第四章:草むしり・後編-8

 

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「んんーーっ……はぁっ! ……今日も疲れたなぁ」


 とある屋敷の一室にて、コックとして雇われていた男が凝り固まった身体をほぐす為、身体を伸ばしながら同僚にそんな事を口にする。


「パーティー開くのは良いんだけどなぁ。もっとお客様の事を事前に知らせてくれないと好みが分からんじゃないか。土壇場でキノコが好物だからと言われても用意してないってのっ」


「まあまあ……。結果的には近所で大量に安く仕入れられたんだから良いじゃねぇか。旦那様もお喜びだった」


「まあなぁ……。ああ〜〜、洗い物やりたくねぇ……。ん?」


「どうした?」


「いや……。お客様方、全員帰られたよな?」


「ああうん。そう聞いたけど」


「なんか……騒がしくないか?」


「騒がしい? ……あ、確かに」


 コック二人はその音がなんなのか確かめる為、大量の洗い物を一旦放置し、厨房を抜け外の様子を伺う。


 すると屋敷正面に幾人かの人影があるのが二人の目に映った。


「んん? なんだ、ありゃ……。なんかギルド職員の制服っぽく見えるけど……」


「……」


 そうやって二人して覗いていると、複数の人影の内一人がこちらに気が付き、指をこちらに指したかと思えばその場に居た全員が全速力で二人に向かって走って来る。


「は? え、なになになになにッ!?」


「──っ!」


 一人が状況が飲み込めず混乱しアタフタする中、一人は額に大量の汗をかくと突然そのまま踵を返して走り出す。


「え、ちょ、なんだよっ! どうしたんだよっ!」


 急に走り出した同僚の様子に更なる混乱を募らせながらも正面から走って来る複数のギルド職員らしき男女に目をやると、まるで鬼の形相のように表情を歪めながら混乱する男を無視して擦れ違っていく。


 それはまるで同僚がギルド職員らしき男女に追われているように見え、どういう事かと振り返ってみれば、そこには複数人で地面に押し倒される同僚の姿があった。


「な、何やって──」


 いまいち理解が追い付かない頭で必死に紡ぎ出した言葉は、次に響いたギルド職員らしき者の言葉で塗り潰される。


「オラッ!! 大人しくしろがッ!!」


「お、俺は……っ! 違っ……!」


「嘘を吐いても無駄だッ! お前らのリーダーが口を割ったんだからなッ!!」


「──ッッッ!?」


 それを聞いた同僚は、バタバタと抵抗していたのを止め大人しくなる。


 全く意味が分からないコックは、説明を求める為に同僚を取り押さえるギルド職員らしき者達に近付こうとする。が──


「──ッ!? おいコイツ毒を飲んだぞッ!!」


「ハアッ!?」


「このままじゃ死ぬッ!! オイッ! 早くあの人を呼べッ!!」


 そんなギルド職員らしき者の言葉に近付こうとした足を止め、コックは目眩めくるめく変わっていく状況に一切脳が処理出来ず再び立ち尽くす。


「なんだよ、毒って……。一体何が起きてんだよっ!!」


 付いていけない苛立ちと、同僚が突然拘束されている現状にとうとう感情が発露。思わずといった具合に叫んでしまうと、ポン、とコックの肩に優しく手が置かれる。


 今度はなんだと振り返ってみれば、そこには同じくらいの身長がある少年が立っていた。


 少年の髪色は黒地に赤いまばらなメッシュというかなり特徴的な色をしており、切れ長の眼は黄金色に輝いていた。


「失礼。今は時間がありませんので、説明はまた後日。ただ一言お伝えするのであれば──」


 コックの横を振り返らないまま通り過ぎ、少年は真っ直ぐ取り押さえられた同僚の元に歩み寄りながら、顔も見えないのに笑っていると分かる様な声音で告げた。


「エルフが同僚とは、ご愁傷様でした」


 その後、少年は同僚に触れると懐から何か液体を取り出し、無理矢理口に流し込んだ。


 コックはそんな様子を、ただただ傍観する事しか出来なかった。


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 と、いった具合でハーティーから情報とスキルを引き出したわけである。


