第五章:魔法の輝き-2.5

「くそぉっ!! まだか!? まだハーボンは戻らないのかっ!?」


 黒を基調とした硬質な木材を使われた机を思い切り両手で叩いたティリーザラ王国子爵スーベルク・セラムニーは青筋を額に浮かべながら使用人には対して叫ぶ。


「は、はい……ハーボン殿は未だに姿を現しません……」


「ぐ、ぬぬぅ……。ジェイドは!? 彼奴の様子はどうなっている!?」


「はい、どうやら、何やら騒ぎにはなっているようです。詳しい情報は警戒網が厳重で未だ……」


「むぅ……なんと頼りない……。しかし騒ぎか……ハーボンは成功したのか?」


 スーベルクは未だに状況を把握出来ないでいた。その時は丁度クラウンが起き上がれずに大騒ぎになっていたのだが、そんな事スーベルクの知る由もなかった。


「申し訳ありません。ですがタイミングを見るからにその可能性は高いかと……」


「ならハーボンが帰って来ないのはその他に何か問題があるか……、まあよい、引き続きハーボンの捜索に当たれ。クソ……忌々しい……」


 そう言ってスーベルクは牛革の椅子に改めて座り直し、頭を抱える。


(それもこれも全てはディーボルツの老ぼれのせいだ! あの忌々しいジジイさえ首を突っ込んで来なければわざわざハーボンを暗殺者になどしなかった!!)


 スーベルクとて、ハーボンを暗殺者になどする予定など無かった。キチンとしたプロを雇い、キッチリとジェイドと自身の証拠を抹殺するつもりでいたのだ。


 しかし現実として彼は従者であるハーボンを複数枚のスクロールを用いて暗殺者に改造し、短期間の訓練の後に送り出した。


 その原因が同じくティリーザラ王国の貴族にして大公の位を与えられている「ディーボルツ・モンドベルク」である。


 彼はこのティリーザラ王国に七人いる大貴族「珠玉七貴族」の一人〝金剛〟を任されている由緒正しき大貴族である。


 珠玉七貴族はティリーザラ王国建国当時から国を支え、守護をして来た大貴族であり、七人がそれぞれに代々とあるエクストラスキルを受け継ぎ、建国から六百年経った今でもその権力は一切衰えていない。


 そんな珠玉七貴族の一人にスーベルクは目を付けられてしまっている。


 スーベルクはやり過ぎてしまったのだ。


 スーベルクは自身の〝子爵〟という位に一切満足していなかった。父から受け継いだ子爵という位。最初は父が誇らしかった。貴族である自分が誇らしかった。だがある日、父が侯爵の貴族に対し媚びへつらっている姿を見てしまった。手を擦り合わせ腰を屈め、相手を伺い知ろうと上目遣いをするいい歳をした大人を。


 その姿がとても嫌らしく見えた。その瞬間、スーベルクは自身の〝子爵〟という立場が酷く貧弱な物に感じたのだ。


『自分はこんなものではない!!』


 そう思わずにはいられなかった。


 それからスーベルクは邁進した。やれる手を全て尽くした。汚い手だって、子爵が嫌になった原因である相手に父と同じ姿勢で媚びた事だって一度じゃない。


 そんなあらゆる手を尽くして数十年。それでも未だに彼は〝子爵〟のままだった。彼はそれが我慢ならなかった。これだけ尽くして、数十年尽くして、何も進展しない。これはもはや国が自分を蔑ろにしているとしか思えない。スーベルクはそう結論付けた。


 故に彼はティリーザラ王国を見限った。


 この国では私は正当な評価はされない。ならばどこなら私を評価するのか?


 そんなスーベルクに手を差し伸べたのは他人類国家ではなく、南に隣接していた異種族国家であった。


 異種族国家は常に人類国家に狙いを定めていた。だが人類国家である三国の強固な守りに未だに突破口を見出せていなかった。故に彼等はスーベルクに目を付けたのだ。


 スーベルクを通じて人類国家侵略の足掛かりにする。それが彼等異種族国家の考えであった。


 勿論スーベルクもそれは承知している。だが既に自身を蔑むティリーザラ王国に愛想が尽きた彼にとってはどうでもいい事に思えた。だからスーベルクはなんの躊躇もする事なくその手を取ったのだ。


 しかし、そこで新たな邪魔が入った。それこそが珠玉七貴族であるディーボルツと貿易都市カーネリアの領主ジェイドだった。


 ディーボルツは彼の日頃の行いから既に目を付けており、ここまでの動きを大雑把にだが予見していた。そしてディーボルツは国境沿いに都市を構えるジェイドに協力を要請し、情報収集並びに証拠が揃うまでの間の妨害を命じたのだ。


 そんな包囲網を敷かれつつあったスーベルクはその連携の早さに遅れを取ってしまった。


 故にスーベルクはディーボルツの睨みが効いている中、そうやすやすとプロの暗殺者を雇うなどの大きな動きが出来ないでいたのだ。


 そんな中絞り出したハーボンを使った即興の暗殺者改造であったのだが、既に現状は混迷を極めてしまっていた。


(早く、早くなんとかしなければ……。でなければ〝彼の国〟に私が無能であると思われてしまう!! それだけはなんとかしなければ!!)


 スーベルクは思わず歯軋りをし、そのままの勢いで使用人を睨み付ける。それを受けた使用人の肩はビクつき、スーベルクからの命令を受ける態勢をとる。


「ディーボルツ大公の面会の予定を取り付けろ。なるべく早く、出来る限り短期間でだ」


「はっ!! 畏まりました!!」


 そう言い残し使用人はスーベルクの書斎を後にした。スーベルクはそれを見送ると、椅子の背もたれに体重を預け天井を仰いだ。


 今スーベルクが出来る事は限られている。そんな数少ない選択肢の中、ハーボンがジェイドの暗殺を成功させている事を前提にディーボルツに直接面会し、しらを切り通す。スーベルクはそれを選んだのだ。


「待っていろクソジジイ……。いつか必ず報いを受けさせてやる……」


 スーベルクはそう小さく呟きながら、更に一度机を拳で打ち付けた。







「はい……確認が取れました。…………直ぐに作戦に移行します。…………はい、予定通りに。…………スーベルクを処分します」

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