第七章:暗中飛躍-25
「お、お呼びでしょうかコランダーム公爵閣下……」
使用人に命じ、ローレル伯を私達の居る客間へと呼び出すと彼女は何やら警戒しながらゆっくりと扉を開け顔を覗かせる。
ただ呼び出しだだけなのにこの警戒振り……。警戒心が強いとは思っていたが、もしや何かしらのスキルで普通ではない感知能力を得ているのか?
そう思い何と無しに《解析鑑定》を彼女へ使ってみると……。
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人物名:シルヴィ・バーベナ・ローレル
種族:人族
年齢:四十二歳
状態:緊張、警戒
役職:ティリーザラ王国ローレル家当主兼商業ギルド「陶磁の川蝉」ギルドマスター
所持スキル
魔法系:《水魔法》《地魔法》
技術系:《剣術・初》《陶芸術・初》《陶芸術・熟》《芯出し》《土殺し》《胎土理解》《乾燥理解》《装飾理解》《
補助系:《魔力補正・I》《集中補正・I》《集中補正・II》《器用補正・I》《器用補正・II》《幸運補正・I》《触覚強化》《危機感強化》《高速演算》《気配感知》《危機感知》《気配遮断》《遠視》《遠聴》《警戒看破》《不審看破》《直感》《超直感》《扇動》《鼓舞》《教育》《指導》《隠蔽》《隠秘》《目星》《品質鑑定》
概要:ティリーザラ王国の伯爵家当主にして総合商業ギルド「
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ふむ、成る程。
陶器を扱うギルドの総括をしているだけあって陶芸関係のスキルを持っているのか、興味深い。
が、それよりもやはり警戒心が強いのはスキル由来のようだな。感知系もそうだが、何よりも《警戒看破》と《不審看破》の二つがローレル伯の強い警戒心の要であり、当初私の目すら掻い潜った要因なのだろう。
まったく……裏切り者でなければさぞ有能な働きをしてくれていたろうに。本当に、残念でならない。
「呼び出してすまないな。さあ、そんな所に居ないで入って座りなさい」
「は、はいっ……」
コランダーム公の少し威圧感の混ざった声音に一瞬肩をビクつかせながら
対面のソファに腰を下ろし、訝しんだ目で私達を
「呼び出したのはですねローレル伯。貴女に一つお聞きしたい事があるからなのですよ」
「私に? 一体何を……」
「およそ一年前、とある侯爵家の父母が服毒自殺した、という惨劇を耳にした事はありますか?」
「……ええ。一応は」
ふむ。表情一つ変えないか……。素晴らしいポーカーフェイスだが、この物騒な話に対しては少々感情表現が梨の
それにこの反応の仕方……。強めに突っ込んだ方が良い反応をするかもな。
「ほう、一応? まるで又聞きした程度の認識しかないような物言いですね」
「いやそれは──」
「貴女が計らって〝自殺〟と処理した……。そう、私は聞きましたよ? ローレル伯」
ローレル伯の表情が曇り、組んでいた手に力が入ったのが確認出来る。どうやら初動は良い塩梅らしい。
「私が処理を? それはありませんよっ! だって私は陶器を扱う商業ギルドのしがない伯爵家ですよ? 何の権限があってそんな……」
貴族ならばある程度のパイプで繋がっている事は珍しくはない。
だが事法的処置となると少し特殊な繋がりが必要となるだろう。彼女はそれを言っているのだろうが、ローレル家の事情を知ってはそうはいかない。
「……貴女の妹君。確かエメラルダス侯傘下の司法裁判官を勤める家柄にお嫁ぎになっておられますよね?」
「──っ!? な、何故それを……」
ふふ。少しずつ崩れて来ているな。ダメ押しだ。
「何故? ここにその資料があるからですよ」
私はポケットディメンションを開き、ローレル家の家系図とそれに付随する血統の嫁ぎ先、婿入り先が纏められた書類を取り出して彼女に突き付ける。
「そ、それは……っ!」
「この資料はエメラルダス侯に頼んで取り寄せて貰った物です。いやはやしかし、驚きましたよ。まさかローレル家の血筋が各珠玉七貴族の直系傘下ギルドに最低一人は紛れ込んでいるなんて……」
少々強引に頼んだ甲斐があった。私も最初に目を通した際は思わず溜め息が出たからな。
「この血族の数……。これだけ紛れ込んでいるのならば当主である貴女の命令一つで多少の無茶が出来るでしょうねぇ。そう、例えば毒による他殺を自殺に処理したり……。国内に潜入したばかりのエルフを上手くこの国に馴染ませたり……ね?」
「なっ!?」
