第六章:殺すという事-3

 

「どういう、事ですかな? 御老公」


「そうだよモンドベルク公。言い出しっぺの貴方がそれを言うっての?」


 国の大公相手に臆せず睨みを利かすエメリーネル公とエメラルダス侯。


 いくら無礼講とはいえ公爵と侯爵が大公にあんな態度を取って問題は無いのか? いや、無いからそうしているのだろうが……。


 私が想像しているよりも、珠玉七貴族の間には特別な何が有る、という事なのだろうか?


「……皆にも聴かせたが、彼のこれまで築いてきた功績を、ワシは無視出来んと考えている」


 ほう。


「ああ、それねぇ……」


「裏切り貴族の証拠押収。パージンでの特異個体魔物の討伐。沼地での巨大魔物の討伐。国に潜伏していたエルフの一掃に助力……。細かい物を除いてもこれだけの事を坊やは成し遂げている。無視出来る内容じゃあないねぇ……フフッ」


 アゲトランド侯がそうニヤリと口角を上げながらエメリーネル公、エメラルダス侯を見やり実に楽しそうに笑う。


「悪事を働いてるなら話は別だが、寧ろ国に貢献してる……。魔王云々以前にそんな功労者を処罰なんてした日には私達珠玉七貴族──いや貴族全体の沽券に関わるんじゃないかい?」


