序章:望むは果てまで届く諜報の目-7

 

 扉を潜ったその先では、波の様に忙しなく人が行き交っていた。


 束になった羊皮紙が積み上がって出来た塊を両手で抱えた人が奥へ走れば、仕事道具や素材なんかが詰まっていそうなリュックを幾つも肩からぶら下げた人が受付でギルド員と口論している。


 端に設置されたテーブルでは巨大な地図を広げながら数人で何やら議論を交わしているし、支柱の側では何かしらの生き物をかたどった手の平サイズの石像を仲間同士で意見交換をしている。


「すげぇな……。俺達、場違いじゃないか?」


 ティールはそう言って目の前の人混みに目を見張り、無言のままのユウナは私に隠れる様に盾にしながら震えている。


 ユウナは自身の素性を隠そうと必死だが、その挙動不審振りのせいで目の前を通り過ぎる人から変な注目を集めてしまっている事に頭を抱えたくなる。


 こうなる事が分かっていたから私は付いて来ると言った時に十分注意したのだが──


『だ、大丈夫ですっ。これでも十七年間、伊達にコソコソ生きて来てませんからっ! それくらい余裕ですっ!!』


 そう言って憚らないから許したにも関わらずこれだ……まったく。


「あのぉ……」


 私が本当に頭を抱えようとした直前、そう遠慮がちに一人の女性が声を掛けて来た。


「何かお困りですか?」


 続けてそう聞いて来た彼女の方を見て私は察する。


 彼女の着ている服装はここ冒険者ギルドのギルド員の制服であり、私達に声を掛けて来たのは何やら入って来るなり立ち往生しているのを見兼ねての事だろう。


 はあ……。なんだか情けなくなって来た。


「ああ、いえ。実は少しコチラに用事があり伺ったのですが。連れの一人が人の多さに少し怯えてしまって……」


 私がそう言うと、ギルド員は私の後ろに隠れフードを目深く被った、場合が場合なら不審者この上ないユウナの様子に得心したように唸る。


「ああ……成る程っ。ご安心下さい。たまに居るんですよね、この人の多さに怯えたり気分悪くしちゃう人……」


「ほう……。そうなんですか」


「はい。宜しければお連れの方、座って少し休まれますか? 多少はマシになるかと思いますよ」


 そう言ってギルド員が指をさしたのは、窓際に設置されている木製ベンチ。今は運が良いのか誰も座っておらず空席となっている。


 ……ふむ。ここはティールに任せて私だけでちゃっちゃと目的を済ますか……。


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて……。ティール。ユウナと一緒に言われたベンチで待っててくれ。私は目的を済ませる」


「えっ!? ……あ、ああ……。うん、分かった」


 一瞬驚いたのは「俺がハーフエルフとっ!?」と内心で叫んだからだろう。まあ、それを押し殺して承諾してくれたのだ。何も言うまい。


 私がティールの肩を軽く叩いて簡単に鼓舞した後、ティールはユウナを連れ大人しくベンチへ向かう。


「あっと……。それで、ご用件の方は?」


 二人がベンチに座ったのを確認すると、改めてギルド員が私にそう訊ねて来る。さて、漸く本題だ。


「実は探している遺跡がありまして。ここでなら場所が判るのでは……と」


 字面がなんか凄い事になってしまっているが、事実をそのまま口にしたらこうなるのだ。仕方がない。


「い、遺跡……ですか?」


 ギルド員も私の予想外の用件に多少動揺するも、すぐさま接客用の顔に戻し、用件を解決する方法を考え始める。


「そうですねぇ……。こちらで一旦調べてみますので受付までお越し下さい。詳しい話はそちらでしましょう」


 そう言い彼女は私を専用窓口へ案内する。


「……いつもこれだけ人が集まるんですか?」


 ちょっとした雑談がてら聞いてみると、ギルド員は生気のない空笑いをする。


「ははっ……。いつもでは無いですね。多い時は多いですけど、ここ三日間程のは中々無いです」


「成る程」


 恐らくは外出禁止令の揺り戻しが来ているのだろう。冒険者にとって外出禁止など子供に遊ぶなと言い渡されていたような物……。積もり積もった我慢が爆発しているのが、この現状なのだろうな。


「はい。ではこちらで少々お待ちを。詳しい職員を呼んできますので」


 窓口に着くと、ギルド員はそう言って窓口の扉を潜り奥へ向かって行く。


 それから待つ事数分。窓口に現れたのは中肉中背で白髪が混じった髪と口髭を蓄えた中年男。男は羊皮紙の束を重たそうに抱えており、それを傍に置くと、背中を伸ばしながら腰を叩く仕草をする。


「痛たた……。急に重い物持つもんじゃないな……」


「……」


「ああっ、すみません、お見苦しい所を……。この頃の忙しさのせいかどうも腰が……」


 男は腰を摩りながら苦笑いを浮かべる。窓口に現れたし、ギルド員の制服を着ているかられっきとした職員なんだろう。どうも気が抜ける顔だが……。


「それでええとぉ……。遺跡ぃ、をお探しで間違いないですか?」


 ギルド員は先程運んで来た山積みの資料の一番上を手に取って広げながら私に再確認をする。


 そりゃあ魔法魔術学院の制服を着たまだ十五の男が遺跡探してるなんて状況はそうそう無いからな。これくらいが普通だ。


「ええ。間違いないです」


「そうですか、成る程ぉ……。付かぬ事お伺いしますがぁ、遺跡を探してぇ、何を?」


 ……まあ、聞かれるか。だが正直に答える訳にはいかないな。ここは──


 私はスキル《虚偽の舌鋒》を使い、自身の嘘に補正を掛けてからデタラメを口にする。


「実は実家の物置を先日整理していましてね」


「はいはい」


「そうしたら古い木箱が見つかりまして。中を見てみたら何枚かのデッサンが入っていたんですよ」


「ほう、デッサンですか」


「はい。そしてその内の一枚に、何やら遺跡を描いたらしき物がありましてね。ちょっと興味を惹かれたんですよ」


「成る程」


「それで何の気無しにその遺跡がどんな物か調べては見たのですが……」


「それが分からない……?」


「はい、仰る通りです。それでじゃあ遺跡に詳しい場所とは……。と、なりお邪魔させて頂いたわけです」


 当たり障りのない、それっぽい理由。更にこれはあくまで〝探している理由〟であって〝探してどうするか〟は答えていない。


 別に実際遺跡に何かしらするわけではないから聞かれても困らんが、信用されないだろうからな。


 だからちょっとだけニュアンスを変えつつ話題をすり替え、勝手に納得してくれそうな物にしたのだが……。はたして……。


「ほぉう。ええ、ええ分かりました。私としてはそのデッサンをお描きになった方も気になりますが、理由は承知しました」


 ……よし。


「それで……そのデッサンの実物はあったりは──」


「ああすみません。何ぶん古い物でして、下手に扱うとボロボロに……」


「ああ、それでしたら構いませんっ!では代わりにその遺跡の特徴等は──」


「それならば事前に調べて分かった事が数点ありますので、お答え出来ます」


「でしたら、早速お願いします」


「はい。まず年代なのですが──」

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