第六章:殺すという事-8

 

 ロリーナとヘリアーテ達四人の試合を行い、間に休憩を挟みつつ二時間程が経過した。


 全ての試合が終わった結果……。


「言ったろう? 心配などいらないと」


 ロリーナの全戦全勝。


 私からすれば予想通りだが、一番驚いているのは当事者達全員だろう。特にロリーナ本人は無我夢中で戦っていたせいか、この結果に未だ信じられないといった表情で少し困惑している。


 簡単に第一試合のロリーナ対ヘリアーテを解説すると、だ。


 私が指定した試合形式に一番不満気だった彼女が率先してロリーナの最初の対戦相手を買って出た。


 試合開始の合図の直後、ヘリアーテは姿勢を引くするとそのまま脚部に《雷電魔法》を纏わせ床を蹴り、ロリーナの目の前から姿を消した。


 私とヘリアーテが対峙した際にも使った《雷電魔法》を利用した超高速移動。私がスキルをフルで使って漸く捉える事が出来た彼女特有の戦闘スタイルであり、常人ならばアッサリ隙を突かれてしまうだろう。


 然しもの私の剣を止める事が出来たロリーナでは反応すら出来ずに初撃を受ける。ヘリアーテを含めた四人はそう考えていたに違いない。


 だが結果としてロリーナは自身の背後に高速で回り込んだヘリアーテに対し迷い無く振り返り細剣を突き立て、彼女からの先制攻撃を受け止めたのだ。


 ヘリアーテは思わず「ちょ、はぁっ!?」と声を上げたがもう遅い。その時既にロリーナは反撃の構えを取り、刀身に《光魔法》を纏わせていた。


 細剣の主な攻撃手段は突き。それも一度や二度ではなく、連続した突きを放つ事に特化しているこの武器の剣速は至近距離で避けるのは困難をきわめる。流石に高速で移動出来るヘリアーテでも攻撃を防がれ体勢を崩した状態では避けられないだろう。


 ヘリアーテ自身もそれを察しているのかその表情には目に見えて焦燥感に溢れていた。


 自身より劣る相手と驕り、反応されると考えていなかった油断で隙が生まれ、反撃されると想定していなかったが故に弾かれた直剣はあらぬ方向を向いている。


 ヘリアーテがロリーナを甘く見た結果の醜態。これで勝負が着いた──かと思われたがヘリアーテも伊達に私から訓練を受けていない。


 生まれてしまった隙を埋める為、彼女は今度は脚部ではなく直剣を握る右腕に《雷電魔法》を纏わせ加速。崩れそうな体勢のまま迫り来るロリーナの突きの雨に何とか間に合い防ぐ事は出来た。


 しかし、ヘリアーテはそんな連続突きを防ぐ度、ある違和感に襲われたのだろう。防ぐ事に成功し少し安堵した表情は徐々に困惑へ変化していった。


 それもその筈。ロリーナは細剣の刀身に《光魔法》を纏わせており、一突き毎に防いでいる直剣の刀身を本来よりも強く弾いているのだ。


 《光魔法》の特性は〝押し広げる〟力。この力を纏わせた刀身は通常の刃同士のぶつかり合いで起こる弾く力が増し、受け手側が受ける反動は強大なものとなる。


 そんな強力になった弾く力を細剣による連続突きで叩き込まれているのだ。直剣で受け続けているヘリアーテのその後の結末など容易に想像が付く。


 ヘリアーテは《雷電魔法》を両手や両足等に纏わせで耐え凌ごうと奮闘したが彼女の《雷電魔法》も万能ではない。


 自分自身に《雷電魔法》を纏わせるという荒技は少なからず自身にもダメージや疲労が蓄積する。スキルにより常人よりも怪力なヘリアーテではあるものの当然限界はあり、ロリーナからの止まらぬ連続突きに耐えられるだけのスタミナは減り続けた。


 そしてとうとう防いでいた直剣が大きく弾かれヘリアーテの手から離れてしまう。


 だがヘリアーテも中々に諦めが悪い。最後の一撃とばかりに彼女はロリーナに向かって人差し指を突き出し、指先に《雷電魔法》を集中させ始めた。


 私からの言付けは守られているようで威力は弱めではあるものの、食らえば暫くは動けなくなる程に魔力を溜めた指先をロリーナに放とうとした──


 が、その瞬間、ロリーナは手に持っていた細剣を上空高く放り投げると姿勢を屈めヘリアーテの懐に深く潜り込む。


 そして突き出された腕を両手で掴むと彼女を背負うように体を沈め、そのまま背負い投げた。


 状況が飲み込めず為すがままに投げられたヘリアーテは床に叩き付けられ肺から空気が漏れ出る。


 ロリーナはヘリアーテを投げた後、空中を舞い落ちて来た細剣を余裕をもってキャッチすると剣先を寝転んだ彼女に突き付けた。


 ヘリアーテはそんな剣先を見詰めると、深い溜め息を吐いた後に両手を挙げ「降参」と口にしたのだ。


 後の三人も似たようなもので……。


 二試合目のグラッドとの試合は開始早々スキルによって姿を眩ませたグラッドによるナイフの奇襲を《水魔法》を広範囲に展開する事でアッサリ暴き、ロリーナの連続突きを防ごうと発動させた《嵐魔法》を《風魔法》を纏わせた刀身で捌き切り完封。


