第三章:草むしり・前編-12

 


「……いつから戦争があると知っていた?」


 机に広がったインクを手近な布で拭き取りながら疲れた様子で父上がそう私に訊ねる。


「師匠──キャピタレウス様に出会って直ぐです。直接詳細を聞きました」


「私の息子を巻き込みおって……」


「師匠を責めないであげて下さい。何にせよ学院の生徒は少なからず戦争に駆り出されますし、例え聞かされていなかったとしてもいずれ気付いていたでしょうから」


 まあそれでもいち早く戦争が起きる事を知れたのは僥倖だった。でなければ少ない時間で色々解決せねばならなかったからな。


「そうか……。それで? 戦争で大功労を挙げるなどと本気で言っているのか?」


 父上は半ば訝しんだ目で私に事の成否を確認するように問い掛けてくる。


 それもそうだ。戦争で功績を挙げるというのは口に出来る程簡単ではない。だが今のキャッツ家が堂々と世間に顔を出すにはこれぐらいやらなくてはならない。


 まあ、本音は公然とスキルを狩放題出来るチャンスを逃したくないというだけなのだがな。


「はい本気です。誰もが認める大きな功績を挙げる事が出来れば国王陛下や他の珠玉七貴族とて無視は出来ません」


「だが、それでも確実では──」


「ならば確実になるような戦果を挙げれば良い。誰より多く敵兵を討ち取り、誰より先に活路を拓き、誰より先に皇帝の首に刃を突き立てる……。それくらいすれば然しもの国王陛下も認めて下さる」


 それにこのエルフとの戦争は元を辿れば我がキャッツ家の不祥事が原因。我々が解決するのが筋だろうしな。


「口ではいくらでも言える……。それに一体誰がそのような役回り、を……。……クラウンお前」


「そうです。勿論、私がやります。キャッツ家の長男ですからね」


「前線に出るというのかっ!?」


「当たり前です。でなければ大功労などとても立てられない」


「戦争を知らぬからそんな事を軽々と口に出来るのだっ!! ……確かにお前は優秀だ。学院で蝶のエンブレムに選ばれた才気溢れる自慢の息子ではある。だがお前個人では限界があるであろう。特に戦争などという混沌とした状況ではな」


 ……戦争を知らない、か……。まあいい。


 私とて個人で戦争に片を付けられるなどとは思っていない。どれだけ私が強くなろうと戦争一つを背負えるようになったなどと傲るつもりはない。


 それにいくら私が前線に出られたとしても、必ず活躍し戦果を挙げられるかは戦況や軍務を任せられる者にもよる。私一人では到底融通など効かない。


 ならばどうするか。


「そうですね。例え私が強くとも、戦争での活躍は簡単ではないでしょう。それは理解しています」


「ならば──」


「ですが、私一人ではなかったらどうでしょう? 同じキャッツ家という看板を背負って戦場を渡り歩ける。そんな身内がもう一人、居ますよね?」


「……ガーベラか」


「はい。姉さんならば此度の戦争も悠々と戦い抜けるでしょう」


 姉さんの実力は今就いている剣術団団長という立場からも分かる通り、最早国が認めている強者。


 私のような殆ど無名な人間などより遥かに戦力として期待されているのは自明の理。そんな姉さんならばキャッツ家の汚名返上に一役買ってくれるに違いない。


「そうか、ガーベラか……。だがそれならばガーベラ一人で十分な功績を立てられるのではないか? わざわざお前まで前線に行かずとも……」


「確かに姉さんお一人でも戦果を挙げて下さるでしょう。ですがそれで確実にキャッツ家の汚名をそそげるかと言われれば首を捻らざるを得ません」


「……それで、お前もか……」


「二人でも正直な所分かりませんが、姉さん一人よりは確実です」


「……そうか」


 父上はそう呟くと再びグラスにラム酒を注ぎ、同じくそれを一気にあおる。


 度数は低くない筈なんだがな、あの酒。いくら常人より強いとはいえあんなに一気に流し込んだら酔いが回るんじゃないか?


 と、そんな私の心配を余所に、父上はグラスを机に強めに置くと深い深い溜め息を吐いて私を睥睨へいげいするような視線を送る。


「私は、お前達に辛い思いをして欲しくないから跡を継がなくとも良いと言っているのだぞ? それが何故可愛い我が子二人を戦場の──それも前線に立たせるなんて話になるんだ……」


「……正直な話しですね」


「うん?」


「キャッツ家云々は二の次三の次なんですよ。私的には」


「で、では何故っ!?」


「そんなの決まっているじゃないですか」


 私はそこまで口にすると、机の上にあるラム酒の瓶を自身のグラスになみなみ注ぎ、溢さぬよう口に運んでから先程の父上のように一気に流し込む。


「父上の為ですよ」


「わた、しの?」


「当然でしょう。姉さんは分かりませんが、私は今の所もまだまだ家を継ぐ気はありません。ならばもう少し父上に頑張って頂かなくてはならないわけですが。今のままだと父上、ストレスで早死にしてしまいそうじゃないですか」


