第七章:暗中飛躍-26

 


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「……私はこの世に三人、恨んでいる人が居ます……」


 クラウン達がローレル伯を客間へ呼び出す二時間程前。


 ローレル伯の屋敷にて使用人として働いているメイド──フランシスカ・ローレルはクラウンの甘言に誘われ、殆ど人が寄り付かない物置へと二人きりで訪れていた。


 彼女には日頃から抱えている大きな悩みがあり、それをクラウンに赤の他人に吐き出し、楽になった方が良いと誘われたためである。


「お察しの事だとは思いますが、その内の一人が我が主人であり、無数に散らばったローレル一族の当主……シルヴィ様、です……」


 フランシスカは漸く口に出したくとも出来なかった憎き相手の名を口にした事で安堵感を覚えつつ、どうしても拭い切れない罪悪感を奥底に感じ僅かに表情を曇らせる。


「よく話してくれました、その調子です、さあ、次は何故自分の雇い主であり血族の長を恨んでいるのかお話頂けますか?」


 クラウンに優しくそう問われると、フランシスカは再びゆっくり答える。


「……私は元々、とある貴族の家に嫁いでいました。と言っても本家から血が遠い私の嫁ぎ先は決して裕福とはいえない男爵家で、嫁いでからは色々と苦労を強いられました」


 彼女の嫁いだ男爵家が治める領地は、元々は豊かな土壌に恵まれ、色鮮やかな作物が数多く実る肥沃な土地だった。


 しかしそんな野菜を名産として資財を肥やそうと考えた男爵家の先祖は、土壌が痩せる事をいとわず連作を敢行し、結果僅か数年でその領地では野菜が殆ど育たなくなってしまったのである。


 頭を抱えた当代男爵家当主はあらゆる手を尽くし土壌を回復しようと試みたものの、運の悪い事に日照りによる旱魃かんばつやイナゴによる蝗害こうがいが重なってしまった。


 それにより作物が余計育たなくなったのは勿論、農作に従事していた領民達の心が折れてしまい、無理を強いた男爵家への反発が日に日に増していった。


 そしてそんな反発が続いたある日。追い詰められた男爵家当代当主は、なんと逃げるように現役を引退し、次期当主である息子へと全権限を半ば無理矢理譲渡。


 気休めとばかりに格上の血筋であるフランシスカを息子の嫁へと預かり、さっさと隠居してしまったのである。


「私が嫁いだのは、領民達の反発が最も強い時期でした。夫も急な領主職に戸惑い、領民達と家臣達から向けられるプレッシャーに、一年としない内に病的なまでにやつれてしまったのです」


 フランシスカの前で組んだ両手に無意識に力が入り、それに気付いたクラウンが「大丈夫ですか?」とたずねると、フランシスカは何とも言えない表情を浮かべ「大丈夫です」とだけ答える。


「……そんなある日です。夫が王都への出張から帰還すると、とある一人の男を連れて来たのです」


「男、ですか」


「はい。どうやら夫は最終手段として私の血族の長であるシルヴィ様を頼ったようで……。そこで彼女に紹介されたのが彼だったそうです」


「成る程……」


「かなり若い見た目でしたが、なんというか……雰囲気のある人でした。そして夫はその人を自身の秘書に迎えると、目を見張る程の手際と早さで不作問題を解決していったんです」


 フランシスカの夫が連れて来た男は大変に有能だった。


 秘書として当主を支える事は勿論、何年もの懸念事項であった不作を画期的なアイデアで次々に解決していき、当初秘書に対して疑心暗鬼だった領民やフランシスカもその手腕に彼を次第に認め、救世主として皆が感謝した。


