第六章:殺すという事-9

 

「ふむ。なんとか間に合ったな。素晴らしい出来じゃないかっ」


 私は目の前に堂々と置かれた巨大な馬車を前に安堵と満足感に包まれながら頷く。


 すると隣に立つ青年が疲労で顔を染めながらも笑顔を浮かべながら空笑いをした。


「ははは。クラウンさんも無茶言いますよね。前々から計画はしていたとはいえこんなデカイ馬車を二ヶ月も無い期限で仕上げて欲しいだなんて……」


 ロリーナと四人が試合した二日後の今、私はカーネリアの大工ギルド「金槌の土竜もぐら」の広場に来ていた。


 目的は監視砦攻略に向かう為の馬車の調達──といっても馬車の開発計画自体は前々からエイスと相談していて今回はそれを流用した形だ。


 私とロリーナ、そしてあの四人がストレス無く快適に長旅が出来るよう本格的に馬車開発を頼み、それが完成したと連絡が来たのでこうして大工ギルドまで足を運んでいる。


 この全長約十メートルはある巨大な馬車は大工ギルドで大工を勤める青年──エイスが同僚や上司と共に仕上げてくれた特注品。エロズィオンエールバウムの木材をフル活用し、一部はサスペンションやスタビライザーを採用した馬車というよりエンジンの無いキャンピングカーと形容出来る代物になっている。


 中にはキッチンやリビングダイニング、シャワーやトイレを完備し、ハングベッドやポップアップを利用した合計六つのベッドを展開出来る。更に外装の一部を展開すればタープも張る事が可能で、各所には大小様々な収納スペースが確保されている。


 私が前世で所持していたキャンピングカーを可能な限り馬車に落とし込んだこの世界では類を見ない馬車になっている。


「まるで金属みたいでしたよ、エロズィオンエールバウムの木材。硬いわりに柔軟性に優れていて……。ですがその反面加工には苦労させられましたよ。お陰でいくつか無駄遣いしてしまって……」


「今までにない馬車を……それも扱った事もない木材で仕上げて欲しいと注文したんだ。多少は必要経費だ」


「そう言って頂けると気が楽になります」


 かなり無理難題だったからな。こうして期限内に完成しただけ上々だろう。


 残るは……。


「問題なのは牽引する馬か……」


 全長約十メートルに加え、様々な機能、設備を盛れるだけ盛った高機能馬車だが、その結果馬車本体の重量は平均的な馬車の約十倍にもなってしまっている。


 こんな超重量の馬車を引くとなると並みの馬では不可能。引く数を増やすにしても当然数に限りがあり、多くても四頭が限界だろう。しかし、その数ではこのキャンピング馬車は引けない。


 走行テストは一応したらしく、大工仲間全員で引っ張ったり後ろから押したりして漸く動いたという。走行は問題なかったが、やはり普通の馬に牽引させるのは現実的ではない。


「通常の何倍もの馬力を誇る馬を複数頭確保……または馬力に優れた馬以外の動物、魔物を確保でも出来なきゃ無理ですね」


「私も色々と探しはしたが、満足いく馬や他の動物魔物はまだ見付かっていない。望みはコランダーム公だけだな」


 実は今、コランダーム公に条件に合う馬や魔物を扱っている業者のつてをあたってもらっている最中なのである。


 一ヵ月と少し前。私は珠玉御前会議後にコランダーム公、アゲトランド侯の二人に帝国内で依頼した魔物の解体の件で事実確認等の処理をしなければならないと言われていた。


 こういった露骨に面倒な事務処理は後回しにすればする程に厄介で更に面倒なものになっていく。


 故に会議を終えた翌日直ぐにセルブにある冒険者ギルド本部に足を運んだ。


 その時丁度本部にコランダーム公が私の件で色々と手を回してくれている最中であり、どうせだからと処理の手続きを手伝ってくれた。事務処理というのは何処の世界でも面倒には変わりない。これ幸いと私からも頼んだわけだ。


 その処理をしている最中、単調作業の暇を持て余した私はさり気ない雑談として今回のキャンピング馬車の話をしたのだ。


 するとコランダーム公はその話を聞き何かを真剣に考え始め、次に私に一つ提案をして来た。


『馬の調達先は私が探してやろう。だからその代わりそのキャンピング馬車? という物の設計──いや、せめて説明にあった〝さすぺんしょん〟や〝すたびらいざー〟の作り方を教えてくれっ!!』


 どうやらコランダーム公はキャンピング馬車に何かしらの可能性を見出したらしく、交換条件として馬の調達を持ち掛けて来たのだ。


 私としてはこの話は願ったり叶ったり。経済を司る大貴族の人脈や情報網なら条件に合う馬や魔物は私が探すよりも確実且つ素早く探せる。


 そう思いその場で快諾したのだが、コランダーム公はそれで良いのか、と慌てて再確認して来た。


 彼女はこのキャンピング馬車を今後の他貴族達や豪商向けの馬車として開発、販売する事を思い付き、その設計図や技術を著作権として主張すればそれなりの金額が入る、と諭された。