潜入エルフ達はユーリに育てられた優秀な工作員達だ。
だがだからといって海千山千を越えてきた珠玉七貴族の面々をそうそう欺けるものではない。
百八人居た全員が最近までのさばって来られていたのは奴等の技術以上に協力者が居たからに他ならないのだ。
勿論、それには我が国の国賊貴族達が協力者としてチョロチョロと動き回っていたのだが、その中で最も深くエルフ達と結託していたのがこのローレル家、というわけだ。
「潜入エルフが我が国に潜入を始めたのが約二十年前。恐らく手引きしたのは当時モンドベルク家の婿養子となっていたカリナンでしょう。時期が面白いくらいに一致する」
隻腕の英雄・カリナンはモンドベルク家に婿養子となって国の中枢へと侵入し、その立場を利用して百八人もの潜入エルフを国内へと密入国させた疑いがある。
しかしいくらモンドベルク家の力を使おうと一人でそんな人数を手引きするのは無理がある。つまり奴には当時からの協力者が居た可能性が高く、その協力者として一番有力なのが……。
「ローレル伯、貴女二十年前にカリナンにエルフと密に結託するよう持ち掛けられたのではないですか?」
完全な背後からの鋭い切っ先に、
「な、何をバカな……」
「いいえ。決してバカな話ではありません。この家系図を見るに、ローレル家は女系貴族である事が窺えます。ですが約四十年前の当主である貴女のお母様は、次期当主として男を選びたかったらしいではないですか」
何故突然男を指名したがったかまでは判らない。少し作為的な匂いがしないでもないが、今は彼女に畳み掛けるのが先決だ。
「そこで貴女のお母様は自分を含めた一族の女達に産めよ増やせよとばかりに子供を作る事を命令し、数多の子供が産まれた……。結果としてはかなり不運な事に男は産まれず、貴女のお母様は
まったく、無責任な話だ。散々家内を自分勝手に振り回しておいて先に逝くなど、
まあ、私もあまり人の事は言えんかもしれんがな……。
「それが……なんだと……」
「……我が国の貴族達の中でローレル家だけなのですよ。珠玉七貴族やその他有力貴族の家に一族を潜り込ませられるだけの血筋を抱えている貴族は。ローレル家以外に居ないのです」
「……くっ」
否定はしない……いや出来ないか。何せこの家系図と関連書はエメラルダス侯から直接取り寄せたものだからな。コランダーム公がこの場に同席している手前、否定のしようがない。
「恐らくカリナンはそんなローレル家の事情や抱える血筋を利用出来ると踏んだのでしょう。洗脳に類似したスキルを使ったのか、手八丁口八丁で貴女を手玉に取ったのかは分かりませんが、ね……」
「……」
「結果。貴女はカリナンに協力し一族を各種有力貴族に嫁がせて潜入エルフ達を違和感なく引き入れる事に成功。その後も潜入エルフが活動し易いよう様々に取り計らい、国内を引っ掻き回した……。その内の一つが、侯爵家父母毒殺の自殺偽装、隠蔽工作、ですね?」
「……」
本当、恐れ入る。仮にローレル伯の事を知らないまま開戦などしていたらどう背中を狙われていたか分からん。
……だがそれにしても──
「それにしても、まあ」
「……」
「清々しいくらいの裏切り者だな。貴様」
そう言って私が
が、数秒して次に顔を上げると、そこに浮かんでいたのは薄い笑みだった。
「散々な言い掛かり。怒りを通り越して感心してしまうわね」
……何ともまあ、面の皮が厚い。
「ほぉ? 少しはその面の皮が剥がれてきましたかな?」
「戯れ言を……。そもそも今君が語って聴かせたのはあくまでも全て推測でしょう? 何の証拠もありはしない」
「ふむ。証拠、か」
確かに今のは私の推論だ。当たり障りのない事を口にする占いと何ら違いはない。その程度の机上の空論に等しい。
「言っておくけど君が手にしている家系図と関連資料だって直接的な決定打にはなりえないわよ? それが示しているのは我が家の来歴のみ……。それだけで糾弾するというのは無理がないかしら?」
「……ああそうだな。この資料はあくまで状況証拠の一つ。言う通り決定打にはなりえない……。だが──」
私は再びポケットディメンションを開き、そこから追加で新たな資料を取り出して見せる。
「私は一度も証拠が一つだ、などと言った覚えはないぞ?」
瞬間、ローレル伯は一瞬だけ逡巡すると立ち上がりながら扉の方へと身体を傾け、一目散に駆け出す。
つまりはこの場から逃げ出そうとしているわけだが……。私がそれを許すと思っているのか?