 グラッドは勝ち筋が潰された、と降参。


 三試合目のディズレーは私から受け取ったハンマーと盾などの武器を使い、《磁気魔法》によってそれらを変幻自在に磁力で操る戦法でロリーナの細剣による突きを防ごうとした。


 しかし悠長にロリーナの攻撃を防いでいる間に彼女はゆっくり時間を掛けて《水魔法》で即席の魔法陣を床に描き、その魔法陣を踏んだディズレーに《水魔法》による激流が襲い押し流されそのまま白線の外側に出てしまった。


 四試合目のロセッティは私と戦った時同様、《氷雪魔法》のフロストカーテンを展開しロリーナの視界を遮りながら有利なフィールドを作り上げ──る前にロリーナは細剣を彼女に投擲。


 驚いたロセッティは咄嗟に《氷雪魔法》による氷の盾で防ぎ切るが、その間にロリーナは《風魔法》を広範囲に展開し強風を吹かせフロストカーテンを展開出来なくした。


 そしてロリーナはあらかじめ細剣の柄に巻き付けていた《水魔法》による紐を手繰り寄せ手元に戻しながらロセッティに距離を詰める。


 それを黙って見ているわけにはいかない、とロセッティは攻防一体の《氷雪魔法》アイスファランクスを発動させ自身の周囲に展開。


 これでロリーナからの細剣の攻撃を防げると考えたロセッティだったが、ロリーナは彼女が展開したアイスファランクスを駆け登り、天面に開けられた穴に向かって《水魔法》を発動。


 隙間なく作られていたアイスファランクスの中はあっという間に水で満たされロセッティはあわや溺れそうになり、思わずアイスファランクスを解除。


 ずぶ濡れになり咳き込みながらへたり込んだロセッティにロリーナが細剣を突き立ててロセッティは降参した。


 そして今、全戦全勝を見事果たしたロリーナは逆に現状に困惑しているわけである。


「クラウンさん……私」


「ああ、君は強くなっているよ。自覚していないかもしれないが、君は私が出会った中で一番飲み込みが早い。きっと私の教えだけでなく、私の戦い方を見て来た事が功を奏しているんだと思っている」


 まあ、もしかしたら私も知らないスキルによって著しい成長をしているのかもしれないがな。


 ただ私の心情として身内に《解析鑑定》を掛けるのはとても度し難い。グレーテルとの戦いの前に致し方なく使ったが、アレきりだ。


「一応彼等の名誉の為に言っておくが、彼等も私が鍛えていて以前より強くなってはいる。だから余り自分を卑下していると彼等も貶めてしまうのを忘れないでくれ」


「は、はい……」


「……しかし、本当」


 私はロリーナの頭に手を置き、優しく撫でる。


「私の教えを良く聞き、そしてしっかり身に付けている。君程教え甲斐があって愛しい人は居ないよ」


「……大袈裟、です」


 頬を赤らめ目線を外すロリーナに思わず笑みが溢れ──


「なぁおいっ! イチャイチャしてねぇで俺達に何かねぇのかよぉっ!!」


「そうよそうよっ!! アドバイスとか慰めの言葉とか無いわけっ!!」


「せ、折角沢山努力したのに……。やっぱりあたしに才能なんて……」


「というか依怙贔屓えこひいきなんじゃない? その子ばっかりさぁ。ボクは待遇の改善を要求するよっ!!」


 ……コイツ等。


「そうかそうかお前達。随分とヤル気に満ち溢れているみたいだな、え?」


「な、何よ。不気味な笑い方して……」


「お前達の期待に応えてやろうと言うんだ。有り難く思えよ?」


「な、何する気だ? お前……」


「いやぁ、よく言うだろう? 「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ」、とな」


「えぇ、えぇっ……」


「安心しろ死なせはしないさ。ただ……」


「……ただ?」


「一人三回くらいは臨死体験する覚悟をしておくんだな。なんなら亡くなっている親族友人から土産話しでも聞いて来い」


 私は新たな姿となった燈狼とうろう障蜘蛛さわりぐもを取り出しながら、怯える四人に笑い掛けた。


 ______

 ____

 __


「…………」


 ロリーナは四人の追加訓練を始めたクラウンの背中をボーっと眺めながら先程の四試合を思い返す。


 試合内容や結果を見ただけではロリーナの圧勝に終わったように感じられるが、彼女自身はそうではない。


 全ての試合に全力で挑み、上手い事戦法を組み立てる事が出来はした。


 しかしどの試合も一歩選択肢を間違えていればアッサリ敗北し、クラウンの期待を裏切る事になっていただろう。


 ロリーナはそんな可能性を思わず想起し、小さく身震いする。


(もし負けていたら、クラウンさんは私を見捨てたのかな……)


 恐らくそれは無いだろう。彼女自身そう思うし、そう願っているが、万が一を考えてしまうと嫌な感情が胸一杯に広がってしまう。


(……離れるの、嫌だな……)