 私としてはハーティーの悲鳴を目一杯に聞けて満足。漸く溜飲も下がった。


 あの後私とリリアンを乗せた馬車は真っ直ぐにモンドベルク公の屋敷へ向かい、そのままモンドベルク公と再び面談。彼にハーティーから得た潜入エルフの情報を伝えた。


 最初は「こんなに早く……」とモンドベルク公に驚かれたり疑われたりしたが、リリアンが付き添っていたのと、私が渡した情報の精度から信用を勝ち取れた。


 因みに今回は〝お茶会〟という建前ではなく、れっきとした〝仕事〟としての面談である。


 名目上は私がモンドベルク公を手伝う、という形に場を整えた。まだまだ学生の身分である私が国の大公の仕事を手伝うとなると、流石に何かと突っ込まれる。


 現にモンドベルク公本人にも「手伝うのはリスクが発生する」と助言されたが、今後私がこの国で確かな地位を築くには少なくとも可能な限り功績があった方が何かと都合が良い。


 発生するリスク──主に他貴族からの横やりなどは私個人で各個懲らしめればなんとかなるだろう。


 というか、この戦争目前に発生している潜入エルフの掃討作戦を敢えて邪魔しようと企む輩共など、騙されていないのであればろくな奴ではないだろう。


 それこそエルフとどっぷりか、己の利権のみを優先する役立たず。


 そんな貴族共が清廉潔白な身である可能性など塵に等しい。叩けば幾らだって埃が出る。


 戦争を前にして指導者が減るのは痛いが、足並みを揃えるという意味ではそれら一部の貴族にも消えて貰った方が寧ろやり易くなる。と考えた。


 ついでにそんな貴族共から色々と〝くすねる〟のも、悪くない。


 と、いう事で、潜入エルフの掃討をするついでに国内の怠慢を満喫している貴族を可能な限りつまみ食いする事にした。


 勿論モンドベルク公にもこの事は提案したが、最初は渋られてしまった。


 単純にそんな暇があるのか、と突っ込まれたし、何より手段が合法ではないので素直には頷けない、と。


 だが貴族共の逮捕の手柄は全て譲ると持ち掛けた所、悩みながらも許可を出してくれた。


 モンドベルク公は今、先のロートルース大沼地帯にて判明したダークエルフの複数人潜入の責を問われ、少しでも汚名返上を図りたいと考えている。


 それに単純に貴族の頭数が減れば自分に対する批判も減るだろう。モンドベルク公はそう考え許可をくれたのである。


 と言っても、万が一私が屋敷からの不正証拠品押収が失敗した場合は一切助けないと言われはした。


 まあ、今更貴族の屋敷侵入に失敗する私ではないので、そこはどうでもいい。


 他に考えられるリスク──私が悪目立ちしたりモンドベルク公に不信が募る可能性はエルフを掃討する事による実質的な成果でもって払拭しよう。


 そうして色々と大雑把に作戦を決めた後、早速とばかりに作戦決行。


 〝金剛〟傘下のギルドの職員を総動員しての一斉捕縛に乗り出した。


 本来なら裏取や事実確認、証拠集めなどする必要も出てくるのだが、いつ向こうから戦争を仕掛けられるか分からないのと、ただ悪戯にこちらの内情をこれ以上エルフ共に流されるのは非常に度し難い。


 それに今はこうして私とモンドベルク公でのみやり取りをしているが、様々な準備を進めると時間が掛かり、傘下ギルド職員などから情報が漏れ、潜入エルフ共に逃走や抵抗の機会を与えてしまいかねない。


 ならば国防を担う大公という立場を悪用──もとい最大限に活用した権力のゴリ押しでもって潜入エルフ共の隙を突き、奇襲を仕掛けて一網打尽にする。そう決定した。


 後はもう早いもので、モンドベルク公が全傘下ギルドに直接呼び掛け、一番最寄りの潜伏場所に強制突入を敢行。有無を言わせずハーティーの情報にあった者を片っ端から捕縛していった。


 外出中で潜伏場所から離れていたり、立地的にギルド職員の人数が足りない場所には私自らがテレポーテーションで現場に赴き捕縛。身柄をギルド職員に預けると次の現場に転移するを繰り返した。


 ギルド職員に激しく抵抗し、その場から逃亡してしまい隠れられたりしてしまった者も居るが、ムスカにその程度の付け焼き刃で敵うはずもなく、あっさり発見しては随時同様に捕縛した。


 中には捕まった瞬間、奥歯に仕込んでいた毒物を服用し自殺を図ろうとする者もいたが、私の《救わざる手》の権能による触れている間に無理矢理延命させ、使われた毒物に対する解毒薬を強引に飲ませて解決させた。


