第六章:殺すという事-10

 

 馬車を走らせ約三時間。


 辿り着いたのは王都セルブ近郊にある馬車や荷車を牽引するのに向いた馬、魔物を専門に飼育している牧畜ギルド「駿馬のいななき」。


 広さは他の牧場と比べても決して広くはなく、寧ろ規模としては小さいとさえ言える広さしかない。


 周りも野山が目立ち非常にのどか。近くには二つ程村が点在するが、整備の行き届いていない街道が人通りの少なさを物語っている。


「規模が小さいのはえてだという話だ。飼育数を少なくする事で一頭一頭へ注力する事が出来、良い馬や魔物に育つらしい。そしてその最たる存在が、例の馬だと言っていた」


 そんな大事に育てられた馬達は牧場の入り口から遠目に見える牧草地を駆け回り、時にはじゃれ合いはしゃいでいる。その姿に思わず癒される光景だ。


「ここからは見えないが、建物の裏には馬型魔物専用の牧草地もある。まあもっとも、魔物なだけあって素人の接近は禁じられているがな」


 魔物は基本的には凶暴だ。


 しかし全てが全てというわけではなく、中には元々から気性の大人しい物も当然居る。


 ただ大人しいのと懐くかはまた別の問題で、魔物は本来脆弱な人間の言う事などは聞かない。


 ならば何故飼育が可能なのか?


 その手段が所謂いわゆる〝刷り込み〟だ。


 魔物の牧場を始める際、まず飼育したい魔物と〝魂の契約〟を交わす。


 そしてその契約を交わし従属させた魔物と同種や近しい種類の魔物とを交配させ子供を産ませ、育てる。


 生まれた子供も当然魔物ではあるのだが、生後間もない頃から育て上げる事で飼育員を身近な存在として刷り込ませ、魂の契約を行わずとも問題無く調教が出来る。という寸法らしい。


 随分と遠回りしたやり方だし手間も何倍も掛かるのだが、魔物は一般的な馬や類似した動物とは違い賢く肉体も強靭。加えて魔法を扱える種ならば調教次第では襲い来る盗賊や野生魔物から自己防衛したり雇い主を守ったり、と動物には出来ない魔物ならでわの強みがある。


 故に家畜魔物の需要はそれなりにあるらしく、大荷物を頻繁に運搬する際や貴金属や宝石を運搬する際等に重宝されている。


 と、コランダーム公が隣に立ちわざわざ私にそんな説明をしてくれた。


 初対面の時のような対外向けの口調ではなく珠玉御前会議でも見せていた崩れた口調なのは一応、彼女にとって私は身内に含まれるらしく、親しみを込めてそうする事にしたという。


 私は構わないが大貴族である公爵家の彼女がそれで大丈夫なのか、とも思ったりする。


 実際ここまでの道中馬車を運転してくれた彼女の執事が私とコランダーム公を交互に見ながら「何故こんなに親しげなんだ」と言いたげな視線が送られて来る。まあ努めて無視するが……。


「例の馬が居るのは専用の特別厩舎だ。案内してくれる者が迎えに来ている筈なんだが……」


「コランダーム公自ら訪れているのに出迎えも無し、ですか……」


 コランダーム公から色々説明されていた間も、そのような者がこちらに来る気配はない。


 こうして公爵家当主自ら赴いているにも関わらず出迎えるどころか案内人すら来ないなど当然不敬も不敬。相応の処罰が下る可能性がある待遇だが、コランダーム公自身は憤るどころかどうしたものか、と懐中時計を取り出しながら頭を掻く。


「時間は……間違いではないな。以前は普通に出迎えられたのだがな……。何かトラブルでも起きたのか?」


「閣下がこうして出向いて下さっているにも関わらず誰一人来ないとは……。不敬極まりないっ!! 私自ら赴き、己が行いを問い質しに──」


 ──ドォォォォォォォンッッッ!!


