第七章:事後処理-4
その後一通りの報告と少しばかりの雑談を終え、キグナスとハーティーは執務室を後にした。
ディーボルツは小さく溜息を吐くと机に広げられた書類を所定の場所へ片付けた。するとそのタイミングで使用人が扉を叩き、毎晩彼が好んで飲んでいる紅茶を携えて入室する。
使用人を返し、一口紅茶に口を付けてからディーボルツは机に付けられている鍵の付いた小さな引き出しを開き、中に仕舞われている深い紺色をした手の平サイズで長方形の石を取り出した。
その石には複雑な文様と印が刻まれており、それがスキルが封じられているスキルアイテムである事を示している。
スキル《遠話》が封じられたこの石は同じ素材で作られた同じく《遠話》を封じた石と繋がり、遠距離でも会話が可能になるという優れもの。
勿論、そう易々と出回るような代物ではなく、今ディーボルツが手にしているこの石でさえかなり貴重な「
そんなスキルアイテムをディーボルツはまるで携帯電話の様に耳に当てがい、一言「開始」と呟いた。すると石は淡い光を放ち、微弱に振動する。そして金属の擦れる様な音を立て始め、ディーボルツは不快気な表情を浮かべる。
「やれやれ、この音だけは慣れんな」
そう小さく呟いて音が鳴り止むのを待つ。暫くすると金属音がパタリと止み、環境音らしい音を拾う。それが向こうへ繋がったという証明でもあった。そしてその相手は、
『はい、こちらジェイド』
「〝魔法の王宮支うる七つの珠玉、〟」
『…………〝金剛、紅玉、蒼玉、翠玉、瑪瑙、翡翠、琥珀、我等是を賜りし隷属者で在れ。〟』
「確認した。さて、では報告会としようかジェイドよ」
『…………あの、これ本当に必要ですか? このスキルアイテムが傍受されるとは思えないんですが……』
「念には念をだ。特に貴様には必要な事だと私は思うのだがね?」
皮肉気に笑うディーボルツに対し、ジェイドは小さく唸って返し、一つ咳払いをして話の続きをする。
『それでは最初に一つ……。クラウンを、息子をあそこまで痛め付ける正当な理由をお聞かせ願いますかな?』
その声音には怒気が含まれており、事と次第によっては、と言い含めているようにディーボルツには聞こえた。
「その件に関しては私から謝罪しよう。すまなかった」
本来公爵位の人間が下位の者に謝罪を口にするなど常識外れな行動ではあるが、これは彼にとって上司から部下へというよりも友人に対しての意味合いが大きく、ジェイドもそんな彼の対応を冷静に受け止める。
『まあ、私としてはまだ五歳の息子に直接キズを付けた輩に謝罪して欲しい所ですが……。貴方に謝られたとあってはこれ以上は望みません。ただこれだけは理解して下さい』
ジェイドはそう一区切り付けて今から話す内容を強調する。
『息子を試すのは結構。ですが今後私はボロボロになって行く息子を傍観する等の命令はもう受け付けません。例え大貴族である貴方に歯向かおうとも、です』
その言葉から決意のようなものを感じたディーボルツは恐らく今後、本当に何かあれば私にすら牙を剥くだろうと確信する。そしてそれはディーボルツ自身望まぬ事でもあった。
「わかった。今後あの様な命令はせん。肝に銘じよう」
『ご理解頂いたようで……。それで、あそこまでやって実際どうだったのですか? 息子の実力は……』
「ああ、まさかキグナスを退けるとは予想外だった。大した実力だ」
ディーボルツはキグナスの言うクラウンの危険性を口にはしなかった。息子が殺人も厭わぬ輩かも知れないなどこの場で言ってはジェイドを敵に回す恐れがあったからだ。それだけはディーボルツは避けたかった。
『ありがとうございます。それでこちらの報告なのですが、こちらとしては粗方証拠の書類の精査が完了しました。後は逃げ出した奴の身柄の確保と──』
「その事についてなのだが」
そう言ってジェイドの話を遮ると、これから話す内容に嫌気が差したとばかりに彼は嘆息する。
「昨日早朝、スーベルクが上街の川で刺殺体として発見された」
『…………誠ですか?』
「嘘を吐いてどうする」
『ですが…………それでは私、いえ、私の息子がアレ程の危険を侵した意味が無いではないですか!?』
「落ち着け…………、恐らく相手は奴が取り引きしていたエルフだろう。まさかこれほどまで手が早いとは想定外だった」
そういって再び紅茶に口を付け、溜息を吐く。
「コレに関しては私の落ち度だ。逃亡したスーベルクが上街で発見されたという事は、奴を抱えた状態でエルフが上街にまで侵入したという事。国防を担う者として完全な失態だ」
そう苦々しく口にするディーボルツにジェイドはただ沈黙で応えた。ジェイド自身、考えが甘かったのを自覚したのだ。
『いえ、私自身、もっと配慮すべきでした。逃亡してから捕らえるなどと悠長な事をせず強引にでも確保していれば……』
「もうよいだろうジェイド。タラレバを言い合っていても状況は変わらん。この件に関して処理はこちらが受け持つ。報告は以上だ、何か他に伝える事はあるか?」
『…………いえ、私も以上です』
「そうか、ところで、息子……クラウンと言ったか?私が聞くのも何だが、怪我の具合はどうだ?」
突然そんな話を振るディーボルツにジェイドは少しだけ驚きながらも、何かを勘繰り警戒心を滲み出す。
『……ええ、怪我自体は魔法で完治しています。ただ蓄積していた疲労と魔力の過剰使用で今はかれこれ十数時間寝ていますがね』
「そう警戒するなジェイドよ。ただあの子の才能は本物だ。それ故に危ういと私は考る」
『どういう意味で?』
「なに、なんであれ才能というのは自分、延いては周りをも巻き込むもの。我々大人が導いてやらねば容易く歪むし、逆に我々大人が歪めてしまう事もある。それだけは忘れるでないぞ?」
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