第六章:殺すという事-7

 

 珠玉御前会議から約一ヵ月が経過した。


「はぁ……はぁ……」


 私はいつもの日程をこなしながら、もうじき来るであろう監視砦攻略任務の勅命を待っていた。


「先程より動きが良くなって来ましたねっ! その調子ですっ!」


 未だに勅命が出ていないのは非公式の会議で決定した攻略任務故に他貴族や有識者にも納得のいくような相応の理由が必要になり、その根回しに思っていたより時間が掛かっているらしい。


「はぁ……はぁ……くっ!」


 まあ私としては都合が良くもある。


 あの時手元にあった武器は砕骨と間断あわいだちの二つと予備の雑多な武器のみで、残りの武器達はノーマンに預けたままだった。


「まだ行きますよっ!!」


 二つの武器でも砦攻略は不可能ではないだろうが、頼んでやって来る筈のエルフの強敵を必ず仕留められると考える程自惚れてはいない。


 自分から頼んでおいて敗北するなど恥晒しも極まる失態だ。


 故にやるならキッチリ準備を万全にして挑む。油断など微塵も無くだ。


「はぁ……はぁ……ふぅ……」


 この一ヵ月様々な準備を進めていた。


 ノーマンからは燈狼や障蜘蛛を始めとした幾つかの武器を受け取り、潜入エルフの取り調べも終わった。


「動きが鈍って来ましたよっ! 疲れてきましたかっ!」


「はぁ……はぁ……ま、だですっ!」


 砦攻略のメイン戦力となるヘリアーテ達も満遍なく鍛えているし、私自身も漸く師匠から魔法や魔術の教えを受けられている。


「……いえ、終わりにしましょう。クラウン様っ!」


 猛獣形態のシセラからの呼び掛けに、私は練習中の《嵐魔法》を中断させてシセラと肩で息をするロリーナの元へ歩み寄る。


 ここは学院内にある稽古場の一つ。いつものように授業が終わったロリーナに稽古をつけていた。


 ただ今回は私が作ったコピーゴーレムではなく、シセラが相手だ。


「上々か? シセラ」


「はい。始めた頃に比べれば格段に動きが良くなっています。私も幾度か避け損ねそうになった程ですよ」


「それは重畳。ロリーナ、ほら飲みなさい」


 ポケットディメンションを開き、その中から水筒を取り出して中身をコップに注ぎロリーナに差し出す。


 水筒には私が作った簡易的な経口補水液。水、砂糖、塩、レモン汁で作っているから前世の本格的な物より効果は薄いかもしれんが、今用意出来るものでは最良だろう。


「ありがとう、ございます……」


 ロリーナは私からコップを受け取るとそれを傾け中身を口に含む。余程喉が渇いていたんだろう。一気に中身を飲み干し、息継ぎの為に息を吐く。


 彼女の運動後に紅潮した頬とその吐息が妙に艶かしく、私の中で何かが掻き立てられるが、それを理性で無理矢理抑え込む。


「……私……」


「ん?」


 少し俯きがちになったロリーナがポツリと呟いたのを耳にし、そのまま聞き返す。


「私、強くなっているのでしょうか?」


 ロリーナへの訓練はシセラを導入している事からも分かる通り以前よりも厳しめにしていた。


 その理由は珠玉御前会議を終え、ヘリアーテ達四人を初めて鍛えていた時の事まで遡る。


 何処から聞き付けたのかロリーナが砦攻略の件を私に問い詰めに来たのだ。


 どうやら師匠が口を滑らせたらしく、師匠は師匠でロリーナはもう知っているものと思っていたらしい。


 当初私はロリーナを始めティールは勿論、ユウナを戦場から遠ざけ、安全圏に居て貰おうと考えていた。


 ティールに魔法や武器を使った戦闘など期待出来ないし、ユウナはエルフからすれば裏切り者。加えてハーフエルフである彼女の外見はどちらかと言えばエルフ寄りである為に味方から誤って攻撃されかねない。