 執事が息巻いて牧場内に入ろうとした瞬間、空気の振動と共に重く鈍い爆音が鳴り響き、私達は音源の方を見る。


 するとその方角にあった十数メートルはあろうかという木がゆっくりと傾き始め、地面に接触したのと同時に再び轟音が響く。


 明らかに何事かあったようだ。


「……コランダーム公」


「ははは、まあそんな所だろうとは思ったが、まあいい。行くとしよう」


 ルビー先陣の元、私達は音のする方へと向かった。


 道中、馬の厩舎や魔物の厩舎などをすれ違ったが、馬を始め動物などとは違い屈強な精神を持つ魔物達ですら先程の轟音に怯え奥の方へ隠れてしまっている。


 しかも特に暴れた形跡もなく即座に隠れているという事は、怯えはするものの隠れ慣れていると捉える事が出来る。


 これはこの事態が初めてではないという事……。つまり頻繁ではなくとも日常的に起きている事となるわけだが……。


「これって例の馬、ですよね」


「だろうな。まさか魔物まで怯えさせる迫力があるとは思っていなかったが……。君、そんな怪物を本当に手懐けられるのか?」


「……〝られるか〟ではなく、〝やるしかない〟んですよ、化け物相手なら尚更、ね」


 完全な自信……とは正直言えないだろう。あれだけの轟音を響かせるような存在が簡単に私に従うようになるとは思えない。


 だがやるのだ。徹底的に。


 動物だからと甘く見て中途半端な対応をすれば怪我をするのはこちらだろう。


 万が一暴れたとして私が傷付くならまだ良い。《超速再生》でゴリ押しが可能だからだ。


 だが狙いがコランダーム公や執事に向かい怪我──最悪死んだなんて事になれば大事になる事間違いない。そしてその責任は私に向かう事になるなど火を見るよりも明らかだ。


 故に目見まみえた際、私が取るべき手段は一つ。


 有無を言わせず屈服させる。これ以外に無い。


「ははは。頼もしいな君は。まるで昔のジェイドのようだよ」


「父上、ですか?」


「ああ。まあもっとも、私がまだ少女時代の話だがな」


「父上が……」


 父上は尊敬はしているが、正直勇猛果敢な印象は薄い。昔は今よりそういった面で活躍していたのだろうか?


 時間が出来たら本人か母上にでも聞いてみるのもいいかもな。


「お、人が居ますね。私が呼んで来ま──」


 暫く歩いていると、敷地内の奥──丁度建物の角の方に飼育員らしき人物が見え、事情を聞きに行こうと執事が駆け出そうとした時、飼育員が真っ青な顔をしてこちらに振り返り一目散に走り出す。


 コランダーム公を見て事情を悟って駆け寄って来た──わけではなく、なんと飼育員はそのまま私達を通り過ぎてしまう。


 それを見たコランダーム公が慌てて飼育員呼び止めようと振り向き、叫ぶ。


「お、おい君っ!?」


「に、逃げて下さいっ!! こっちに来ますッ!!」


「何?」


 そう彼女が眉をひそめたその瞬間──


「ヒィィィィィィィィィィンッッッッ!!」


 という甲高い鳴き声が響くとともに地鳴りが地面を揺らす。


 そして地鳴りが徐々に大きくなり始めると、先程飼育員が居た建物の角から次々と飼育員や正装した人物が同じように真っ青な顔で飛び出し、間を置かずに〝それ〟は現れた。


 体高にして約二、五メートル以上。覗く眼光は鋭く、草食動物というよりも肉食動物に近しい獰猛さが宿っている。


 体毛は漆黒。たてがみは赤褐色に染まり凶暴さを印象付ける。


 そして何よりその全身に纏う筋肉という名の頑強凶悪な鎧。


 短い体毛の下からは子供の手首はあろうかという血管が幾箇所からも浮き出、岩のように隆起した筋肉に所狭しと駆け巡っている。


 それは正に馬の形をした怪物。そう形容した方が納得がいってしまうようなそんな化け物が鼻息を荒くし、目を血走らせながら建物の角を滑るように曲がり、飼育員達を無視しながらこちらに駆け寄って来る。


「ひ、ひぃぃっ……!!」


「おい馬鹿情け無い声上げてる場合かっ!! 早く逃げるぞっ!!」


 コランダーム公は足が震えて今にもへたり込みそうな執事を叱責しながら引っ掴み、巨馬の迫り来る導線から外れようと走り出す。


 成人男性をあんな不安定な持ち方で走る事が出来るとは……。コランダーム公も伊達ではないな。中々鍛えた手練と窺える。


「君もだっ!! 何やっているっ!?」


 と、そこで巨馬の前から動こうとしない私にコランダーム公が叫ぶが、それは出来ない──いや、しない。


「元々〝アレ〟を飼い慣らしに来たんですよ? ここで逃げては飼い主に相応しくない」


 そう。私はあの巨馬を屈服させに来たのだ。それなのに逃げてどうする。


「だがしかしあれは……っ!!」


「ご心配せずっ! ……ちょっと本気で行きます」


 目前まで迫る巨馬に対し《恐慌のオーラ》を発動。そしてすかさず《強力化パワー》等のバフ系スキルを一通り発動させ、《剛体》《不屈》《不動》も発動。万全に備えた状態で身構える。


「君、まさかっ!?」


「さぁて、たまには脳筋で行こうじゃないかっ!!」


 そうして構えた私の全身目掛け、巨馬は一切容赦する事無くぶつかってくる。


 ──ドンッ!!