「ロセッティ」
「はい」
ロセッティが右手を客間の扉へと振るうと、
「なっ!?」
目の前で氷漬けになってしまった脱出口にローレル伯は狼狽するも、すぐさま踵を返し窓の方へと駆け出そうとする。
「次」
「はい」
次にロセッティが左手を客間唯一の窓へと振るい、カーテンの一部を巻き込みながら扉と同じく窓全てを氷結させる。
「な、なな……」
ローレル伯は扉と窓が凍り付き、脱出不可能になった客間を見回した後、額に青筋を立てながら目の前にあるローテーブルを勢いよく叩きながら叫ぶ。
「なんですかいきなりっ!? どういうつもりですかっ!?」
「いえいえ。最近涼しくなってきたとはいえ、暑い日もあるでしょう? これで多少、涼しくなったではないですか」
「何をふざけて……これは明らかな監禁ですよっ!?」
皮肉に対し盛大に唾を飛ばすローレル伯。私はそれに笑顔を向けながら素直に答えてやる。
「ええ監禁です」
「──っ!?」
「まあまあ落ち着いて下さいよ、ローレル伯……」
《威圧》を発動。ローレル伯の表情が激昂が萎縮し、私に対する恐怖へと変わったのを見計らい身を乗り出してから彼女の肩へ手を優しく置く。
「今更ではありますが……。有能で、警戒心の強い貴女ならもうお察しでしょう? 私達が何の為にこの場に来て、そして何故こんな事をするのか、を……」
「な、何のこと、だ……」
「おやおや。この期に及んで
そのまま彼女の肩へ置いた手に力を入れ、半ば無理矢理ソファに座らせてから私も改めて座り直し、先程の資料を煽るように
「いやはや、大変でしたよ? この資料の山を調べるのは……。ですがその甲斐あって面白いものが見つかりましたよ」
「……え?」
呆気に取られるローレル伯を他所に、私は先程取り出した資料に目を落としながら彼女にも解り易いよう説明する。
「この資料は数年前にされた〝試験品商談〟に関する取引書の控えの一部です。内容は主にティーカップやソーサー、ティーポットやシュガーポット、クリーマーの主に紅茶等を嗜むのに用いる食器類に関してですね」
「……私のギルドは陶器を扱うギルドよ。当然そういった食器も扱うわ。何も不思議な事は無いと思うけれど?」
「ええ。書かれている内容はごく一般的な取引書と同一です。ですが問題なのは、その取引相手ですよ」
「──っ!?」
「おや? 少し顔色が悪くなっているようですね。大丈夫ですか?」
何かを察したローレル伯へわざとらしく
今更取り繕った所で意味は薄いが、ここから立ち直ろうとする根性は流石だな。中々面白いじゃないか。
「そうですか。ですが心当たりはあるのではないですか? 何せこの資料によると、貴女と直接商談しているようですからねぇ。ギルドマスターである貴女自ら、と……。印象には残っていると思いますが?」
こういう取引の場合、一般的には鑑定系スキルや審美眼に優れた専門家と交渉、商談に長けた者を揃えて望むものだ。
しかしこの商談ではギルドマスターであるローレル伯と取引相手との一対一……。彼女が役不足とは言わないが、流石に匂う。
「私は気になった品は自分の目で確かめなければ気が済まないタチなのよ。私が直接商談に出るのは珍しい事ではないわ。それに印象に残ったかっていうのも、商人なんて流行りの服装ばかり着るイメージしかないから余り無いわね」
ふん、と鼻を鳴らしてソファにもたれ掛かるローレル伯。どうやら本当に冷静になってきているようだが、残念。再び熱を上げて貰おう。
「ほう、印象が無い……。いやいや不思議ですねぇ、この取引について印象が無いとは……。貴女も歳で耄碌されているのでは? 普通では考えられません」
私が《扇動》のスキルを使いながら煽ってみせると、彼女は露骨に眉間に皺を寄せながら更に私に睨みを利かす。
「……何? それが普通ではないと言いたいの?」
「だってそうでしょう? 普通は書きませんよ、こんな──」
手元の資料をローレル伯にも見え易いよう突き出し、一番上の一枚を
「
そこには同じ方式、同じ筆跡で書き起こされたエルフ語に翻訳されたもう一枚の取引書があり、彼女はそれを目にした瞬間、思わず叫び声を上げた。
「──ッ!? な、何故それが、ここにッ!?」
「何故?