 確かに貴族や豪商向けの馬車としてキャンピング馬車の著作権を得れば中々の大金が定期的に懐に転がり込んで来るだろう。そしてその金があれば好きなだけスクロールを購入しスキルを獲得出来るし、他の趣味にも存分に心血を注げる。


 だがこれは今は悪手だ。


 私が依頼したキャンピング馬車に使われている木材は全てがエロズィオンエールバウムという魔物の素材。当然ながら簡単に手に入る素材ではないのだ。


 だからといって他の木材でキャンピング馬車を作ろうものなら盛りに盛った機能に木材が耐えられず簡単に瓦解する。この馬車はエロズィオンエールバウムの最硬の材質だからこそ成立する代物なのだ。


 同等の木材を探し、量産出来るようになるにはかなりの時間を要するだろう。


 サスペンションやスタビライザーだってそう。モーガンの修行の一環と銘打って私が彼女に依頼して作らせた特注品。不可能ではないが、これ等を量産出来る段階になるまでには年単位で時間が掛かるはずだ。


 つまりこのキャンピング馬車が貴族や豪商に売り出されるのがいつになるかは未知数だし、最低でも年単位──いや十年二十年単位の時間が掛かる可能性だってある。


 ハッキリ言って、そんな長期間を想定しての金策は今は必要ないし、何より待てない。


 それにそれが可能になる頃には私だっていい年齢になっている。立場や状況にもよるが、金をそれなりに稼げる手段は増えている筈だ。


 加えて〝あの計画〟が滞りなく成功すればそれこそ金には困らなくなる。


 故に今は気長で不確かなビジネスに手を染めるよりも、自分の手が届かない所に手を伸ばせる手段の方が望ましい。


 その旨をコランダーム公に懇切丁寧に──まあ計画の事は除いてだが──説明したところ、何やら快活に笑ってから「君はやはりしたたかだなぁっっ!!」と背中を叩かれた。


 こうしてコランダーム公に条件に合った馬や魔物を用立ててくれる業者を探してもらっているのだが……。


「一ヵ月弱経った今、未だに音沙汰無し……。そろそろ見付からないと間に合わなくなるな……」


 根回しに時間が掛かっているとはいえ流石にそろそろ勅命が下る頃合いだ。


 私達が砦攻略に向かう為に用意する予定だったが、間に合わなければ普通の馬車を二台借りて向かう事になる。


 それだけ聞けば問題点は無いように感じるが、問題なのは馬車による激しい揺れとクッション性の悪さ。


 移動時間にして一、二週間の長時間をあの揺れとクッションに曝されるのは単純に体調不良に繋がる。


 それを避けたいが為に今回無理を通してエイスと大工ギルドに馬車開発を依頼したのだ。叶わないとなるとまた別の対策を講じなければならない。


「でも正直現実的じゃないですよ? この馬車を引ける馬を見付けるなんて……」


「そうでもないぞ? 調べた限りじゃ国内だけで馬やそれに類似した魔物を飼育しているギルドは五百以上ある。その中には様々な飼育方法が模索されている」


「例えば?」


「脚の速さは当然ながら馬力に特化したものやスタミナに特化したもの。山登りが得意なものや寒さや暑さに強いもの……。本当に様々だ。ならばこの馬車を長時間悠々と引き続けられる馬だって見付かるはずだ」