 金属の塊が壁にでも激突したような重い物がぶつかった鈍い音が鳴ると同時。巨馬が私に真正面から堰き止められる。


「受け止め……っ!?」


「は、はぁっ!?」


 想像もしていなかった事態に離れた場所にけたコランダーム公と執事が唸るのが聞こえる。


 そしてまさか止められると思っていなかった当の巨馬は一瞬だけ取り乱す様子を見せるもすぐさま先程までの調子を取り戻し、四つ脚にあるひづめで体勢を整えるように踏ん張ると、その全身に搭載された筋肉を総動員させ力の限り私にぶつかり続ける。


 抱き止める様に構えた私も私で地面に踏ん張りを利かせた巨馬からのとんでもない馬力に対抗する為腰を落とし、地面を蹴り上げる勢いで踏ん張った。


 まるで大相撲の押し合いのような状態になった私と巨馬。


 お互いがお互いに全身の筋肉を迸らせあらん限りの力で押し合う。然しもの私も全身の骨が軋みだし、身体のあちこちで血管が切れる感覚が背筋を走る。


 そんな痛みや傷を《超速再生》と《痛覚耐性》で無理矢理押さえ込みながら、先程よりも血管を浮き上がらせる巨馬に笑い掛ける。


 するとなんとなく、巨馬の口元も歪んだように見えた。


 この光景は傍からは異様に映るだろう。


 だがこうしてぶつかり合う私達の間には具体的には説明出来ないような様々な想いが巡っている。


 身体の震えから発汗の様子。息遣いや瞳孔の開き具合……。


 馬の知識は浅い。だがそれらが私に伝えてくるのだ。〝コイツは、私を待っていた〟。


 これは挑戦だ。私に対する、相応しいかどうかの試練なのだ。


 私はコイツの全力を受け止める事が出来た。


 しかしそれではまだ足らない。


 ただ真正面から受け止め、耐えるだけではコイツは納得しないだろう。


 もっと徹底的に、もっと圧倒的に、もっと絶対的に、コイツに私を示さねばならない。


 全力には全力を……。


 お前に相応しい、私を示すっ!


 エクストラスキル《峻厳》発動っ!


 広げていた両手の位置を変え、上下に持っていき今まで以上に力を込める。


 身体や骨の軋みは更に増し、血管だけではなく筋肉までもブチブチと嫌な音を立てるが構わず力を込め続けた。


 そして遂には──


「ブルルルルゥゥッ!?」


「ふふふ……。ちゃんと怪我しないよう受け身を取れよ?」


 踏ん張っていた四つの蹄が力無く地面から離れ、巨馬の身体が私にのしかかる様に持ち上がる。


「なあっっ!?」


「うっそ、でしょ……」


 そんなコランダーム公と執事の声を頼りにそちらとは別の方──牧草が広がる牧草地に巨馬を抱えながら向く。


 そしてそこに──


「そぉぉうらぁぁッッ!!」


「ヒィィィィンッッ!?」


 力の限りぶん投げた。


 たっぷり一分はあったんじゃないかと錯覚させる程の滞空時間を、牧草地に巨馬の巨体が小爆破のような音を伴い着地すると、巨馬は「ヒィィッッッッ!!」と苦しそうな息を漏らす。


「ハァ……ハァ……」


 流石の私もあの巨馬を抱え上げるのはかなりキツかった……。


 全身が悲鳴を上げ、痛みが耐性を少し貫通して筋肉をさいなむ。


 そのままその場に座り込みたい衝動に駆られるが、そんな暇はない。


 私は《超速再生》で無理矢理ズタズタになり掛けた身体を回復させ、巨体を未だに横たわらせる巨馬の元へ赴く。


 すると私の気配に気付いた巨馬は、首だけを私に振り向かせると急いでその場を立ち上がり、荒い息を吐きながらこちらを睨み付けてくる。


 警戒心を解かないそんな巨馬の眼前にまで近付いた私は、彼──いや、彼女か……。彼女の顔に向けて手を差し伸べる。


「ブルルンッ……」


「そう怯えるな。私は君を迎えに来たんだ」


「ヒィィィン……ヒィン……」


「その美しい身体、鋭い眼光、屈さぬ精神……。私が求めた、私に相応しい、私だけの存在だ。なあ、君よ」


「……」


「さあ選べ。私の愛おしい、従順な下僕となり素晴らしい日々を送るか。それともこの狭い牧場で狭い世界で余生を過ごすかっ!!」


「……ブルルンッ」


 巨馬は一度私から視線を外し首をもたげて天を仰ぐと、先程までの険しかった表情を一変させ至って穏やかなものになり、そのまま膝を折って座り込み伸ばしていた私の手に頬擦りしてくる。


 言葉が通じたとは思わない。


 だが気持ちは──私の愛は伝わった。それが目の前の彼女のこの姿なのだと、そう思いたい。


「おお……おおぉっ!!」


「ん?」


 何やら背後から気配がすると思い振り返ると、そこには戸惑いと驚きに顔を染め上げた老人が一人挙動不審に戦慄わなないていた。

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