 アゲトランド侯に便乗する形でコランダーム公が楽しそうに発言すると、エメリーネル公とエメラルダス侯は苦い顔をして押し黙る。


 ふむ。先に言われてしまったな。


 話の流れが一方的になっていたらそれらを盾に話を曲げるつもりでいたのだが……。想定していたよりは楽な方向に話が進んでいるな。


「だ、だが魔王を放って──」


「その魔王って話だって御老公が可能性の話をしただけの話じゃないか。ちょ〜っと先走り過ぎなんじゃないかい?」


「ぐぅ……」


「じゃ、じゃあさっ! なんで御老公はわざわざそんな功労者である彼を魔王だなんて俺達に吹聴したんだっ!? 話が拗れるだけじゃないのっ!? ねぇ御老公っ!?」


 今まで余裕のあったエメラルダス侯は身を乗り出す勢いでそうモンドベルク公に食って掛かる。


 が、当のモンドベルク公は彼に無言で手の平を翳して落ち着くよう促し、その場からゆっくりと立ち上がる。


「ワシが彼を魔王の可能性アリと皆や陛下に吹聴した理由──それは珠玉御前会議を開く口実を作る為だ」


 ほう。つまりは──


「モンドベルク公っ! つまり貴方様は我が息子を利用したという事ですかっ!?」


 モンドベルク公の発言に声を荒げたのは父上。長机を両手で叩きながら睨むようにそう抗議する父上の目にはハッキリとした怒りの感情が宿っている。


 そりゃあ息子を餌にされたのだから怒り心頭に発するのも当然だろう。


 だがモンドベルク公にも考えあってそうしたに違いない。


「ジェイド、そしてクラウン。君達には後程私からしっかり謝罪をしよう。だが今は私の話を聞いてもらいたい」


 モンドベルク公はそこで間を少し空け、軽い溜め息を吐いてから意を決したかのように続きを口にする。


「これからする話は一切口外出来ぬ事。故に議題を偽り、彼を──クラウンを含めた皆で御前会議を開く必要があったのだ」


「それで坊やが魔王などと吹聴を……?」


「我々ならまだしも何故彼を? ジェイドの息子とはいえこの場に呼ぶ理由は?」


「それはまた後ほど語ろう。……潜入エルフの一件で、ワシは一つ違和感を覚えた」


「違和感、ですか?」


「そうじゃサイファー。潜入エルフの数が余りにも多過ぎる、とな」


 潜入エルフの総員はハーティ、ハンナを含めて百八人。スパイを送り込むなんて生易しいレベルではないな。


「確かにねぇ……。老いてるとは言えアンタは紛れも無い知恵者で半世紀以上国を支えた優秀な国防の長……。あたしも最初にその報告を聞いた時ぁ耳を疑ったもんさね」


 アゲトランド侯も違和感を感じていたらしく、感慨深そうに顎に指を添える。


 私自身その件には違和感を感じていた。何十年と国を守って来た人間が百八人もの潜入を許し、あまつさえ傘下ギルドにまで潜入を許していた……。不自然な話だ。


面映おもはゆい事この上無いと当初はワシも思いはした。じゃが感じた違和感をどうも拭いきれず、恥を慰める意味も兼ねてワシ自身の手で手を尽くし調べ上げた」


「御老公自ら? お身体の方は大丈夫なのですかっ?」


 心配そうに訊ねるコランダーム公に、モンドベルク公が笑って返す。


「ほっほっほっ。これが不思議でのう。久しく悔しいと感じていなかったせいか寧ろ活気が湧いて調子が良くなってのう。久々に快調な日を過ごしたわい」


「ほう。そりゃあ良い事聞いたねぇ。あたしも十年二十年後に試させて貰うよ」


「そうしろオパル。……で、ワシ自ら過去の様々な記録を洗った結果……」


「……結果?」


「……一人、怪しい人物が上がった」


 怪しい人物……。私の予想が正しければ……。


「誰なんだい? その怪しい人物ってのは?」


「……カリナン・モンドベルク。モンドベルク家の婿養子じゃ」


「なッ!?」


「はいッ!?」


 皆が驚愕に顔を染め一斉に声を上げる。


「カリナンって……、アレだろう? 隻腕の元英雄だったっていう……」


「御老公が討伐に難儀していた前の「強欲の魔王」の山賊を一人で壊滅させ──」


「捕まってたギルド職員を全員救出して見せて──」


「そのまま御老公の娘のカーボネさんとくっ付いたっていう、あの人?」


「……うむ」


 やはりか……立場的にも、そして実力的にも彼が最有力候補に上がるだろう。


「詳しく聞こうじゃないかディーボルツ」


「はっ、陛下……。奴が山賊の頭──ジャブジャを討伐し現れ、我が家に婿入りした時期。そしてエルフ共が我が国に潜入した時期が同一である事が判明したのだ」


「それってつまり……」


「そうじゃゴーシェ。奴は我がモンドベルク家の国防という権力を逆手に利用し、エルフ共を国に引き入れていたのじゃ」


 私もカリナンの話をモンドベルク公から聞いた時、彼の婿入り時期とエルフの潜入時期が近いと感じた。


 だが確固たる証拠があるわけでもなかったし、あの時はそれどころでは無かったからな。保留にしたのだが……。まさかそれが議題に上がるとはな。


「き、気付かれなかったのですかっ!? 貴方様の身近で起こった事でしょうっ!?」


 叫ぶエメリーネル公にモンドベルク公はただ恥いる様に顔を俯かせただ「ああ」と肯定する。


「当時のワシは盲目では無かった。それは確かじゃ。だが結果的にはそれを許している……。ワシにはそれが分からんのじゃ」


 そう。尚も分からないのがそこだ。


 優秀と名高い彼の全盛期で彼がその裏工作に気付けない事があるのか? そこが私にも判然としない疑問だ。


「そもそもじゃ。ワシが娘が奴の子を身籠ったからといって結婚を許したのも今になってみれば甚だ解せんのだ。国防という大任を素性の怪しい彼奴あやつに譲るという判断……。ワシは当時の自分が理解出来ん……」


「な、何を言ってるんだよ御老公……」


「乱心されたか?」


 頭を抱え苦心して悶えるモンドベルク公にエメラルダス侯とエメリーネル公が声を掛ける。


 側から見ればそうだろう。これはだが……。


「……もしや」


「なんだオパル殿。心当たりがあるのか?」


 皆の視線が考えに耽っていたアゲトランド侯に注がれ、彼女はそれに応えるかのように口を開く。


「何百年も前だがね。我が祖先が魔族とちょっとした外交話をした際に起こった事件が一つあったんだよ」


「事件……ですか?」


「あぁ。なんでもね、当時の外交官が〝洗脳〟されたって話さね」


 洗脳……だと?