「不作は解消され領内の財政は安定……。更には彼が取り寄せた新しい作物の農作にも成功し、領内は今まで以上に潤いました。彼が来てから、本当に良い事尽くめで……」


 フランシスカはそこで言葉を切ると、またも思い詰めたような表情を浮かべ、その表情にクラウンは優しい微笑みを見せる。


「お辛いでしょうが、中途半端に溜め込んでしまうと後が苦しいだけです。ゆっくりで構いませんから」


「……つい、数ヶ月前です。まるで夜襲のように、モンドベルク大公配下のギルド員達が私達の領地にやって来たのです」


 とある日。男爵領に突然、モンドベルク公の配下を名乗る集団──〝国防〟傘下のギルドで構成された調査員が令状を引っ提げてやって来た。


 そして例の秘書に令状を突き出したのだ。潜入エルフ容疑による、逮捕令状を。


「最初、ワケが分かりませんでした……。私達の救世主が国を傾ける為に送り込まれた潜入エルフだったなんていきなり言われて……」


「……」


「勿論夫や私、騒ぎを聞き付けた領民達は抵抗しました。ですが途中で現れた〝助っ人〟に私達は手も足も出ず、秘書は連れて行かれてしまいました。……それだけなら、まだ良かった……」


 結果として秘書は潜入エルフであると判明しすぐさま逮捕された。しかし、それだけで調査員達が帰ることはなかった。


「夫……デュラは彼がエルフだと知っていて秘書に雇っていたんです……。エルフの植物の知識を、農地の再生に役立てる為に……」


 エルフは植物と共に生きていく種族。その知識は膨大で、人族が何年も掛けて編み出した農作法を、彼等は幼少の頃から当たり前の知識として備えている。


 故に彼等エルフに掛かれば連作障害による不作など児戯にも等しい安い問題であったのだ。そして男爵領領主デュラは、その知識を頼り彼をエルフと知っていながら秘書として迎えていたのだ。


「その事を、調査員達は何故か知っていたんです。そして彼等は言いました……。「国賊である貴様も逮捕する」と……」


 秘書を潜入エルフと承知して雇っていた。つまり自らの判断で潜入エルフの潜伏先を用意し、匿ったといっても過言ではない。


 それは国を守る役目を与えられた〝国防〟傘下のギルドにとっては国家叛逆に等しい許されざる所業であった。


「再び私達は抵抗しましたが、また邪魔をされ……。夫も逮捕されてしまいました」


「……」


「ですが私は納得出来なかった。だって夫は妻である私にすら秘書がエルフだと教えなかったのですよっ!? なのに何故彼等は……と。そこで私は思い至ったのです。誰が夫にあのエルフを紹介したのか……」


 デュラは秘書にした潜入エルフの秘密を誰にも伝えてはいなかった。


 ならばその正体や境遇を全て理解していた者などモンドベルク公配下ギルド員達以外では一人しかいない。


「それが、ローレル伯……ですね」


「それしか考えられませんっ! シルヴィ様……いえ、あの女が夫を売ったんですっ! 自分でエルフを紹介しておいて……あの女は……」


 フランシスカは更に握る両手に力を込める。短く切り揃えられている筈の爪が皮膚に食い込み血が滲む程に。


「私は復讐を誓いました。あの女を必ず罰すると。ですがローレル一族の末端でしかない私が彼女に一矢報いる事など簡単ではありません」


「それで貴女は使用人として彼女の近くに?」


「何をするにしても近付かなければ何も出来ませんから。ですがあの女、警戒心がかなり強くて……。どうすべきかとずっとあぐねていました」


「成る程成る程。それは、丁度良いですね」


「……丁度良い?」


「ええ。何故ならば今日、彼女は深い深い沼に沈んでいく記念すべきになるんですから。貴女の手によって、ね……」


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 わなわなと身体を震わせるローレル伯。


 必死に繕っていた面の皮も、どうやら無事引き剥がせたようだな。まったく手間を掛けさせる……。


「フラン、シスカ……何故……」


 眉間に皺を寄せ、困惑の表情を極めるローレル伯。どうやら本気で裏切られた事を受け入れられていないようだ。


「何故? これは驚きだ。彼女がお前にどれだけの恨みを抱いているのか本当に理解出来ていないらしい」


「と、当然じゃないっ!? 私は身寄りの無くなったあの子を雇っているのよっ!? 国賊の未亡人なんて悪評が付いたあの子をっ!? それなのに……」


 国賊として逮捕されたデュラ男爵の妻であったフランシスカは、当然ながら悪評判がたった。最早元家に戻った所で両親からは疎まれ居場所はなく、新たな貰い手などつかないだろう。


