間、隙を見てテレリが地面に蜘蛛の巣状に殆ど視認出来ない程に細い糸を張り巡らせていた罠であり、炎と化していなければ今頃彼女は捕縛されていたか、さもなくば細切れになっていたかもしれない。


 が、そんな起きもしなかったタラレバに一切感情を揺らす事無くシセラは《炎化》を解除すると、機能しなくなった糸の罠を尻目にテレリの背後へと疾走。


 ガラ空きに見えるテレリの背中へと黒炎をまとわせた両前脚の爪にて飛び掛かかり、《爪炎襲撃ライオットフレイム》で致命傷を与えんとした。


「『レディの背中に気安く近付くものじゃないわよ?』」


 テレリがそう口にすると同時。シセラの爪が背中へと触れそうなタイミングで彼女は弦を弾いた様な煌びやかな音色を耳にする。


 直後、横腹を何処からともなく発生した音の衝撃波により強打し全身を弾かれてしまい、後数ミリの所で届く筈だった爪は、テレリを傷付けずに虚しく空を切った。


「がっ!? ぐ……はぁっ……!!」


 宙空へと投げ出されたシセラは、自身が飛ばされた方向を目端で見遣り、そこに障害物があるのを確認すると鈍痛が滲む身体を無理矢理捻り、その障害物の側面へと着地。


 すかさず障害物を足場にし全身で蹴り込み、テレリへ向けて大きく跳躍する。


「『やる事がワンパターンなんじゃない?』」


 牙を剥きながら迫るシセラに対し、テレリは余裕綽々と挑発して見せると自身の肩からガントレットの甲までを四本の真っ直ぐな糸で繋ぎ、それをもう片方の手で弦楽器を奏でるように弾く。


 テレリの魔力が流し込まれていた糸は弾かれたのと同時に《音響魔法》を発動。一つ糸を弦楽器のように弾く度に小さな、けれども芯まで響く様な音の弾丸を放ち、迫るシセラへと一斉に注がれた。


「舐めるなっ!!」


 無数の音の弾丸がシセラに触れようとした直後、彼女は再び《炎化》を使い身体を炎へと変える。


「『バカねっ! ワタクシが奏でる音は空気を激しく振動させているのよ? 炎だからって影響を受けないわけじゃないわっ!』」


 テレリの言う通り、放たれた音の弾丸が炎となったシセラに触れる度に彼女の炎が激しく揺らめき、僅かにだがその体積を減らす。


「『消えちゃいなさいっ! 消えちゃいなさいっ!! いっそ炎として静かに消えてしまいなさいなっ!!』」


 意気揚々とシセラへ向けて弦楽器となった腕を奏でるテレリ。


 対して炎となっているシセラはそんな調子良さげな彼女を一瞥いちべつし、意を決するように奥歯を強く噛むと音の弾丸に身体を削られながら《魔炎》を発動した。


 途端、全身の炎が徐々に黒く滲んでいき、瞬く間にただの炎はあらゆるモノを黒く塗り潰す闇属性の特性を獲得。それまで浴びせられていた音の弾丸は黒炎に触れた瞬間から侵食されてしまい、黒炎の一部として還元される。


「ぐっ……がぁぁっ!!」


 《魔炎》を発動した事で闇属性の侵食が自身にも及び、その緻密な制御と侵食から来る苦痛に喘ぎながらも、シセラは触れるだけであらゆるものが塗り潰されてしまう黒炎を纏った牙と爪による《灼牙爪斬バーニングヴァイオレント》をテレリへと振りかざした。


「『チっ!!』」


 テレリは《音響魔法》の攻撃が逆効果だと瞬時に理解するや否や、弦楽器と化していた肩から手の甲を渡す糸を解除。


 複雑に手と指を動かし、自身と今にも黒炎が掠めそうなシセラとの間に何重にも折り重ねた糸の束を編み出し、それを盾として獰猛な牙と爪を防ごうとした。


「甘いっ!!」


 思わず漏れ出た言葉と共にシセラはすかさず《魔炎》を解除。すると《炎化》によるただの肉食獣の形をした炎の塊へと戻る。


「『なっ!?』」


 何の変哲もない炎の特性のみ持ったシセラは目の前の糸の束による盾を貫通。意志を持った火炎は勢いをそのままにテレリへと巻き付くように燃え広がり、彼女の身体を包み込んでいった。


