第八章:第二次人森戦争・前編-12

 


 エルフ族とは、植物と共に生きる人類である。


 本来無色透明である毛髪は、外部からもたらされる太陽光を〝葉金素ようこんそ〟と呼ばれる元来植物が有する葉緑素がより高効率、低燃費化した完全上位互換とも言うべき物質によって黄金色に輝き。


 白磁の様な美しい肌は、本来太陽光から差す紫外線等の人体に有害性を与える要素すら皮下で分解しそのまま外へ排出。その際に発せられる極めて微弱で淡い光がより白い肌を演出し、更には毛髪の黄金光と共に周囲の植物へ微量ながら光合成すら促す。


 と、他にも植物にもたらし、もたらされる体構造をしており、切っても切れない共生関係を築いている。それがエルフ族である。


 だが、植物の全てがエルフ族にとって有益に働くわけではない。


 毒草や麻薬植物、そして魔物化した植物のたぐいは変わらずエルフ族にも牙を剥き、彼等に有害に働くのだ。


 それでも他人類種族程では無く、毒草や麻薬植物によってもたらされる毒や神経の過剰反応は起こり難い体質になっている。


 故にエルフ族を殺す、弱らせる際には植物由来の毒物を使う事は推奨されていない。


 そう、推奨されないのだ。


 にも関わらず、グラッドはアカツキトバリを使用した。


 無知から来る無謀ではない。


 そこには、彼なりの思いがあり。


 その思いと積み上げた研鑽が、彼を一つ上の高みに足を踏み入れさせたのだ。


 そしてその結果が、ノルドールを倒した。


 圧倒的な強者を、下したのだ。






 アカツキトバリを長期的に摂取した際、摂取者の身体にもたらされる慢性中毒症状は主に三つ。


 初期中毒症状である快楽の脳内回路の誤作動誘発──つまりは脳内麻薬の過剰分泌による依存症発症。


 中期中毒症状である交感神経の過剰活性化と副交感神経の鈍化──つまりは人格の凶暴化。


 後期中毒症状である脳内麻薬の過剰反応と交感神経の過剰反応による脳内神経の脆弱化──つまりは脳機能と内臓機能の著しい機能不全。


 この三つの症状が比較的短期間で起こり、後期中毒症状にまで達した者はその殆どが回復不能。運が良くとも寝たきりの生活を送らざるを得なくなる。


 要は摂取者はその快楽から依存症となり、一時的な人格破綻を起こした末に人体に多大な後遺症を残す百害あって一利なしを体現したような麻薬なのだ。


 そんなアカツキトバリを摂取し易いよう調合し、精製したものがティリーザラ王国の裏社会に根付く闇の一つ〝吽全うんぜん〟という麻薬であり、グラッドが今回用いた〝毒物〟なのである。


「『て、テ、メェ……。なんてもんを、俺に……』」


 エルフ族はその種族的性質と食性、生活環境により取り分け植物というものに対する知識、対処法に関しては幼少期から親に叩き込まれるという習慣が種族単位で根付いている。


 特に毒や薬に使えるたぐいや、それこそアカツキトバリの様な麻薬になり得る植物に関しては義務教育と言っても差し支えない教育が一般的。植物由来の毒物、麻薬に体質的に強くとも、決して怠る事の無い種族単位での習慣なのだ。


 ノルドールも勿論アカツキトバリの存在やその性質についてはしっかりと理解しており、故に自分の身体にそんなものが投与されているという事実に戦慄した。


「『いやいや、安心して良いよ。こう見えてボク薬学──特にアカツキトバリに関してはプロ中のプロだからさ。かなり苦労はしたけど、絶妙な感じに配合したんだー』」


「『ん、あ?』」


「『吽全うんぜんの中期中毒症状を抑えるのに使う寂落草じゃらくそう……。それをアカツキトバリと一緒に配合するとアラ不思議っ! 拮抗作用が働いて後遺症にならない程度に脳内麻薬の分泌と交感神経が活性化するわけっ!! まあ即効性を出す為に他にも色々混ぜはしたけどね』」