「何を考えているのですか?」


「──っ!?」


 突然背後から声を掛けられロリーナは慌てて振り返るがそこには誰も居らず困惑していると、目線より大分下の方から「こっちですよ」と再び声がし、目線を落とした。


 するとそこには猛獣形態を解除し、いつもの猫の姿に戻ったシセラが手で顔を洗っていた。


「シセラちゃん……」


「全勝、改めておめでとうございます」


「うん。ありがとう」


「それでロリーナ様。何をお考えになっていたのですか?」


「それは……」


 先程まで自分が考えていた事を思い出し、ロリーナは思わず顔を背けた。


「何でもないわ……。ちょっと疲れただけ」


「成る程。それならば私に寄り掛かってお休みになられますか?」


「え?」


「身体を大きくすれば貴女お一人ぐらい寄り掛かれますよ?自慢では無いですが毛並みも中々に滑らかなので休むには最適でしょう」


「でも……良いの?」


「はい。貴女様はクラウン様のですから。その程度朝飯前です」


「……なら……お願い」


「はい、喜んでっ!」


 シセラは軽く身体を伸ばすと、そこから身体を猛獣形態に変化させ、その場で横になる。


「どうぞ、私のお腹に寄り掛かってください」


「ありがとう」


 ロリーナは横になったシセラの元に座り込み、言われた通りシセラの腹に背中を預け、そのままゆっくり体重を預ける。


「重く、ない?」


「問題ありません。さあ、ゆっくりお休みください」


「うん……」


 シセラの毛は言っていた通り滑らかで触り心地が良く、シセラの体温も絶妙な具合でいて疲れているロリーナの眠気を容易に誘う。


「……」


 徐々に重くなっていくまぶたに抵抗し、クラウンの訓練を見学しようと努めるが、睡魔は彼女を優しく包み込み、心地良い微睡みに沈んでいった。


(……ご友人、か……)


 瞼が下りきり意識が薄れていく中、ロリーナは先程シセラに言われた単語を思い起こし、朦朧と考える。


(……私は……もっ……と……)


 そして彼女は静かに寝息を立て始めた。


 ______

 ____

 ─


「……」


「……どうすんの? コレ」


「……ふむ」


 私の目の前にはシセラに寄り添い小さく寝息を立てるロリーナの姿があった。


 四人を満足いくまで訓練し、四人が限界だと叫んだあたりでそろそろ解散しようとロリーナの様子を見てみれば……。


 ……ふむ。寝顔も美人ですこぶる可愛らしい。


「レディの寝顔をまじまじと見るもんじゃないわよ」


 そうヘリアーテに指摘され、ロリーナの寝顔を凝視していた事にはたと気付く。


 いかんいかん。ロリーナにバレたら流石に少し気色悪いと思われるな。


「そうだな。愛らしくてついな」


「デレデレしちゃって鬱陶しい……。ほら、早く起こして上げなさいよ。私達は勿論、この子だってお腹空いてるでしょ」


「ああ」


 私はロリーナの側にしゃがみ込み彼女の肩に手を掛け優しく揺する。すると──


「……て……ないで……」


「ん?」


 ロリーナは閉じた瞳から涙を一筋ながし、小さく譫言うわごとを呟いていた。


「……役に……つから……。いらな……言わな……で……」


「……ロリーナ」


 流れた涙を掬ってやり、彼女に声を掛けながら再び優しく揺する。


「……んん」


 そうして漸く目を開けたロリーナは私や草臥くたびれた顔をした四人を見回し、ハッとして急いで立ち上がった。


「すみませんっ。寝て、しまいました……」


「構わないさ。それよりうなされていたが、何か悪い夢でも見ていたのか?」


「……? いえ、夢なんて見てませんが……。魘されていたんですか?私」


「……ああいや、気にしないでくれ。悪い夢なら忘れていた方が良い」


「そうですか?」


「ああ。それより腹空いたろう? 私の部屋で夕食を作るから先に行っていてくれないか?」


「クラウンさんは?」


「私は四人に簡単にアドバイスしてから向かうよ。そこで君より熟睡しているシセラも起こさなきゃならんしな」


「分かりました。では先に行って準備しています」


「ああ、頼む」


 ロリーナは「はい」とだけ返事をすると、寝ているシセラに「ありがとう」と言ってから稽古場を後にした。


「……お前達」


「分かってるわよ。聞かなかった事にしろってんでしょ?」


「無駄な詮索もするな。彼女の問題はいずれ私が解消する」


「はいはい……。でも……」


「なんだ?」


「多分相当厄介よ? あんな譫言普通じゃない」


「分かっているさ。だがだからといって諦めるほど、私は謙虚ではない」


「知ってるわよ。ほら、早くそこのデッカイ猫起こしてご飯にしましょ」


「……ああ」


 この時、覚悟はしていたのだ。生中に解決するものでは無いと。


 だがそんな覚悟が揺らぎかねない程の〝厄介事〟が彼女に絡んでいる。そこまでは流石に予想してすらいなかった。


 ロリーナの過去は、私の──を犠牲にさせるには、十分だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る