「『い゛や゛ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?』」


 全身を数百度はくだらない火炎によって苛まれテレリは悶え苦しみ、服や髪、皮膚までもが徐々に焼け爛れ始める。


「『さぁどうだ? こうなってしまってはもう抵抗しても──』」


「『ぐぁぁ、ぁぁ……。あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁッッ!!』」


 降伏を促そうとしたシセラだったが、自身の中で燃え果てそうなテレリはそれでも敗北を認めようとはせず。


 憎々しげに炎のシセラを睨むと、今までの繊細で優雅だった動きとはかけ離れた乱雑さで手と指を激しく動かし、自身の真上と真下に円盤状の糸による膜を張り、それを自身の喉へと繋げていく。


「な、何をっ!?」


「『調子に゛ぃぃ……乗る゛な゛ぁぁぁぁっ!!』」


 刹那。テレリから放たれた膨大な魔力は上下に展開された糸による膜に触れ共鳴。


 彼女の魂の叫びが上下の膜に反射し合い音量と衝撃が爆発的に増幅していくと、テレリに纏わり付いていたシセラの炎の身体が激しく揺さぶられる。


「がぁぁっ!?」


 炎という不定形であり応用力の高い形態であるシセラの身体は、しかしその不安定さから外からの影響を通常よりもより強く受けてしまう。


 結果、テレリの繰り出した必死の絶叫は炎のシセラを凄まじく揺らし、その余りの苦痛さに無意識に《炎化》を解除してしまい、地面を滑る様に投げ出される。


「『はぁ……はぁ……ぐ……』」


 火炎から解放され、テレリは冷たい外気に晒され小さな癒しを享受しながらもその場に崩れ落ち、全身を襲う重度の火傷による激痛に顔を歪ませる。


「ぐ……あ゛ぁぁ……がはっ」


 一方シセラは、まるで身体の細胞一つ一つを激しく振動させられたかのような不快感と凄まじい疼痛とうつうに身悶えし、込み上げて来る異物感に耐え切れずその場で少しばかり吐血した。


「『はぁ……はぁ……』」


「ぐふっ……はぁ……はぁ……」


「『はぁ……あ゛ぁ……よ、ぐも……』」


 身体中が見るも無惨に焼け爛れ、数分前の美貌が見る影も無くなってしまったテレリは湧き上がる憤怒を抑えられず身体を震えさせ、怨恨滲む目でシセラを睨むとおもむろに立ち上がった。


「『畜生風情が……ワタクシの……ワタクシの身体をよくも゛ッッ!! こんな……こんな有様に゛ぃぃぃッッ!!』」


 テレリは両手と指を今までの比ではない程に細かく素早く、そして荒々しく動かすと、未だダメージから立ち直れずにいるシセラのをドーム状に囲うような形で聖糸リンダールが展開され始める。


「ぐっ……やはり、糸は焼けな、かったか……」


 悔いるように周囲に折り重なって行く聖糸リンダールを見遣り、シセラはポツリと呟いた。


「ああ……。あの方の言う通り……。私では、アレには……」


 シセラは走馬灯が如く思い返す。


 この日の為に積み重ねて来た、訓練の最中での一幕を──






『今回相手をして貰うテレリは、お前とは非常に相性が悪い』


 クラウンから様々な戦略、戦法を学ぶ直前。彼は初っ端の第一声にそう、シセラに言い放った。


『相性が悪い……で御座いますか?。具体的にどのように?』


 流石のシセラもコレには多少困惑したものの、内心ですぐに気を取り直し、何か解決策は無いのだろうかという意味を込めてクラウンへと問い返す。


『お前の基本的な戦法は炎と黒炎を使い分けた直接的なものが主となっているな? 自身の身体を《炎化》させて攻撃と防御を両立させ、爪と牙によって一気呵成に攻め立てる……。実にシンプル且つ厄介な戦法だ』