 コランダーム公の信条は〝自由商売〟。


 薬物や違法売春に違法奴隷商売等の犯罪を除き、彼女は経済が発展するならば私財の投資すら惜しまず自由に手広く手を尽くしている。


 その結果、この国のあらゆる商売ギルドやそれに連携するギルドは独自開発が進んでおり様々な多様性を生んでいるわけだ。


 だからコランダーム公は自信満々に馬や魔物の調達を引き受けてくれた。「その程度の条件に合う馬や魔物など簡単に調達してみせよう」と啖呵まで切って。


 だが……うむ。


「でも天下の公爵様が自分の管轄下で一ヵ月もの間見付けられてないんですよ? それってつまり……」


「……」


 ……真剣に代替案を考えておくか。これ以上は私の希望的観測になってしまう。現実を見なくては──


『ご主人様』


 ──っ!? ムスカ、まさか。


『コランダーム公から連絡です。「馬車を迎えに寄越すから冒険者ギルド本部に来てくれ」だそうです』


 分かった。今すぐ向かうと伝えてくれ。


『了解致しました』


 ……このタイミングでのコランダーム公からの連絡。間違いないだろう。ムスカの眷属を預けていて良かった。


「どうしましたクラウンさん?」


 私の様子に何かあったと察したのかエイスが私の顔を覗き込む。


「連絡があってな。どうやらコランダーム公がタイミング良く馬を見付けたらしい」


「え、連絡って……今?」


「細かい事は聞くな。私にその手段があるとだけ思っておけ」


「……なんだかアレですね」


「ん?」


「初めて会った時と比べて、随分俺達の関係変わっちゃいましたよね」


 ……エイス、クイネ、ジャックは私がマルガレンを引き取った教会で世話になっていた孤児だった。


 最初にエイスが教会からカーネリアに出稼ぎに出たのを追いかける形でクイネ、ジャックが馬車に密かに乗り込み、結果三人に仕事を斡旋した経緯がある。


 初対面の時はエイスもクイネもジャックも私を目の敵にしていたのに、今じゃ従順な部下のような存在だ。


 それになんとなく寂しさを感じなくも無いが……。まあ、なるようになった結果だ。今更どうにもならん。


「そうだな。不満か?」


「まさかっ! 俺やクイネ、ジャックに仕事くれた相手なんですよ? 感謝こそすれ不満なんて……」


「本当か?」


「……ワガママを言わせてもらえれば」


「ああ」


「久々に四人──ガーベラ様も含めて五人でお食事がしたいです。近況話し合ったり、他愛ない雑談したり……。俺はこうしてクラウンさんから依頼受けてますからたまにこうして会いますが、あの二人は結構ご無沙汰ですし」


 ……確かにな。


 エイスは兎も角、ジャックとクイネは本当に会っていない。互いに忙しいから仕方ないが、落ち着いたら時間を作るのもアリだな。


「考えておく。前向きにな」


「ありがとうございますっ!」


「さて、私はもう行く。馬車の管理任せたぞ」


「はいっ! お任せくださいっ!」


「ああ」


 私はテレポーテーションを発動し、そのまま学院の自室へと転移した。






「え、断られ続けていたんですか?」


「ああ……苦労したよ……」


 コランダーム公が手配してくれた馬車の中、私とコランダーム公は一対一で向かい合う形で移動していた。


 最初は従者の何人かも同行するつもりだったらしいが、彼女が私に全幅の信頼を置いているから問題無いと突っぱねてしまったらしい。


 私としてはその方が話しやすくて良いのだが、全幅の信頼とまで言われると逆にプレッシャーになるな。


 ──と、そんな事よりだ。


「随分とお疲れのようですね」


「まさか一ヵ月近く粘られるとは露ほども思っていなかったよ。危うく君との約束が反故になる所だった」


 話を聞くに、私が求める馬を飼育していた牧畜ギルドは一つだけ。といってもコランダーム公は最初から目を付けていたようで探し出すのには時間を要しなかったらしいが、問題はそこから。


 その牧畜ギルドで目的に該当した馬の飼育を担当していた者がその馬の販売を拒否したのだという。


「かなりの頑固ジィさんでなぁ。「丹精込めて育てた馬を、それこそ何処の馬の骨とも知れん奴になんぞ渡せるかっ!!」と私の部下を一蹴だ。私自身が出向くまでにそう時間は掛からなかったさ」


「公爵を出張らせるとは……。かなりの曲者ですね、そのご老人。ですがその牧畜ギルドのギルドマスターは何も言わなかったのですか? 公爵の命令に従わないのは望まないでしょう?」


「ギルドマスターは優秀なんだが気の弱い奴でな。祖父の代からのベテラン飼育員である爺さんに逆らえないでいる。それと……」


「それと?」


 コランダーム公はそこで言葉を切ると、隣に積み置かれた資料の一枚を私に差し出してくる。


 そこにはリアルな馬の姿が描かれているが、これは……。


「どうせ買った所で懐かずに返品されるのがオチだ、と言われたよ。その絵は私の部下が実物を見て描いたのだが……。私も正直〝それ〟が君に懐くのか自信が無い」


「……成る程」


 描かれていたのは筋骨隆々の馬。だが明らかに普通ではない。


 平均的なスレンダーながらも引き締まった体型からはかけ離れ、前世で言うところのばんえい競馬の馬を更に二回りデカくしたような……最早〝馬〟と形容していいのか分からない怪物。


 隣に並べて描かれた成人男性の絵がまるで子供に見えるような、そんな馬だ。


「こんな馬が、本当に……」


「何世代も掛けて育て上げた、としか答えてくれなかったよ。だがそれだけでは説明が付かんよ、そんな化け物は」


「……」


「どうする? 流石の君でもそんな化け物は──」


「素晴らしい……」


「え?」


「ふふふふははっ! 望んだ──いや望んだ以上の素晴らしく美しい馬ですっ!! 私はなんて運が良いんでしょうか……」


 最初はこんなギリギリまで、と運の悪さを呪いかけたがそんなもの帳消しだっ!


 欲しいっ! なんとしても欲しいぞっ!!


「……本当」


「ははは──はい?」


「いや。君は大物になるな、と思っただけだよ。私もまだまだ甘い……。少し君を過小評価していたのかもな」


「……? なんの話です?」


「なんでもない。……ただ気合いは入れる事だね。私が一ヵ月掛けて漸く〝面談だけ〟許可を貰ったんだ。しくじったら私のメンツも潰れる。覚悟することだ」


「問題ありません。私の欲望は、その程度で挫ける程、浅くはありませんから」


「……なら良かった」


 嗚呼。楽しみだな……。早く牧畜ギルドに到着しないか……なんて待ち遠しいんだ……。


 待っていなさい。私がキッチリ、躾けてやろう。従順な、友として……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る