 エルフは一人たりとも殺さないし死なせない。


 情報源であるのと人質として捕らえておく必要があるから、とモンドベルク公に念を押しておいたが、実の所は私のスキル目当てである。


 百六人分のスキルを、むざむざ〝死〟なんてゴミ箱に放るのは勿体無いからな。戦争開戦までに百六人分、キッチリ回収しようじゃないか。ふふふふっ。


 因みに今回の強行作戦に於いて、聞き付けた貴族が予想通りちょっかいを出して来た。


 中々の強行策だった故それに対する反発だった事が殆どだったが、作戦概要を説明し納得した者は記憶するに留め手は出さないようにし、それ以外の的のズレた反発をした貴族や明らかに利権狙いの貴族共には目星を付けた後、時間が空いた際に各屋敷に侵入。不正の証拠や表に出せない裏金などを片っ端から押収し、今は告発する為の下準備をして貰っている。


 その際屋敷内で見付けたいくつか有用そうな代物をいくつか拝借。勿論、不正などに関わっていない物限定になったが、いくつか使える物があったのは重畳と言える。


 そんなエルフ共の掃討、及びオマケの使えない貴族潰しを忙しなくこなし続けること約二十四時間。


 翌日の昼過ぎである今、漸く最後の百六人目のエルフが私達の目の前で輸送されている。


 ぶっ通しで国中を走り回った〝金剛〟傘下のギルド職員達は皆が皆一様に濃い疲労の色で表情が染まり、ぐったりと項垂れているが、最後の百六人目が「禿鷲の眼光」に収監された瞬間──


「「「「「うっっっおっしゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃッッッッッ!!!!」」」」」


 という慟哭にも似た歓喜の雄叫びを上げ、喝采を挙げている。


「……はあ。漸く終わったか」


 私も、流石に少し疲れたな。


 ギルド職員達は確かに優秀な者が多かったのだが、相手はエルフの女皇帝ユーリが選出したエリート集団。約二十年の潜入作戦で多少鈍ってしまっていたようだが、それでもその腕は確かなようで、捕縛するまで苦労して結果逃してしまい、結局私が出向いて捕まえる事が多かった。


 所持魔力量が増えてきているとはいえ、流石に《空間魔法》の絶え間の少ない連続使用はキツイものがある。


 そこに加えて貴族の屋敷から不正証拠探しだ。《疲労耐性》があるにも関わらずこれなのだから、体感しているよりも私は働いていたのかもしれない。


 さて、このままではこの騒ぎに巻き込まれて宴会だなんだと周りが言い出しかねない。私はこっそりこの場を去るとしよう。


 そう決めた私は、取り敢えずはモンドベルク公に一言挨拶だけ済ませて帰ろうかとした。すると──


「これこれ。何処に行こうとしておる」


 私はそんな彼の姿に思わず眉をひそめる。


「……モンドベルク公……? 大丈夫なのですか? こんな場所まで……。それに外に出て」


 振り返ると、そこには杖を突きながら孫娘のリリアンに身体を支えられているモンドベルク公本人の姿があった。


「心配するでない。確かにちと苦しいが、今回の最功労者に礼も言わずにいられるか」


「それはまた、わざわざありがとうございます」


 頭を下げる私を手で静止させ、首を横に振るモンドベルク公。


「頭など下げんで良い。それよりも、だ」


 そこまで言うと、モンドベルク公は懐をゴソゴソと漁り始め、何かを掴むとそれを取り出し、私に差し出してくる。


 それは小さな箱。細かな装飾が施されており、この箱だけでも価値がありそうである。


「……これは?」


「今回の報酬だ。と言ってもこれは一部でしかない。ワシが直接持ち運べる大きさがこれくらいでしかなかったからのぉ」


「報酬って……。私は今回利害の一致、という名目の元、お手伝いしたまでです。報酬というのならばこのような現物ではなく、貴方の信ら──」


「皆まで言うな。では報酬ではなく、ワシからの感謝の気持ちとして受け取っておきなさい。今回、君は本当によくやってくれたからのぉ」


「……では、有り難く」


 私は差し出されたそれを取る為にモンドベルク公に近付く。


 すると──


「おっとっと……」


 突如モンドベルク公を支えていた杖が地面を滑り、支えていたリリアン共々バランスを崩してしまい転倒しそうになる。


 私はそんな二人を見て、咄嗟にそのまま転ばぬよう駆け寄り、なんとか転ばずに体勢を立て直した。


「すまんのぉ。やはり外出はちと厳しかったかの」


「余り無理をなさらず」


「そうもいかんよ。なんせ──」


 モンドベルク公がそこまで口にした瞬間、私の腹部に、突如として衝撃が走る。


 それは鋭く、冷たく。そして深く私のはらわたにまで食い込み、そこから器をひっくり返したかのように血がしとどに溢れ出した。


「ちょっとでも無理しないと、こうしてお前に出来ないじゃないか。なあ?」


 老人特有のしわがれた声音は、その声質を徐々に変化させていき、まるで少女のような可愛らしい……けれども何処か暗い闇を感じさせる粘度の高い物へと変わり。


 シワだらけで真っ白な髪と髭を蓄えた、衰えてはいるが決して死んではいない強い眼を持つ表情は。徐々にシワが消えていき、肌色が色白から濃い褐色にまで沈み、私を見上げる深緑色の双眸は静かで、けれどもはげしい激情を宿して笑うように歪んでいた。