『はい。私自身、肉体的な防御力はそこまで優れていません。なので苛烈な攻撃で敵に反撃の隙を与えず、反撃に出られても《炎化》にて攻撃を透かすのが、私なりの戦法です』


『ああ。仮に炎による対策をされたとしても、闇属性を炎に付与する《魔炎》を利用する事によって状況を一変させる事すら可能だ。これを突破出来る者はそう多くないだろう』


 一応シセラも《炎魔法》ならばある程度は使える。だが本人の気質に合わないのか殆ど使わず、もっぱら技スキルを磨く為だけにのみ利用してきた。


 それにわざわざ不慣れな《炎魔法》を使いチマチマと敵を弱らせるよりも、直接炎を纏わせた爪や牙、そして尻尾で攻撃する方が迅速且つ確実であると、シセラは信じている。


『だが今回の相手──テレリこそが、その多くはない者の一人だ』


『……』


『奴の基本戦術は聖獣シェロブの糸が使われた聖糸リンダールを利用した立体的で変幻自在な技だ。強力な一撃を容易に弾き、僅かな隙にも反撃を捩じ込む。例えお前が全力で連撃を放っても反撃される可能性は高い』


『……成る程。ならば《炎化》にてこの身を火炎と化し、焼き払ってしまうのは?』


『タイミング次第だな。奴が愛用する魔法音響魔法は、聖糸リンダールを媒介にしてその凶悪性を増す。〝鳴り響く〟特性は物体に対する影響は勿論、空気を震わす性質上、不定形な現象にまで効果が及ぶんだ。当然、炎に対してもな』


『っ! な、ならば《魔炎》にて侵食を……』


『聖糸リンダールは聖獣由来の素材が使われた聖具だ。その内には微量ながら光属性が含まれていて闇属性とは相剋してしまう。近縁である霊樹素材の私の道極どうきょくで軽く実験をしてみたが、お前が扱える闇属性程度では相殺されてしまうだろう』


『そ、れは……』


『解るか? 今回の相手がどれだけお前に都合が悪い敵なのか』


『……私は』


『ん?』


『私は、勝てるのですか? そんな相手に──』






 目に見えて完成が近付く聖糸リンダールのドームを見上げ、シセラは身体から力が抜けていくのを感じた。


 《魔炎》を満足な調整も出来ないまま発動してしまった反動と、先程受けたテレリの《音響魔法》によるダメージが重なってしまい身体が言う事を聞かなくなってしまっていたのだ。


(嗚呼……なんて情け無い……。あの方の──クラウン様の魔獣として新たに生まれ変わったというのに、私は何も為せていない……)


 シセラは密かに思い悩んでいた。


 ここ最近シセラはクラウンに呼び出される回数が減り、活躍や彼の役に立つ事が比例して無くなっていた故だ。


 やる事といえばクラウンの精神的な癒しの為にたまに膝上で撫でられながら丸まって寝る事と、《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》内に居る微精霊の息子を見守る事くらい。


 少し前まで駆り出されていた情報収集は後輩とも言えるムスカに席を譲り、戦闘にいてもクラウン自身が強くなり、且つ優秀な身内も増えた事で、その教育の為に優先順位が已む無く下げられてしまった。


 決して邪険にされたり、疎まれたりはしていない。寧ろクラウンはシセラを如何いかに活躍させられるか、彼女が不安や不満を溜め込まないかをちゃんと気にし、気を遣っていた節がある。


 その結果の一つが、学生の戦闘訓練にて不甲斐ない姿を見せていたヴァイスの監視やその後のハウンドウルフの群れの処理。そして今回のヘリアーテと組んでエルフの強敵を相手取る作戦なのだ。


 故にシセラは強く決心していた。


 絶対不利なテレリを打倒して見せ、主人であるクラウンに自分の新たなる可能性を示し期待に応える……と。


 しかし……。


(結局私は……。相性の良し悪し程度で簡単に敗北してしまう実力しか持ち合わせていないのか……)


 散々訓練を重ねた。テレリの情報を頭に叩き込み、倉庫内の障害物の配置を覚え奴が張り巡らせるであろう糸の挙動を把握し、糸に関する戦術や可能性、《音響魔法》の性質の全てを学びに学んだ。


 だが、それでも相性という深い溝を埋めるには少しばかり足らなかった。あと一歩、届かなかった。


(私は……クラウン様の、期待に……)




『諦めるのか?』




(──っ!?)