 愉快そうに語るグラッドを、ノルドールはその効果に違和感を覚えながらも何とか動かせる眉を歪ませながら睨み付ける。


「『ただその反動までは抑えられない。ある程度脳内麻薬と交感神経の活性化が終わるとたちまち脳と筋肉は疲労して軽度の機能不全を起こす……。つまりは一時的で軽い後期中毒症状を発症わけよ』」


「『あ゛……んだ、と……』」


 そこで漸く、ノルドールの鈍い頭は納得する。


 グラッド達の狙いはつまりそこ。一時的で軽度な後期中毒症状を発症させ、明確な意識を保ち生命を維持したまま自由を奪う。


 この現状こそが、グラッド達の目標だった。


「『でも正直な話まだまだ改良の余地はあるんだよねー。効果の発症には個人差があるから具合を見なきゃならなかったし、エルフが相手だったから小細工もしなきゃいけなかったしねー』」


「『こ、ざい……』」


「『うん。ホラ、エルフって植物毒やら植物由来の麻薬やらに耐性があるじゃない? でも効果を強めただけじゃ君達はその植物の知識で直ぐに狙いに気が付いちゃう……。だから毒性はあくまで弱く、けれども確実にエルフの身体を蝕む必要があった……。それが小細工』」


 グラッドはノルドールに刻まれた小さな傷を軽く撫でると血を指に付け、それを彼に見え易いように差し出す。


「『瀉血しゃけつって知ってる? 血液を体外に除去して病気を治そうって手法なんだけどさ。ボクはこれを君に投与した薬──名付けて「後祭ごさい」の効果を調整する目的で利用したんだ』」


「『な゛……』」


「『君の体調を《体調看破》でずっと観察してさ。ボクやムスカが君を傷付けて後祭ごさいを投与。効果が基準値を超えたら瀉血しゃけつで調整してね』」


「『ぐ……が』」


「『実は君に刻まれた傷、流血し続けてるのとちゃんと塞がってるのの二種類あるんだ。二本のナイフの内、片方にだけ血を固める血小板の働きを弱める毒も一緒に塗ってあってね。それを様子を見ながら微調整……。あ、ムスカはナイフじゃなくては左右の前脚だけどね!』」


 ノルドールの働かなくなった頭では全ては理解し切れない。ただグラッドとムスカが自分に仕掛けたあらゆる行動には意味があり、この状況に至る為に万全に準備を重ねたのだ、と漠然と理解する。


「『気付かなかったでしょ? 後祭ごさいの効能で認識しづらい程度に交感神経と脳内麻薬の分泌が活性化してたからね。イライラやら興奮やらで細かい所に神経が向きずらくなってたはずだよ』」


「『ぬあ……』」


「『あー、さっきから頑張って身体動かそうとしても無駄だよ。後祭ごさいの効能は神経に作用する薬だからさ。相応のスキルでも無い限り、物理的には絶対に動かせない』」


「『ふ、ざけ……』」


「『無理だって。ボクがこの薬を作るのにどれだけ苦労したと思ってんの? 君を殺さず生かして意識を保ったまま自由を奪う……。そんな至難を叶える為に、ボクはアカツキトバリコイツを利用してまで研鑽した。その結晶を、簡単に覆せるだなんて思わないで欲しいな』」


「『く、そが……』」


 グラッドとムスカ、そして今回クラウンの部下達に与えられた共通した任務……。


『軍団長を生捕りにしろ。絶対に私の前に生きたまま連れて来なさい』


 それが彼等に下された至上命題であり、自分達の命の次に優先順位の高い命令であった。


 ただ殺すだけならば実を言えばそこまで難しい話ではない。


 グラッドとムスカがやったように、ナイフや爪に致死性の毒でも塗っておけばもっと短時間且つ効率的にノルドールを仕留める事も出来ただろう。それだけノルドールはグラッド達に油断していた。


 だがこれが生捕りとなると話は変わってくる。


 生捕りとはつまり〝拘束しておける状態〟の事であり、ある程度は意識を保たせたまま身体の自由を奪うという、殺すだけよりも手間の掛かる工程を踏まなければ成立はしないのだ。