嘘である。
私がわざわざコピーゴーレムを使ってまで家探しし、探し当てた隠された資料こそが、このエルフ語で書かれた取引書。ローレル伯とエルフとの繋がりを示す確かな証拠である。
「ふ、ふざけるなッ!!」
ローレル伯は立ち上がると私の胸ぐらを掴み上げようとする。
しかし非力な彼女の力で私を掴み上げるなどという芸当が出来るわけもなく、重く腰を下ろしたままの私に忌々しげな目線を送るしか出来ずにいた。
「くっ……。その取引書は──」
「おや? 貴女はこの取引書の存在をお認めになる?」
「──ッ!?」
そう。彼女は私を糾弾する事など出来ない。
確かにこの取引書は家探しした結果発見した証拠……。つまりは家主に無断で掻っ攫って来た
だが彼女がそれを追及するという事は、このエルフ語で書かれた取引書が屋敷内に厳重に隠されたものである事を認めるという事……。要はこの取引書の内容が事実であり、自分との関連性を認める事に他ならない。
故にローレル伯はこの取引書について私の行いを責める事も、嘘を吐いていると口にする事も出来ないのだ。
「……そんなもの、私は知らない」
ローレル伯は私の胸ぐらから手を離すと、狼狽しながらも
「知らない、とはお粗末な話だ。貴女が運ばせた資料の中にあった取引書ですよ? 知らないでは済まされないでしょう」
「知らないものは知らない。第一私はエルフ語など読めも書けもしないのよ?」
「それを鵜呑みにしろと? 貴女の筆跡で書かれているのですよ?」
「私を陥れようとしている誰かの陰謀よっ! それにそんなエルフ語で書かれた取引書なんて人族の私達では確認のしようがないわ。それとも君には──」
「『君には解るのか、と?』」
「なっ!?」
驚愕を隠し切れないローレル伯の表情に思わず口角が上がる。
「『私、こう見えてエルフ語は習得済みなんですよ。本国のエルフと会話出来る程度にはね』」
「と、突然なに? な……何を言っているのか、解らないわね」
「『ほう? 解らない? ならば少し試して見ましょうか』」
「だから解らないって──」
「『ローレル家は下らない一族だ』」
「……」
「『当主の命令だからと多産した? なんて愚かしく浅はかで虚しい一族だろうなぁ。脳死の極みだ』」
「……っ」
「『産まれた子も浮かばれない……。こんな同族を見栄などという麻薬の為に使われる道具として産まれたかったわけではないだろうに……。同情を禁じ得ない』」
「……めろ……」
「『オマケに次期当主である長女ときたらエルフと結託して国を裏切る事を選んだ……。不幸も不幸、最悪も最悪だ。今頃はご先祖が草葉の陰で悲痛な涙を流している事だろう。一体どんな思いでこんな下らん事に付き合わされて──』」
「止めろと言っているんだッッ!!」
──ドンッ!!
と、ローテーブルを血が滲まんばかりに拳で強かに叩き付けたローレル伯のその目には、私に対する確かな怒りと憎しみが浮き彫りとなっていれのが見て取れる。
「何も知らんガキがッ!! 我が一族を
「……はあ、まったく。これだから視野狭窄に陥っている輩は困る」
「……何?」
「この取引書を見付けるにあたって、私はこの屋敷の使用人にある程度の道案内とローレル家の大雑把な事情を聞いたのだが……。それが誰か、お前に分かるか?」
「何を、言って……」
「彼女は泣いていたよ……。「何故自分がこんな目に……」とね。だがお陰でアッサリ欲しかった情報が手に入り、こうして取引書を見付けるに至ったわけだ。いやはや本当に、心底身内には恨まれたくないものだな」
「ま、まさか……っ!?」
「フランシスカ・ローレル……。お前から見れば
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