 故にフランシスカの生き残る道は限りなく狭まった訳だが……。だからといって何とも恩着せがましい。


「それもこれもお前が招いた種だ。まさに因果応報……。身内を簡単に切り捨てるような輩には当然の報いと言えるな」


「……いや、待て」


 ローレル伯が俯いたと思えば、ふと何かに気が付いたように顔を上げ、私の事を睥睨へいげいする。


「……なんだ?」


「確かに私がデュラを通報したよ。それが元で私に叛旗を翻した……認めるよ。でもね、だからってあの子が君に協力する筈がないじゃないか」


「ほう」


「だってそうだろう? 私は聞いてるよ? あの潜入エルフとデュラを逮捕したの……君だったじゃないか」


「……」


「でもあの子は君に協力した……」


 ローレル伯は更に不快そうに顔を歪めると、ローテーブルに手を付いて身を乗り出しながら私の顔を覗き込む。


「一体彼女に何を吹き込んだんだっ!?」


「ふふ、ふふふふ……」


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「ええ。何故ならば今日、彼女は深い深い沼に沈んでいく記念すべき日になるんですから。貴女の手によって、ね……」


「……」


 クラウンの言葉にフランシスカは黙り込む。それを何事かと訝しむ彼であったが、目端で彼女の腰あたりに何かが煌めくのを見付ける。


 直後、その煌めきは凶刃と化し、真っ直ぐクラウンの首元目掛け飛来した。


 常人ならば反応出来るかどうか怪しい程の速度で突き付けられた刃物の切っ先であったが、それをクラウンは虫でも払うかのような緩慢な手捌きであっさりそれを指で受け止める。


「──っ!?」


「随分練習なさったんですね。これならばローレル伯を容易に仕留める事も可能でしょう」


「っく……」


「ですが私相手には流石に心許ないですよ。せめて一人で魔物を相手取れるくらいでなければ」


 指で受け止めた刃物をクラウンは手を捻る事によってフランシスカから奪い、適当に天井へ放り投げそのまま刃を天井へと食い込ませる。


「貴方……覚えて……」


「忘れていると思いまし──いや、この口調ももういいか。……忘れていると思ったか?」


 そう。クラウンは彼女を……フランシスカを最初から知っていた。というよりも覚えていたのだ。


 何故ならモンドベルク公配下ギルド員が男爵領に押し掛けた際に呼ばれた助っ人……それこそが何を隠そうクラウン自身なのだから。


「まさか、全部承知の上で私を?」


「当然だろう? まあ君がこの家で使用人として働いていたのは偶然だったのだがな」


 しものクラウンも彼女がローレル伯の元で使用人をしていた事までは知らなかった。


 だがエメラルダス侯から借りた家系図とそれに付随する関連資料を見てその事を知り、彼女に協力してもらおうと企てたのだ。


「……私には三人、この世に恨んでいる人間が居るって言ったわね」


「ああ」


「その内の一人がモンドベルク公……そして最後の一人が貴方よっ!!」


 フランシスカはずっとクラウンの顔を覚えていた。


 潜入エルフであった秘書は兎も角、夫が逮捕されるのを阻止しようとした自分達の邪魔をし、結果的に夫が国賊となって捕まった。


 彼女にとってクラウンは不幸への引導を渡した相手なのだ。


「私を恨む、か」


「何? 筋違いだって言いたいわけ?」


「すまないがそう言わせて貰う。経緯はどうあれお前の旦那は解っていて潜入エルフを領内に匿ったのだ。許される筈がないだろう」


「でも彼は私達の生活を豊かにしてくれたっ! 彼の知識が無ければ私や領民達は今頃──」


「そのせいで死人が出ていたとしても、か?」


「え……」


 クラウンは一つ小さな溜め息を吐くとポケットディメンションを開き、一枚の資料を取り出してからフランシスカに見せる。


「何よ、それ……」


「お前達が匿っていた潜入エルフがしていた裏工作。その簡単な被害報告書だ」


「──っ!?」


 フランシスカはその資料をクラウンから奪い取ると素早く内容に目を走らせる。


 そこに書かれていたのは野菜の卸売りに関する妨害工作──主に食中毒や毒性植物による被害やそれによって混乱した市場と莫大な損害、してそれらに関連する被害者の連名であった。