「そう堂々と継ぐ気はないと言われると流石に複雑ではあるな……」


「まあまあ……。で、父上に死なれるのは普通に嫌なので、ならば息子である私が一肌脱ごう、と。恐らく姉さんも同じ事を言われると思いますよ」


 その言葉を聞き、父上は少し照れ臭そうに目線を逸らし小さく「そうか」と何度か呟く。


 そんな父上の様子を見て私が露骨にニヤついて見せると、それに気が付いた父上が一つ咳払いをして誤魔化す。


「お前の意思は、固いのだな?」


「ええ。エルフ共に目に物見せてやりますよ」


「そうか……。分かった、お前を信じよう。私の方からも戦場でお前が前線に立てないか掛け合っておく。必ず立てられるかは保障出来ないが……」


「十分ですよ。ありがとうございます」


「良いか? 必ず生きて帰るのだぞ? 冷たくなったお前との再会など御免被るからな?」


「勿論。私は死にませんよ」


「それとキャッツ家を背負って戦場に立つのだ。不様な姿を晒すな。分かったか?」


「はい。キャッツ家の嫡男として、華々しい戦果を上げて見せます」


「うむ」


 父上は大きく頷くと、ラム酒の瓶を傾け中身をグラスに注ぎ込み、最後の一滴まで注ぎ終えるとそれを口に運ぶ。


「長話になったな。お前と久々に話せて良かった。また次に立ち寄った時も遠慮なく──」


「あ、父上。話はまだ終わっていませんよ」


「……なんだ、一体」


 綺麗に締めようとした所を遮られ少し憮然とする父上を余所に、この屋敷で行わなければならい用件を父上に伝える。


「父上。この国に幾人かエルフが潜伏しているという事はご存知ですか?」


「……ああ。知っている。実は今日もその件に関してモンドベルク公と会議をして来てな。今全力でそのエルフ共の洗い出しをしている」


「ほう。成る程。それは僥倖ですね。では、この屋敷にエルフが潜入している事もご存知で?」


「……なにっ!?」


 私の言葉に一瞬反応出来なかった父上はまだ中身がまだ入っていたラム酒をグラスから溢しながら椅子から勢いよく立ち上がる。


「知らなかった、ようですね」


「あ、あぁ、いや……。しかしウチの使用人はそれこそ全員ベテランで──」


「エルフは長命種ですよ? 平均寿命五百〜七百歳……。中には千年生きたなんて記録もあるんです。たかだか数十年スパイするのも不可能ではないです」


「ぬぅ……。しかし腐っても我が家は珠玉七貴族の一角だ。使用人の選別もそれは厳しく──」


「モンドベルク公の部下の一人がエルフだった事はご存知ですか? エルフは国主導でスパイを送り込んで来ているんです。例えどれほど厳しい審査だろうと掻い潜る術を持っているでしょう」


「お前そんな事まで知って……」


「勿論。そのエルフを捕らえたの私ですから」


「なっ!? ……聞いてないぞ、私は……」


 少し悔しがる父上に微笑ましさを覚えながら、私は「兎に角」と区切り話を続ける。


「確固たる証拠はありませんが、過去に土地を奪った我が家に一人もエルフを送り込まないのは不自然です。優秀な者が一人は必ず潜り込んでいるでしょう」


「くっ……成る程な。それで? どう炙り出す? 少なくとも数十年我が家でスパイを続けているような奴だ。そうそう尻尾を掴ませんだろう」


「はい。そこで父上にも協力して頂き、私が目星を付けた者何人かにカマを掛けてみようかと」


「目星? それは一体誰に?」


「屋敷の内情をより鮮明に且つ詳細に知るには、使用人の中でもある一定の地位に就いている者が相応しいでしょう。即ち──」


「メイド長にコック長……。それから使用人を取り纏める役目を与えている……、カーラット……」


「……父上」


「分かっているっ!! ……だが、疑いたくはない。アイツは……、カーラットはもう十年以上私の部下として働いてくれている。それにアイツはモンドベルク公からの信頼、そのものだからな」


 モンドベルク公からの信頼? なんだそれは。


 と、そんな事を思い浮かべていると父上がそれを察したのか、少し不思議そうな顔をする。


「なんだ? 話していなかったか?」


「何をですか?」


「カーラットは元々、モンドベルク公から私の部下にと異動して来たのだ。お前が生まれて少ししてからだったか……。当時はまだ少年だったが非常に優秀だからとな」


「……成る程」


 カーラットが元々はモンドベルク公の元に……。そうなると、カーラットは……。


「お前が挙げた三人の中でカーラットが一番若いが、お前の言う通りカーラットがエルフである可能性は捨て切れない。私情を挟むべきではないな」


「……ええ。そうでしょうね」


「ならばお前のその案、試してみよう。数十年我が家で過ごしていたとはいえ、エルフが屋敷に居るなど考えるだけで恐ろしいからな」


「ではこれから早速始めましょう。私が質問を用意していますので父上はそれを……」


「ああ、分かった」






「失礼します、旦那様」


 そんな低いトーンで恭しく扉を開けて執務室に入って来たのはカーラット。


 背筋をピンと伸ばし、感情の読めないポーカーフェイスを携えて執務机に構える父上に面と向かって一礼する。


「夜分にすまないな。お前と少し話しておきたかったのだ」


「改まって話し、で御座いますか?」


「ああ。最近、少し嫌な噂を耳にしてな。お前が何か知らないかと思ったのだ」


「私が知る事でしたらなんなりと御訊き下さい」


「ならば訊くがカーラット」


「はい」


「屋敷内でエルフ語での会話を聞いた、と使用人が漏らしたのだ。何か知らないか? カーラット……」


「……」

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