 グラッドもこの命令を聞き、真面目に考え、悩んだ。


 どうすれば自分のような暗殺、隠密に特化したような自分が。薬草の知識しか取り柄の無いような自分が、ノルドールの様な格上の強者に勝れるのか、と……。


 少ない時間に色々と試した。得意な薬学を始め、今まで手を出さなかった分野や苦手としていた事にまで目を向けてみさえした。


 しかしやはり、グラッドに出来るのは付け焼き刃の知識や技術などではなく、弛まぬ努力で積み重ねた薬学と隠密であると帰結し、そして探究を続けた。


 その結果辿り着いたのが、自分の人生と家族を狂わし、失わせた元凶……アカツキトバリの利用であった。


 一応、アカツキトバリ以外の薬草を使用する事は勿論検討していた。寧ろクラウンからはもっと使い勝手の良い物を利用する事を薦められもしていたのだ。


 しかしグラッドはそれでも敢えてアカツキトバリを使うと決めた。


 そこにあったのは彼なりの決意と過去からの真の脱却、そして大恩人であるクラウンに対する恩返しの想い……。






『多分ボクは、コイツを乗り越えなきゃならないんだ。結局このアカツキトバリだってさ、使う奴次第……。コイツ自体は悪じゃないんだ』


『ほう。そう思えるようになったか』


『うん。だからさ、ボクはコイツをちゃんと理解して、御さなきゃならないんだ。そうして初めてコイツは麻薬ってだけの存在じゃなくなるし、本当の意味でボクは過去を克服出来ると思うんだ。……それに──』


『それに?』


『ホラ、ボスって吽全うんぜんの根絶目指してたじゃない? だから今回のこの薬の出来次第じゃさ、このアカツキトバリの他の利用法が色々と見付かって、吽全うんぜん根絶の足掛かりになるんじゃないかな?』


『……ふふふ。それは素晴らしいな』


『でしょ? だから、ボク頑張るよ。そして自分と、何よりボスに、ちゃんと報いたいんだ。今ボク、スッゴイ幸せだからさっ!』






「『これは、ボクとボスを繋ぐ花と薬……。歪で、醜くて、全っ然綺麗なんかじゃないけど、それでも固くて、絶対に途切れる事の無い絆の象徴なんだ』」


「『……』」


「『その絆がくれた君に勝つって結果を、簡単に覆せるだなんて思わないでよね。君はボクの信念と報恩に、負けたんだよ』」


「『……くそ、が……』」


 そこでノルドールは諦めた様に身悶えるのを止める。


 顔は相変わらず険しいままだが、グラッドの覗かせたその表情に宿る強い意志、想いと、自分をここまで追い込む為に積み重ねたという重厚なまでの信念が、ノルドールに自身の敗北を認めさせたのだ。


「……」


「『……』」


「…………」


「『…………』」


「…………だはーっ」


 ノルドールが諦め、敗北を受け入れた事を念入りに確認したグラッドは、まるで緊張の糸を自ら断ち切ったかのように深い溜め息を吐き、そのまま床に思い切り寝そべる。


 それを倒れてしまったのではないか、と心配し「大丈夫ですかっ!?」と慌ててムスカが彼に駆け寄る。


「ははは。大丈──いや、大丈夫じゃないねうん。スッゴイ痛いよっ! 身体中スッゴイ痛いしスッゴイ疲れたっ!!」


 そう真剣に訴えながら戯けて見せるグラッドに、ムスカは外骨格に身を包んだ表情で笑いながら彼の懐へと前脚を伸ばす。


「ふふふ。思っていたより元気そうで何よりで御座います。貴方様はそのままでいて下さい。代わりにわたくしが処置いたします」


「あ、うんお願い……っと、その前に一つお願い」


「はい、何で御座いましょう?」


「そいつ、多分数日間は動けないだろうけどさ。念の為に手足の腱切っといてくれない?」


「『ッ!?』」


 その言葉を聞き、真っ先に反応したのは勿論倒れたままのノルドール。


 と言っても全く身動きは取れないので微かな表情変化に留まってはいるが、その表情は明らかに「止めろっ! 動けないんだから必要ないだろっ!!」とでも言いたげにしている。