「それは一体……」


「向こうさんが寄越した外交官がなんでもそういった類のスキル保持者だったらしくてね。会談の折、それをこちらが使われて不利な条件を呑まされそうになったそうだよ」


 洗脳のスキル……。そんなものが実在するのか? もし存在するならばそれこそ──


「それが事実ならやりたい放題じゃないかっ!」


「ああそうだねゴーシェの坊や。それこそ外交なんかに使った日にゃやりたい放題だろうさ」


「で、それをご先祖は何とされたのですか?」


「記録によればこっちの外交官の御付きに盲目の剣士を侍らしていたらしくてね。その御付きが内容に違和感を感じて事なきを得たらしいさね」


 盲目……。つまりは洗脳は目を使う類のスキルなのか。


「成る程……。つまりカリナンはその洗脳のスキル──またはそれに類似したものを持っていて、御老公──いてはカーボネさんや下手したら傘下ギルド全員がカリナンの洗脳を受けていたって可能性があるってワケか……」


「あくまで推測だがね。だがそうなら全盛期のアンタがそんな為体ていたらくを演じたのに納得がいくさね」


 コランダーム公とアゲトランド侯が納得したとばかりにそう言葉にすると、モンドベルク公は力無く椅子に座り、両手で頭を抱える。


「洗……脳……。まさかワシが……娘が、そんな……」


「御老公……」


「笑えぬ……。実に笑えぬ話じゃ……。じゃが仮にそれが事実ならばいくらか得心がいく……」


 カリナンは最初からエルフを国に引き入れる為にモンドベルク公に近付いた……。


 だがモンドベルク公という国の大公にそうそう簡単に引き合えるワケがない。何かのキッカケが無ければ叶わないだろう。


 と、いう事はだ。


「……それってさ」


「なんだゴーシェ」


「さっき話に出たジャブジャとかいう魔王だった山賊の頭もカリナンのグルだったって可能性出て来ない?」


「なっ!?」


「だってそうでしょ? 珠玉七貴族の〝金剛〟に婿入るって簡単じゃないよ? 普通の貴族ですら御老公に会うの難しいのに〝自称元英雄〟とかいう怪しい奴が会えるわけないもの」


「な、ならば……」


「そっ。ジャブジャと結託して彼に街で暴れさせてモンドベルク公を誘き出す。そんでそのジャブジャを自ら討ち取る事で手柄にし、御老公に会うって算段だったら、上手くいくんじゃないかな?」


