第三章:草むしり・前編-11
父上が言った通り、差し出された
それにしても辺境伯か……。成る程、合点がいく。
カーネリアは港をいくつも抱える大きな貿易都市ではあるが、同時にエルフの国との国境沿いにある都市でもある。まあ、間には広大な草原が広がってはいるがな。
つまりはエルフからの侵攻を真っ先に受けると共に、国をエルフからの脅威より防衛する最前線でもあるわけだ。
だから父上は国防を司る大公であるモンドベルク公と連携し、エルフとの繋がりが疑わしかったスーベルクを処そうとしたわけか。
「どうした?」
「いえ。色々と合点がいったので少し頭の整理をしていました」
「ほう。どうやら本当に勘付いていたと見えるな。いやはや、我が子ながら優秀に育ったものだ」
「ですがまだ肝心の土地に関して釈然としません。続きをお願いしても?」
「ふむ。そうだな」
父上は勅許状を金庫にしまい直すと本棚の仕掛けを元に戻し、鍵の役割をしていた引き出しの底板も元に戻すと再び椅子に座った。
「順を追って話そう。……今から約六百年以上前、このティリーザラ王国が建国を果たした際、それに助力した七人の男女に貢献人として爵位が授けられた。それが始まりの貴族とも呼ばれる珠玉七貴族だ」
「ええ。金剛、紅玉、蒼玉、翠玉、瑪瑙、琥珀、翡翠……。七つの役職を宝石に例えそう呼ばれていると、歴史書を読んだ事があります」
役職全てが公表されているわけではないが、分かる範囲で挙げるならば金剛が国防、紅玉が経済、蒼玉が医療、翠玉が司法、瑪瑙が外交を生業としていた筈。残りの琥珀、翡翠に関してはどれだけ調べても出て来なかったのだが……。まさか翡翠が我が家だったとはな。では、
「因みに昔の翡翠の役割はなんだったのですか?」
「昔か……。確か冒険者や魔物討伐の専門家、だったと聞いている。当時はまだギルドという形態そのものが出来始めた頃だったらしいからな。当然、冒険者ギルドや魔物討伐ギルドなんてものも無かったわけだ」
「成る程……。その関係ですか? 紅玉であるコランダーム公爵が親しげだったのは」
「なっ!? ……ルビーを知っているのか?」
「ルビー? ……ああ、そうですね。ルービウネル様にお会いしました。「ジェイドに宜しく伝えてくれ」と……」
「あのじゃじゃ馬め……。我が家の立場がどんなものかは理解しておる筈なのだがな……」
頭を抱える父上を見ていると、コランダーム公が可笑しげに父上を
母上や姉さん、ミルトニアと父上とのやり取りを見ても、父上は割と女性に対して腰が低いというか、上に立たれる傾向にあるように思える。
それが父上の策略なのか、はたまた性格故の自然の成り行きなのかは知る由もないが。
「はあ……。まあよい。恐らくルビーの奴はお前がいずれキャッツ家の跡取りになると察してそのような事を口にしたのだろう。まったく、私の育児方針も知らないで……」
「そうですね。父上は有り難い事に私達子供に将来の選択の自由を認めて下さっている。領主であり貴族──それも珠玉七貴族の一角ならば、本来は是が非でも跡を継がせる筈だと思うのですが」
「……それは、これから話す我々キャッツ家が何故に公に爵位を公表出来ないかを聞けば理解出来る」
父上はそこで一度区切ると、頭の中の記憶を一つ一つ思い出しながら、キャッツ家にまつわるとある出来事を語り出した。
「キャッツ家は元々辺境伯ではなく、侯爵の位を賜っていた。そんな侯爵として腕を奮っていた頃、当時三代目当主であったビル・チェーシャル・キャッツが一つの王命を授かった」
「王命ですか」
「ああ。内容は隣国である「森聖皇国アールヴ」との和平。その使者に任命されたのだ」
もうこの時点で嫌な予感しかしないのだが……。
「だがビルはかなりの野心家だったらしくてな。自身の珠玉七貴族であり侯爵という立場に満足していなかった。故にビルはこの王命をきっかけに更なる上を目指そうとした」
ああもう……。なんかちょっとスーベルクの時と似てないか?