 着ていた筈の煌びやかで上品な装いは気が付けば一変し、まるで路地裏で縮こまっている見窄みすぼらしいストリートチルドレンのような荒れた服装になっていた。


 そこに居たのは、一人の小柄な少女。


 燻んだ白髪から覗くのは、肌と同じ褐色をした尖った両耳。


 右手に握られているのは素朴でなんの飾り気もない小さなナイフ。その刃は今、私の腸を切り裂いて、蹂躙していた。


「初めましてだクラウン・チェーシャル・キャッツ。逢えて嬉しいよ」


「……ああ、私もだよ。ユーリ・トールキン・アールヴ」


 そう。私の目の前に先程まで居たモンドベルク公。その正体は今し方掃討し終えたばかりの潜入エルフ共の実質的な主であり、


 森精皇国女皇帝。ユーリ・トールキン・アールヴ、本人である。


「しかしまあ、驚いた。このナイフ、もっと深く刺したつもりだったんだけどなぁ。ギリギリ内臓傷付いたかどうかって所だ。オマケに塗っておいた毒も効いてないみたいだし……。お前、本当にただの人族か?」


「その程度のナイフと毒で倒される程、柔な経験は積んでいない。本気でないお前の奇襲など、取るに足らんよ」


「ああ? 腹刺されてるくせに何生意気言ってんだ、お前」


「本物のモンドベルク公では無い事くらい分かっていた、という事だ」


 モンドベルク公は大貴族だ。


 それも国を代表する珠玉七貴族のトップであり、国王に次ぐ権力者だ。


 そんな者が私に礼と報酬を渡す為にわざわざ馬車に乗っているのもキツいと言っていた程の病気を押してまで外出する?有り得ないな。


 第一、全潜入エルフを捕縛し終えたとはいえ指導者であった彼の仕事はまだ事後処理が残っている。そんな指導者である者が持ち場を離れる事自体が有り得ない。


 ここに彼が存在している時点でおかしいのだ。


「ふーん。本当、生意気なクソガキだな。お前は」


「そっちは歳の割に語彙ごいが幼稚だな。もう少し人族語を勉強したらどうだ?」


「『チッ。ゴミカスが……』」


「『そんなゴミに手こずるお前は、じゃあなんなんだ?』」


 エルフ語で返した私に、ユーリは露骨に不機嫌そうに睨むと、握られていたナイフを捻り、切り裂いていた私の腸を更に抉る。


「調子に乗んなよゴミ人族がぁ……。よくも私のエルフ道具達を一掃してくれたな……。この借りは何百倍にして返してやるから覚えておけ」


「三下の様な台詞を吐くなよエルフの女皇帝。ただでさえ皆無に等しい品が更に落ちぶれて聞こえるぞ? それとも今から私にやられる予行練習でもしているのか?」


「カスがこのままお前を殺す事だって──」


「出来んよ、それは」


 そう私が否定すると、ユーリは何かに気が付いた様に目線を下に移す。


 そこには私が《存在隠し》などの隠密系スキルを全発動させて気付かれないように胸に突き立てたナイフの姿があった。


「……チッ、考える事は同じか。胸糞悪い」


「そう言うなよユーリ。残念ながらコイツは間に合わせでな。大した代物じゃあないが、お前の胸くらいなら貫けるぞ?」


「……」


 ユーリはワザと腹が傷付く様にナイフを引き抜くと、そのまま踵を返して私から離れ、リリアンに見えていた木の棺桶のような物を引き摺る。


「次に会う時は戦場だ。覚悟していろゴミカス野郎」


「ああ。楽しみにしているよ。お前の心が折れる音を聞くのをな」


 私の言葉にユーリは中指を突き立てて答えると、瞬きをする間もなくその姿が搔き消え、私の感知系スキルにもその後を追う事は出来なかった。


「……ふ」


 刺された腹を撫で、障蜘蛛さわりぐもの先端に着いた奴の血を指で掬い舐め取ってから《超速再生》で傷を治す。


「ふふふふふふ……」


 嗚呼……。そうか、成る程。感じたよ。


 お前が……。そう、お前が……。


 《嫉妬》だったんだな。

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