 ロリーナに関しては甘いと言われるかもしれないが、彼女に殺しをして欲しくなかったというのが大きい。


 彼女には手を汚して欲しくない。どうしてもというならば私が代わりに汚そう。そう考えていた。


 しかしそれをロリーナにやんわりと伝えた所──


『私は貴方にとって、そんな宝石のように扱われなければならない存在なのですか?』


 そう真っ直ぐな目で見詰められながら言われてしまった。


 そんなつもりは無かったのだが、彼女は自分が役に立てない事を極端に嫌がる。特に私の役に立とうとしてくれる傾向が度々あったのだが、今回もそういう事らしい。


 私の為にと動いてくれるのは本当に嬉しいし、実際彼女には様々な面で助けられている。努力家で何事にも手を抜かない精神性は尊敬も出来る。


 だからこそ私は彼女には余計な苦労を背負って欲しくない。そう考えた結果の考えだったのだが、私のその後の説得も、彼女は受け入れなかった。


『他者を殺すという事は君が想像しているよりも遥かに重たく苦しいものだ。私は君にそんな重いものを背負って欲しくないし、そんな思いもして欲しくないんだ』


『エルフとの戦争が始まるという瀬戸際でそんな覚悟も持ち合わせていない人間にはなりたくありません。それに貴方だけに背負わせるなんて私が我慢出来ないんです』


『だがロリーナ……』


『……貴方は、私を好きだと言ってくれた』


『……』


『今の私は、それを正しく受け止められるほど大人では、ありません……。ですがいずれちゃんと、応えられるだけの成長をしたいと、思っています』


『ロリーナ……』


『私は未熟で、中途半端で、何一つ秀でたものを持たないつまらない人間です。ですがっ!』


『……』


『貴方が胸を張ってい続けられるような……貴方と同じものを背負って隣に並び立てるような人間に、私は成りたいんです』


 好きな女がここまで言ってくれている。


 そしてそこまで想ってくれている。


 そんなロリーナの言葉を、私は無碍むげには出来なかった。


 故に私は彼女にも砦攻略に参加してもらう事にしたのだ。


 未だに命を奪う経験をさせる事に私の気持ちは否定的だが、彼女は真正面から覚悟を聞かせてくれた。私がそれに応えなければ漢が廃る。


 だからこうしていつもよりロリーナの訓練をキツくし、不測の事態に備えて人型以外の動きにも対応出来るよう鍛えていた。


 だが一ヵ月鍛えている現在、彼女の中で疑問が出来てしまったらしい。珍しく弱音を口にした。


「シセラには私から日々少しずつ本気を出すよう言っている。それに対応出来ているという事は着実に腕を上げているという事だ」


「実感が湧かないんです。……すみません、ワガママを言って……」


「いや、君のワガママなら喜んで叶えよう。そうだな……」


 彼女に手っ取り早く成果を実感してもらう術か……。そうだな……。


「来たわよぉ……」


 聞き覚えのある声に振り返ってみれば、そこには眠た気な表情をしたヘリアーテ達四人が気怠そうに歩いて来ている所だった。


「随分と眠たそうだな」


 私がそう指摘すると、グラッドが大きく欠伸をかく。


「今日座学ばっかりだったんだよねー。お陰で身体ガチガチでさー」


「おう。身体動かしてぇんだ。早く訓練してくれねぇか?」


 ディズレーがやる気十分とばかりに肩を回しこれから存分に身体を動かせると期待して口角を吊り上げる。


 ふむ。丁度良い試金石だな。


「よし。なら今日は一人ずつロリーナと試合だ」


 その一言に四人は揃って「え?」という分かりやすいリアクションをし、名指しされたロリーナも咄嗟に顔を上げる。


「えっ、私、ですか?」


「成果を実感したいんだろう? なら彼等は丁度良い」


 少し困惑しながら彼等を見たロリーナは私に駆け寄り心配そうな顔を見せる。


「彼等がどれほどの実力者かはキャピタレウス様から聞いています。……正直、私では……」


 そう再び俯くロリーナ。


 確かにヘリアーテ達四人の実力は折り紙付きだ。それは私が身を以て実感したし、鍛えていく中でもそれを確かに感じた。


 だが私としては既にヘリアーテ達よりも今のロリーナの方が魔法でも武器術でも腕は上だと思っている。


「大丈夫だ。君は君が思っているよりも強くなっている。彼等よりもな」


「私が……」


「安心しなさい。私が保証する」


「……はい」


「ちょっとっ! イチャイチャすんのはいいけど早くしてよねっ! 私達は身体動かせればなんだって構わないんだからっ!」