 ジャブジャとカリナンの関係は分からない。だがそう考えると辻褄が上手い具合に噛み合うのだ。そして──


「それはつまり、カリナンもジャブジャはエルフの長であるユーリの指示の元に動いていた、という事ですね」


 私がそう発言した途端、皆の視線が私に一点に集まる。何とも居心地の悪いものだが、まあ、それはどうでもいい。


「当然でしょう? そこまでしてエルフを引き入れるなどカリナン個人の発想ではないですよ」


「しかし小僧。エルフが人族を味方として受け入れると思うのか?」


「そうだぜ坊ちゃん。エルフ共と人族の溝は深い。身分の知れない人族とどうして女皇帝が結託すんのさ?」


 エメリーネル公とエメラルダス侯がそう私に食って掛かる。


 ふむ。そう来るだろうな。だが確かな証拠が無いのも事実だろう。ならば話の持っていき方は──


「私の功績の一つとして上がった物に、裏切り貴族云々とあったのは覚えておいでですか?」


「む? ああ。あったな」


「その貴族の名はスーベルクというのですが、奴も裏でエルフと繋がり、褒美の代わりに情報を流していた、というのが事の真相です」


「へぇ。それで?」


「そのスーベルクは後程エルフと見られる何者かによって暗殺されたのですが、これはつまるところスーベルクがエルフに利用された、という事だと思うのです」


「まあそうだろうねぇ」


「身内に馬鹿者も居たもんだよ。嘆かわしいったらありゃしない」


「ええ。ならばエルフもカリナンを利用していたに過ぎない、と考えられるのではありませんか?」


「その裏切り貴族と同じにか? 考えが少し短絡的過ぎではないか?」


「ですが私が以前モンドベルク公から話を聞いた際、カリナンは既に病死していると伺いました。タイミングが良過ぎる、と感じませんか?」


 カリナンは病でアッサリ死んだという話だった。


 元英雄を名乗る輩がエルフを手引きした後にそんな簡単に病で死ぬなどあるだろうか?


「それは……」


「ええ。カリナンもエルフに始末されている、と考えるのが自然でしょう」


「だ、だが国防の権力を握ったのだぞっ!? 百八人どころではなく、その権力を使い国を瓦解させる事だって──」


「それこそ、エルフは人族を信じていないから、ですよ。エルフを引き入れるにはカリナン自身も最低限エルフに関する情報を得ていた筈……。その情報を不審極まりない人族にいつまでも持たせておくなど奴等は我慢ならないでしょうね」


 エルフ共は究極に慎重だ。下手に欲を出し権力を操るのではなく、役目を終えた手駒を早々に処分して計画がカリナンから露見する事を防いだのだろう。


「だが、奴は元英雄……そんな者がアッサリエルフからやられるものかね?」


「そもそもその〝元英雄〟という事すらモンドベルク公やその他全員が洗脳され吹き込まれた嘘なのではないですか?」


「──っ!? な、なんと……」


「いくら洗脳とはいえ流石に事実から離れ過ぎたものには違和感を感じるでしょう。国防の傘下ギルドが苦戦した相手を一般兵が倒した……なんて特にです」


「だから元英雄なんて名乗って魔王討伐に説得力を持たせたってのかい?」


「ええ。英雄、ではなく〝元〟という所もポイントです。現行の英雄ならば名が知れている可能性が違和感を生みますが、〝元〟というだけで存在感に影が出る。絶妙な偽証です」


「じゃ、じゃがクラウンよっ!」


「はい? なんでしょうモンドベルク公」


「ワシは現地に行き、しかとこの目でジャブジャの根倉がボロボロになり山賊達も死んでいるのを見たっ!! ギルド員達もじゃっ!! それにジャブジャ本人はどう説明する? 自ら首を差し出したとでも言うつもりかっ!!」


「お忘れですかモンドベルク公。カリナンは洗脳の使い手ですよ?」


「──っ!?」


「洗脳がどこまで使えるものかは知りません。ですがカリナンがジャブジャや山賊達を洗脳して殺し合せ、捕まっていたギルド員にも洗脳を使い、見た事実を書き換えられるならば、話は変わって来ます」


「……全て、推測じゃ」


「ええ、推測です。ですが辻褄は合います。信じたくは無いでしょうが……」


「むう……」


 ……ふう。久々に長々と喋った気がするな。口が少々疲れて来たが……。


「結論として、カリナンやジャブジャは利用され殺されている……。全てはエルフ──女皇帝のはかりごと、でしょう」


 仮にこの推測が事実だとして、結局は過去の出来事……。取り返しようなど無いし、無かった事になど出来ない。


「モンドベルク公」


「……」


「貴方様が自身の恥を晒すような議題を──珠玉七貴族や私を集めて御前会議までして話し合ったのは、ある種の贖罪、なのですよね?」


「それは……」


「自分の不手際で国に甚大な被害が出てしまった……。その事実を、貴方様は皆に明かした……。簡単に出来る事ではありません」


「……ほっほっ。そんな大層な理由では無いわい。ただワシがこの胸に抱え続けるには余りに重たいと感じたからじゃ……。自己満足に過ぎんよ」


「それでもです。立ち場を弁えずに発言させて頂けるなら──」


「……なんじゃ」


「……私は貴方様が、心の底から誇らしい」


「……ふん。つまらん慰めじゃな」

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