序章:望むは果てまで届く諜報の目-8

 

 暫く私は男のギルド員に遺跡についての判明している情報を説明した。


 判明しているのは、その遺跡の推定出来る年代は約千八百年前の物であり、当時栄えた文明が残した何かを祀る為の建造物の可能性が高い事。


 遺跡に刻まれた断片的にだが読み取れた古代文字は当時の人族が使っていた物で、加えて隣国の獣人族を象ったと思しき像が僅かに見付かった事から獣人族の国の近くである可能性もある。


 それら判明している事実から推測される答えは──


「以上から、多分ですけど……。現在の帝国領辺境と獣人族の国の境界線周辺なのではないか……と」


 ここまでは恐らく合っているんだ。だが肝心なのは──


「しかし境界線周辺と言っても範囲は広いですし、歴史を調べてもそんな遺跡が該当する場所にあるという情報が見付からなかったんですよね……」


「成る程成る程……。ご自分で調べたのですか?」


「ええ。見ての通り私は魔法魔術学院の生徒なのですが、学院の図書室は殆どが魔法関連の書物でして。そういった歴史や遺跡なんかの書物、書籍は種類が余り多くないんですよ」


「ほぉう。ですがそれでもそこまで判明出来たのは素晴らしいですね」


 的を絞って二人掛かりで三時間掛けて漸くそれだけの情報を手に入れたが、結果場所が分からなければ意味がない。


 これで冒険者ギルドでも場所が分からなかったら──


「では頂いた情報を元にコチラで調べて見ます。少し時間が掛かると思いますのでギルド内でお待ちください。余り居心地は良くないでしょうが……」


 周りを見てみれば、入って来た頃よりは若干落ち着いているが、それでもまだごった返している。


「いえ、待たせて頂きます」


「はいっ。おっとぉ……その前に……」


 ギルド員は何かを思い出す素振りを見せると、机の下から一枚の羊皮紙を取り出し、コチラに差し出して来る。


 そこには大雑把にだが様々な確認事項を記入する空欄が設けられており、頭の方に「御依頼書」と書かれている。


「ここからの作業は料金が発生しますので、その同意の旨とお客様のお名前をお願いします」


「料金は如何程に?」


「そうですねぇ……。学院の図書で見付からないレベルの遺跡になりますとぉ。ちょっとお値段が張るかもしれませんし、逆に格安になる場合もございますね」


「……理由を聞いても?」


「単純な話ですよ。著名でない遺跡や神殿ですと、基本的には未踏破か調査済み且つ重要性低度の二極なんです。未踏破の場合、そこに眠る遺物や歴史的遺産如何によってはそもそも素人に紹介出来ませんし。重要性低度の調査済みの物は……言い方はアレですが、価値は低いので……」


 ふむ……。成る程。だがそれだと──


「その場合、いざ依頼しても私が料金を払えない値段になる可能性もあるのでは?」


 そうなって高額金を請求されるのだとしたら最早詐欺になる。栄えある冒険者ギルド総本山がそんな事……。


「ああっ! それはご安心をっ! その重要性が判明した時点でこちらから再度お客様にお知らせしますっ! 低度の物でしたら紹介料を、未踏破の場合は寧ろ情報提供の協力料としてコチラから謝礼金が払われますっ!!」


 成る程。非常識な値段を請求はされないわけか。ただ私の探している遺跡が未踏破の物だと厄介だな。


「……仮に未踏破の場合、その情報を私が得る事は……」


「残念ながら、叶いません。素人に未踏破遺跡を荒らされるのはプロとして見逃せませんので。ですからその代わりに、コチラから協力料として情報提供の謝礼を払わせて頂いていますので……」


 むう……。その場合は最悪私自ら探さねばならんか……。だが今は兎に角。


「分かりました」


 私は差し出された羊皮紙に羽ペンにインクを付けてから空欄を埋めて行く。


 流石にこんな形に残る物に偽名やら偽りの情報を書くわけにはいかないので問題無い範囲で記入していく。


 幸い残してマズイ事を書かずに済みそうだしな。


「……出来ました」


「はい……。はい、はいっ、確認しましたっ! それではコチラで調査しますので少々お待ち下さい」


 ギルド員はそのまま幾つかの資料を抱えて私に笑顔を向けてから窓口の奥へ消えて行った。


 さて……。ちょっと暇が出来たな、どうするか……。……取り敢えず、ティールとユウナの元へ行って──


「だからっ! 顔見せてみろってっ!!」


 私が視線をティール達が居るベンチの方へ向けるのと同時、そんな怒号が視線の先からギルド内に響いた。


 ……なんだ?


 嫌な予感を感じた私は、先程の怒号で忙しない足を止めたギルド内の人だかりを掻き分けて声の元へ向かう。


「いや、だからっ! なんでわざわざアンタに見せなきゃなんねぇんだよっ!」


 そんな怒号に反撃する形で答えたのはティール。ベンチから立ち上がり、震えて怯えるユウナの前に出て庇っていた。


「さっきから言ってんだろうがっ! 俺の仲間が、ソイツからエルフの匂いがするんだってよっ!!」


 見た所、ティール達に難癖を付けている連中は三人。格好や体躯、言葉遣いからギルド員等ではないだろう。雇われの冒険者か──いや、粗暴さからいって魔物討伐ギルドの職員か……。


「匂いって……。それってやっぱその獣人族の?」


「そうだっ! コイツは狗型獣人に加えて《嗅覚強化》のスキル持ちだぞっ? そんな奴がエルフ臭いつってんだっ!! ホラっ、顔見せてみろやっ!!」


 男はそう言ってティールの肩を掴んで退かそうとするが、そんな手をティールが振り払う。


「いや、あのよっ。コイツ女の子だぞ? そんな子が顔見られたくないってフード目深く被ってんのに、そんな難癖付けて無理矢理見んのか? 男として恥ずかしくないのかよっ?」


 こうして聞いてみると、私とティールが初対面した時のコイツの言葉は、案外本心だったんだな。フェミニストと言えば大袈裟になるかもしれないが……。紳士的ではある。


「あ゛ぁ? 知るかよっ!! いいかお坊ちゃん……。エルフは人族の怨敵だ。昔っから睨み合ってる宿敵だっ!! そんな奴がこんな場所に居んのは怪しいだろうがっ!!」


「だからこの子の顔拝んで、エルフだったら容赦しないって?」


「ああそうだっ!! 怪しいエルフは、俺達が正義の鉄槌を下してやらないとなっ!!」


「……フフッ」


 男の言葉を聞き、ティールはこの空気に異を唱える様に思わずといった風に吹き出す。それに対し、男は何事かと表情を固まらせる。


「あぁ……いや、悪い……。せ、正義とか、陳腐な事急に言い出すもんだから……つい……。ふ、フフッ」


 そんな火に油を投下する様な発言に、男は顔を真っ赤にして額に青筋を立てながらティールの胸倉に掴み掛かる。


「テメェ……。学院の生徒だからと下手に出てりゃあつけ上がりやがってっ!!」


「いや、だから悪かったってっ!! なんかこう……もう一人の連れが居んだけど……そいつ見てると、そういう正義だとかの言葉が陳腐に思えて……」


「もう一人の連れだぁ?」


「ああうん。多分、お前みたいな薄っぺらい奴の事が虫唾が走るくらい嫌いな……。今からお前の肩を掴む、おっかなぁぁい連れ」


 ふう。やっと着いた。


 私はティールの胸倉を掴み上げる男の肩に手を掴む。すると男は私に睨みを利かせた表情で振り返って来る。


「私の二人の連れに……随分迷惑を掛けてるなぁ?」

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