「エルフは植物知識に関しては右に出る者は居ない。奴の手に掛かれば出荷した野菜に毒性植物を混ぜたり中毒を起こしやすい物を混ぜる事など造作もないだろうな」


「な、なんで……私は何も知らないっ!! ──っ!! 夫は、この事を……」


「知っていたに決まっているだろう? 知っていて尚、見ないフリをしてエルフに全て任せていたんだ」


「そんな……私は、何も……」


「話せる訳がないだろう。自分の匿ったエルフのせいで多くの犠牲者が出ていたんだからな」


「な、なら何故領内の野菜は売れ続けたのよっ!? こんな被害が出ていたなら野菜が売れなくなるじゃないっ!!」


「全国の野菜出荷した後、一度王都へと集積され全て同じ場所に混ぜられてしまう。名産品や固有種の野菜は別だが、品質が同じ物は纏められてしまうんだ。管理がしやすいようにな」


「それにしたって、被害がこんなに出ていたら普通は調査を……」


「その調査の妨害を、また別に潜入していたエルフが行っていたんだよ。まったく、忌々しい限りだ」


「あ、ああぁ……」


 自分達が何をしていたのか理解してしまったフランシスカは口から声にならない声を漏らすとその場に座り込み、放心してしまう。


「お前の旦那はきっと根は悪い奴ではなかったのだろう。寧ろ領民思いの良い領主だ。だかだからこそ、最後まで足掻いて掴んだんだ。藁にも縋る思いでな」


「……」


「しかし彼が取ってしまった一本の藁の先にあったのは、自領の安寧と国民の犠牲が皿に載せられた天秤だった……。そして、彼は自領の安寧が乗った皿に、腰を下ろしたんだ。ヒビが入り、いつ割れて崩れるかもしれん皿にな」


「……」


「まあそのヒビを完全に割ったのは紛れもなくモンドベルク公と私なのだがな。だがあの時潜入エルフと男爵を捕まえていなければ被害は更に増したろう。それでもお前は夫を捕まえた私やモンドベルク公を恨むか?」


「……私は……」


「ふむ……」


 放心から立ち直れないフランシスカを見たクラウンはそっと彼女に寄り添い、そして口元を耳へと近付け、囁く。


「──」


「──っ!? そ、それは本当なのっ!?」


 目を見開いて驚愕するフランシスカに、クラウンは笑顔で答える。


「ああ本当だ。私から出す幾つかの条件さえ呑んでくれるというのであれば、私は最大限のコネと力を使ってそれを叶えよう」


「条件……」


「厳しい条件だ。だがもし、それら全てが成された日には、私達にとって最高の結果が待っている。悪くはない話だろう?」


「……貴方を信じられたらね」


「それはお前次第だ」


 クラウンは彼女が握る資料を回収しながらポケットディメンションを再び開くとそこに仕舞い込み、代わりに一つの指輪を取り出した。


「これは「軌跡の指輪」と言ってな。過去そこで行われた事象をある程度再現して見せてくれる優れ物なんだ」


「それが……何?」


「だがこの指輪、狭い範囲でしか再現出来ない上、一度使えば数時間のクールタイムが必要になる。つまり何かを探るにしてもある程度場所を決め打ちしなければならないんだよ」


「だからそれが何?」


「もしお前がまだ私を恨んでいるのであれば突っぱねなさい。だが未だに晴れていない最後の復讐を成し遂げたければ私に協力し、彼女を追い落とす為の証拠の在処を教えるんだ」