 軽いストレッチをしながら急かしてくるヘリアーテに思わず溜め息を漏らしそうになるのを堪える。


「まったく……。じゃあまず簡単にルールを設定しようか」


 シンプルでいい。


 フィールドは床に敷かれている十八メートル×九メートルの白線内。


 一対一で戦い、白線を出るか降参したら敗北。後は無いかもしれんが魔力切れや体力切れ、または怪我の具合では私が戦闘続行の判断をしよう。


 武器は使って構わないが使うのは私がノーマンから借りている見本用の武器達から選んでもらう。流石に真剣は使わせない。


 まあ鈍器としては十分凶器だが、いざとなったら私が止めに入ろう。


 魔法に関して殺傷力があるものは禁止。防御や牽制、相手を封じるといった類のものにのみ限定した。


「ちょっとぬるくない? 私達の訓練より緩いじゃないの」


 四人相手の訓練では最初に彼等を相手した時と同じように何でもアリで行っていた。ヘリアーテはそれを不満に思ったのだろうが……。


「それは私自身やコピーゴーレムが相手だったからだ。私ならいくら傷付こうが完治出来るからな。それに万が一があったらどうするつもりだ?」


「本番に近い形の方が良いって初日に言ったのアンタでしょっ!? 今更私達こんな緩いルールでなんてやってらんないわよっ!!」


「そうそう。それに安心しなって、ボク達も加減はするからさ。大事な大事な彼女を傷付ける前に寸止めくらい出来るって」


 ヘリアーテとグラッドの言葉にディズレーが頷き、ロセッティは「それはそれで良いけどなあたし……」と小さく呟いた。


 ふむ。この一ヵ月みっちり鍛えてやった弊害か、どうやら彼等は少々増長しているらしい。まったく、教える立場というのは相も変わらず面倒ばかりだ。


 是非に及ばず、だな。


「なんだ? 真剣や殺傷力のある武器でなければロリーナに勝てないか?」


「またまた、分かり易い挑発するねー」


「今更そんな言い方されたって痛くも痒くもねぇなぁ」


「挑発? 勘違いするなよヒヨッコ共。私はな──」


 私はポケットディメンションを開き、そこから見本用の直剣を取り出す。


 そしてそれをロリーナに向かって振り被った。


 そのままであればロリーナの脳天に直剣の潰れた刃が吸い込まれ、斬れないまでも頭蓋に亀裂が入り血が出る事態になっていただろう。


 だが──。


 ──キィィンッッ!!


 私が振るった直剣の刃はロリーナが稽古で使っていた細剣によってアッサリと受け止められ、ただ金属同士がぶつかり合う音が響き渡った。


 蒼い顔で咄嗟に細剣で受け止めたロリーナが混乱しながら私を見上げる中、私は優し気に笑って見せ、直剣を退かす。


「素晴らしい」


 額に汗を滲ませたロリーナの頭を撫で、改めて四人に振り返る。


「見て分かると思うがな諸君。私はロリーナを心配しているんじゃあないんだよ」


「……あ?」


「君等がロリーナに血まみれにされるのが偲びないから、緩くしているんだ。勘違いさせてすまないな」


「……コテンパンに負かして落ち込むロリーナさんを励ます言葉、用意しておきなさいよね」


「ふふふ。いらん世話だ。その代わり君等を励ます言葉を熟考しておくとしよう」


「……ぶっ潰す」


 やる気が出たヘリアーテはロリーナに顎でしゃくり、私の握っていた直剣を奪ってから白線の内側に誘い先に歩き出す。


「……クラウンさん」


「驚かせてすまないな。だがアレが受け止められれば十分。さあ、自信を持って挑みなさい」


「……はい」


 小さく返事をし、ロリーナはヘリアーテの対面に位置する場所へ歩き出した。


 先程、見本用の直剣を受け止められたが、あれでも一応剣速に関して言えば全力に近い速さは出していた。


 それを受け止められたのだ。申し分無いだろう。


 ……しかし、まあ。


 直剣を振るい受け止められた際のロリーナの少し怯え混乱している顔を思い出し、湧き上がる小さな興奮に身震いする。


 普段の無表情や小さく笑った顔、怒った顔も好きだが──


 ロリーナの細剣を構える背中に目線を向け、思わず吊り上がってしまいそうな口元を手で隠す。


 ああいった怯えたり混乱する顔も、中々に唆るな……。まあ、私相手限定だが……。


 ……いかんいかん。今は彼女の試合を見届けなければ。


 内に湧いた嗜虐的な思考を押し隠し、ロリーナとヘリアーテの試合開始の合図を出した。

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