 その時、シセラの頭の中に唐突に声が響く。


 老若男女あらゆる声音が混ざったような歪んだ声音は、感じ取るだけで肌を粟立たせるに足る違和感を生じさせるが、そんな声に彼女は聞き覚えがあった。


 それはあの日……大精霊としてクラウンと出会い、彼の魔獣シセラとして生まれ変わった日の事。彼女は一度、その存在と〝面会〟している。


(貴方は……《強欲》?)


 シセラが自信無さげにそう問い返すと、声は可笑しそうにケタケタと笑いながら肯定する。


『ふふふ。流石に忘れてはいないなぁ。そう《強欲わたし》だ。愛しいシセラ』


 愛しいなどと言われ心の奥で僅かに動揺するも、シセラは今はそれどころでは無いと遅まきに気が付きかぶりを振る。


(一体何故貴方が? それにどうしてクラウン様と離れているのに会話を……)


『ふふふ。私とお前はクラウンとの間に交わされた〝魂の契約〟で魂が繋がっている。そこに空間的な距離は存在せず、私達はいつだって繋がっているんだ』


 〝魂の契約〟による繋がりの仕組みは、今現在にいて殆ど解明されていない。故に契約者であるクラウンや勿論シセラにだってその詳細を理解出来ていないのだが、その一端を、どうやら《強欲》は理解しているらしい。


『ああそれで何故私がお前に接触したかだが……。端的に言ってしまえばこうだ──




 シセラ。力が欲しくはないか?』




(……え)


 それはある種の光明。


 諦念という底なし沼に身を沈ませようとしていたシセラの目前、水面から差し込む細く微かな光の筋。それを《強欲》からの言葉に見出したのだ。


『今のお前ならば、少々無理をすれば〝とあるスキル〟の習得条件を満たすだろう。そしてそのスキルはお前という存在を一つ上の階層へ押し上げ、あの程度の小娘程度ならば赤子の手を捻るが如くあしらえる……』


(そんな……そんな都合の良い事が……何故今?)


『都合が良い? 随分と謙遜するんだなぁお前は。魔王の魔獣ならばもっと傲慢に振る舞ってこそ格好が付くと思うんだがなぁ?』


(いや、しかし……)


『お前はクラウンの──そして何より《強欲わたし》の影響をより濃く反映されている存在だ。私達が強くなれば必然お前も強くなる。それに……』


(それに?)


『……いや。ネタバレをし過ぎるのはつまらんからな。そこはまたお預けだ』


 無駄に焦らされたシセラはそこに若干の煩わしさを感じるも、《強欲》がクラウンの根幹である事が引っ掛かり口から出かけた文句を飲み込む。


『それで? 無理をしてでも新たなスキルを手に入れたいか?』


(……無理、ですか)


『ああ。手に入れ発動すれば先告した通りあの小娘如き容易に捻れよう。だが……』


(な、なんです)


『慣れていない内──とりわけ手負の今のお前では発動に際する負荷はより重く、発動時間は限り無く短い。加えて使用後の負荷も考えれば二度連続での発動は命取りになるだろうな』


(そ、れは……)


『《強欲わたし》とてそれは望んでいない。お前が傷付き過ぎれば私達にも影響が及ぶからなぁ』


(……)


『だがそこを気遣い過ぎるのは余りに謙虚だ。やるからにはワガママに、強欲にッ!! 力を手に入れながら自らの限界を見極め且つ勝利を収めるッ……。それこそが、私達の──「強欲の魔王」の魔獣に相応しき存在だろうッッ!?』


(……成る程)


 《強欲》に諭され、自分の中にあった違和感に合点がいく。


 それは遠慮。


 自分の立場を譲り、機会を譲り、自分に言い訳をしながら慰めていたがその実、自らの傷に塩を塗っていた事に気が付いたのだ。


(私は……そうか。《強欲》の……貴方の力を手にした魔獣。謙虚では、遠慮しては私は成長など出来ないっ!)