「……」


「さあ、選べ。復讐を果たし、再び最高の安寧を手にするか、それとも全て突っぱねてチャンスを逃すか」


「……私、は」


 その時上げたフランシスカの瞳には、強い意志が宿っていた。


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「どうやって、あの子を……」


 震える声でそう問うローレル伯に、私は尚も笑顔を向けながら返す。


「教えるわけないだろう」


「なっ!?」


「何せこの話に〝お前〟は関わっていないんだからな。部外者が口を挟むんじゃない」


「私が……部外者だと?」


「ああ。っと、話が大分逸れてしまっていたな。とはいえもう詰みだ」


「な……」


 私はソファから立ち上がり窓側に居るロセッティの方へと歩み寄る。


「エルフ語を理解出来ているお前がエルフ語の取引書と無関係とは流石に通らない。加えてお前の身内であるフランシスカからはお前とエルフの関係についてバッチリ証言が取れている。何せお前がデュラに潜入エルフを紹介したんだからなぁ」


「くっ……」


「と、なるとだ。後はお前とエルフとの繋がりの決定的な証拠であるエルフ語の取引書の内容と取引したであろうエルフの正体さえ判明すれば、お前の容疑は間違いのない物になるな?」


「ぐ、ぐぅぅ……」


「えーっと取引書の内容はぁ……。ほうほうっ! 戦争開戦前の最終段階に引き起こす経済的な打撃に関するもののようだなぁっ!」


「ぐぅぅぅっっ」


「なになに……。どうやらここに並ぶ名前は、特に経済に関わりの深い貴族達の名前のようだ。ここにある貴族達を暗殺し、件の経済的な打撃を与えるというもののようだな。そこには先程話した仕事斡旋業を取り仕切っていたドロマウス家に……なんとっ! コランダーム公の名前まであるじゃないかっ!」


「ぐぅぅぅぅっっっ!!」


「そして更に……エルフ語だがお前のサインがお前の筆跡で入っているなぁ。これはこれは……ご丁寧にどうも……ふふ」


「ッッッッ……。ふざけんなぁぁぉっ!!」


 ローレル伯はローテーブルへ不作法にも乗り上げると腰にはいていた杖を抜き放ち、私に向かって構える。


「私を舐めやがってクソガキがァァァァッッ!!」


 杖の先に鋭利な岩石が魔力によって構築され、それが高速で回転しながら私の額に目掛けて発射される。


 が、そんなもの──


「悪手も悪手。最悪だ」


 《魔力障壁》を私に岩石が着弾する直前に発動。結果、岩石はアッサリと魔力へと還元されていき、サラサラと宙に霧散して行く。


「は……はあぁぁ……」


「最後に、だ」


 ロセッティの肩に手を置き、彼女を立ち上がらせる。そんな彼女の手元には、怒りのあまり彼女から漏れ出る冷気を帯びた魔力によって霜が降りた一枚の資料が握られていた。


「彼女とロリーナ、そして何よりコランダーム公の助力により、この大量の名簿の中からお前と関わった人物をピックアップし、エルフと疑わしい人物を探し当てる事に成功した」


「は、はは……」


「何を隠そうこのロセッティ。お前が隠蔽した毒殺された侯爵家の息女なんだ」


「は、はははっ」


「だからな。覚えているんだよ。両親に毒入りティーカップを贈った奴の名前を……。本当なら匿名にしたかったんだろうが、流石にそれじゃあ怪しんで使ってはくれないだろうからな。仕方なくある程度信用がある潜入時の偽名を使ったんだろう」


「はははははは……」


「だがそれが裏目に出た。甘かった。暗殺対象さえ殺せれば名を使ったところで誰も覚えちゃいないだろうと。自殺として処理する予定だったしな。だがロセッティは覚えていたんだよ。両親に叩き込まれた記憶力で、一瞬しか見ていなかった筈の名前を」


「ははは、ははははっ!」


「そして見付けた。名簿の中に、このエルフ語で書かれた取引書にお前と連名されているサインと同じ名前をな。……なあ、シルヴィ・バーベナ・ローレル」


「はははははははっ!!」


「貴様が殺しを計画し、毒殺を隠蔽した。私の可愛い可愛い部下の、ロセッティの両親を、殺したんだ」


「ははは、はは……」


「シルヴィ。貴様に選択肢はやらん。貴様に相応しい結末を、私達がくれてやろう。存分に味わうといい」


「はは……。わた、しは……」


「覚悟しろ。後悔しろ。絶望しろ。楽に死ねると思うなよ」


「あぁぁ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!」


 シルヴィ・バーベナ・ローレルは、こうして破滅した。

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