「それは、必要なので御座いますか?」


「だから念の為なんだって。ボク等ノルドールの事知らないでしょ? 何かまだ隠してるかもしれないからさ。やれるだけはやらないと」


「成る程。後悔先に立たず、で御座いますからね」


「そういう事っ!! んじゃ、頼んだよ」


「はい。畏まりました」


 そう返事をしてムスカがノルドールへと振り返り、ゆっくりと彼に近付いて来る。


 その様子はムスカの容姿も相まって余りにも不穏。まるで悪魔が自身の魂を狩にでも来ているかの光景に、ノルドールは全身に冷や汗をかきながらただ待つしかなかった。


 だがここで、ノルドールは一つだけ出来る事がある事に気が付く。


 それはスキルの発動。


 殆どのスキルはノルドール自身の性質、戦闘スタイルの都合上使う事は封じられてしまっているが、一つだけ何にも縛られていないスキルがあったのだ。


 結局は一度も使わず、使い慣れていないせいでそのまま存在自体を忘却していたエクストラスキル、《解析鑑定》。


 最早発動して二人の事をつまびらかにしようと何の意味も持たないが、せめてどんな奴等に倒されたのか、どんな奴等に負かされたのか、ノルドールはそれが知りたくなった。


 が、後祭ごさいの効能のせいか魔力すら上手く操作する事が出来ず、捻出出来たのは一回分のみ。


 仕方なく今回自分を追い詰めた主犯とも言うべきグラッドの姿を視界に収め、発動。


 ノルドールの前に開示された、彼の姿は……。


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 人物名:グラッド・ユニコルネス

 種族:人族

 年齢:十六歳

 状態:疲労、打撲、捻挫、火傷、裂傷

 役職:ティリーザラ王立ピオニー魔法教育魔術学院一年生、クラウン・チェーシャル・キャッツ部下

 所持スキル

 魔法系:《水魔法》《風魔法》《嵐魔法》

 技術系:《剣術・初》《ナイフ術・初》《ナイフ術・熟》《短剣術・初》《短剣術・熟》《体術・初》《投擲術・初》《窃盗術・初》《窃盗術・熟》《暗殺術・初》《暗殺術・熟》《隠密術・初》《隠密術・熟》《調合術・初》《調合術・熟》《栽培術・初》《栽培術・熟》《登攀術・初》《緊縛術・初》《変装術・初》《ニ連撃ダブルスラッシュ》《背影斬シャドウスラッシュ》《挟双撃シザースハント》《乱双撃ランダムスラッシュ》《緊急回避》《立体機動》《軽業》《見切り》《スリの心得》《追い討ち》《闇夜討ち》《影討ち》《影纏シャドウスキン》《配合率理解》《配合率心得》《毒調合理解》《毒調合心得》《土壌理解》《植物学理解》《植物学心得》《薬学理解》《薬学心得》《毒性学理解》《毒性学心得》《神経学理解》《栄養価理解》《高速化ハイスピード》《俊敏化ダッシュ》《集中化コンセントレーション》《消音化サイレント》《二刀の心得》

 補助系:《体力補正・I》《魔力補正・I》《筋力補正・I》《抵抗補正・I》《敏捷補正・I》《敏捷補正・II》《敏捷補正・III》《集中補正・I》《集中補正・II》《器用補正・I》《器用補正・II》《剣速強化》《集中力強化》《瞬発力強化》《柔軟性強化》《聴覚強化》《触覚強化》《跳躍強化》《反射神経強化》《動体視力強化》《三半規管強化》《平衡感覚強化》《危機感強化》《静粛性強化》《暗殺強化》《寿命拡大》《思考加速》《予測演算》《魔力精密操作》《気配感知》《動体感知》《危機感知》《罠感知》《気配遮断》《魔力遮断》《動体遮断》《遠話》《戦力看破》《体調看破》《毒合成》《遮音》《直感》《挑発》《隠匿》《隠蔽》《隠秘》《目星》《鍵開け》《病葉わくらば》《品質鑑定》《強奪》《水魔法適性》《風魔法適性》《嵐魔法適性》

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 それはとても、十六歳の少年が有していいスキルの数ではなかった。


 薬学や隠密に特化し、ノルドールを追い詰めるに納得するだけの構成になっている事には納得がいくが、どう考えても彼程度の年数で習得出来る量ではない。


 エルフ換算で言えば十六年など人族にとっては八歳児前後。三十二年を迎えて初めて人族の十六歳前後に相当する。


 自分は果たしてそんな時分にこれだけのスキルを取得していただろうか? いや寧ろ二十年以上前の自分は今の自分に勝つ事など出来るだろうか?