『ああそうだともッ! さあシセラッ! 今こそその内なる〝強欲〟を目覚めさせなさいッ!! お前はそうッ!! 「強欲の魔獣」なのだからッ!!』






「『アハハハハハッ!! ぶっ潰してやるぶっ潰してやるッ!! ワタクシの奏でる音圧でぇッ!! ぐっちゃぐちゃの肉塊にしてあげるわよぉッッ!!』」


 シセラに覆い被さる様に聖糸リンダールによるドームが完成し、テレリはそのドームと自身の喉へ糸を幾本も接続。


 鋭い痛みが走り、近く限界を迎えそうな予感を感じながらも構わず繋いだ糸に魔力を送り、肺一杯に空気を吸い込む。


「『轟き潰れろッ!! 「圧し殺す轟音ブルンダートン・ゼクフェチット」ッ!!』」


 そして糸を通して伝導する破滅の《音響魔法》による魔術。


 それを受けた黄金色のドームは凄まじい速度で振動を初め、辺りの地面に巨大な亀裂を生じさせながらドーム内に無音すら作り出す轟音が鳴り響いた。


「『キャアハハハハハッッ!! さぁさぁさぁさぁミンチに成り果てなさいッ!! ワタクシの為ぇ……謙虚にワタクシの戦果の一部にぃ──』」


「成る程。クラウン様の記憶にある〝でんどうまっさーじ〟というのは、このような感じなのですかね」


 その声は、本来聴こえる筈もない程に小さな呟きだった。


 しかし耳をつんざくような轟音の中でその声は重く広く響き渡り、テレリの鼓膜を震わせて背筋に怖気おぞけを走らせた。


「『なっ……。なんで、声が……』」


「『知れた事。そんなもの私が──』」


 直後、黄金色のドームはその場で唐突に黒炎によって大炎上する。


「『私が貴様より強くなっただけの事だ』」


 光属性を含む聖糸リンダールはそんな黒炎を受け最初僅かに抵抗するも、その余りにも膨大な闇属性の奔流に押し返され、黄金の発色は徐々に鈍り出しドームの形が崩れ始める。


「『ッ!? わ、ワタクシの聖糸リンダールがッ!!』」


「『安心しろ。一時的に性質を鎮めただけだ。こんな貴重な武器を駄目にしてしまっては勿体無いからな』」


 黄金色のドームは完全に色を失い、崩れ始めた事でテレリの「圧し殺す轟音ブルンダートン・ゼクフェチット」はいつの間にか止む。


 そしてその中から姿を現したのは血色の魔獣。


 戦闘形態であった大型肉食猛獣の時よりも二回り程体格が増し、赤黒かった体毛は赤みが増して血色へ変化。


 体表には黒炎を模したかのような模様が全身に走り、隆々と筋骨が発達。主人と同じような黄金色の瞳は宝石の様に鮮やかで艶やかに煌めき、口元には刃の様な巨大で鋭利な犬歯が覗く。


 そして彼女の後方で揺れる〝二本〟の尻尾の先には黒炎が灯り、圧倒的な威圧感と妖しさを放っていた。


「『な、さっきの、猫なのッ!?』」


「『ええ。私はシセラ。「強欲の魔獣」であり、貴様を屈服させる畜生だ』」


「『な、なんなのよ……。なんなのよッ!!』」


「ふふふ。さあ。まずは試してみましょうか。ユニークスキル《魍魎クハシヤ》、その力をッ!!」


 瞬間、シセラは黒炎を全身に纏い身構える。


 そんな彼女の口元は、何処かの誰かにそっくりな程に吊り上がっていた。

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