第七章:事後処理-2
同日同時刻──。
ディーボルツ・モンドベルクは自身の屋敷にある執務室にて仕事を片付けていた。
いつもであれば自身の役職上あちこちに視察や面談などで王国中を走り回っているのだが、今日に限っては彼の目の前にある書類のみで比較的楽な一日だ。といってもその中身自体は割と重要な案件ばかりで、一つ一つをしっかり吟味してはいる。
実の所、今日の予定は故意に空けたものであり、とある客人達から報告を受けるのが目的である。
そうして一頻り書類を処理し終えた頃、タイミングよく執務室の扉がノックされる。
「旦那様、お客様がお見えになりました」
「通しなさい」
ディーボルツは短く返事をすると、使用人によって扉がゆっくり開かれる。そこに立っていたのは二人の人物。
一人は短髪の大男、もう一人は長い髪をサイドに結っている小柄で細身の女性。そんな二人がディーボルツが居る執務机の前に横並びになり、同時に頭を下げる。
「キグナス・クーロンバーク、並びにハーティー・クインデル。報告に参りました」
「うむ、ご苦労。面を上げなさい。それともう体裁を繕わなくて構わんぞ」
そう言われた二人は顔を上げると一気に脱力した様に正していた姿勢を崩す。特にキグナスはそのまま前屈みに項垂れる始末である。
「あぁ〜、やっぱ慣れないっすわ〝お館様〟。礼儀正しくすんのはどうも性に合わねえぇっす」
「アンタねぇ、こんなもん最低限でしょ最低限!お館様が優しいからこの程度で済んでんのよ?」
「つってもよぉ……」
そう愚痴るキグナスにハーティーは呆れながらもしっかり応える。本来大貴族であるディーボルツの前で不敬極まりない行為であるが、ディーボルツは割とこんな軽い遣り取りを見るのが好きだったりする。
だがだからといって本来の目的を無視してまで楽しむものではないと、少しだけ惜しみながら咳払いを一つして自身に注目させる。
「そろそろ、一通りの報告を聞こうか」
「はっ!! 失礼しました!!」
「よい。して、〝小さな侵入者〟はどんな具合であった?」
小さな侵入者、それは紛れもなくクラウンの事を指しており、それを聞いたキグナスの表情はとても複雑なものへと変貌した。怒りや悲しみ、後悔や欺瞞、それらが混ざり合った顔にディーボルツは眉をひそめる。
「なんだ? 何があった」
「あぁ……ちょっと色々と……」
「私はお前にジェイドの息子の実力を測るよう命じた筈だが?」
「は、はい。試しましたよ?一応、ちゃんと……」
「いいから、ちゃんと話せ」
そうやって促し、漸く一通りの出来事を口にしたキグナス。
隠密能力が予想以上だった為に焦れて上街を亀裂だらけにした事、いざ立ち会って軽く捻ってやろうと息巻いていたら危うく致命傷を喰らいそうになった事、それにムキになって頭に血が上り、割と本気で殺しにいってしまった事、その結果大事なハンマーを謎のスキルで消された事、それがハーティーが止めに入らなければトドメまで刺すところだった事。
ハーティーに要所要所細かい補足をされながらそうディーボルツに説明した。
それを聞いたディーボルツはキグナスを一瞬睨み付けた後、頭を抱えて深い溜息を吐いた。
「ジェイドの息子が無事だったから良かったものの……。何をやっとるんだお前は」
「い、いやよぉ! そりゃ俺だって大人気なかったってこれでも反省してるんですぜ!? ただよぉ、ハンマーは……ハンマーだけは……」
「そもそもアンタがナメて掛かったかのが悪いんでしょ!? 私仕掛ける前に言ったわよね? 「得体が知れないから油断するな」って!!」
「そ、そりゃあ…………。悪かったよ…………」
「まったく……。危うくジェイドに顔向け出来んくなる所だったぞ……。ハンマーなら私が新しいのを手配してやる。だから取り敢えず腹を据えろ」
「本当ですかい!? いやぁ有り難い!!」
「それはそうと、肝心の実力はどうだったんだ?お前が本気を出したんだ、それなりではあったんであろう?」
それを聞かれ、キグナスは少し真剣な表情になる。ディーボルツもまたそんな彼の表情に真剣に聞き入る体勢を整える。
「ハッキリ言いますがね、あれはオカシイ」
「オカシイ? どういった意味だ?」
「色んな意味ですよ。聞いた話じゃまだ五歳なんでしょう? ぶっちゃけ意味が分かりません。あの年齢で到達しうる身体の動きじゃない。それに習得しているであろうスキルの数、恐らくは既に十以上は保有しているでしょう」
「なんと……」
「まあそれでも、世界中探せばおんなじ様な才能持った奴、一人くらいは居るんじゃないですかね?でも一番オカシイのは……」
キグナスはそう一呼吸置き、あの日の事を想起する。クラウンのナイフがキグナスの首元に差し掛かった、あの瞬間、あの時のクラウンの〝眼〟を思い起こす。
「アレはちゃんと人を殺せる人間の眼です。人を殺すって意味を、ちゃんと理解してる人間の……。裕福に育っている五歳児の出来る眼じゃないですよ、アレは」
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