 ノルドールは困惑を極める。


 一体グラッドとは何者なのか。


 そしてそんなグラッドを〝部下〟に持つクラウンとは一体どんな化け物なのか。


 自分は──エルフは一体〝何〟を敵にしているのか。


 そう考えたノルドールの奥底に、怖気おぞけが湧き上がった。


「はは、あはははははっ!!」


 そんなノルドールを他所に、仰向けに寝転び、グラッドは心底嬉しそうに笑い声を上げる。


「ボス、きっと喜んでくれるっ!! 早く帰りたいなぁっ!! あははははっ!!」


 その無邪気な笑いはより一層、ノルドールに得体の知れなさを覚えさせたのだった。






 グラッドの精製したアカツキトバリを利用した新薬「後祭ごさい」は、実の所未完成であった。


 彼が目指していた完全までには程遠く、故にノルドールに語った小細工が必要になったし、発揮した効果も期待以下でしかなかったのだ。


 確かにグラッドの薬学に対する知識は同世代や並の研究者を凌ぐものがある。


 しかしそれでも日夜新薬開発に勤しむ勤勉な研究者達の積み上げられた知識や経験には遠く及ばず、そんな彼等ですら作れていないアカツキトバリを利用した新薬開発をグラッドが成功させる可能性は低かった。


 知識も、経験も、時間も、材料も、試行回数も……。何もかもが足りない中で少し才能があるだけの少年がそれを成し遂げられる程、世界は甘くは無い。


 だがそれでも、全てが無駄ではなかった。


 考え抜き、悩み続け、苦しみもがき。


 後悔して、救われて、想いを募らせて、決意を固めて。


 克服したくて、前を見たくて、報いたくて、役に立ちたくて。


 そんな数え切れない感情と研鑽を微塵も揺るがす事なく抱えながら重ねていき。


 辿り着いた一つの答え、境地に、グラッドは全てを賭けてノルドールに挑み。


 そして、一つの〝祝福〟が彼に舞い降りた。


 ムスカの連続攻撃に合い、挟撃を自らを爆破する事で逃れたノルドール。


 そんなノルドールの影より、グラッドは狙い澄ました。


『これ以上時間は掛けられない……。ボクの体力も限界だし、次狙われたら避られない……。だから、この一撃で決めなきゃ、終わりだ……』


 構える二本のナイフには、ありったけの後祭ごさいを塗布し、攻撃後も失血死しないよう配慮する。


 狙いは動脈。効果が直ぐにでも現れるよう、なるべく脳に近く且つ致命的でない箇所。


 それらを配慮し、次の一撃で全てを決着させる事を決意し、グラッドはノルドールへ飛び掛かった。


 そしてその瞬間、それは彼に降り掛かる。


 己より強いエルフを打倒する為に積み上げて来た数多の努力、研鑽、失敗。


 自分の人生を狂わせた麻薬植物を克服し、あまつさえ御して利用し、自分と恩人の為に役立てようとする意志、信念、報恩。


 それらが折り重なり、積み重なり、それはもたらされた。


 二本のナイフの刃がノルドールへ突き刺さるその瞬間、グラッドにとある一つのスキルが目覚める。


 名を《病葉わくらば》。


 自身が使用するあらゆる毒物、病毒属性攻撃による効果を、エルフ、植物に対し大幅に補正を掛け、罹患率を高める権能を有しているそのスキル。


 そう、このスキルこそが、グラッドにもたらされた祝福。


 未完成だった後祭ごさいの効果をグラッドが望む形の結果に導いた、奇跡の一つであり、ノルドールにトドメを刺した好手。


 そしてそんな祝福が誰の影響でもたらされるに至ったかは、言わずもがなである。


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