「当時はまだ友好的とまではいかなくとも、これから良好な関係を築ける程度には興味を持ってくれていた当代エルフの皇帝はそれを快く受け入れ、使者として入国したビルは歓待を受けたという。このまま順調にいけば見事和平は締結し、両国間は素晴らしい関係を築けていただろうな……」
「そこでやらかしたわけですか」
「その通りだ。……歓待を受けたビルは皇帝と共にアールヴの様々な名所を訪れ、自国の素晴らしさをアピールしたのだ。だが、それがマズかった。ビルはその訪れた名所の一つに、目を付けてしまった」
父上は深い深い溜め息を吐くと、グラスにラム酒を注ぎ、少しだけ口を付けて渇いていた口内を湿らす。
「そこは海岸だった。広く真っ直ぐで岩礁なども特に無い。また隣接していた森のある地面は比較的平地だったらしく、切り拓けばそれなりに広い土地になったという。加えてその森は幸か不幸か王国との国境沿いにまで広がっていた唯一の森林地帯だった。……後は分かるな?」
「……そういう事ですか」
「その通りだ。その土地こそが私達が貿易都市カーネリアと呼ぶようになる場所だ」
成る程。本当にとんだご先祖様が居たもんだ。まあ、気持ちは理解出来るが。
「大体分かりましたよ。つまり三代目当主はその海岸に面した土地が欲しくなったわけですね。王命を無視してでも」
「当時のティリーザラ王国は海に面していない内陸の国であったからな。港が拓き易く、また街を作るにはうってつけの土地まであった上に王都とのアクセスも悪くない。実行するか否かは兎も角、為政者を少しでも
全くもってその通りだ。それまで河川以外で漁業を行えなかった内陸の国からすれば港街を建てる好立地な土地は計り知れない価値がある。
そしてそんな港街を治めるということは港街が生み出す利益の殆どを手中にするという事。勿論国へ幾分か献上しなければならないだろうが、それでも残る額は相当なものだ。
現にカーネリアは漁業でかなりの利益を得られているし、我が家は辺境伯と名乗れないからといっても下手な爵位の貴族より財力はある。
それだけこの土地には価値があるのだ。
「そんな土地がある事を知ったビルは帰国後、直ぐに国王に進言した。「あの土地を奪いましょう」とな」
「それを、国王は飲むわけですか」
「そう伝わっている……。代々国を支えて来た珠玉七貴族の一角からの進言だ。無碍には出来ん。それに事実この土地はかなり有用だった。手中に収めれば国が潤うのは間違いなかったからな」
「成る程。それで略奪戦争を仕掛け、見事勝利を収めた……。それがこの土地が人族の──我々キャッツ家の所有物になった経緯ですね」
「そうだが、正直な話、口伝でのみ伝わっている歴史だ。語り手によっては
「はい。それで父上。そんな土地を見事勝ち盗った我々キャッツ家は、一体何をしでかして爵位を落とされ秘匿され、裏で暗躍せねばならないなんて事態に落ち込むんですか?」
「……聞いて驚くな?」
父上はわざわざそこで区切り、椅子から立ち上がると窓の方まで歩いて行き、カーテンを少し開いて夜空を照らす月を眺め始める。
まるで今から話す事に対して綺麗な物を見て気持ちを誤魔化しながら現実逃避でもしているようで、不穏さしか無い。
私は少しだけ覚悟を決め、父上が続きを口にする瞬間を待つ。
そして数秒と溜めに溜め、一つ嘆息を漏らすと、いよいよ核心を話し出した。
「……ビル・チェーシャル・キャッツ……。奴はな」
「……」
「……「強欲の魔王」、だったのだよ……」
……
…………
「……どうした? クラウン」
「……いえ、ちょっとその……。驚いて……」
「そうであろうな。まさか先祖が魔王など……」
「……はい」
先祖に……私と同じ「強欲の魔王」が……。
いかん。少し予想外過ぎて情報に頭が付いて来ない。
ああっと……、つまりは──
「つまり、その事実が知れたからビル──いいえ、キャッツ家は世間から秘匿されたわけ、ですか」
「そうだ。土地を半ば強引に奪い取るような手段に彼の正体を知る一部の部下から反感を買ったらしい」
「成る程。それで、国王は彼をどうしたんですか?」
「詳細は分からんが、複雑ではあったろうな。なんせ信頼し切っていた珠玉七貴族の一角がまさかの魔王……。それもそんな魔王の進言によってエルフから土地を奪ったのだ。この事実が世間に知れれば国としての面子など保てたものではない。外聞が悪過ぎる」
「ですがそれでもキャッツ家取り潰しではなく爵位を辺境伯へ落とされるのみに留まり、土地を奪ったという歴史は闇に葬られ、キャッツ家はその存在を秘匿され、裏方稼業に移された……。土地もそのまま治める形になったのですね」
「どうやら他の珠玉七貴族からの嘆願やキャッツ家が
「魔王、だからですか?」
「それもあるだろうが、第一は歴史を隠蔽する為だ。このような失態を無かった事にする為には中心人物であったビルが生きているのは色々とマズイ」
「……成る程」
「結果として我々キャッツ家は爵位を辺境伯とした上で名乗る事を禁じられ、一般的な領主を演じ続け、裏では色々と暗躍しなければならなくなった……。これがキャッツ家が珠玉七貴族を……辺境伯を名乗れない理由だ」
ふむ。大体分かった。
先祖に「強欲の魔王」が居た事には流石に動揺したが……。それ以外は、まあ、なるようになった結果なのだろうな。
どちらかと言えば待遇としてはかなりマシな方だ。国と国王の顔に泥を塗った形になったにも関わらず一族抹殺どころか爵位を落とされ秘匿されただけで取り潰しにもなっていないのだからな。
それだけ当代の珠玉七貴族の権力が強かったのだろう。
「お前達に自由な将来を送って欲しいと願うのは、こんな呪われたような役割に就かせたくないからだ。港の利益を殆ど国に献上し、裏では国家転覆や反逆を企てる輩を調査、告発、時には暗殺を生業とする家業に誰が可愛い子供を継がせたいなど思う……」
「そういう経緯が……」
「まあ、とはいえ現実には難しい。珠玉七貴族は建国から王家を支える存在。その一角が潰えるなど、私が望んでも国が赦さない。結局は我が父同様、子に後を託さねばならぬ……」
そこまで父上は口にすると私の方を向き直り、真っ直ぐ私の目を見詰めて来る。
その目には今まで見た事が無い程に熱や真剣さが込められており、父が息子に何か決断を迫る時のそれであるのが理解出来た。
「……クラウンよ」
「はい」
「本来この話は、当代が次代に後を託す際にする決まりになっている。だが今回お前は自力でその不穏さを嗅ぎ付け、私に迫ってみせた。そこは見事であったと言っておこう」
「ありがとうございます」
「だがだからと言って今すぐにお前に次代を譲るわけにはいかない。私はお前達子供が出来てから決めている事がある」
「決めている事、ですか」
「ああ。この呪いを、私の代で終わらせる。それが私の今の指針だ」
「それは、今の〝翡翠〟としての役割を終わらせる、という意味ですか?」
「そうだ。近々国王陛下にこれまで積み重ねて来た〝翡翠〟としての実績を報告し、嘆願する。侯爵に戻らなくとも良い。だが貴族として名を世間に公表し、裏家業から足を洗う……。そんな嘆願をするつもりだ」
嘆願……。大きく出たものだな。確かに建国以来とは言えないだろうが、少なくとも数百年間は暗躍という役職を全うして来ている事は事実だ。多少なりとも可能性はあるかもしれない。
……だが。
「父上。それは無謀に近いです。〝翡翠〟が行って来た実績はあくまで貿易都市としての表の利益と裏家業としての裏の利益……。貴族として名を世間に公表するとして、裏の利益が明るみに出られない以上、表の利益だけでは弱いと愚考します」
「ぐっ……。それは、理解している。だが珠玉七貴族や陛下は我々のこれまでを十分理解して──」
「理想論や感情論では国は動きません。それは父上が一番お分かりでしょう? 呪いの渦中で苦しんでいる、父上ならば」
「ではどうしろと言うのだッ!?」
父上は執務机を拳で殴り、上に乗っていた書類はパラパラと床に落ち、インク瓶が倒れ中の黒いインクが机に広がりシミを作る。
「四六時中同国の貴族を疑心暗鬼に観察し、笑顔の眩しかった同僚の黒い顔を無理矢理引っ張り出し、臭気の漂う陰湿な小部屋で好きでもない拷問で口を割らせる……。そんな苦痛を耐えに耐えて来た我が家系が……何故、世間で認められないんだッ!? 何故我々が苦しまなければならないんだッ!? 何故、我々だけが……。あんな男一人のせいでッ!!」
父上は思わず机の書類を握り潰し、それを何度も机に叩き付ける。骨が折れるかもしれない、仕事に支障をきたすかもしれない……。が、そんな事はお構いなしに、何度も何度も殴り続け、その拳の痛みで漸く落ち着きを取り戻した。
「……すまない。少し取り乱した」
「お気になさらず。お気持ちは察します」
「……クラウン」
「はい」
「お前は賢い。それに数多の才能にも恵まれている。もしかしたらこの家業も、歴代当主の誰よりも卒なく熟せるだろう」
「……」
「だが私は、そんな勿体無い事が堪らなく赦せない。お前はもっと上に行ける人間だ。こんな場所でチマチマと他人の背中を突く様な事で収まる存在ではない……。だから、私は──」
「父上」
「……なんだ」
「一つ、ありますよ。世間に堂々とする方法が」
「……それは慰めか? それとも冗談か?」
「真面目ですよ。大いに真面目です」
「だが、そんな都合が良い話が……」
「あるじゃないですか。分かり易く、強大で、誰の非も挟まない、決定的な実績稼ぎが。近々、ね」
「……まさか、お前」
「そうです。近々起こるエルフとの戦争。そこで我々キャッツ家が大功労を上げ、奴等を完膚なきまでに打ちのめすのですよ」
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